軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「……」

悲鳴も、血の匂いもしない。

それでも嗅ぎ慣れた魔術の匂いと失われた気配だけで、目で見ずとも二人が監視を始末したことだけは分かる。静寂が破られていない辺り、戦闘らしい戦闘も起きなかったようだ。

「憐れだな」

ジグは誰に聞かせるでもなく呟いた。

自分たちが何を相手にしているかも知らずにいたとは。なまじ人と同じ姿をしているから勘違いしてしまうのも無理ないのだが……どうしてあの異常性に気づけないのか不思議で仕方がなかった。

魔力という特性のせいかは知らないが、こちらの人間は危機察知能力に難がある。

初めてシアーシャを見た時、討伐隊の人間で彼女の異常性に気づかない者は一人としていなかった。そうと関連付けられなかっただけで魔術の匂いにも気づいていたようだったし、そもそもの構造が違うのかもしれない。

さて。考察はさておき、今は背後の気配をどうにかする方が先だ。

ジグは後を付けてくる気配とどこでやり合うか考えながら夜の道を行く。

僧兵たちは存外に用心深いようで、一定より先に距離を詰めてこない。仮にジグが襲い掛かったとしてもすぐに逃げられるよう常に位置取りを変化させている。夜闇に乗じて逃げに徹されれば一人は取り逃がしてしまう。

「警戒する相手を間違えているぞ……」

随分と高く買ってくれているようだが、盛大に脅威度の配分を間違えている彼らに思わず愚痴めいた独り言をこぼしてしまう。

僧兵たちは魔術を交えた接近戦を得意とする戦闘集団であり、人より優れた身体能力を持つ亜人相手に渡り合ってきた。魔術師相手ならば近づいてさえしまえば接近戦でどうにかできるからと思っているのかもしれないが、それは大きな間違いだ。

彼女たち魔女は確かに強力な魔術を扱うがゆえに接近戦の経験が少ない。

近距離戦と遠距離戦のどちらが得意かと言えば間違いなく後者だろう。

だがそれは、魔女が近距離での戦闘に弱いことには繋がらない。

短詠唱で繰り出される簡易魔術であろうと、有り余る魔力で放たれるそれは人に対して十分過ぎる殺傷力を秘めている。また距離が近ければそれだけ回避するのが困難になるのは当然であり、一度のミスが命取りになりかねない。

特に彼らはなまじ魔術が使える分、防御術に頼りがちだ。多少の被弾を覚悟したつもりで巨大な魔獣の如き一撃を貰うのだから堪ったものではない。

では防御面が薄いかと言えばそれもまた間違いだ。瞬時に展開される攻防一体の魔術は非常に強固で、生半可な攻撃など意にも介さない。近接戦闘に特化したジグが一点突破させてようやく打ち破れるかどうかと言ったところだ。あくまでも生物の枠から大きく外れない亜人相手を想定している僧兵たちの攻撃でどうこうできる相手ではない。

もっとも、それを言ったところでもう手遅れだろうが。

そんなことを考えながら僧兵たちの隙を窺っている内に、バルジから聞いた区域に来ていた。

この辺りはもともとアグリェーシャに取り込まれたマフィアの縄張りだったらしい。彼らがハリアン侵攻に失敗して勢いを失った後、カララクに勢力争いで負けた際にはどっちつかずの蝙蝠をやっていたとか。奇跡的に被害の少なかった彼らは他のマフィアが力を失ったために勢いづいたが、冒険者を引き入れたファミリアに大きな後れを取っていた。

彼らにとってクロコスたちは目の上のたんこぶ……例の殺し屋が次に狙うのに最も有力な勢力だ。

「……?」

様子を見ようと歩調を緩めたジグが違和感に気づいて足を止める。

妙だ。マフィアの縄張りだというのに人の気配が無さ過ぎる。彼らは縄張りというものに拘るため、見える位置にも見えない位置にも人を置きたがるもの。

ジグは目を細めて五感に意識を向けて辺りを探った。

後ろを尾けている僧兵たちが身じろぐ気配すら感じられるほど深く……見て、聞いて、感じ取る。

暗闇に透けて見えるのは灯り一つない建屋。

耳に届くは不自然なほどの静寂。

夜風に交じるのはこの街の腐った空気と―――新鮮な血の匂い。

ひゅんと、風切り音が後ろから聞こえた。

「―――かひゅ」

閉じていた口から、押し出されるような空気が漏れる。

それに気づいて咄嗟に自分の口を押えた。しかし出てくるのは音ではなく……真っ赤な血。

「ぇ……がふっ?」

困惑する声を押しのけるように流れ出す血は押さえる手の隙間からこぼれ落ち、それに遅れて線の引かれた首から鮮血が噴き出した。

喉を一刀のもとに断ち切られた僧兵は自らの首から噴き出す血を見ながら、最後まで何が起きたのかを理解することなく命を落とした。

「な……っ、後ろだ!」

動揺は一瞬。尾けていた自分たちが後ろから襲撃されたという事実を瞬時に理解した二人の僧兵が動く。一人が法衣の下から二本の短い杖を抜き放ち、二つを合わせて捩じるように嵌める。

錫杖を主な武装とする僧兵だが、あれは長く取り回しが悪いためにこういった隠密行動には向かない。その弱点を補うために彼らは短杖二本を合体させた仕込み杖を武装としていた。

しかし、既に懐に入り込んでいた敵を前に彼の行動は些か悠長過ぎた。

音すら置き去りに奔るのは二筋の残光。

仕込み錫杖を持つ両腕を斬り落とし、ほとんど同時に突き込まれた白刃が首を貫いた。

刃筋は狙ったように骨を避け、何の抵抗もなくうなじから切っ先を覗かせる。武器の性能に頼らない見事な腕前だ。

「がっ……!?」

僧兵は必死で一矢報いようと腕を伸ばすが、切断された腕は何も為せずに上下するだけだった。

断面から跳ねた血が襲撃者の頬を濡らす。

「―――にぃ」

笑った。かすみ始めた目でそう理解した瞬間、視界が大きく回った。

ぐるりと上を向いた頭は夜空を見上げ、降り注ぐ自身の血に塗れて絶命する。

「貴様ぁ!」

一人生き残った僧兵が仕込み錫杖を振り下ろした。

吠えながらもその技は冷静に、窮地に遭っても日頃の鍛錬で培った実力を十全に発揮させる。

恐らく相手は短剣の二刀流。懐に入れずリーチを活かして逃げ道を潰していけば勝機はある。

そう判断した僧兵は避けた襲撃者相手に長く持ち直した錫杖を振るった。大振りにせず、突きを主体に払いを混ぜた連撃で距離を詰めさせない。両手で保持した錫杖を短剣二刀で受け止めることは困難だ。ましてや相手は比較的小柄……このまま押し切れる。

牽制のために威力を犠牲にして詠唱速度に重きを置いた 氷礫(こおりつぶて) が同じように風の短詠唱で逸らされる。

「……手堅いね」

声と同時、焦れた相手が一気に距離を詰めてきた。特殊な歩法を使っているのか、動き出しが全くと言っていいほどに読めない。

だがそれを待っていたのは僧兵の方だ。動きは読めずとも予想することはできる。

「死ねぃ!」

甘い突きで掛けた誘いにまんまと乗って来た敵の顔面目掛けて鋭い刺突を放つ。

既のところで躱された。薄皮一枚残した見事な回避だが、僧兵もこれを読んでいた。鋭い突きが首を薙ぐ払いへと変化する。

(ただの杖と侮ったな。突かば槍、払えば剣にもなるのが錫杖の強み。このまま首の骨を叩き折って……)

「でもつまらないや」

「っ!?」

ぐるりと襲撃者が回る。

軽い音と共に地を蹴り、跳ねた体が頭を支点に振り子のように円を描く。必殺の一撃は空を切り、決して懐へ入れまいとしていた敵は目と鼻の先に。

驚異的な身軽さで払いへと変化した錫杖の軌道から首を逃してみせた。

「じゃ、お楽しみの時間だ」

夜闇に光る赤い瞳が迫るのを見ることしかできない僧兵の耳に、場違いなほど美しい 刃鳴(はな) りが届く。それが彼の聞く最後の音となった。

「…………」

ジグの視線の先で✕字に首を斬られた僧兵が膝から崩れ落ちた。

三人とも派手に血を撒き散らして死んでいるのは恐らくわざとだ。これほどの腕の持ち主ならば血が噴き出ぬよう奇麗に仕留めるくらいは造作もない。その意図は見せしめか、あるいはただの趣味嗜好か。

僧兵たちを片付けた襲撃者が背を向けたままこれ見よがしに血振りをする。

短剣……小太刀から払われた血が濡れた音を立てて地面を汚した。落ちた血はやがて死体から流れ出した血にのまれ、赤い川を作り出す。

その血を踏みつけ、一人の男が姿を現した。

「やーれやれ。こんな形で再会するなんて……実に僕たちらしいって言うべきかな?」

赤い足跡を残しながら歩み出るのは一人の剣士……いや、剣客。

「お久しぶり、お兄さん。血の香る、いい夜だね」

その男……ライカ=リュウロンは、殺しの悦に浸った顔つきのまま小太刀を剥き出しにジグに笑いかけた。