軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

218

「は…………え?」

虚を突かれた魔女の口から間の抜けた声が漏れ、細められていた目が丸くなる。

言われた言葉の意味が理解できていない、そんな顔。

「 然(しか) らば死ね」

だがジグに理解を待ってやる道理はない。

ぎちぎちと音が鳴りそうなほど膝に溜めたバネを解放し、足の筋肉を瞬発的に働かせる。

乾いた音を立てて朽ちた床板を砕きながら、前傾姿勢のジグが放たれた矢のように前へ跳ねた。

長い足と強烈な踏み込みから生み出される速度は凄まじく、 彼我(ひが) の八歩ある間合いを二足にて食い潰す。

殺気に反応したシャナイアが周囲に展開していた影を操った。影は鎌首をもたげて向かってくる敵を串刺しにせんと殺到する。

まともに受ければ人間など 膾(なます) に刻まれる威力を秘めた影は、生かしておかねばならぬことを忘れてしまうほどに焦ったシャナイアの感情の表れでもあった。

しかし如何に高い威力を持っていようとも、当たらなければ意味はない。

ましてや魔術の速度や正確性は術者の認識に依存している。不意を突かれて想像を絶する速度で迫られれば、当然狙いも外れる。

一拍遅れて動き出した影はジグを捉えること叶わず、掠めた部分から血の華を咲かせるのが精々に終わった。

右、左、そして右。最後は足でブレーキを掛けながら腰を捻り、下半身から上半身へ余すところなく突進の勢いを伝播させていく。

瞬く間に肉薄したジグは赤黒い双刃剣を右肩口に構え、渾身の袈裟斬りを見舞った。

「せぁ!!」

「ちっ……―――!?」

舌打ちをしたシャナイアが二筋の影を操り、片方で受け止めてもう片方で反撃を加えようと―――したところで、何かに気づいたように慌てて両方を束ねて防御に回す。

空気さえ震わせる剛剣と、音もなく動く鋭利な影。

対照的な二つの刃が真っ向からぶつかり合った。

激しい衝撃に朽ちた教会の一部が崩れ、飛び散った魔力光が夜闇を照らす。

硝子を力任せに擦っているような異音を立ててせめぎ合う両者だが、押しているのは人間で、押されているのは魔女であった。

シャナイアの操る影のうち一筋は完全に断ち切られて霧散し、もう一筋は中ほどまで赤黒い刀身の侵入を許していた。それでなお殺しきれぬ衝撃に影は大きく撓み、今にも押し切られてしまいそうなほどに変形している。

信じがたい結果にシャナイアが浮かべていた笑みが引き攣る。

後わずか、ほんの僅かでも判断が遅れていたら影ごと真っ二つにされていた。あの槍使いとの死闘でジグの剣筋を、その威力を見ていなかったならば、あるいはここで終わっていたかもしれない。

「ッヒ、ハハハ……あの魔女が馬鹿力なら、雇われた君も馬鹿力ってかい? 冗談キツイよねぇ……!!」

シャナイアが影を必死で支えながら、自らの力量を誇るでもなく淡々と殺意を宿した瞳を見返す。

背筋が震えるほどの濃密なソレに笑みを深め、自身の見立ては間違っていなかったことを再認識する。やはりこの人間は特別だと。

押し切られる前にと、シャナイアが詠唱一つで新たな影を生み出し斬撃を放つ。

視認性の悪いはずの小さな影を、しかしジグははっきりと認識しているようだ。

双刃剣を左にくるりと回して下刃で影を横に弾くと、再びの上刃で逆袈裟斬り。

首筋目掛けて迫るそれを半ばまで斬られた影を犠牲に防ぎながらシャナイアが距離を取る。

ジグとの接近戦はまずいとようやく理解したらしいが、その判断はあまりにも遅すぎた。

「逃がさん」

影を斬り捨てたジグが下がるシャナイアを追うべく地を蹴る。

死神の一歩……と言うにはあまりに力強いそれ。

乗るようにして影に運ばれるシャナイアの速度は見た目よりは早いが、ジグの踏み込みから逃れるには足りない。

だがそれを黙って見ているほど彼女も抜けてはいない。

「そんなに前のめりだと、足を掬われるよぉ!」

刺激臭と同時に影の斬撃、二連。

生み出された大振りな影が教会の長椅子を薙ぎ払いながら迫り、躱すために跳んだ隙を狙うような胴を薙ぐ一撃が時間差で後を追う。

「半端な」

露骨な足止め狙いの魔術にもジグは止まらない。

走る勢いのまま身を屈めて飛び込むように前転。二筋の影の隙間を潜り抜ける。

ジグの眼前を黒い刃が通り過ぎ、はためく外套の先が切断される。

「ちょっ……当たったらどうする気だい!?」

曲芸と言うほどでもないが、失敗すれば即死は免れない。

一歩間違えば三枚におろされる凶行にシャナイアが思わず声を上げる。

ジグを生かしたまま捕えることが目的の彼女としては、足を止めて対処することを想定して魔術を使ったのだ。

ジグはそんな彼女の事情などお構いなしとばかりに、前転の勢いを殺さずに起き上がりながら走る。

シャナイアはその動きを止めようと魔術を行使。

面で攻めるべく影の波をけしかけるが、赤い軌跡が三閃するだけで断ち斬られ、崩れた中心を衝撃波を纏う拳で突破される。影から生えた錐の反撃を受けているが、急所は外されている。

ならばと斜めに飛び出した影の帯が死角から襲うが、匂いでそれを察知していたジグは左右に軽くステップを踏むだけで回避。半歩ほども時間の稼げない結果に終わる。

いや、実際は影にすっぱりと斬られた横腹から血が滲んでいるが、ジグの動きはそれを感じさせない。

「うそぉ!?」

使う魔術の悉くを凌がれたシャナイアが驚愕の声を上げる。

そうして無駄に使った魔術の分、離した距離は再び詰められ、横薙ぎの斬撃がシャナイアを襲う。

「ふん!!」

「まずっ……!」

先の交錯でその威力を存分に思い知らされた彼女は、咄嗟に影で自身を包んで防御態勢を取った。

影が繭のようにシャナイアの全身を覆わせたと同時、ジグの一撃が直撃する。

「きゃぁ!?」

先程とは違い、破城槌が城門を叩くような轟音。

双刃剣は人間大の繭へ刃を喰い込ませるが、魔女の本気の防御を崩すまでには至らなかった。

蹴鞠(けまり) が如く弾き飛ばされた繭は教会の壁を突き破ってなお止まらず、激しく回転しながら跳ねていく。廃墟の瓦礫に何度もぶつかって破壊した結果ようやくその動きを止めた。

大きく歪んだ繭が解除され、中から目を回したシャナイアがよろよろと這い出てくる。

「……う、おえぇぇ……くそぉ、なんて非常識な……」

斬撃の威力自体は完全に殺したのだが、吹っ飛ばされた慣性まで消えるわけではない。激しく上下する繭は彼女の三半規管にそれなりのダメージを与えていた。

ふらつく頭を押さえながらも、何とか立ち上がったシャナイアは危機感を露わにする。

非常に高い近接戦闘能力に加えて、まるで魔術の発動をあらかじめ知っているかの如き反応速度。死をも恐れぬ心の在り方と、それらを激情に囚われることなく制御する意志の強さ。

彼女は、事ここに至ってようやく理解した。

あの男は危険であると。

魔女である自分すら害しうる、非常に厄介な天敵であると。

「……口惜しいけど、ここは一時撤退かねぇ」

正面から戦うのは危険すぎる。

人間相手に背を向けるのは業腹だが、いくらなんでも相性が悪い。無策でどうにかなる相手ではない。距離さえとってしまえば楽な相手なのは間違いないのだ。碌に魔術も使えない相手など遠間から嬲りに嬲った後で瀕死の所を回収してやればいい。

そう判断したシャナイアは態勢を立て直すべく、影に溶けるように姿を消してその場を去ろうと、

「―――どこへ行く?」

声よりも、音よりも。闇よりなお濃い殺気が彼女の足を止めた。

遅れて彼女の鼻先数センチの所を刃が通り過ぎ、重いモノが着地する音が遅れて響く。

全体重を載せて、頭上から首を刺し貫くような一撃だったのだろう。

罅割れた地面に突き立つ刀身。両手で握られた柄の左右から灰の瞳がシャナイアを見つめていた。

血のような刀身はわずかに光を帯びており、持ち主の怒りに呼応するように震えている。

「ど、どうしてぇ……」

後ずさりながら、掠れた声でシャナイアが問う。

「どうしてそこまでぇ……?」

刀身を引き抜いてゆっくりと迫るジグは、彼女の問いに眉を動かして不快を示す。

未だ自分が何をしたのか理解していない元依頼主相手に、怒りを覚える。

「傭兵の流儀でな。舐めたことをする依頼主は例外なくぶち殺せ……そう教わってきたし、 そう(・・) してきた」

彼が傭兵団で教わってきたのは何も剣の振り方だけではない。

あらゆる面で未熟だったジグは彼らから生き方や、考え方、命の使い方を教えられてきた。

他人に舐められようとも構わない。

傭兵とは口先ではなく、剣で語る仕事が故に。

だが契約を果たさなかった依頼主を許すことはない。

それは自身のみならず、傭兵という職業全体を侮らせてしまう行為故に。

だからこそ傭兵は命を懸けて戦い、勝つ。

勝つこと、殺すことこそが、傭兵の存在意義故に。

攫おうとしたことに関しては……まあ、いい。

あまりよくはないが、強い者を探すという依頼自体に嘘はなかった。

その結果ジグを攫おうとしたのも彼女の目的として一貫したものだ。もちろん抵抗も敵対もさせてもらうが、疑問はあれどそれ自体にさして思うことはない。

だが、果たした依頼に対して対価を支払うこと―――これを 蔑(ないがし) ろにすることだけは赦されない。

「そ、そんな……たったそれだけのことで、ボクに―――魔女に刃向かうのかい!?」

シャナイアが目を見開き、正気を問うかのように声を上げる。

狂人の常軌を逸した行動原理を理解できない、まるでただの人間のように。

狂っている、壊れている、外れている。

人の主義主張など大半は建前と虚勢、そうありたいと願う意思表明に過ぎない。

少なくとも彼女がこれまで見てきた人間は皆そうであった。

窮地に立たされれば大層な主義主張など簡単に崩れ、命あっての物種だと逃げ出す。

シャナイア自身、それが当然で、正しいと思う。

死んでしまっては何も残らない。

力の伴わない主張など絵空事に過ぎない。

これが例えば、圧倒的な実力差の下に行われた虐殺ならば……まだ理解できる。

だが現実は違う。

結果こそシャナイアが敗れ、こうして首に手を掛けられている状態だ。

しかしその勝利は決して一方的なものではなかった。

よくよく見れば避け損ねた随所から少なくない血を流しており、紙一重で避けていることが見て取れる。回避された魔術も当たれば致命傷は免れず、本当に一歩間違えれば結果は変わっていたのだ。

契約を反故にした相手に報いを与える……たったそれだけの意思を貫くための行動として、あまりに割に合わない危険ではないだろうか。

そんな考えが顔に出ていたシャナイアを見て、ジグが苦笑して肩を竦める。

「確かに、あまり賢くないやり方かもしれんがな……相手が強いからと言って、態度を変えていては示しがつかんだろう?」

―――だから死ね。

言葉にしないそんな意志と共に、赤黒い双刃剣が振り下ろされた。