軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「助かった」

ジグはわずかにできた時間で体勢を整えると、言葉少なに礼を告げる。

彼女は眼帯越しに視線を化け物から逸らさぬまま、得意気に鼻を鳴らして銀棍を握る手に力を籠める。鈍く輝くその得物を見ていると、いつぞやこの身で味わった威力を思い出す。

「あら、それだけ? もっと感謝してもいいのよ」

「 させてくれ(・・・・・) 、冒険者殿」

窮地を助けられたというのに、あえて挑発的な返答をする。

彼女はそれに気を悪くするでもなく、眼帯の下に隠された忌眼に楽し気な色を浮かべた。

「ふぅん……そこまで言われちゃうと、期待に応えないわけには」

「A―――」

”いかないわね”と言いかけた彼女の言葉を遮り、複数の口から聞こえる声が輪唱するように響く。

化け物は新手の登場にも怯まず即座に触腕を向けて魔術を放った。複数の岩槍と風刃が雪崩を打って襲い掛かってくる。

「驚いた、本当に色んな魔術を使うのね」

呆れと感心の混ざった感想を呟きながらエルシアが法衣と身を翻す。

大地を踏みしめて弾けるように動くジグと比較すると、彼女の体捌きは修めた技術の違いを示すように柔らかだ。踊るような足取りで法衣と共に舞い、魔術と魔術の隙間を通り抜けるように躱していく。

「そこ」

避け切れない物量へ振るわれる銀棍が爆ぜ、流れを変える。叩かれた先頭の岩槍が逸らされ、他の魔術と衝突してできた隙間へ身を潜り込ませた。

「強すぎる流れね。丸見えよ」

エルシアは視覚だけで物を捉えているのではない。特殊な眼帯でも抑えきれない龍眼で魔力の流れを読み、辿ることができる。これだけ強力な魔力の奔流ならば外すまでもなく、その動きは手に取るように読み取れる。少し先の未来を見るのに比べれば造作もない。

彼女は目の力と魔術体術を存分に使い、触腕から放たれる魔術を凌いだ。

目立つ振る舞いで注意を引き、無秩序に撒き散らされる暴威を他の冒険者から引き離すように立ち回っている。攻撃はせずとも化け物が彼女に意識を向ければ他の冒険者たちが戦いやすくなり、全体の被害が減る。

巨大な個との戦闘に慣れている冒険者ならではの戦い方であった。

「ふむ、流石だな」

銀棍で魔術を逸らし、また彼女自身も魔術を適宜使用して被害を最小限に抑えている。

こなれた戦いぶりには彼女がギルドでも有数の三等級冒険者であることを示す説得力がある。

冒険者の本領は魔獣退治にある。たとえ直接の戦闘でエルシアに勝ったとしても、彼女がジグと比べて劣るということにはならない。一対一の技術や駆け引きに重きを置く剣闘士が戦争の役に立つとは限らないように、人同士の争いに特化したジグが魔獣との戦いで本領を発揮できるわけではない。

「……まだまだ経験不足か」

これでも来た当初と比べるとよくなったと思っていたのだが。魔獣との戦闘における状況把握能力や観察眼において、上位の冒険者と比べると大きな隔たりを感じる。

「姐さん突っ走んなって!」

「見たことのない魔獣……お気をつけくだされ」

遅れてやって来た仲間二人が加勢すれば、いよいよジグの出る幕はなさそうだ。

この場は大人しくエルシアに任せることにしよう。

そう判断したジグは駆け出し、行き掛けの駄賃とばかりに触腕を斬り落としてから化け物の脚へ向かった。

「くそ、硬すぎんだろ!」

「なんでもいいから傷口に突っ込め! 再生を邪魔するんだ!!」

元居た場所の冒険者たちもただ黙って見ていたわけではない。彼らは彼らなりに奮戦していた。

振り回される触腕や魔術から身を護りながら機を窺い、隙を見つけては攻撃を仕掛けている。魔獣の素材で作られた特殊な得物で幾度も斬りつけられ、頑丈な脚に複数の傷がついている。化け物の再生を妨害するために突っ込まれた誰かの剣を蹴りつけ、持ち主が悲鳴を上げていた。

しかし冒険者側も消耗させられている。

ジグやエルシアが触腕の注意を引いたとはいえ、触腕からの攻撃が完全になくなったわけではない。化け物もただ黙って斬られている訳もなく、長い脚を動かしてまとわりつく人間を振り払っていた。

「く、こんなところで……」

「動くな、傷が開く。下がるぞ、援護してくれ!」

戦えない傷を負った者が増え、彼らを下がらせるためにまた戦力が減る。

化け物も触腕を減らしているため状況はまだ致命的ではないが、相手の再生力がそれを上回れば戦況は大きく変わる。

後衛の魔術師たちが放つ魔術にも限界はある。魔力が尽きてこちらに回す触腕が増えれば一方的に蹂躙されるのはこちらの方だ。

「―――」

触腕の一本が戦線を離脱しようとする冒険者に気づいた。ぎょろぎょろと動く眼球が獲物を捉え、長い身を 擡(もた) げさせる。

「っ、おい! 狙われてるぞ!?」

気づいた冒険者が注意を促す。しかし彼も自身の身を護るので精一杯で援護までは出来ない。

負傷した者を支える冒険者が必死に脚を動かすが、化け物を前にその動きはあまりに遅すぎた。

弱った個体を狙うという弱肉強食の掟に従い、触腕が彼ら目掛けて蛇のように迫り―――すんでのところで大きな影が盾でそれを受け止めた。

「ッ!!」

城門を叩くような鈍い音が響いて持ち主の足が押し込まれる。しかし足先から伸びる鋭い爪は大地を噛むように掴んでおり、地面に線を引きながらも触腕を止めて見せた。

助けられた冒険者が見上げるような体躯の彼へ歓喜と驚きの混ざった声でその名を呼んだ。

「ウルバスっ!」

「今のうち……逃げて」

彼は半身で円形の盾を構えてがっちりと触腕の突進を押しとどめている。彼の大きな体をもってしても一苦労なのか、その声にはあまり余裕がない。

「恩に着るぜ!」

後ろに自分たちを庇っているせいだと気づいた冒険者は感謝を告げて急いで下がっていく。

尾の一振りでそれに応えたウルバスは盾を持つ腕に力を籠めると、角度を変えて一気に跳ね上げた。

入れ替わりに片腕で振るわれる大振りな曲刀が閃いて触腕をひと薙ぎに斬り落とす。

獲物を逃した他の触腕がウルバスに標的を変え、魔術を放ちながら彼を捉えんと体を伸ばした。

「はっ!」

掛け声とともに振り下ろされた盾が触腕を叩き伏せる。亜人の膂力を十全に活かした原始的な攻撃で触腕を押さえつけ、逆手に構えた曲刀を突き下ろした。体重を乗せた一撃は深々とその刀身を埋め込み、力任せに触腕を二股に引き裂いた。

彼は戦果を誇るよりも先に振り返り、怪我人が無事に退避できたことを確認してほっと息をつく。

長い舌で目についた血をぺろりと拭って戦況を見渡すと、特に追い込まれている場所へ向かって大地を蹴って駆け出した。

ウルバスは勢いよく跳躍すると、仲間へ向けて魔術を唱えていた触腕に飛び乗る。

「―――!?」

虚を突かれた触腕は驚きの声らしきものを上げて詠唱を中断し、振り落とそうと振り回し始める。

鉤爪を食いこませてしがみついた彼は曲刀を振り上げると、渾身の力を込めて突き立てた。触腕の動きが激しくなり、赤い血が噴き出して体を汚すのにも構わず何度も何度も刀身を突き立てる。

傷口がぐずぐずになって半ば千切れかけになるまで惨刺された触腕が力なく横たわる。

暗い緑の鱗を返り血で赤く染めたウルバスが降り立つ。血肉のこびり付いた刀身を前腕と二の腕に挟んで拭いながら、蜥蜴頭特有の広い視野で戦況を見た。

「?」

視界の端で誰かが接近していることに気づくと、意識をそちらに向けた。

その人物は近寄る触腕を一刀のもとに斬り捨て、後ろに目がついているのかと思うほどの体捌きで魔術を躱し、斬りながらこちらに向かってくる。

知っている顔だ。数少ない、対等に話してくれる得難い友。

人間の顔の差を判別しにくい自分が、初めて覚えようとした相手でもある。

「ジグ、無事?」

「問題ない」

あれだけの触腕をたった一人で倒しながら顔色一つ変えずに言ってのける。

そのことに頼もしさを覚えていると、彼はあの魔獣を見て視線を鋭くした。

「奴相手に消耗戦は分が悪い……合わせろウルバス。一気にやるぞ」

当然のように自分を頭数に入れてくれることが嬉しかった。

遠慮も気遣いもない、ただ出来ることをやろうと言ってくれることが、有難かった。

「うん―――行こうか」