軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.王太子の話(完)

……ということで、俺は死んだわけだ。

しかし、王太子として生まれた二回目の俺は、物心ついた頃から、いくつかの記憶を持っていた。

そして、成長とともに、まるで記憶の扉が開いていくように、さまざまなことを思い出していった。

13歳のときだ。ついに、自分が死んだときのことまでたどり着いた俺は、思わず叫んだ。

「なんでだ!?」

なんだって、自分が、記憶を持ったまま、生まれ変わりを果たしているのか。

しかも今度は王太子ときた。おいおい、二回もこの呪われた血筋に生まれたくなかったんだが?

俺は、衝撃と混乱のあまり、眩暈に襲われながらも、必死で王宮内の図書室へ走った。

歴史書を確認するためだ。どうしてこうなったのかはわからないが、俺の力がちゃんと発動して、あの人が生き延びてくれたならそれでいい。その一点さえ確かめられたなら、あとのことはゆっくり考えよう。

……結果からいうと、俺は、閣下の生存を確認することはできなかった。

閣下についての記載が、どこにもなかったのだ。

どれほど歴史書を漁っても、彼女の名前一つ、見つからなかった。当時、英雄として、あれほど名高かった閣下だというのに。

まさか、貴族連中に暗殺されて、その功績まで抹消されてしまったのか? ……と、俺も一度は憎悪で気が狂いそうなほどだったが、よくよく調べていくうちに、一つの推論を得た。

─── あー、多分、これは、あの異母兄が閣下の記録を消したな?

閣下だけではない。聖女に関わる記録が、ごっそり消えている。

王家が繰り返した実験のことも、聖王の口伝も、何一つない。きれいさっぱりと白紙状態だ。

考えてみれば、俺は国王夫妻である両親から、聖王の口伝について聞かされたことはなかった。それに、俺のきょうだいも、弟一人しかいなかった。

異母兄の名前は、歴代国王の一覧で確認できた。

この時代では、聖女の力の発動条件を知る者は、誰もいないのだろう。

あの異母兄がいったとおりに、聖女の力にまつわる悲劇は終わったのだ。建国の逸話は、今やただの伝説でしかなく、女神は俺たちから遠い存在になった。

聖女の記録は、大戦で焼けてしまったといわれていたが、俺にはわかっていた。

あの異母兄は、やると決めたら、徹底的にやる男だ。……とはいえ、さすがに少し背筋が冷えた。ここまで聖女の記録を白紙化するために、いったい、どれほどの口をふさいだことだろうか。

─── まぁ、取引は守る男だから、閣下に直接の手出しはしなかっただろうが……。

しかし、こうも記録がないと、確かめるすべがない。

ついでに、なんで俺が、前世の記憶なんてものを持っているのかもわからない。

聖女の力を発動させると、こういう転生をするものなのか? そんな話は初耳だぞ?

まさか、閣下が俺の転生を願ったなんてことはないよな? と、一瞬ゾッとしたが、さすがに考え直した。閣下は、あのとき、すでに意識が朦朧としていたのだ。命の灯が消える寸前だった。俺が自分の首を切り裂いたことすら、彼女には認識できなかったはずだ。

「いったい、なんだって、こんなことに……」

そう、途方に暮れていた俺の疑問は、その二年後に解消された。

俺は、そらしていた視線を戻して、ちらりとシルヴィアを盗み見た。

彼女は、幸せそうに紅茶を飲んでいる。彼女が身にまとう空気も、平穏そのものだ。『閣下』だった頃の怒りも激しさもない。たいへんマイペースで、俺が心配のあまり胃が痛くなりそうなほど警戒心が薄い。

けれど、かつては、眉間にしわを寄せて、思い悩むことの多かった彼女だ。

シルヴィアが、こうして穏やかに日々を過ごせていることに、俺は深く喜びを感じている。彼女が幸せそうに微笑んでくれるたびに、俺の身体中が歓喜で満ちる。

多分、このマイペースな性格が、本来のこの人なのだろう。

『閣下』には才能があった。それは戦時にのみ発揮される才能で、彼女が望んでいたことではなかった。それでも、戦う力があったから、あの人は自ら戦場へ出た。皆を守るために。

本当は、あの人はいつだって、殺し合いなんてしなくていい、平和な日々を求めていたのだ。

……俺はおそらく、あのとき閣下の願いを読み間違えた。

シルヴィアは、俺に感謝していたといった。つまり、彼女は、あのときすでに、自分の死を受け入れていたのだ。まったく、なんてひどい人だ。部下を生かすことには、あれほど必死だったくせに、自分の命には、執着してくれなかったなんて。

あのとき、閣下は『次は平和な時代に生まれたい』といった類の願いを抱いていたのだろう。

だから、俺たちはこうして、記憶を持ったまま、三百年後のこの平和な時代に生まれ変わった。

俺が王太子の立場で生まれたのは、彼女の願い ─── つまりは平和な時代を守るためだ。

まあ……、推察ではあるが、今となっては俺は、これでよかったと思ってもいる。

今のシルヴィアは、公爵家の末娘だ。かつてのように命を狙われることは、そうないだろう。今の彼女には両親もきょうだいもいて、家族みんなから愛されている。

俺も、たまらなく彼女が愛しい。俺なんかが手の届く人ではないと知っているが、それでも、彼女への愛が尽きることはない。俺の心の奥から、泉のように、こんこんと湧き出ている。

これはもう仕方ない。俺は彼女を、俺の運命と決めてしまったのだ。彼女にとってはそうではなくても、俺は構わない。俺はシルヴィアを愛している。彼女への愛は、俺にとってもはや、血肉のようなものだ。

─── あなたが好きですよ、シルヴィア。

あなたが本気で王妃になりたいというのなら、俺は全力で、あなたに『日がな一日中ゴロゴロして過ごす』という生活を提供してみせます。どうか安心してください。俺はあなたの赤毛の犬ですからね。

あなたを守るためなら、全力でこの平和を維持してみせるし、恋愛小説の出版社だって応援しましょう。

俺が、そう、心の中で密かに誓っていたときだ。

シルヴィアは、ふと目を細めていった。

「いい天気ですね、殿下」

「ええ、本当に」

「絶好のお花見日和です」

「あなたは本当に花見が好きですねえ。なにか理由でもあるんですか?」