軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115

打ち合ったジグとヤサエルの視線が至近距離でぶつかる。

「やるじゃないか免罪官……ここまでとはな!」

「多くの罪人を、赦してきましたから……!」

鍔迫り合いで押し込む。力はこちらが上だ。

膂力でじりじりと下がらされたヤサエルは錫杖を支える手に力を込めて抵抗する。

「何故取り巻きとまとめて掛かって来なかった?」

言葉と同時、一歩下がって押し込んでいた力をふっと緩める。突然力を抜かれて相手がつんのめったところを―――

「あなたはその方が得意かと思いまして」

「っ!」

読まれていた。

力を緩めた瞬間を狙ってヤサエルが前に出る。体勢は崩れていない。

体ごと錫杖を押し込んでこちらを下がらせると縦に持った錫杖の石突でジグの左足へ下段攻撃、即座に戻して輪部分を頭部へ振り下ろす。

下段を双刃剣で受け、振り下ろしを右の手甲で防ぐ。至近距離で勢いの乗りきらない錫杖を防ぐにはそれでも十分だ。

だが連撃を凌ぐのに両腕が塞がってしまう。ほんのわずかに生まれた隙だが、それを見逃す相手ではない。

ヤサエルの左足が蛇のようにしなり、中段蹴りが右脇腹を襲う。左手は武器を持ち、右手は相手の錫杖を防いでいて手が足りない。

咄嗟に体勢を変えて胸の鎧で受けるが、想像以上に重い。

堪らず後ろに跳んで勢いを殺し、仕切りなおす。追撃はない。

法衣をなびかせて蹴り足を下したヤサエルが呼吸一つ乱さずに構える。

「乱戦になった方があなたは都合が良い。そうでしょう?」

「……さてな」

曖昧にはぐらかすが、見抜かれている。

戦場では常に一対一などありえないことで、刻一刻と変わる状況に応じて柔軟に動く必要がある。

そのため元々戦争を生業としているジグは何でもありの乱戦を得意とする。特に多対一での立ち回りには目を見張るものがあり、実力者相手でも十分以上に渡り合うことができる。

ヤサエルはそれを先の戦闘だけで見抜き、迂闊に加勢するよりも消耗させてから倒す方向へ切り替えたのだ。

(……食えない男だ)

「それに私、恥ずかしながらあまり他人に合わせるのが得意ではないのです。いつも一人で動いていたもので」

「ほう、気が合うな」

軽口をたたきながらヤサエルの動きを分析する。

力はこちらが上。速さは互角といったところ。技は相手が上だ。

相手もまだ全力を見せているわけではないだろうが、そう大きく間違ってはいないはず。

そしておそらくスタミナもかなりあるはずだ。

先ほどまではゆったりとした法衣で気が付かなかったが、こうして剣を交えて奴が体を動かすのを見るとその肉体が鍛えこまれているのがわかる。

魔術による身体強化に頼り切った戦い方ではなく、素の肉体の動かし方まで熟知しているのは体の動かし方を見ればわかる。

先の蹴りも体重と腰が入った鋭い一撃だった。武器だけでなく体術にまで精通していると考えるべきだろう。

こちらの手札は粗方知られているというのに、相手は手札どころかまだ魔術も使ってきていない状態だ。

「……」

一瞬、戦闘用ドラッグのことを意識するもそれは悪手だと切り捨てる。ただでさえ技術では負けているのだ、勢いだけで押し切れる相手ではない。

(まずはもう少し、相手の手札を晒させてもらおうか)

「ふっ!」

鋭い呼気と共にジグが攻める。

凄まじい勢いで絶え間なく振るわれる双刃剣。その斬撃は大型の魔獣を思わせる威力を秘めており、ひと振りひと振りがまさに必殺。

長椅子を紙切れのように蹴散らして息もつかせぬ連撃がヤサエルに迫る。

圧倒的な力の奔流を前に、ヤサエルは慌てることなくゆるりと身を動かす。

錫杖の先端は輪形になっておりそこに付いた左右四つの小さな輪、 遊輪(ゆかん) と呼ばれる飾りがぶつかり合い、しゃらんと音を立てた。

重心を後ろへ、軸足を変える。

後ろの軸足を中心にターンしながら下がり、錫杖をジグの斬撃に合わせる。最も勢いの乗るその直前を狙って双刃剣の軌道をわずかに変え、逸らす。

しかし一撃逸らした程度ではジグは止まらない。

体を回転させ即座に振るわれる二の刃。それも同じように勢いが乗る前にいなされた。

ジグが体ごと回転しながら双刃剣を振るえば、同じだけ下がりながら攻撃を流される。

弾くではなく、いなす。

余計な力を入れずに最小限の動きでジグの剛撃を柔らかく流していく。

言葉にするのと実際に成すのでは難易度に雲泥の差がある。ましてや相手は歴戦の傭兵だ。

斬撃を幾度かいなされたところでジグが攻め手を変えた。

片腕を振って回転の勢いを止めると体の動きを円から線へ。力強く踏み込んだ脚を中心に加速、脇に構えた双刃剣を突き込む。空気を裂くような鋭く重い刺突が胴の中心目掛けて迫る。

どう出るか。

縦横の斬撃と違い、突きならば弾くことはできてもいなすのは難しい。そして容易に弾けるほどジグの攻撃は甘くない。

ヤサエルは表情を変えぬままに錫杖をしゃらんと動かす。

持ち手を上へ、大きな弧を描く軌道を小さく。双刃剣の先端へ錫杖が振るわれた。

押し通せる。そう判断して構わず突き込んだ。

勢いはそれなりだが、自分の攻撃を止められることはないと。

免罪官はその未熟を穏やかに諫める。

「荒々しい攻撃だ」

「っ!?」

双刃剣の切っ先、その先端を錫杖が捉えた。

ただ叩いたのではない。錫杖の先端にある大きな輪で双刃剣の切っ先を絡めとったのだ。

高速で迫る武器の先を、掌ほどの輪に通させる極限の見切り。

「 勢(せぇい) !」

武器の主導権を握ったヤサエルが反撃に移る。

絡めとった武器を上へ、錫杖を肩にかけて背負うように引っ張る。抵抗しようとするも、突きの勢いを利用されて重心が前に崩される。引っ張られるようにしてジグの体が前方へつんのめった。

ぞわりと背筋に悪寒が走る。

過去幾度も感じた覚えのある、濃密な死の感覚。

双刃剣から輪を外し、背負い投げのような姿勢から背後のジグへ錫杖の石突を叩き込んだ。

背後を見ないまま強烈な突きを流した勢いを存分に乗せ、脇を通すように突き出された錫杖は正確にジグの体の中心を捉えた。

「がはぁっ!?」

ミシミシと体が軋み、遅れて衝撃がやって来る。

重心を崩され、勢いを逃すこともできずに直撃を受けたジグが胸の空気を吐き出しながら吹っ飛んだ。

長椅子を巻き込んで転がったジグ。

くわん、と揺れる意識を胸の痛みが引き戻す。状況を理解する前に体を起こし、息苦しさに眉をしかめる。

「ゲホッ」

腹を叩き、無理やり空気を押し出してむせる様に呼吸をする。

追撃を警戒して構えるが、ヤサエルはその場で構えたまま動かない。

「終わったと思ったのですがね……随分とタフなお方だ。それに反応もいい」

ヤサエルはそう言ってジグの手甲を見た。

裏打ちが当たる直前に手甲で受けて居なければヤサエルの言っていた通りになっていただろう。錫杖は無理やり差し込んだ左の手甲で受けたが、そのガードをこじ開けて胸に当たった。

左の手甲は見るも無残にひしゃげており、胸鎧はまたしても粉砕されていた。

胸鎧だけでは耐え切れず、手甲だけで受けていたならば片腕を壊されていたかもしれない。結果的に一番被害の少ない損傷で済んだのは幸いだった。

攻めてこない相手をいいことに手甲を放り捨て、胸鎧の留め具を外して落とす。

「……」

強い。

速度だけでなく、力も十分以上。とりわけ見切りの精度が他に類を見ないほどに高い。

それに加えて―――

口の端から滴る血を舐めとる。

(……この技量、イサナ以上か)

この地に来てから戦った中で最も強かった剣士、イサナ=ゲイホーン。

目前の免罪官はかの白雷姫をも上回る。

ふっ、と小さく鼻で笑う。

自分より強い者など、居るところには居るものだ。

それでも生き残ってきたのは運だけでも、実力だけでもない。

ダメージは少なくないが戦意は些かも衰えず。

調子を確かめるように武器を一振りしたジグが構えなおす。

「これは、中々……」

しかしヤサエルは険しい視線で警戒するようにジグを……いや、その背後にいる 人物(・・) を見ていた。

いつの間にか静かになっていた背後の騒動。

その勝者が、ゆっくりとジグへ問いかけた。

「手助けが、必要ですか?」

いつか聞いた、平坦で冷ややかな声。

初めてあった頃を思い起こさせるその言葉は、感情を感じさせずに淡々と物を処理するかのように問う。

もう一度、鼻を小さく鳴らす。

「いや、不要だ」

「……そうですか」

手を出すなと言われたことにどこか不満気な、それでいて満足気な声のトーン。

聞き慣れた声に戻った彼女はカツンと足を鳴らして口に出さずに発破をかける。

「……よろしいのですか?」

後ろの彼女、その異様さに動きあぐねていたヤサエル。彼女が動かぬと知った彼は先ほどのジグのように、“まとめて掛かって来ないのか”と問う。

「ああ、俺一人でいい」

「……理由を聞いても?」

一対一に拘るタイプには見えないジグのその行動は彼の目に奇異に映ったようだ。

怪訝そうにするヤサエルに“大した話ではないさ”と何でもないことのように肩をすくめる。

「彼女は俺の雇い主でな、みっともないところを見せる訳にはいかないんだ。これからの信用問題に関わるからな」

「そう、ですか……ふふふ、面白いお方だ」

初めてヤサエルが本当の意味での笑みを見せる。

「本当に、罪人になってしまったことが悔やまれますよっ!!」