軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

285

遠目にでも街が見えたことで皆の足も速まり、昼過ぎには到着することができた。

繁華街付近に来るといくつかの荷馬車が別れていく。冒険者が帰るのに合わせて付いてきた商人たちは大量の鉱石資源を積んでいるらしく、車輪の沈み具合からもそれが見て取れる。

これからは頻繁にハリアンとストリゴを行き来することになる。商人たちの護衛依頼も出されるようになるだろうし、それに付随した新たな雇用も生まれる。真っ当な仕事が生まれればストリゴもその恩恵を受けられるようになり、より早く復興が進む。

街に入ってギルドへ向かう途中、見慣れた宿が視界に入ったシアーシャが目で追っている。

あの森にあった住まいから移動するときには未練など微塵も感じさせていなかったというのに、彼女の生きた月日からすれば一瞬とも言える宿に愛着を抱いていた。

「本当は真っ先に宿へ帰りたいところですけど……報告が先ですよね」

「分かっているじゃないか」

後ろ髪を引かれる思いを振り切ってシアーシャが前を向く。彼女にも冒険者としての自覚が出てきたようで大変結構だ。

皆が疲れた足を引きずるようにして進み、ようやく支援隊がギルドに到着した。

荷馬車から魔術師たちが降りると、積み荷は裏手の搬入口へと向かう。魔獣の素材や、例の化け物の死骸を調査するために運ばれるらしい。

なお、澄人教との交渉は最後まで両者が納得いくものになることはなかった。

最終的にエルシアやウルバスといった実力派冒険者を矢面に立たせた、棍棒外交による強制的な合意に至ったことは言うまでもない。彼らは大きな前腕一本と触腕数本で我慢することとなった。

「さっさと済ませるか」

支援隊の冒険者たちはぞろぞろとギルドへ向かい、最後尾にジグたちがついた。

大分マシになったとはいえ、シャナイアがまだふらついていたので回復を待っていたのだ。

「ここに来た時の船旅を思い出すな」

あの時は初めての船旅でシアーシャが酷く酔ってしまい、しょっちゅう海へ撒き餌をしていた。

彼女も当時を思い出して苦々しい顔をしている。

「う……思い出したらなんだか口の中がすっぱく……」

「すまん忘れろ」

藪蛇をつついたジグは慌てて二人を促してギルドへ入る。

ギルドの中は帰ってきた冒険者や歩き回る職員でごった返していた。しかし今回に限っては職員も連れての遠征のため、粗方の事情は既に報告が上がっているので長く拘束されるということはない。

事務的なやり取りだけを済ませてはい解散だ。

報酬金などは基本の額とは別に個々人の成果によって変わるため、諸々の試算が終わってから後日渡されることになっている。

今日戻ることはあらかじめ通達されていたため、ギルド側も通常の業務は後回しにしてくれているのが救いか。

「では行ってきます」

「ああ」

受付の列に並ぶ彼女を見送って定位置へ向かい、端にあるいつものテーブルへ。

彼女を待つこの光景も随分久しぶりに思えるものだ。以前と違うことがあるとすれば、一人増えたことくらいか。

「お前はこれからどうするんだ?」

ジグは物珍しそうにギルドを見回しているシャナイアへ話を振る。

ついてくるのは勝手だが、自分の食い扶持くらいは自分で稼いでもらわないと困る。大きな力を持つシャナイアなら稼ぐ方法などいくらでもあるだろうが、根っからの魔女である彼女に労働が務まるのかは甚だ疑問だ。人の社会で生きていくと決意したシアーシャでも大なり小なり苦労したのだ。

「さて、どうしようかねぇ」

「冒険者にでもなるか?」

「なぁんかそれは違うなー。あいつと同じことをするっていうのも気に食わないし……ま、適当にやってみるさ……食うに困ったらジグ君に養ってもらおう」

ふざけたことを抜かす彼女をひと睨みしたが、なぜか嬉しそうにしているのであまり意味はなさそうだ。流石に本気で言っている訳ではないだろうが。

呆れ混じりのため息をついていると、近づいてくる足音が一つ。

これもまた久しぶりの感覚だ……ただし、足音の主はあまり歓迎できない空気を醸し出しているのだが。いや、それもいつものことだったかもしれない。

「―――誰かと思えばジグじゃない。随分とお久しぶりだこと……長い間どこに行ってたの?」

涼やかな声に混じる隠すつもりのない刺々しい怒気。

平静を保とうとしている表情は感情に流されて痙攣しており、足さばきの優雅さとは似ても似つかないお粗末なものであった。

白髪を靡かせた女剣客、イサナ=ゲイホーンが青筋を浮かべて立っていた。

「仕事だ。他に何がある?」

「でしょうね。だけど、一言くらいあってもいいとは思わない?」

「……誰に?」

「私に」

「…………何故?」

心底から理解できないという風にジグは首を傾げた。

イサナとは剣を交えたこともあれば味方として肩を並べたこともある……が、それだけだ。同じ所属というわけでもなければ、杯を交わして他愛のない話をするような仲でもない。

しばらく会わないからといって挨拶をする必要があるとは思えなかった。

「何故って……ほら、えっと…………なんかあるでしょ、ホラ!」

「……?」

”ほら”と言われても……とジグが反対へ首を傾げる。

その様子に怒りで耳を赤くしたイサナが何かを言い募ろうとしたが、彼女も具体的に理由を挙げようとした段になり、尤もらしい内容は思い浮かばずに口を閉ざした。

そしてようやく気付く―――ジグがイサナに対して、留守にすることを告げる明確な理由など、どこにもないことに。

「え、嘘でしょ……?」

イサナは信じられぬ思いで口元を押さえた。

ないのだ。あれほど濃密に殺し合った仲だというのに、せっかく見つけた歳の近い剣の競争相手だと思っていたのに、部族の期待とか異種族とか関係なく言葉を交わせるというのに……彼女とジグの間には、顔見知り以上の関係がどこにもないということに。

「嘘と言われてもな。一応会った奴には伝えたが、わざわざジィンスゥ・ヤまで行って報告するなど御免だ。……ただでさえ、テギネを殺した俺は歓迎されていないのだからな」

「あ」

ジグがわずかに声を低くしてそう口にした。

少し前、ジグとテギネが敵対する立場となり、殺し合うこととなった。二人は恨み辛みからではなく、剣で生きる糧を得る者同士として立ち合った。そこには善も悪もなく、力で勝ち取る事を選んだ者として当然の帰結に過ぎない。

結果としてジグが勝り、死の間際にテギネからの遺言をジィンスゥ・ヤへ伝えに来た。

武人としての最期を迎えたテギネの遺言を伝えに来た彼に対し、ジィンスゥ・ヤが向けたのは非難の言葉であった。イサナたちを武人と信じ、一つの誤魔化しもなく真正面から来たジグを、である。

武人の恥、厚顔無恥、忘恩の徒と謗られても仕方のない所業をしてしまったのだ。

(顔見知り、どころかただの厄介者じゃない……!)

イサナの顔色が、怒りの赤から羞恥の赤へと変貌する。

とんでもない思い違い、恥知らずもいいところだ。ベイツに面倒な奴と言われたことが今になって響いてくる。

良くも悪くも、誰に対しても常に公平なジグが眉を顰める……ジィンスゥ・ヤは、彼にそういう存在だと

認識されてしまったのだ。当然、その一員にして筆頭武人たるイサナも。

「……」

「おい、どうした?」

ジグは耳を垂らして呆然と虚空を眺めているイサナを怪訝そうに見る。

突然怒りながら現れたかと思えば、意気消沈して心ここに在らずといった変貌をする彼女にジグが戸惑っている。元々落ち着きのない奴だとは思っていたが、ここまでおかしいのは初めてだった。

なおイサナのそれは完全に被害妄想であり、ジグは単に面倒だったから言わなかっただけである。

しかしそんなことなど知る由もない彼女は心底から衝撃を受けていた。

「……うむ」

性懲りもなくジグは今もまた、面倒だから黙ってこのまま放っておけばいいかと思い始めている。

そのうち勝手に復活して騒ぎだすだろうと、触らぬ神に祟りなしとばかりに見なかったことにした。

結果から言うと、それは悪手であった。

「―――ごちゃごちゃとうるさいねぇ……お前、何様だい?」