軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5

「…本気で言っているのか?」

ジグが思わず聞き直す。

「もちろんです」

魔女が胸を張って応える。

「何故?」

意図が読めない。

そんな内心が顔にありありと浮かんでいる。

魔女はそんなジグに伏し目がちに口元だけで笑う。

「もう、疲れちゃったんですよ。何度追い返しても、何度住む場所を変えても、いつだって私は追われる身。もう、たくさんです」

生きることに倦んだ、諦観にも似た表情。

少女のような姿ではあるが、その時の彼女は確かに長い時を生きる魔女の貌だった。

ジグは黙って魔女の言葉に耳を傾ける。

魔女はまた、その蒼い瞳でジグを見た。

「だから私を、誰にも追われない場所まで連れて行ってください」

具体的なことが一つもない漠然とした、しかし心の奥底から絞り出すような言葉。

魔女の顔を見る。

ジグはその表情を知っていた。

もう後がない者の、崖っぷちにいながらも生きることを手放しかけている顔。

その背中を見送るのはたやすいが、引き留めるには相応の覚悟がいることを、彼は知っていた。

だからこそ、俺は―――

「悪いが、お前の事情に興味はない」

「……っ」

魔女が何事か喋ろうとする。

こぼれ出そうな言葉をなんとか飲み込んだ魔女は頭を下げた。

「……そう、ですよね。ごめんなさい、急にこんな話をしてしまって」

顔を上げた魔女の表情は寂しそうに笑っていた。

「あはは…誰かと話すのなんて本当に久しぶりで、つい話しすぎちゃいました。忘れてください」

乾いた笑いがむなしく響く。

自分がうまく笑えていないことに気が付くとまた顔を伏せた。

「俺は傭兵だ」

「……はい」

「金次第でどんな仕事も引き受ける、人殺しすら厭わない類の人間だ。だから―――」

ジグは魔女を見た。

顔はまだ下を向いている。

「俺が興味あるのは、お前に仕事に見合った報酬が払えるかどうかだけだ」

「っ!?」

魔女が顔を上げてジグを見る。

そう、自分は傭兵だ。

金さえ払うならどんな面倒ごとでも引き受けよう。

未熟だった頃の、あの背中をただ見送ることしかできなかった時とはもう違うのだ。

「払えるのか?」

「……はっ、払えます!払えますとも!」

魔女はあたふたとしながら服をごそごそと漁りだす。

ややあって目的のものを見つけたのか、何かの宝石をこちらに差し出してきた。

「とりあえず前金でこれでいかがでしょう」

魔女の手のひらに乗っていたのは子供の握りこぶしほどの赤い宝石だ。

深い赤色の見事な宝石だった。

「ふむ」

「どうです?見事な物でしょう」

魔女が胸を張る。

「いやわからん」

「えぇ…」

「宝石の目利きなどできたら傭兵などやっていない」

「そりゃそうでしょうけど…」

自慢の品だったのか、不満気だ。

「そんなにいい物なのか。売るとどのくらいになるんだ?」

「さあ?」

「おい」

「人間の相場なんて魔女が知るわけないじゃないですか」

「それもそうか。しかし困ったな」

それなりの金額にはなるのだろうが、これからかかる費用を考えると潤沢とは言えない。

さてどうしたものかと頭をひねろうとしたところで気づく。

「先ほどこれは前金といったな。まだ宝石があるってことか?」

ジグの質問に頷く。

「はい。同じくらいの物があと3つほどありますよ。…足りませんか?」

「そうではないが、依頼料に関しては後で詳しく詰めよう。3つか…いけそうだな」

「…?」

小首をかしげる魔女にジグが諭すように話す。

「いいか?はっきり言うが、この大陸で魔女が狙われない場所などない」

「…そうでしょうね」

魔女が暗い顔になった。

神秘の消え去ったこの大陸で恐れられているのは魔女だけだ。

その恐怖、それに対する敵愾心も尋常ではない。

どの国も他国に舐められまいと、伝承など恐るるに足らずという姿勢を示していて魔女討伐に積極的だ。

士気高揚のために魔女に仕立て上げられたもの、冤罪で魔女狩りにあったものなど枚挙にいとまがない。

「この大陸は長い間争い続けている。肌の色、言語の違い、文化の違い…自分たちと少しでも違うものを消し去りたくてしょうがないんだよ」

「愚かですね。本当に、何年たっても変わらない」

魔女が遠くを見る。

長く生きてきた彼女だ。

ずっと人間たちのそんな姿を見続けてきたのだろう。

ジグが自嘲気味に笑う。

「それを飯のタネにして生きている俺たちは、さしずめ現代の寄生虫か」

「あっ!いえ、そういうことでは…」

「いいさ、承知の上で選んだ道だ。…話を戻そう。要はこの地に魔女というとびきりの異物を享受する場所などないということだ。ならばここから出ていけばいい」

「…まさか」

魔女がジグの意図に気づいて唖然とする。

「そうだ。――異大陸へ渡る」

異大陸。

以前から存在しているのは知られていたが潮の流れが荒く、潮流が読めないため誰もたどり着けなかったもう一つの大陸。

近年やっと潮流の調査が終わり、それに耐えうる船が考案・生産された。

船の量産も終わり、これから本格的な調査団が送り込まれる予定だ。

「あの海域は今の造船技術では渡れないという話では?」

「…何年前の話をしているんだ、お前は」

「え、何年前だったかな?ひい、ふう、みい、よう…」

指折り数え始めた魔女を見てため息をつくジグ。寿命の違いでここまで時間感覚のズレがあるとは。

彼が子供のころに近い将来異大陸への渡航が可能になる。そう大々的に発表されてからもう20年近くたっている。

いったいこの魔女はいくつなんだという疑問を飲み込みつつジグが計画を話す。

「近々異大陸への調査団が出発する。そこに潜り込む」

「そんなことが可能なんですか?」

「金はかかるが、不可能ではない」

もともと調査団は外様が多い。

他国の侵略を常に視野に入れなければいけない状況下では国主導で行うのは難しい。

なので各国の商人が協力して金銭を出し合うことでリスクを軽減し、新たな販路を開こうというのが大本の思想だった。

各国はそれに乗っかるような形で調査団に人員を送り、敵国の動向を調査しつつ異大陸で得られる利益を算出しようという腹積もりだ。

お互い牽制しあいながらなので大幅に人員を割くわけにもいかず、かといって無視するには大きすぎる可能性の詰まった大地。

「今あそこは混沌としてる。紛れ込むには絶好のチャンスだ」

「…」

魔女は考え込んでいる。

無理もない。

異大陸で魔女が迫害されている可能性がないとは言い切れない。

そもそも何があるのか分からない。

追われる以上に危険なことが起きる可能性は十分にある。

だがそれでも。

「誰からも否定されて追われるくらいなら、いっそ未知に飛び込むのも…いいかもしれませんね」

魔女はそう言って不敵に笑った。

そこにさっきまでのすべてを諦めたような色は見えない。

「でもいいんですか?そう簡単に帰れるわけじゃないでしょうに、そこまでついてきてしまって」

「構わんさ、それが仕事ならな。それに、どこに行っても変わり映えのしない戦場に飽きてきていた」

人を殺すことに躊躇いはないが、別に好きなわけでもない。

剣を振るうことでしか生きてこられなかったし、他の生き方などいまさらできないだけだ。

「では、改めてよろしくお願いします。えっと…」

そういえばまだ名乗ってすらいなかった。

苦笑しながら手を差し出す。

「ジグだ。ジグ=クレイン」

魔女は何に驚いたのか、目を丸くしながら手を見つめる。

ややあっておずおずと手をだして、何かを確かめるようにしっかりと握った。

「よろしく、ジグさん」

魔女はその手のぬくもりに目を細めた。

「私はシアーシャ。ただのシアーシャです」