軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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この街へは出稼ぎに来た……というのは正確ではなく、半分は建前だ。

いくら異民が受け入れられにくいとは言ってもこのご時世、稼ぎ口がまるでないということはあり得ない。多少安く使われることに目をつぶれば仕事などいくらでもある。異民とは言ってもジィンスゥ・ヤは見た目がほとんど人間と変わらず、特異な性質もない。

結局のところ、同胞たちは我慢が出来なかったのだ。

疎まれながら安い給料でこき使われ、下に見られることが。

それ自体を否定はしない。誇りで腹は膨れないが、腹さえ膨れれば良いというものではない。

だがもう少しやりようはあったはずだ。

自分たちの誇りを守りつつも、譲歩できるところは譲歩するべきだった。要は加減の問題なのだ。

他所から来たくせに自分たちのやり方を通そうなど、随分と虫のいい話というもの。それを同胞たちは、少なくとも自分が街を出るまで気づくことはなかった。

誇りを大事にするあまり物珍しい目で見られることに耐えられず、異民を下に見る客や雇い主と揉めて仕事が続かない。そうしてあちこちで騒ぎを起こしていけば"耳長人お断り”という風潮になるのは当然の流れだ。

そんな中でも自分は上手くやれていた方だと思う。

誇りやら自尊心だのにあまり拘らず、槍と刀さえ十全に振るえればそれでいい。そんな態度を一部の同胞には"武人としての覚悟が足りない”だの"性根が腐っている”だのと口うるさく言われたものだ。

それに思う所が全くなかったと言えば嘘になる。でもそんな奴らがまともに雇ってすらもらえず、自分の収入をあてにしているのを思えばあまりに滑稽で、まともに相手するのも馬鹿らしくなる。

彼らの誇りというものは随分と……いや、これ以上は言うまい。

冒険者という仕事は自分向きだった。

基本的に実力主義で、侮るような視線も自慢の槍をひとたび振るえば称賛に変わった。なにより耳が長いどころじゃない異種族もいるので、奇異の視線も随分少ない。

もともと 槍(これ) だけは負け知らずの自分はすぐに昇級していき、金も名誉も存分に満ち足りた。

だが、心だけは満たされなかった。

いくら魔獣を斬ろうとも、どれだけいい女を抱こうとも、肝心なところはからっぽだった。

満たされぬ日々に苛立ちを募らせ、しかし何が足りないのか分からずにあてもなく徘徊していた時、ソレを見た。

子供だった。金の髪をした、同胞であることを示す長い耳。

仲間がたちの悪い人間に絡まれていたのだろう。言い争いは容易く諍いへと発展し、殺し合いになっていた。

子供相手に大人げなくも刃物を抜いたのだろうが、それが彼らの運の尽きだった。

路地裏を染め上げる赤一色。

十代前半にしか見えない年齢の子供が、二刀を翻し大人を斬り殺していた。

腕を斬り落とされ、首に生えた小太刀を失った手で抜こうとするゴロツキ。その目から光が失われ、物言わぬ骸になる。

そんな光景などどうでも良かった。つまらん男のつまらん死にざまになど興味はない。

自分が目を離せなかったのは、その少年の顔だった。

彼は、笑っていた。返り血を避けもせずに、全身に浴びながら。

助けられたはずの仲間から向けられる畏怖の目すら意に留めず、ただ目の前の命を奪う感覚に酔いしれていた。

その時自分は気づいたのだ。

ずっと満たされず、求めていたのはこれだと。

それからの行動は早かった。族長と一部の旧友にだけ別れを告げ、引き留める言葉を振り切ってストリゴへやって来た。

この街はいい。どれだけ斬ろうとも誰にも文句を言われず、金も手に入る。

魔獣との殺し合いも悪くはなかったのだが、どうしたってその本質は狩りに近い。人間同士の読み合いや瀬戸際の戦いとは程遠い。

自分はここでも負け知らずだった……いや、負けを知らな過ぎた。

日々の実戦で腕を磨き上げると共にそれは顕著になり、次第に自分と比肩しうる相手は数える程しかいなくなってしまった。それでも命を奪う感覚は自分を十分に満たしてくれた。

だからだろう。命を懸けて当たるべき強敵を前にして、勝った後のことを考えるようになってしまったのは。

愚考の代償は高くついた。肩を砕かれ、二度も槍を手放す醜態を晒すこととなった。

それでも生きているのは絶やさぬ鍛錬の賜物……と言いたいが、実際は運が良かった側面も強い。

やっと目が覚めた。ずっと求めていた血沸き、肉躍る相手だ。

「―――」

油断と慢心を捨て去ったテギネが正面の敵を見据える。これほど心躍る死合いだというのに、相手の目が燃え上がっていないのが口惜しい……いや、滾らせてやろう。

相手の大剣はこちらを間合いに捉えている。今振り下ろせば切っ先がテギネの頭蓋を砕くだろう。

「ハッ!」

一歩下がり、優位な間合いを保持しながら突け……そんな冷めた判断を下す理性を鼻で笑い飛ばす。

―――ここが、この瞬間こそが、命懸けるべき死地だろう!

久しく燻ぶっていた武人の心が燃え上がっているのを感じる。

腰だめに構えた槍が、自らの魂宿る矛先が震えている。

狙うは頭部か?

否。先のように最小限の動きで凌ぎながら間合いを殺されるだけだ。

ならばもっとも避け辛いとされる胴体か?

これも、否だ。相手の体前面を覆う胸当ては安物で重量もあるが、耐久力にだけは秀でている。無論のこと貫く自信はあるが、致命の時がほんのわずかに遅れる。相手の息の根を止めるより早く、動きの止まった自分を大剣が叩き斬るだろう。

ならば、狙うは脚。

「セァッ」

鋭い呼気と共に矛先を下げて十字槍を突き出す。

同時、頭部を狙うであろう振り下ろしに備えて上体を右にスライドさせる。左腕は持っていかれるだろうが、相手の機動力を奪えるなら安いもの。

たとえ腕が捥げようと、この相手を殺せるならばそれでいい。

それほどの覚悟を決めた一撃。

生半可な防御など許さぬ必殺の矛。

それをジグは―――足で踏みつけた。

先のように体を入れ替え、しかし踏み込む足は高く。

避けにくくするために平に突き出した十字槍、その穂先を体重を乗せた震脚で踏みつぶす。

「っ!?」

三度落として堪るものかと、かろうじて槍を手放すことは避けられた。だが穂先は押さえつけられ、床に刺さっている。

勢いを、動きを止められた。そうして肩口に構えた大剣が、振り下ろされ―――

「っ、ぉおおああああああ!!!」

テギネが吼える。魔力による強化を限界を超えて引き上げ、柄の下に肩を入れて渾身の力で前に出た。無理な動きに体が悲鳴を上げ、治り始めていた肩が再度砕けた。走る激痛に頬肉を噛み千切り、口から血を流しながら歯を食いしばる。

無茶の代償は劇的だった。

全霊を掛けた踏み込みは、体重と膂力で負けている相手の体を押し返す。

踏みつけた足ごと槍を押し上げられたジグは体勢を崩し、転びこそしなかったがたたらを踏んで後ずさる。

「喰らえやぁああああ!!」

鬼気迫る裂帛の気合。

勢いのまま体を一回転させ、右腕一本で横薙ぎの一閃。

「ぐっ!?」

大剣で受けたジグの体が浮き上がる、それほどまでに激しい一撃。

崩れた体勢では受けきれず、机や椅子を巻き込みながら宿の床を滑るように転がった。

「どうした! こんなもんかぁ!?」

テギネは左手を翳し、追撃の氷槍を放つ。

それを手近な椅子を投げて迎撃したジグが立ち上がり、もう一振りの大剣を抜き放った。

「……上等だ」

口の端から血を流したジグが薄く笑みを浮かべ、二本の大剣を構える。それまでの堅実な構えとは違い、腰を落として顔の前で十字に掲げる。前傾姿勢で突撃の意思を隠しもしない。

対するテギネは右手の十字槍を肩に担ぎ、左手で腰のサーベルを逆手のまま抜剣。宙で持ち替え、順手で持ったサーベルをジグへ向けた。

「行くぜ?」

狂気を滲ませた不敵な笑みでそう宣告するテギネ。

それを受けたジグは、しかし応じなかった。

「いいや―――俺が行く」

言葉より速く、巨体が動く。

脚に溜めたバネを解放し、一直線に敵を葬らんと迫る。

右の大剣が袈裟に振り下ろされ、応じたテギネの槍に弾かれる。

左の大剣での刺突を半身になって躱したテギネが、反撃のサーベルを

「っ!?」

振るおうとした直前で咄嗟に翻し、右大剣での逆袈裟斬りを逸らした。

さらに続く左大剣の斬り上げを躱し今度こそ反撃をと試みるが、両大剣での✕字斬りに後退を余儀なくされる。

「ッの野郎、こっちの番……っ!?」

だがジグの連撃はまだ終わっていない。

振り下ろした二本の大剣で床を叩き、それを支えにして跳んだ。脚を畳んで身を丸め、全身を勢いに任せて宙で一回転。

胴回し回転斬りとでもいうべき技は、防御に掲げたテギネの槍を打ち砕き、その体を斬り裂いた。

「がぁあっ!?」

咄嗟に身をのけ反らせて致命傷は回避したが、体の前面に奔る二本の切り傷は深い。

それでもテギネは膝をつかず、折れた槍の穂先を氷槍で補いながら前に出る。

「は、……ハッハァ!!」

即席短槍とサーベルを振るい、剛撃の隙を晒すジグに襲い掛かる。

サーベルは何とか防いだジグだが、左肩に短槍を突き立てられた。 氷柱(つらら) 状に伸びた穂先が肩を貫き、血で濡らす。

「ぐっ……ぬん!」

ジグは補強された氷槍部分を叩き折り、その隙を狙ったテギネの蹴りが胴に刺さる。

よろけながら離れた二人は肩で息をしながら互いの息の根を止めるべく武器を向け合う。

「ふっ」

「ハハ」

二人の視線がぶつかり、同時に一瞬だけ笑みを交わす。

ジグが肩の氷槍を引き抜き、テギネが傷口を凍らせて血を止める。

血塗れで対峙する二人は、まるで示し合わせたかのように前へ出た。

―――幾度の剣戟が交わされただろうか。

大剣が轟き、サーベルが躍る。

打ち合う両者は一歩も退かず、互いに自身の負傷を恐れずに、ただただ殺し合った。

いつまでも続くかのように思われた交わりは、しかし必ず終わりが見えている死の舞踏。

大剣が打ち砕き、槍が突き穿つ。

殺し合う二人の男は最後まで刃を止めることはなかった。

剣を、槍を、己を。

全てを用いて目の前の敵を倒すことに傾ける。

(俺は……)

霞む視界の中、互いが互いの武器を振りかぶる。

最期の瞬間、テギネはこの戦いに命を賭し、

(俺は、生き残ってみせる)

ジグはただ、生き残るために命を懸けた。

「…………俺ぁ、まけた……のか」

床に倒れ、天井を見上げたテギネ。

彼の肩口から横腹にかけて、内臓が見える程の斬り傷が奔っている。

紛れもなく、致命傷だ。

「……ああ」

彼の前に立ったジグがそれに答えた。

胸に限りなく近い肩口から槍を生やしたジグは、折れそうになる膝を意思のみで支えている。

殺した側、勝者の義務として、敗者の前で膝を折るわけにはいかなかった。

「ひ、はは。負けたのに……わるく、ねえ。げふっ……へへ、たのし、かったんだがよぉ、もう……おわりかぁ……」

血を吐いたテギネが少しだけ残念そうな顔で笑った。

「頼みが……ある」

彼の目から急速に失われていく生気。

既にほとんど見えていないだろう目で、彼は懐から何かを取り出してジグへ差し出した。

「そこに……溜め込んだ金が、隠して……少しだけでも、いいから……ながまに」

言葉の途中、テギネの手が落ちる。

ジグがその手を掴んだ時には、彼は事切れていた。