軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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危険な化け物が出現したとて、ジグたちのやることに変化があるわけではない。

見張りの増員を求められるマフィアたちは大変だろうが、彼らを慮るほど状況は甘くはない。

化け物の異様な姿は遠目からでも確認できたようで、見張りという退屈な仕事を命じられた者たちはやる気に満ちていて怠ける気配もないとか。

街の住民にも少なからず不安は広がっていたが、飢えない食事と真っ当な仕事が増えてきたおかげか暴動などには至っていない。これもギルド職員たちが死にそうな顔で諸々の手配を進めた賜物だろう。

「逞しいな」

街を歩くジグは懸命に生きようとする彼らを見てそうこぼした。度重なる魔獣の襲撃に加えてあのような化け物まで出現したというのに、住民たちはそんなことなどお構いなしに日々の糧を得るため精力的に活動していた。いつ来るか分からない魔獣よりも目前にある飢えの方が恐ろしいと言わんばかりだ。

炊き出しでは様々な粥や芋を提供しているが、腹に余裕ができれば次は食べる物へ欲求が向かうのは自然の摂理だ。怪しげな屋台では魔獣と思しき肉を使った串焼きを売っており、指をくわえた子供が物欲しそうに眺めている。

肉の仕入先は冒険者たちが倒した魔獣の死骸だ。稼げるのならば命の危険さえ厭わぬ彼らは、街の外周まで出てきてはおこぼれを貰おうとうろついている。

冒険者側も有用な素材は回収するが、倒した魔獣の全てを活用するわけではない。片づけてくれるのならと残された魔獣の死骸を回収することについては目を瞑っていた。

あれもあまり食用には適さない魔獣の肉だとは思うが、それでも毎日芋や粥を食べる生活をしている者からすれば御馳走だ。

「……アレはやめておくか」

肉の焼ける匂いには食欲を惹かれないでもないが、怪しげなものを食べて腹を壊しては堪らない。

もう少し行けばまともな食事処があるらしいので今は我慢だと自分に言い聞かせると、足を進めた。

冒険者が討伐した魔獣の素材は基本的にハリアンを始めとした他所の街へ送られるが、中にはストリゴで捌かれるものがある。肉を始めとした生ものはその代表で、輸送費用なども考慮するとここで消化した方が都合がいい物もある。そういった品は比較的まともそうな店舗に卸され、ギルド側からも怪しげな店で腹を下さぬようにその店を利用するように促される。

暇になったジグが街に足を運んでいるのは、つまるところ彼らと同じく食に対する欲求を解消するためであった。

「……肉が食いたい」

薄く切ったり潰したようなのではなく、分厚いやつだ。

歯ごたえのある肉に思う存分かぶりつきたい……そんな欲求が芽生えていた。

どこぞの上流階級では”口に入れたらとろける”だとか”噛まなくてもいい”だとか、やたらと柔らかい肉こそが良いものだとする風潮があるらしい。それも悪いとは言わないが、やはり肉には食べ応えが欲しい。

ジグも健康な男の子。毎日芋でも平気なのは嘘ではないが、許されるのならばやはり肉を食べたい。

ちなみにシアーシャとシャナイアは仕事だ。

最初は誰か知り合いでも誘おうかとも考えたが、運悪くほとんどが仕事だったり、ぎらついた目で訓練相手を探す銀髪女しかいなかったので諦めた。

「たまには一人もいいさ」

誰とも話さず、黙々と食に集中する時間は嫌いではなかった。

さてどのくらいであれば他の客に迷惑を掛けずに食べれるのか……そんなことを考えながら街を歩いていると、騒ぎが起きた。

反射的に双刃剣の柄に手をやるが、どうやら自分には関係がない騒ぎのようだ。

魔獣でも現れたかと警戒しながらそちらに視線をやる。

「この糞ガキが! 俺の財布に手を出すたぁいい度胸だ!!」

いかにもゴロツキらしい風貌の男が子供の襟首を捕まえていた。帽子をかぶった子供は必死に振りほどこうとしているが、体格差がありすぎる。

どうやらあの子供がゴロツキの財布をスリ、それに気づかれて捕まったらしい。

気づかれるとはなんとも間抜けなスリだなと思っていると、男の持つ財布には細い紐がついているのが見えた。顔に似合わず用意周到な奴だと少し感心する。

ゴロツキは二人いて、もう一人の男が子供を勢いよく蹴り飛ばした。

「ぐっ……!?」

吹っ飛んだ子供は壁に叩きつけられ、その際に勢いで外れた帽子から獣の耳が覗いた。

盗みをした子供は亜人だったようだ。

子供は痛みに蹲るような隙は見せず、亜人の頑丈さか立ち上がってすぐに逃げようとする。

しかしそれより先に男の一人が尻尾を踏みつけた。

「いっ!?」

痛みに動きが止まる子供を男は怒りのままに殴りつける。

「人の物を盗む悪いガキには教育が必要だよなぁ?」

男は憂さ晴らしをするように拳を振るい、顔面を強かに殴った。鼻血が飛び散って拳を濡らし、一方的な暴力に興奮した男はさらに過激になっていく。

街行く人々はそれを遠巻きに見ながらも誰一人として止めず、関係ないとばかりに去っていく。

「……なんだ。ただの盗人か」

そしてそれはジグも同じであった。

多少やり過ぎなところはあるが、財布を盗もうとした者に対する報復としては妥当であったし、困窮した国ではよく見る光景だ。珍しくもない。

何の罪も犯していない者が暴行を受けていたのならば止めるくらいはする。

事情があるとしても盗みを働いたならば自業自得であり、捕まったのならば相応の罰を受けるのが道理。

子供が亜人であろうと関係がない。別にジグは亜人全肯定のお仲間という訳ではないのだ。

これまで知り合った亜人とは偶々友好的な関係を築けていただけのこと。被差別種族だからと言って贔屓するつもりはない。

その光景から興味を失ったジグは意識を肉へ切り替え、その場から去ろうと踵を返し……た所で、人ごみの中で殺気を撒き散らす知り合いを見つけてしまった。

「人間……!!」

若い狼の亜人、セブが怒りに燃えた眼でゴロツキたちを睨みつけていた。

今にも剣を抜きそうな剣幕のセブをそのまま放置すれば大変な騒ぎになることは明白だ。身体能力に優れた亜人であり、冒険者でもあるセブが喧嘩をすれば一般人などひとたまりもない。下手をすれば殺してしまう。

ストリゴで殺し程度ならばそこまで騒ぐような話でもないが、ハリアンの冒険者としては非常にまずい。特に立場のあまり良くない亜人が人間を殺したとなればなおさらだ。

更に間の悪いことに、今は街に澄人教が居る。誰かがタレコミでもすれば何が起こるか分からない。セブだけでなく亜人全体の問題にまで波及し、そこには友であるウルバスも含まれる。

「……やれやれ、仕方がない」

諸々の事情を鑑みたジグは嘆息すると、毛を逆立てながら動き出した彼の肩を掴んだ。

突然背後を取られたセブは驚いて反射的に牙を剥く。

「誰ッ……お前か。悪いが後にしてくれ、今忙しい」

「待て。どうする気だ?」

「知れたこと。同胞を虐げる人間をぶちのめす! ……助けろとは言わない、邪魔をするな」

セブが振りほどこうとするが、ジグの手は万力のように掴んだまま放さない。

「貴様ッ、なんの真似だ!」

殺気だった彼はジグの胸ぐらを掴んで詰め寄った。

剥き出しの牙と怒りで開いた瞳孔は野生の狼を思わせる。

「落ち着け。今この街には澄人教がいる。お前の起こした問題で他の冒険者や仲間の亜人にまで迷惑をかけるつもりか?」

「ぐ……ならどうすればいい! 同胞が虐げられているのを黙って見ていろとでも!?」

セブはやり場のない怒りに頭を掻きむしる。仲間意識の強い彼は目の前で殴られる子供と、同胞に掛かる不利益に板挟みにされて発狂寸前だ。

短気な性格をよく今まで抑えてきたものだ。無論、彼ではなくバルトたちの苦労が偲ばれる。

セブの肩を放すと軽く叩き、入れ替わるように前に出る。

「何を……」

「適材適所だ。この街にはこの街なりのやり方がある」

呆気にとられるセブを置いてゴロツキたちの方へ。

「あ? 誰だよあんた。このガキの保護者か?」

ジグに気づいた男が子供に足を載せた。後ろでセブの殺気が膨れ上がる。

男たちはそれにすら気づけないほどの素人で、しかし度胸だけはそれなりにあるようだ。

「俺たちはよ、モノ盗む手癖の悪いガキに教育してやってるんだよ。口出されるいわれはないぜ?」

「そうさ。あんたが保護者だってんなら慰謝料払ってもらおうか、ああ?」

男に踏まれた子供が呻いた。近くで見ると犬系の亜人ということが分かる。

暴力に対する怯えと恐怖、そしてわずかな反抗心。この状況でも心が折れていないとは、中々に根性のある子供だ。

ジグは子供から男たちに視線を移すと、下卑た笑みを浮かべる彼らを無表情に見た。

「お前たちのどちらが悪いかなど、どうでもいい。この街では盗まれるやつが悪くて、捕まる奴が間抜けだ……違うか?」

腹に響くような低い声と見上げるような体格のジグにゴロツキたちはたじろいだが、暴行を肯定するかのような口振りに引き攣った笑い声を上げる。

「……あ、ああ! そうだよなぁ? 話が分かるじゃねぇか」

「だからお前たちがそのガキをどうしようと興味がない。俺が言いたいのは」

ジグは溜めを作った後、顎で周囲を示す。

道の端の方ではあるが、人通りの多い場所で起きた騒ぎのせいで人の流れが歪み、渋滞が起きている。

「通行の邪魔だ。……退け」

二人は顔を見合わせると、媚びたような笑みを浮かべて亜人の子供を引きずった。

人気のないところで 甚振(いたぶ) るつもりのようだ。

「ああ……すまねぇ、邪魔したな」

ジグはそれに返さず、避けもせずに堂々と二人の間を通った。

慌てて道を開けようと男たちがそれを避け―――

「……え?」

ドン、と。ぶつかる音。

避けたはずなのに、いつの間にか軌道を変えたジグの肩が男にあたっていた。

ジグの眼がぎょろりと動き、男を睨みつける。

「……貴様、どこを見て歩いている」

「えっ!? いや、今のはあんたが……」

弁明する男に構わず、ジグは眉を顰めてさも痛そうに肩を擦っている。

「痛いな……とても痛い。肩が折れてしまったかもしれないぞ? 慰謝料を払ってもらおうか」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ! そんな岩みたいな肩が折れるわけないだろ!?」

完全な言いがかりをつけられた男が悲鳴を上げて周囲に同意を求める。

しかし道行く人たちは男たちを見て、彼らよりも遥かに大きなジグを見て、そっと目を逸らした。

さっき子供に暴行を加える彼らから目を逸らしたように、我関せずを貫いた。

「て、てめぇら……」

額から冷や汗を滲ませる男の肩を、太い腕ががっしりと掴んだ。

「払えんというのならば……教育をする必要があるな?」