軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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片側を支える三本の内、二本を破壊された化け物がぐらりと体勢を崩す。

切断面から体液をこぼしながら斜めに 傾(かし) ぐ巨体。蟲系の魔獣のように青か緑の血の印象を受けるが、流れているのは真っ赤な鮮血であった。

前後に長い体なので派手に転倒という訳にはいかないが、それでも移動能力をある程度奪うことには成功したと見ていい。

「退くぞ」

ジグは新しい技法の成果を見届けると、追撃の機会を惜しむこともなく距離を取る。

同じように脚を折ったハインツと僧兵が下がるのを確認しつつ、こちらに向けられる触腕の放つ魔術を斬り払った。蒼金剛のように分解するとまではいかないが、魔力として安定している血晶纏竜の頭角ならば散らすくらいはできる。

「いいのか?」

「得体が知れん。このまま戦うのは危険だ」

こんな訳の分からない見た目の化け物がどのような攻撃手段を持っているかなど想像もつかない。

それにこの巨体相手では剣で有効打を与えるのは難しい。頭を落とすくらいしか思い浮かばないが、頭部周辺には触腕がうようよいるので近づくことすら至難だ。

「それに、こういうのには適任者がいる」

「……違いない。シアーシャさんの魔術に巻き込まれるほうが怖えや」

浮かぶ影に気づいたハインツが頼もしくも恐ろしいと言いたげに笑った。

「どっせい!」

動きの鈍った化け物にシアーシャが再度、岩槍を放つ。

先ほどと同じ規模の魔術だが、籠められた魔力は段違いに上がっていた。質量と貫通力に優れた岩槍は、たとえ堅固な城壁であろうと一撃で打ち崩してしまうだろう。

黒みさえ帯びている岩槍が長い体ごと串刺しにせんと迫る。

頭部に直撃する軌道だ。体勢の崩れた化け物では先のように躱すことも叶わない。

「D――――――」

化け物の触腕が脅威に反応し、空気を揺らして口々に魔術を唱える。

やはり何を言っているかは分からないが、ジグは匂いからそれが防御術であることを察知した。

複数の口による多重詠唱の効果は凄まじく、瞬く間に幾重もの障壁が展開される。

だが悪あがきだ。

「あれを止められるものか」

甲高い音と共に障壁が割れる。

人の身では成し得ない多重防御術を、黒い岩槍が薄氷を割るかのように貫通していく。

岩槍は多少の勢いを減衰させたが、その威力には些かの衰えも感じさせない。

「D――――――」

わずかに稼いだ時間で化け物は前足を掲げると、最後の砦として一際大きい障壁を展開した。

魔術同士が激しくぶつかり、残滓が辺りを眩く照らした。

拮抗はしていない。

岩槍はその貫通力を以って障壁を喰い破りつつあり、勝敗が決するのは時間の問題であった。

「よし、行け行け!」

「……」

人外の規模による激突にハインツが歓声を上げ、僧兵が言葉もなく瞠目している。

勝負あった。誰もがそう思った時、ジグの鼻が異質な匂いを嗅ぎとった。

障壁を展開する化け物の前脚。

歪な五本指がついた足の裏が裂け、大きな口が姿を現した。

「i――――――」

口が滑らかに動き、未知の魔術を唱える。

少なくともジグは今まで一度も嗅いだことのない、また匂いからどのような魔術か類推することもできない、そんな匂いだった。

それが発動した瞬間。

岩槍が、ぴたりと止まる。

それまで目標を破壊し尽くすまで決して止まらない、そう思わせる程の勢いを持っていたはずの魔術がだ。

「え?」

術者であるシアーシャが戸惑いの声を漏らす。

既にあの魔術は彼女の制御下になかった。

困惑するシアーシャの視線の先、岩槍に変化が起きる。

ぱらぱらと、風化した建物が崩れ行くように。

黒化するほど魔力の籠められた岩槍が朽ち果てていた。

岩槍が完全に崩れ落ち、化け物の眼球がシアーシャを捉える。

「――――――ハッ!」

言い知れぬ不気味な圧を持ったそれに射竦められたシアーシャが全身の毛を逆立てた。対抗するように魔力を迸らせ、余波で髪の毛をざわつかせながら威嚇する。

魔女であるシアーシャが本気で威嚇をしている。

それはすなわち、あの化け物がシアーシャを害するほどの脅威を持っていることの証左でもあった。

「な、なん……だ!?」

突然震えだした膝にリザが戸惑いの声を漏らす。彼女だけでなく他の冒険者たちも同様だ。

この大陸の人間は本能部分の危機察知能力が低く、シアーシャたちのような魔女相手でもあまり影響を受けない。しかしそれは平常時の話だ。

生物としての格が違う、文字通りの化け物同士が睨み合う威圧に、矮小な人間の本能が怯えていた。

「 ――――――」

今の一撃で化け物もシアーシャを明確な脅威として認識したようだ。

触腕や体毛をざわざわと波打たせているのは威嚇だろうか。

片手間に相手を出来る存在ではないと判断したのか、渋々と掴んでいた風来鮊を放す。

九死に一生を得た風来鮊はあちこち傷ついた体で、青い血を流しながらよたよたと飛び去って行った。

そんなことにも意識をやる余裕もなく、場の緊張感は限界まで高まっていた。

何を言わずとも冒険者たちは距離を取り、戦闘に巻き込まれぬよう自身のみを最優先に動いている。

そしてジグだけはシアーシャの邪魔にならぬ位置に動きながらも、いつでも化け物に斬りかかれる準備を整えていた。

「……!」

撒き散らされる本能を震わせる害意にあてられぬよう、深く心を鎮める。

己の成すべきこと……彼女を護るという役目を果たさんがために。

漂う魔術の匂いに、ただその時を待つ。

睨み合う化け物とシアーシャの敵愾心は最高潮を迎えていた。

どちらも退く気はないと理解した二体は障害を排除するべく、魔術を組むべく魔力を練り上げ―――

「目が沢山あるのに、随分節穴だねぇ」

突如現れた影の刃が二振り、シアーシャの後ろから化け物目掛けて放たれた。

シアーシャの放出する魔力に紛れて組みなされたそれは化け物の感知能力を欺き、地を這い奇襲の形で化け物へ迫る。

「「A/D――――――」」

完璧な奇襲だった。しかし不意を打たれても、文字通り口 数(・) の多い化け物の対応は速い。

素早く展開した障壁で影の刃を受け止めると、炎の魔術で迎撃する。

シアーシャに隠れ、感知されぬよう最小限の魔力で放った攻撃術などこんなものだ。

それで十分だ―――本命を隠すには。

「あまり侮ると」

殺意に紛れ、魔術に紛れ、潜り込む影が一つ。

化け物の下を走り抜けたジグが双刃剣を握り冷徹に見据えた。

治り始めていた脚二本をついでのように薙ぎ払い、狙うは残る無事な前脚。

「足を掬われるぞ!」

気合一閃。

肩口から振り抜く強烈な斬撃は裏側から斬りつけられた骨肉を大きく抉り、その大部分を斬り飛ばした。

だがジグはそれで止まらない。

「ぬん!」

斬り抜け、振り返り様に左の拳。

衝撃波を纏うそれは残りわずかとなった足の肉を吹き飛ばすのに十分な威力を持っている。

叩き込み、反動に逆らわず後ろに跳ぶ。

「――――――!?」

とうとう片側の脚を全て破壊された化け物が初めて悲鳴を上げた。

支えきれない体が横に倒れ、地響きと金切声が木霊する。

「合わせてくれると思ってたよぉ、ジグくぅん!」

「いいからさっさと手を貸しなさい」

倒れた魔獣にシアーシャとシャナイアが追撃に魔術を唱える。

魔女二人の声が合わさり、戦場だというのに美しい音色が響き渡る。

組み上げられたのは影の刃と岩の鉄槌。

眼前の敵を切り裂き、叩き潰さんとする破壊の意志。

異形の化け物目掛け、二つの暴威が振り下ろされた。