軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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肉体言語を含めた話し合いを終えたジグは、屋敷の広い廊下を通って部屋に向かっていた。

戻る途中で何か言いたげなレアヴェルの視線を感じたが、今は休むことが優先すべきことなので無視した。彼女も急いで話す内容でもなかったのか、それともヨランを待っているのか、呼び止めたりはしなかった。

廊下に飾られている高そうな壺へ何とはなしに視線をやる。

金持ちなどの金銭に余裕がある者がこういった芸術品に傾倒するのは知っている。ジグとて無教養な方だが、見知らぬ場所でその地独自の紋様が描かれた食器を趣深いと感じることはある。だが最初から見ることが目的の絵画ならばともかく、使わない容器に何の意味があるのだろうか。

詮無いことを考えていると宛がわれた部屋が見えた。

先に休ませておいた魔女二人は既に水浴びを終えて部屋に戻っているようだ。

慣れ親しんだ、魔女特有の異質な存在感が彼女たちの在室を伝えてくる。

「……ふっ」

異常な感覚に慣れ親しむという矛盾と、そのことに対して違和感を感じずに受け入れている自分。

そのおかしさに人知れず小さく笑い、すぐにいつもの仏頂面に戻して扉を開ける。

「あ、ジグさん。おかえりなさい」

寝台に膝を崩して座ったシアーシャがすぐに気づいた。

彼女はまだ少し水気の残る髪をお団子にまとめており、夜着に着替えていた。生地の薄い夜着から覗く白いうなじと晒された太腿が眩しく、得も言われぬ魅力を放っている。

色々と無防備で目に毒な光景だが、基本的に裸族であるシアーシャとしてはこれでも進歩した方なのだ。ハリアンにきた当初は全裸でいることも珍しくなかった。

「……何をしているんだ?」

普段なら白磁のような肌に一度目を奪われてからそっと逸らす所だ。

しかし今はそれ以上に気になることをしているのが勝った。

「あ゛あ゛あ゛ーーーー!」

「あぁ……コレが服を着るのを嫌がったものですから、適当な物で代用しました」

そう口にするシアーシャは椅子に座るシャナイアに目を向けた。

いや、座っているという言葉には語弊がある。

身動き一つとれないほどに毛布を巻かれたシャナイアは椅子に縛り付けられ、頭部と足先が見えるのみ。そしてシアーシャは手を翳し、彼女の顔面目掛けて魔術で風を吹きかけていた。

強い風にシャナイアの紫紺の髪がはためき、頬肉がぶるぶると震えている。

首をのけ反らせてどうにか逃げようとしているが、手足を拘束されては逃げようもない。

こうなっては絶世の美貌も何もあったものではない。

「…………ふむ」

一見すると新手の拷問か何かに見える。拘束して顔に水をかけ続ける拷問があるのだから、風を吹きかけ続ける拷問くらいはあってもおかしくはない。

「じ、じぃぐくぅ~ん、だすけで!!」

こちらに気づいたシャナイアが必死に助けを求めている。やはり拷問なのかもしれない。

どうしたものかとシアーシャを見たが、不思議そうに小首を傾げている。

シャナイアが拷問を受けていることはいい。

問題はどうして拷問を受けているかだ。

シャナイアが服を着ようとしなかったことに驚きはない。どうやらこれは魔女の性質のようなものらしく、彼女たちは寝床や落ち着ける場所での服を極度に嫌がる。

シアーシャは極力締め付けるような服装を拒んだ末に娼婦が着るような夜着を選んだし、シャナイアも襤褸をそのまま羽織っている状態だった。

だから簀巻きにされていることに驚きはない。

かつてシアーシャはジグの前で裸でいたことを口酸っぱく注意されているので、他人にもそれを要求するのが当然と考えているのだ。

だが拷問までするほどの罪ではない。

「なぜ……風を?」

とりあえずと彼女に訊ねてみる。するとシアーシャはうんざりしたように床を指してため息をついた。

「このお馬鹿さん、適当に拭いただけで髪の毛をしっかり乾かさないんですよ。見てください、びちゃびちゃです!」

言われて床を見ると、確かに部屋で雨でも降ったかと思わせるくらいに水滴があった。

二人とも毛質は違うが、腰にまで届く毛量はかなりのものだ。そこに溜まった水滴が落ちればこれくらい水浸しにはなる。

「ちゃんと乾かせと言っても聞かないんです。だから無理矢理やることにしました」

「なるほどな」

話を聞く限り、シャナイアが完全に悪い。

湿気は魔具にも魔術書にも天敵だ。高価な品がある以上、過剰反応と責めることは出来ない。

「わがった! わがっだから、自分でやるからーー!!」

懇願しながら泣きべそかく彼女を無視し、周辺に目をやる。

よく見れば椅子の下には雑巾が敷かれ、後ろにある窓は開けられているので吹き飛ばされた水滴は全て外に出されている。準備の良いことだ。

ジグは無言で装備を外すと、水滴が飛ばない場所に荷物を置いた。

「シアーシャ」

「はい?」

呼ばれた彼女はきょとんとした顔でジグを見上げる。

頭部でまとめられた髪型は初めて見るが、これはこれで趣きがあっていいものだなとジグは内心で頷いた。

「俺も汗を流してくる。ここは任せたぞ」

「はい!」

「あ゛あ゛あ゛ーーーー!」

いい返事をする彼女の頭に手を置こうとし、自分の手があまり綺麗でないことに気づいて手を引っ込める。どこか残念そうな顔の彼女に苦笑すると、絶望混じりの悲鳴を背に扉を閉めた。

「これからのことで少し話をしたい」

汗を流したジグが部屋に戻った頃には乾かすのも終わったらしく、ぐったりとした様子のシャナイアが寝台で横たわっていた。簀巻きになるよりはマシと、ちゃんと服も着ている。

「これからのこと、ですか?」

聞き返す声は真下から。

まとめた髪を解きしっとりとした黒い長髪を流したシアーシャは、寝台に腰かけるジグの 股座(またぐら) に座り込んでいた。

彼女はジグが部屋に戻るなり櫛を握らせ、髪を梳かせと無言で要求してきたのだ。

濡れ羽色の髪に櫛を通すたび、絹のような手触りが伝わってくる。

梳かす必要などないくらいに真っ直ぐな毛質なのだが、彼女はよくジグにやってくれとせがんでくる。

「昼に戦った化け物のことだ。なんでもあれは古代文明の置き土産だそうだ」

「古代文明……本で読みましたけど、本当にあるんですね。それこそ言い伝えやおとぎ話くらいに思ってたんですけど……ふふっ」

言いながら彼女は小さく笑う。

元居た大陸で魔女は災害を言い換えた物やおとぎ話に近いものだと考えられており、その実在を知っている者はあまり多くなかった。

しかし魔女は実在し、こうして人間と共にいる。

ならば古代文明が実在していても何もおかしいことは無い。

「ならあの異質さにも納得ですね。あっちに、あいたっ……ただの魔獣だって十分化け物ですけど、あれはちょっと格が違いましたから」

”あっちにいた動物と比べれば”と言いかけたシアーシャの頭へ軽く手刀を落とし、ちらりと目線だけでシャナイアを窺う。

ぐったりとした彼女は寝台に突っ伏したままで、こちらに意識を向けている様子はない。

だが彼女のことだ。きっちりと話を聞いている可能性もあるので用心に越したことはない。

手の止まったジグへ遠慮がちにねだる蒼い瞳に気づき、櫛を動かしてやる。

「俺としては撤退を進言したい。依頼にはあそこまで異常な化け物が出る情報はなかった。これ以上危険を冒す必要は感じられない」

もちろんこういった仕事をしている以上、想定外の危険というのは付き物だ。

しかしものには限度がある。あの巨体であの規模の破壊をバラ撒くような相手など、魔女の手にも余る。それこそ各地のギルド総出で対処しなければならないと、そう感じたのはそこまで的外れでもないはず。

ストリゴの防衛はジグも納得の上で受けた依頼だが、負け戦に命を懸ける程の報酬は貰ってはいない。

何も言わずにいなくなる不義理はしないが、最後まで付き合うほどお人好しでもなかった。

「ジグさんは……どうするんですか?」

顔の見えぬシアーシャの口調は普段通りだ。

しかしそれが努めてそうしているのだということくらいは分かる。彼女なりに成長して内心を読めぬようにしたつもりだろうが……それで隠せるほど短い付き合いではない。

だからジグの返答は最初から決まっている。

「お前が決めろ。ギルドからの依頼はここまでの危険を想定していないが……”魔女”からの依頼ならば話は別だ」

変わらぬ手つきで櫛を通しながら、普段通りの口調で語る。シアーシャとは違って、意識をする必要もない。そしてそれを理解できる程度には、彼女もジグのことを知っている。

「俺の意見はもう言った。判断するのはお前だ……依頼主様」