軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

203

仕事に次ぐ仕事が決まったが、先の護衛依頼は物資も体力もさして消耗していない。

日を跨ぐことになり時間こそかかったが、交戦は一度きりでさしたる負傷もなく撃退している。

遠出のために準備は必要だが、ストリゴ出張の人員が揃うまでの期間も考慮すれば十分な休養も取れるだろう。ギルドは急ぎたがっているようだが、ストリゴに行ってくれる冒険者などそう簡単に集まるものでもない。無論、伝手を当たるというシアンとの約束は果たすが。

ジグは市場を回った後にエルネスタ工房へ足を運び、頼んでいた装備の進捗を確認する。

シェスカに通されてガントに与えられた区画へ向かうと、そこには顔を真っ黒にした寸胴の職人が机に突っ伏していた。

相当無茶をしたのか、驚くべきことに装備はもう出来上がっていた。死にそうなほど疲労に染まっているが、どこか満足気なガントが手甲と胸当てを指差す。

「や、約束の素材……わすれ」

言葉半ばで意識を失うように寝落ちた彼を端の椅子に座らせ、眩しそうに眉を顰める顔に布を掛けてやる。図らずも死体のようになってしまったが、今さら起こすのも悪いのでそのままにしておく。

死んだように眠るガントをシェスカに任せると、出来上がった手甲と胸当てに近づいて表面を撫でた。

胸当ては黒地に黄土色の混ざった鱗で出来ていた。小さな落ち葉くらいのサイズの鱗が丁寧に編み込まれ、急所である脇まで覆う作りになっている。

「こちらは 砂塵蛇(さじんへび) の鱗を使用した胸当てです。乾燥地帯に生息する巨大な蛇の魔獣で、砂中を泳ぐための流線型の鱗は高い耐久性を誇ります」

ガントに麻布を掛けてやりながらシェスカが素材となった魔獣の説明をしてくれる。

拳でコンコンと叩いてみると金属とも違う独特で硬質な手ごたえが返ってくる。グローブを外して素手で撫でてみれば、予想外に滑らかな感触に驚く。鱗の形を加味すれば剣で斬りつけられても上滑りするのが容易に想像できた。

「しかし物理的な衝撃や防刃性能が高い反面、魔術耐性は低めなのでご注意を。特に冷気の魔術は大敵ですので」

「問題ない。元より魔術障壁も使えない身だ。これで魔術を防ごうなどとは考えていない」

ジグは早速胸当てを試そうと外套を脱いでそう言った。

その仕草はどこか上機嫌で、用意された品を楽しみにしているのが窺える。

シェスカは普段落ち着いているジグが見せる珍しい姿に意外なものを感じつつも、彼の歳を考えればさしておかしなことでもないかと微笑んだ。以前聞いた時に大変驚いたのだが、この大男は歴戦を思わせる風貌に反して自分とさして変わらない年齢をしているのだ。

そんな視線に気づかぬまま、慣れた様子で胸当てを着けたジグは軽く体を動かして調子を確かめている。肩の可動域や動いた際のズレなど、ひとしきり試して満足したジグが称賛の声を上げる。

「うむ、サイズは問題ないな」

「それはもう……お客様の要望に応えるのが私共の仕事ですので」

「流石だな」

こんなに短期間に何度も採寸すれば嫌でも覚えますよ……シェスカの頭をそんな言葉が過ったが、そっと耳からこぼしておく。ジグが高頻度で装備を壊していることを気にしていると同僚から聞いていた。

「さ、こちらの手甲もどうぞ」

シェスカは優しい嘘で塗り固められた営業スマイルのまま、手甲を渡す。

大きさは以前使っていたものより少し小さいが、重量は同程度。それだけ密度が高いのだろう。灰色に近い黒色の手甲は見た目よりも重く、かなりの強度がある。触ってみるとざらりとした軽石のような感触がした。

「最近公開されたばかりの新技術を利用しました。 岩喰鬼(いわくいおに) の胆石を溶かし、黒曜鋼と混ぜ合わせた手甲です」

聞き覚えのある名前に、以前目にした魔獣大全の知識を掘り起こす。

岩喰鬼。

名の通り岩などに蛸壺のような穴を開け、その中に潜む餓鬼のような小型の人型魔獣だ。膨らんだ腹と短い手足、眼球の無い落ち窪んだ眼窩と 天牛(カミキリムシ) の様な大きな顎を持っている。

彼らの潜む穴は狭く、口から出す粘液を噛み砕いた岩と混ぜて蓋をしている。夜になると穴から這い出てきて食事のために徘徊する。日中は岩の中で休眠状態にあるため探すのは困難だが、独特な臭気を持つ粘液や這った地面の様子を注意深く調べれば痕跡が見つけられるだろう。

三面鬼などの鬼系魔獣と祖先を同じくしているが独自の進化を遂げており、生態などに似通った点は少ない。視覚が退化しており眼球もないが、生物の呼吸音や体臭に敏感。顎は可動域が非常に広く、ほぼ百八十度まで開くことが可能。

直接的な戦闘力は高くないのだが、岩すら噛み砕く顎は非常に強力。視界の悪い場所で気づかずに這い寄られ、脚を食いちぎられた冒険者もいる。夜間の移動や坑道などを進む際は要注意。

迂闊にも見張りを立てずに野営した冒険者が骨すら残らずに食べ尽くされることもある。見た目からは想像しにくいだろうが頭が良く、勝てない相手には挑まない。夜間に襲われた冒険者パーティーが全滅した例が何件か確認できているが、たとえ寝込みを襲ったとしてもすぐに気づかれるため、他の個体と協力して襲撃したと思われる。しかしこの魔獣が群れを作るといった例は確認できておらず、複数の獲物を狙うときだけ協力している可能性がある。

素材として役に立つ部位がほとんどなく、唯一建材に使えそうな粘液も臭い上にあまり多くはとれないなど、嫌われ者として有名。ギルドも依頼は出しているが、いくら評価値が高かろうと探すのすら難儀する魔獣のため、塩漬けになっていることがほとんど。

日中を岩の中で過ごす岩喰鬼は生態を観察するのが難しく、繁殖方法など謎に包まれている部分も多い。極稀に、大規模な建築物に使われた石材の中に彼らがいることもあるとか、ないとか。

「石材……ね。しかし胆石が素材になるのか」

「とても頑丈なのですが非常に臭いが強く、体積に比して重いのが特徴です。臭い抜きや熱量の高い炉が必要だったりと手間のかかる素材なので、あまり防具に使用する職人はいません。胆石の使用方法も最近になってようやく開発されたばかりです」

そんな素材をこうして形にできるのだから、ガントの力量は疑いようもない。

普通の人間なら醜い魔獣の胆石と言われると抵抗があるかもしれないが、ジグにとっては今更だ。どうせすぐに人魔獣問わず血肉に塗れるのだから、魔獣の胆石程度気にならない……のだが。

「……」

そうは言っても糞尿臭い装備は嫌なので無言で顔を寄せて手甲の匂いを嗅ぐ。

手甲からは石灰を思わせる臭いとわずかな金属臭がするだけで、いい匂いでもないが特別臭くもない。許容範囲だ。

「臭い消しや香草漬けなどでも抜けない強烈な臭さですが、ヤケになった鍛冶師がどろどろになるまで溶かしました。結果、臭いも取れて加工にも使用できたという経緯があります」

ジグは名も知らぬ鍛冶師に心中で礼を告げると、気を取り直して手甲を嵌める。

オーソドックスな形状に加えて重量は前回と同じなので、着けた感じの違和感はほとんどない。だが小型化されたのでガードできる範囲を体に慣らす必要がある。前と同じサイズ感覚で防いだら頬を持っていかれたでは堪らない。

ジグは用意していた金貨の詰まった袋をシェスカに渡す。

「これが料金だ」

「頂戴致します」

「それと、これをガントに」

ジグは続けてもう一つ麻袋を取り出す。既に大量の金貨が入った袋で手一杯のシェスカではなく、ガントの作業台に置いた。ずしりとした重みのある袋からは魔獣の牙らしきものから毛皮のようなものなど、複数の素材が覗いている。

「約束の品、確かに渡したぞ」

これらは先ほど市場で買い集めてきたものだ。いくつかは冒険業がてら自分で集めるつもりだったが、ストリゴへの出張のためそうも言っていられなくなったのだ。

「これだけの素材……よろしいのですか?」

「見合う仕事はした。当然の報酬だ」

多少の経費が掛かったことは誤算だったが、それを加味しても十分満足いく仕事ぶりなのは間違いない。あの偏屈な男に臍を曲げられるくらいなら、これくらいは呑める。

ジグはスッと目を細め、少しだけ低い声で警告した。

「だが毎度これを要求するのならば、付き合い方を考えさせてもらう。そう伝えておいてくれ」

味を占められて乞食されるのも面白くないので、釘を刺しておく。

「……よくよく、言い聞かせておきます」

冷えた刃物のような視線に身を強張らせたシェスカは真剣な顔で頷いた。

シェスカはこれまでジグと接してきたが、彼は今の今まで一度も暴力的な振る舞いをしたことがない。こういった職業柄、そういった輩は少なくないが、同時に慣れてきてもいた。

それだけに初めて見せた彼の空気は別格だった。

殺気ですらない、警告と呼ぶにも緩いそれですら身が凍る思いになる。

それと同時に、これほどの相手に平気で悪態をつくガントの肝っ玉をひそかに讃えたのであった。