軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

159

狐亜人……レナードの語った事情は概ねこちらの予想通りであった。

ファミリアの亜人による横の繋がりは想像以上に強固なようで、たとえマフィアに属していなくとも情報自体は同族から集まってくるらしい。浮浪者の亜人から金銭と引き換えに得られた情報を元に調べれば、こちらの居所を掴むのはそう難しくはなかったようだ。

「……その辺に転がってる浮浪者にも気を付けなければならんのか」

「いや、あんたの風体が目立ち過ぎるだけだよ。普通はここまで早くは見つからねぇ……いつつ」

言いながら苦し気に背を丸めるレナード。

だがまあ、演技だ。

先ほどまで使っていた回復術の匂いが消えている。動ける程度には回復したのだろうが、こちらにそれを悟らせぬように小芝居まで打って見せる狡猾さは大したものだ。先ほどの逃げ足といい、彼は生き残ることに特化している。魔術の匂いを嗅ぎとるというジグの特性さえなければ逃げおおせていたかもしれない。

「カララクへ派手に喧嘩を売った馬鹿はどこのどいつだって上が大騒ぎでね。あそこが何処かとぶつかって弱ってくれるなら、そこを美味しく頂きたい……そんな魂胆さ」

漁夫の利とはいつの世も皆が狙う美味しい獲物と言う訳だ。どこのマフィアだってそれを狙っている、話しても問題ない情報と言う訳だ。しかしそれだけに、満足する情報とは程遠い。

「その程度は馬鹿でも読める。他にないのか?」

「だよなぁ……実は俺、捕まらないこと前提の実働派だからあんまり渡していい情報とか知らないんだわ!」

いやぁ参った参ったと笑いながら頭を掻くレナード。

対照的に氷のように冷たくなっていくジグの視線に身の危険を感じたレナードが、ある程度回復した体を跳ね起こそうとする。

だが万全で逃げられなかったのに、怪我を負った体で出来るはずもない。

動きの起こりを読んだ踏み込みで無造作に距離を詰める。レナードのつま先を踏みつけ、つんのめって下がった鼻先を膝で蹴り上げる。尖った鼻先がひしゃげたように歪み、鼻血を出しながら頭が打ち上がった。

「ぶっ、ぁ……」

晒された首を掴んだジグは常と変わらぬ平坦な口調で淡々と問いかける。

「墓には何と刻む?」

毛皮越しに徐々にジグの手が食い込んでいき、首を絞め上げていく。

レナードも必死に抵抗するが、万力の様な腕はピクリとも動かずに彼を吊り上げていく。

「ぐぇえ!? ま、まってぐでぇ……そ、そうだ! おれ一押しの聖職者プレイができる娼館を紹介……」

「―――辞世の句は不要か。悔いのない人生を送れたようで何よりだ」

約束通り、楽に逝かせてやろう。

首を絞める手を緩め、巨体に見合わぬ動きでするりと背後に回り込んだジグが鼻先と耳の辺りに腕を添える。

圧迫されていた首が楽になったレナードは息をつく間もなく、背筋に氷を突っ込まれたかのような怖気が走るのを感じた。

あと一秒で、自分は縊り殺される。

「ボスに会わせるっ!!」

半ば悲鳴のような声が路地裏に響いた。

わずかな沈黙。

永遠にも思える数秒。いつ視界がぐるりと回ってしまうかという恐怖にレナードの耳がぺたりと伏せる。

「……続けろ」

「も、もともとあんたを調べて、どことも繋がりがなかったら連れていく予定だったんだ! 仲間に引き込めないかって!」

必死に考えながらしゃべり続けるレナード。

言葉を止めればその瞬間に縊り殺されるような気がした。

「それで俺に何の益がある。マフィアになれとでも?」

「俺はファミリアじゃ古参の方だっ、俺と引き換えならあんたの求める情報も手に入るかもしれない!」

「その古参様を痛めつけた俺を、お仲間が報復に襲い掛かってくるかもしれんな」

「させないっ、絶対にそんなことはさせねぇから! 恩人待遇で迎えるように言い聞かせるからっ、頼む! これが俺に出来る最大限だぁ!!?」

叫ぶレナード。

組織の報復も恐ろしい。しかし当たり前のことだが、誰だって死にたくはないのだ。

死よりも恐ろしいから組織のことは迂闊に漏らせない。それでも死ぬのは嫌だ。ならば処遇を上に投げてしまえ。乱暴だが、勝手にぺらぺら話すよりは上の処罰も緩い……かもしれない。

このままでは確実に殺される。今この場で組織に義理立てて死ぬよりも、きっちり報告して不手際を責められボコボコに殴られる程度で許されるかもしれないなら、それに賭けたい。

駄目なら諦めて首を吊ろう。いやこの男に絞めてもらおう。楽そうだ。

そんな思いで、半ばやけっぱちになって口にしたレナード。

ぞっとするような沈黙は耳に痛いほどで、足裏や掌から滅多にかかない汗が滲むのすら気にならない。

「……悪くない」

言葉と共に拘束が解かれる。

生き延びた。それを理解したレナードが大きく息をついた。

その緊張を狙いすましたかのように、目の前に剣が差し出される。

「……え?」

間の抜けた声がレナードの口から漏れる。剣を返される意味が分からない。

「だが俺は今、疑心暗鬼になっている。お前が本当に俺たちを案内するのかどうか……騙して敵対組織の中へ連れて一人だけ逃げるつもりじゃないか?」

「し、しない! そんなことしねぇって!」

「だがお前は逃げようとしただろう。マフィアでは取引の時に嘘をついた者をどう扱う?」

痛いところを突かれたレナードが口を噤んだ。

満足した情報が渡せなければ殺すという条件を無視して逃げ出そうとした者が何を言っても説得力がない。当然の話だ。他ならぬレナード自身も、マフィアとしてそういった者を幾人も処理してきたのだ。

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「逃げないと口にしても信じられない。―――ならば、逃げられないことを証明してくれないか?」

「それ、は……」

震える目で、灰の瞳を見返す。何の感情も浮かばない、無機質な刃のような眼だ。

やっと、差し出された剣の意味を理解した。

そういうこと(・・・・・・) だろう。

これならば逃げられない。誰が見てもそう確信できるだけの証を、今この場で作れと言っているのだ。

―――例えば、片脚がないとか。

「誠意を見せてくれ。レナード」

「…………っ!」

呼吸が乱れる。動悸が抑えられない。

潰れた鼻先が苦しい。詰まった血で呼吸がしにくい。

どの口が、拷問は苦手だと言うのだ。

拷問どころか碌に暴力も振るわれていないのに、こんなにも自分は彼を恐れている。

震える手で、使い慣れた片手剣を受け取る。幾度も振るって手に馴染んだはずなのに、まるで初めて握ったかのような違和感。

「ハッ、ハッ……!」

ゆっくりと、鞘から抜く。

細身の刀身は激しく打ち合うことを想定しておらず、その分を切れ味と携帯性に回している。脚くらいなら簡単に切断できるだろう。骨を避ける知識も、腕もある。

この剣で目の前の大男へ斬りつけてしまえと、彼の弱い心が叫んでいる。

魅力的な提案だ。相手は無手。殺してしまえば脚を失わずに済む。

(駄目だ。それだけは駄目だ)

ついさっきのことを忘れたかと、自らを叱咤する。

正面からでは勝負にならないと判断したからこそ、逃げの一手を選んだのだ。その逃げすら読み切った相手を無手だからというだけで勝てるわけがない。今度こそ本当に死ぬ。

希望はある。可能な限り脚を綺麗に切断して、急いで持って帰れば組織の治療班に診てもらえる。

そのためには、迷いなく脚を切り落とさねば。

刃先を器用に使って服を肩口から破り、強く噛みしめる。次に刀身を膝裏へ宛がえば準備は完了だ。

「っ、っ……」

手が震えて力が入らない。喪失の恐れに涙が零れる。

迷うな。痛みに手が止まれば、それこそ足を落とすしかなくなる。片脚と言うハンデを抱えて生きて行けるほどこの街は、組織は甘くない。

「―――っ!!!!!」

そして彼は手にした剣を、一気に押し込んだ。

「……ここだ」

ひょこひょこと歩くレナードの案内で大きな屋敷へ辿り着いた。

屋敷と言うと寂れた街には似つかわしくないと感じるかもしれないが、どこか物々しい雰囲気のある屋敷は不思議と違和感を感じない。

「御苦労。先に行って事情を説明してこい。俺たちだけでは門前払いだ」

「……分かった」

即席の杖を動かし一歩前に進んだレナード。

その体を支えるのは二本の足ではない。無事な片方の足と、適当に拾った杖だ。

右脚の膝から先は布でぐるぐる巻きにされていて、

「なぁ旦那。あんた……性格悪いって言われない?」

太腿から動かせないようにがっちりと固定されていた。

雁字搦めにされた脚は動かすことはおろか、刃物で切って解くにも時間が掛かるだろう。

だが、ついている。多少鬱血して痺れるだろうが、生活に支障はない。

「言われない」

「ウソだぁ」

「常識で考えてくれ。これから情報を貰おうという相手に身内の片脚を切り落とそうという奴が何処にいる」

「いや、そうなんだけどさぁ……」

「俺は誠意を見せろと言った。脚を切り落とせとは一言も言っていない」

「そうだけどさぁ……」

確かに言っていない。逃げられない証拠を見せろと言われただけだ。これだけぐるぐる巻きにすれば即座に逃げられることはないので問題ない。

だがあの場面で剣を渡されればそう取るのは当然だし、誤解させるようなやり方をわざとやったのだろう。

寛大な処置だ。捕まった間抜けな追跡者の処遇としては優しすぎる部類だ。

しかし納得がいかないのは何故だろうか。

悶々としつつも、直接それを言ってじゃあ脚を斬りますとなっても困るので黙り込むしかないレナード。

「ジグ君」

「なんだ?」

袖を引かれたジグがシャナイアを見る。

「君性格悪いね!」

「ふ……まぁな」

彼女からにっこりと眩しい笑顔でそう言われれば、悪い笑みでそう返すのであった。