軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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薄くかかった霧の向こう、岩山の影から太陽が顔を覗かせる。

眩しい日の光に目を 眇(すが) めてやり過ごしながら、ジグは水筒の水を呷って一息ついた。

昨日の襲撃のこともあり少し気を張って見張りをしていたが、何事も起きずに朝を迎えられたことに安堵する。同じように気を張っていたのか、荷車の上にいるバルトが大欠伸をしているのが聞こえた。

暇に飽かして夜通し磨いていた双刃剣は顔が映るほどに輝いている。

大小さまざまな魔獣を斬ってきたが、今のところ刀身に目立った傷や歪みはない。高純度な魔力の結晶体は魔力を弾く特性があり、ある程度の魔術や防御術式ならば斬ることができる。厳密には斬っているのではないが、起きる現象に大きな差異はない。

高い金を出した分の働きはしてくれており、非常に満足度の高い逸品だ。強いて悪い所を上げるのならば、刀身の色が血と似ているので汚れが見つけにくいくらいか。錆びないように気を付けなければ。

「……魔力で生み出した結晶は錆びるのか?」

磨き上げた刀身に布を巻きつけながらとりとめのないことを考えていると、背後で人の動く気配がした。

天幕の中でシアーシャが身支度をしているようだ。しばらくもぞもぞと動いていた彼女だが、やがて諦めたかのように顔だけを出してジグの背へ呼びかける。

「ジグさん、背中ー」

「…………」

後ろから聞こえる声を無視しようか否か、一瞬迷ってしまった。

シアーシャは相変わらず体が硬いのか、狭い天幕の中で届かない背中を拭いてくれとねだる。人前で肌を晒すような真似は控えろというジグの言いつけを守ってくれるのはいいのだが、その 人前(・・) にジグが入っていないのが問題であった。

「ジグさーん?」

早朝からこなすにはいささか荷が重い要求に溜息をつくと、後ろを向くように促しておく。見たわけではないが、彼女が既に全裸なのは確認するまでもない。

手を出してはいけない美女の裸を目の前にして何も感じずにいられるほど、ジグは不能ではない。

「はやくはやく!」

同じ拭くという作業なのに生じる負荷は段違いだと、催促の声を受けながら双刃剣に視線を落とす。

いよいよ彼女にも柔軟を仕込むべきだろうかと考えながら、重い腰を上げるジグであった。

「出発準備よぉし! 魔術刻印、起動!!」

監督役が声を張り上げ、職人たちがタイミングを合わせて荷車の浮遊術式を起動する。

ゆっくりと地面にめり込んだ車輪が浮き上がり、落ち着いたところで緩めていた掛け釘と縄を外していく。荷車に不備がないかを点検すると、輸送隊の出発だ。

「順調に行けば昼前には着きそうですね」

「……何も起こらなければいいがな」

妙に疲れた顔のジグと、どこかスッキリとした顔のシアーシャがそれに続く。

ジグの言葉は何かが起こる前振りのようであったが、予想を裏切り何事もなく順調に進んでいた。既に十分すぎるくらい問題は起きたとも言う。

それでも何も起きないのは助かった。職人たちの顔には一晩休んだ程度では取れない、魔獣を間近にした精神的な疲労が滲んでいる。特に潜口土竜は見た目のインパクトも強く、多少の魔獣なら日々の作業で見慣れている彼らをしても恐ろしいものだった。もう一度魔獣の襲撃があればパニックを起こしていたかもしれない。

そんな彼らももう少しで帰れるとなれば、曇っていた顔も晴れる。

転移石板が設置してある場所が見えた時には歓声が上がり、ハインツやバルトたちも緊張を緩めた。

石材で満載の荷車が突然現れると混乱が起きるので、現場監督とバルトたちが先行して戻る。こうして人払いと受け入れ準備を整えさせるのだ。しばらくして戻って来た現場監督の指示の下、一台ずつ荷車を転移させていく。

ジグたち護衛は最後の荷車が転移したのを確認した後、数分置いてから戻る。

「これで最後か? 人数確認を済ませたら受付で報告を」

眩い光が収まらぬうちから職員が声を掛け、慌ただしく外に出される。

それを確認し終えた職員は、一時的に待っていた冒険者たちをどんどん捌いていく。朝のピークは過ぎたが、荷車全てを転移し終えるまで待たされた冒険者たちで列が出来ていた。

輸送隊の護衛という仕事の都合上仕方ないとはいえ、待たされた冒険者たちからの迷惑そうな目が向けられる。

「やれやれ、朝に着いていたらギルドの外まで列が出来てたんじゃないか?」

「外れた時間に着いたのは運が良かったわね」

待たされた経験があるのか、ハインツとリザはさして気にした様子もなく苦笑いをしながら受付へ。

レイフは報告を、ロルフはセブを連れて医者に行ったようで、バルトだけが残っている。

彼は隻眼をジグたちへ向けると、頭を下げた。

「遅くなったが、救援感謝する。我らだけでは守り切れなかった」

「仕事だ、気にするな」

「セブさんによろしく言っておいてください」

バルトは何も言わずにもう一度頭を下げると、ハインツたちにも礼を言ってから足早にギルドを出ていった。きっとセブの様子を見に行くのだろう。

「私も報告に行ってきますね」

「ああ」

シアーシャが報告にいくのを見送ったジグが、いつもの丸テーブルで待とうかと歩き出した時に声を掛けられた。振り返ると、受付で報告しているシアーシャが手招きしている。何か忘れ物かとも思ったが、受付嬢のシアンまで用があるとばかりにジグへ視線を向けていた。

なんとなくだが厄介事の予感がした。

経験上こういった呼び出しの場合は報酬での揉め事がほとんどだが……

「……何か問題か?」

「あ、いえ。報告自体はレイフさんが先にしていたので、私が話すことはほとんどなかったんです。ただ……」

近づいてシアーシャに聞くと、彼女はかぶりを振ってシアンを見た。

彼女は報酬金を載せたトレイを差し出しながら、事務的な声で用件を切り出す。小柄な彼女だが、そうしていると見た目よりも大人に見えるものだ。

「お二人にお願いしたいことがあります。この後、時間をとれますか?」

「……」

嫌な予感が当たったジグが、無言で眉を顰める。

シアンの表情と声音から察するに、報酬金で揉めた方がマシかもしれない。

「どうします?」

シアーシャは仕事を終えたばかりで流石に疲れているのか、やや乗り気ではない。

この場で内容を言わずに時間を取れるかと聞いて来たあたり、ただ魔獣を倒せばいいという話でもなさそうなのが余計にやる気を削いでいる。

正直、ジグも同じ考えだ。

体力的にはまだまだ問題はないが、先日色々と起こった後だ。いきなりの連日仕事は避けたい。

シアンの声が硬いのも、頼もうとしている内容が相応に厄介であることを告げているのも一因だ。

本来なら断るべきだが……

「ふむ」

背にある双刃剣を意識する。

ジグがストリゴに飛ばされていた間、これを手入れしてくれていたのはシアンだ。

金属剣ではないとはいえ、エストック使いとその仲間を斬り、血脂に汚れたままだった武器を放置することがいいとは思えない。

シアーシャも世話になっていることだし、話を聞いてやるくらいの義理はあると言えよう。

「分かった。受けるかはともかく、話は聞こう」

「ありがとうございます。ではこちらへ」

シアンに案内され、ギルドの奥へ向かう。

先を行く彼女の背を見ながら、以前の自分であれば受けなかっただろうなと、どこか他人事のように内心で呟いた。

義理、恩、付き合い。

一所に定住しない傭兵にとってそれらはあまり縁がないもので、依頼を受けるときに意識するのは報酬金と内容だけでよかった。

こういった部分もシアーシャと、他の人間と関わることで生まれたしがらみなのだろう。

それが良いものなのか、悪いものなのか。

ジグには判断が付かなかった。