軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

302

山岳地帯であるラクシャナは平地のハリアンとは建築様式が随分異なる。

傾斜のある土地にへばりつくように建物が所狭しと立ち並び、限られた土地を有効活用しようという工夫が随所に見て取れる。ジィンスゥ・ヤで見かけた独特な建築様式だが、あれはハリアンに適応した物らしく微妙に差異がある。湿気や害獣対策だろうか、高床式の倉庫なども点在している。

畑は傾斜を活かせる棚田となっており、農夫らしき者たちが働いているようだ。

棚田の一部が荒らされており、その修復に取り掛かっている様子が遠目に見えている。

「魔獣の被害が大きいというのは本当らしいな」

畑の被害は一部が抉り取られたように陥没しており、荒らされたというよりは破壊されたと表現した方が近い。ただの害獣ではこうはならない。まず間違いなく魔獣の被害と見ていいだろう。

「不味いわね……もうすぐ寒期だっていうのに。備蓄をやられたら冬を越せない」

「家畜を潰すにも限度はあるからなぁ」

イサナとベイツが状況の深刻さに気づいて険しい顔になる。

まだこちらの事情に詳しくないシアーシャが不思議そうに首を傾げた。

「狩りをすればいいのでは?」

食べ物がないなら取りに行けばいいという、ある意味でもっともな意見を口にする。

二人は顔を見合わせると、シアーシャが相当な田舎者という事情を思い出して苦笑い。

「ハリアンにいると感覚がおかしくなっちまうがな、魔獣ってのは本来危険な生き物なんだよ」

「訓練した者が複数人居てようやく七・八等級の魔獣を狩れるのが精々。それに追い払うだけならともかく、こっちから狩りに出るとなると話も変わってくるわ。しかも強いからって可食部が多いとは限らないから、どうやっても博打になる」

「手間暇かけて育てた戦士を出しても食料が得られるかは賭け。……割に合わないという事か」

「狩りを全くしないわけじゃないけどね……安定的に食糧を得る手段としては無駄が多いのよ」

ただ鳥獣を狩ろうとしても魔獣に遭遇する危険があるのなら、猟師の危険度は元居た大陸よりもはるかに高い。魔獣を倒せる力量の者を常に待機させておくような真似などできるはずもなく、必然的に食糧を得る手段は農耕が主となる。

「そう考えると、ハリアンは異常だな」

「辺境であんなに発展してるのには理由があるのさ」

「転移石板が複数あるのも、大きい」

グロウの言うことももっともだ。

転移という、移動において圧倒的優位に立てる魔具が複数あるのがそもそもおかしい。

「なぜハリアンだけこんなに多いんだ?」

「逆だ逆。転移石板が多いところに街を作ろうってなったのさ」

街並みを眺めながら話していると馬車が止まる。

先頭の馬車が何やら入り口で話しているようだが、どうにも様子がおかしい。遠目に映るアオイが何かを伝えているが、門番らしき風貌の男が首を横に振っている。

この距離では何を言っているのか聞き取れないが、こちらには便利な耳を備えた冒険者様がいる。

「はいはい」

ジグが出番だと視線をやると仕方なさそうにイサナが馬車から顔を出した。

彼女は集中するために目を閉じると、耳を小刻みに動かして盗み聞く……もとい、連絡の手間を省く。

「ふぅん……?」

ややあってから片眉を動かしたイサナが不満そうに鼻を鳴らして目を開ける。

どうやらあまり良い話でなさそうだ。

「私たちのこと、話が通っていないみたい。余所者は通せないの一点張りよ」

「え、だってあっちから救援の要請があったんですよね?」

アオイから聞いた話を思い起こしながらシアーシャが首を傾げる。

魔獣に襲われ帰ってこない行商人の荷物から書状が発見され、ラクシャナからの救援要請が発覚したという流れだったはずだ。行方不明から身元が見つかるまで多少時間が経っていたとしても、忘れるには早すぎる。

「さてどういう事かしら。ただの連絡不備ならいいんだけ、ど……?」

言葉の途中でイサナが耳を動かした。話に進展があったのかとも思ったが、彼女の表情を占めるのはわずかな困惑と―――警戒。

「っ!」

真っ先に動いたのはジグだった。

転がる様に馬車から飛び出して周囲を索敵し、仲間が降車する際の隙を護れるよう備える。狭い馬車で双刃剣を取っていては素早く動けないため、腰のナイフと投擲用の手斧を構える。

ジグは何も気づかなかったが、この中で最も感覚が鋭いイサナが敵の気配を感じ取ったのだ。戦いに備える理由はそれだけで十分。

そうして馬車から降りて周囲を見渡すが、魔獣の姿は見当たらなかった。

突然現れた大柄な男が武器を構えたことで街の住民が悲鳴を上げ、門番たちが危険人物と判断して武器を抜いている。警告の声を上げているが、ジグはそれに取り合わず周囲を注視し続けた。

「ジグさん」

シアーシャも慣れたもの。異変を感じ取るなり動き出したジグの意図を察し、土の盾を展開しながら視界を遮らない程度に防御壁を展開している。

岩の手に載せて差し出された双刃剣を後ろ手に受け取り構える。

隣に降りたイサナが腰の刀に手を当てた。その表情は硬く、険しいままだ。

「何がいる」

視線を向けぬまま彼女へ問うたが、本人もつかめていないのか耳をせわしなく動かしながら首を振った。

「分からない。ただ何か……地響きのようなものが聞こえた。気のせいじゃない」

彼女の言に改めて周囲を見渡すが、しかし相変わらず魔獣の姿は見当たらない。

働く農夫たちの棚田と、日の差す中で辺りに濃い霧だけが漂っているだけで、攻撃や姿を隠す系統の魔術の匂いは感じ取れない。

ならば地面かとシアーシャへ索敵を頼もうとした時、違和感がジグの思考を遮る。

「……霧?」

山間部で霧が出ることは珍しくないが、今は日中。霧が出るのは夜間から早朝が主だ。前日に雨も降っていないのに、日中にこれほど濃い霧が出るものなのだろうか。

「気ぃ抜くな! なんかおかしいぞ!!」

「あの霧……普通じゃ、ない」

同じ考えに至ったのはジグだけではなかった。

ベイツとグロウが各々の得物を構えながら霧を警戒している。古参の冒険者である二人が言うのならば、こちら特有の現象という訳でもなさそうだ。

こちらの異変に気づいてアランやノートン達も馬車から降りている。

ベイツが手信号で状況を伝えている間にも霧は濃さを増していき、今や煙幕と呼んで差し支えないほどに広がり始めていた。

「な、なんだこれは!?」

門番たちもようやく状況に気づいて片刃の剣を抜いているが、些かその行動は遅かったようだ。

「ッ!?」

漂うだけだった霧が突然歪み、濁流のように伸びた。まるで見えない何かが飛び出してきたように。

不可視の何かは霧の尾を引きながら手近に居た門番へ一直線に向かう。

「おのれぇ!」

門番は反射的に手にした片刃の剣を逆袈裟に斬り上げた。

いい反応だ。門番を任されるだけはある。咄嗟でありながらも鋭く、迷いのない太刀筋だった。

だが見えぬ相手への最善手であったとは言い難かった。

相手が人でなく異形の魔獣であるならなおのこと、対人戦に重きを置く彼らの経験が仇となった。

「……な、にぃ!?」

振り上げた剣は空を斬り、霧を散らしただけに終わる。

―――そして、逆の軌道で振るわれた尖爪が門番の腕を天高く斬り飛ばしていた。

遅れて体に刻まれた四本の線から血が噴き出す。心臓や肺にまで達した傷により門番が力なく倒れ伏した。

滴り落ちる鮮血が四本の長い爪を 象(かたど) った。

勢いよく噴出した返り血が何かの輪郭を伝い、その姿の一部を露わにする。

大きい。見える範囲だけで体長二メートルを優に超える。

前傾姿勢の二足歩行らしき影と、地に届くほど長い腕から伸びる凶悪な爪。長い頭部からは牡鹿を思わせる立派な角が生えている。

肩口からは霧を吐き出しており、血に興奮したソレの呼吸のように荒くなっている。

一目で分かるその危険性に冒険者たちが総毛立つ。

「なに、が……!?」

状況の変化についていけず、目の前で話していた門番が倒れ伏したことで、ソレと間近で対峙したアオイが困惑の声を漏らす。

本能から訴えかける恐怖に彼女の身が強張り、蛇に睨まれた蛙のように動きを止めてしまった。

恐怖に囚われた憐れな獲物を狩人が逃すはずもない。

ソレは未だ血の滴る爪を振り上げ、目の前の子兎に向けて振りかぶった。