軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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一階で大きな笑い声が起こった。どうやら酒も入って宴会のようなことになっているようだ。にぎやかな声が響き渡り二階にまで届く。

それと比べて二階の空気は静かなものだった。話し声が無い訳ではないのだが、どこか奥の席を窺うようにしてひそやかな話声のみだ。

ウルバスとジグの話が聞こえてしまった彼らは自然と談笑を控え、後から店に入って来た客たちもその空気に押されている。

さり気なく周囲に事の次第を聞いた者も目を丸くして静観を決め込んだ。

周囲の注目を浴びている三人……正確にはジグとウルバス。シアーシャは蟹の爪を 食(は) みながらそれを眺めている。

ウルバスはパタンと尻尾を一つ揺らしてからゆっくりと語りだす。

「澄人教……彼らの思想は一言でいうなら人間族至上主義。僕たちをひとまとめに亜人と呼び、堕落した人間としている」

過去に大罪を犯した人間は人以外と交わり、その結果として生まれたのが亜人。

人の紛い物である彼らは大罪人の血を引いており、その性根は悪。危険かつ邪な存在である。

ジグが本で読んだ彼らの教義はおおよそそんなところであった。

「こんな外向けの話、ジグにはいらないか……澄人教はこのあたりじゃ有名で、教徒もそれなり。わざわざ信徒になっているわけじゃないんだけど、潜在的な思想として染みついている」

魔術魔獣が跋扈するこの大陸では、神の御業と称される偉業を端とした宗教は少ない。海を割ろうと山を砕こうと、それは神の御業ではなく恐ろしい魔獣の仕業だからだ。

自然、宗教の性質もジグたちのいた大陸とは変わってくる。

万物を創造した人格を持った万能の神を教えの中心とするものが多かったあちらと比べ、こちらの宗教は法や理という抽象的な原理、法則を根底に置くものが主流だ。

後者の方が緩く広がりやすく、理解も得られやすい。人は社会を築く生き物だからだ。

「信仰の度合いも様々で、亜人は絶対に許されない原罪のカタチそのものだっていう過激派から、なんか怖いから嫌っていう程度の人まで多種多様」

「……大本は罪を犯した人間が悪いっていう教えなのに、お前たちが原罪のカタチ?」

中々に皮肉が効いていると肩をすくませるジグ。罪は犯した本人のものでしかないというのに。

ジグの言葉にウルバスは何も言わずに舌を出す。その表情は、今度は読めなかった。

「話の腰を折ったな、続けてくれ」

「さっき言った理由で澄人教徒とはっきりいえる人の数はそこまで多い訳じゃない。でも……」

ウルバスはそこで言葉を切って目を伏せる。

(潜在的に人間至上主義を思想としている者は少なくない、か)

「もっと身近なところで言うと、お店かな。大体半分くらいは嫌な顔をされて、四軒に一軒は門前払い。そういうお店は仲間内で大体伝え合ってるから実際にはほとんど起きないけど」

絶妙なラインだ。過半数が利用できなければ拠点を移すなりするだろうが、それくらいならば気を付けていれば、快適とまではいかずとも折り合いは付けられる。

そこまで考えたところで下のことを思い返した。

「この店は?」

「最初に言ったけど、特に何も。一階と二階に分かれているのは何となくそうなっちゃってるだけ」

そういうウルバスに含みや暗喩はない。

暗黙の了解、とも違うようだ。

「冒険者は実力主義なところがあるから、種族の違いを気にする人は少ない。それでも、いることはいる。種族の違い以前に、仲間内で揉めることの方がよくない」

「なるほどな」

つまりは思想の違いで無暗に不和を生むことのない為の大人の対応というわけだ。

「冒険者で澄人教になっているのは、大抵が」

「向こう見ずな若者と、落ちこぼれや落伍者……ですか?」

話の途中で涼やかな声が割って入る。

そちらを見れば蟹の爪をしゃぶり終えたシアーシャが指を舐めながらごちそうさまでした、と食事を終えたところだ。ここの食事の味はお気に召したようでその表情は満足気だ。

「その通り。よく分かったね」

ウルバスが手渡す布巾を礼を言って受け取ると、手を拭って茶を啜る。

「本来宗教ってそういうものですし。救いを求めたり、後がなくて縋るときのために作ったんでしょう?」

「それだけ、というわけでもないんだけどね……」

身もふたもなく言う彼女にウルバスが苦笑いして頬を掻く。

「自分の現実を認められない者が、人であること以外に誇るところのない者が、何かに縋るために他種族を目の敵にする……実に人間らし、ぐえっ」

「?」

さらりと自分が人間でないかのような発言をする彼女の脇をジグが突く。

少し過敏かもしれないが、澄人教なんてものが出てきた以上警戒するのに越したことはない。

首を傾げるウルバスになんでもないと返し、

「彼女も以前に宗教的な考えで苦労していてな。当たりがきついんだ」

そんなことぼかして伝えながら適当に言い訳しておく。

脇をさするシアーシャに諭すようにジグが語る。

「宗教も悪いところばかりではないんだぞ? むしろ、大半は当人たちにとって有益だ」

「えーほんとですかぁ?」

疑いの視線を向ける彼女にジグがふむ、と宗教の利点を言って聞かせる。

「例えば、とても旨いんだが寄生虫やら毒やらで食うと拙い生き物がいたとする。普通に駄目だと言っても貧乏で無学なものが食って死ぬというのが頻発したんだ。ところが、それが神の使いであると教えを説くと徐々にそれが収まっていった。危険なものに近づかせないためなど、使い方はいくらでもある」

「なんか眉唾な気もしますが……まあ、そういうこともできますかね」

ちょっと綺麗ごとすぎる気もしますけど、とシアーシャ。

微妙に納得しきれない様子の彼女に、ジグが少しだけ身を乗り出してならばと続けた。

「特に顕著なのが、戦争だな。人とは本来同種を殺すのに強い抵抗感を覚えるんだ。それを乗り越えられるかどうかで戦える人間か否かが 篩(ふる) い分けられるんだが、宗教を使えばそれもたやすく乗り越えられる。これは“正しい戦”“正しい人殺し”と洗脳してしまえば忌避感はおろか、罪悪感すら感じさせずに戦える人間を仕立て上げることができる。うまくすれば自らの保身すら考えない死兵すら作り出すことが可能なんだ。絶対に裏切らず、死ぬまで戦う狂気の兵はとても厄介でな。技術や力こそ足りないがその執念だけでも非常に厄介かつ危険な存在で、たまらず足を落としても文字通り這ってでも……」

少し早口で語り続けるジグの肩をシアーシャが引いた。

彼女にしては珍しく周囲の視線を気にするように慌てている。

「ジグさん、ジグさん……周り、ドン引きです」

「む?」

言われてふと周囲を見る。

等間隔で配置されていたはずの机が気持ち離れて孤立している。先ほどまでこちらを窺うように見ていた他種族の者たちは視線を合わせもしない。

正面に視線を戻すと舌を引っ込めたウルバスが首を少しのけ反らせるように座っている。

ジグは無言で腕を組むと少し視線を逸らした。

「……という話を、聞いたことがある」

「……そう」

ウルバスは何も追及しない。たとえ先ほどの話にどれほど実感が籠っていようと、本人がそう言うのならばその意思を尊重するのだ。

……でも少しだけ、宗教というものに対する警戒度を改めた。

「あー……話は逸れたが、思ったよりも広く浅く広がっているようだな。澄人教とやらは」

仕切り直すようにジグが言う。

微妙に視線が泳いでいるあたり空気が読めなかったのを恥じているようだ。

「冒険者にもいるというのが意外ですね。実力主義かと思ってました」

「実力主義というのは、実力がない人にはとてもつらい」

「……そうかもしれませんね」

ウルバスの言葉にシアーシャはいつかの冒険者たちを思い出す。

今はもう仲良く土の肥やしになってしまっているが、確かに彼らはジグに人間の誇りだなどとのたまっていたような気もする。

「それに、弱い人だけが澄人教というわけでもない」

「だろうな」

最初にこの店で感じたいくつかの視線。

それはある程度高位の冒険者たちにも他種族への嫌悪は根付いていることの証だった。

ウルバスは少し悩むようにした後、ジグたちへ問いかけた。

聞くかどうか迷ったが、彼は自分の感覚に従うことにしたようだ。

「……二人は今の話を聞いて、どう思った?」

悩んだ彼と違って二人の答えは端的なものであった。

「俺は故郷の無い流れ者だ。土着の信仰を尊重はするが、教えは間に合っている」

「勝手にやっていてくださいとしか」

「……そう」

想像通りの答えに、ウルバスは人間二人にも分かるいい笑顔を浮かべて見せた。

やはり、自分の考えは間違っていなかったのだと。

彼が欲していたのは同情でも、同調でも、ましてや憐憫でもない。

ただ対等に……いや、これを語るのは野暮であろう。

食事も済み、長く話し込んでいたのかいい時間だった。

そろそろお暇するかとジグが立ち上がり、シアーシャもそれに続く。

「馳走になったな」

「美味しかったです」

「うん、また」

別れを済ませると二人はウルバスに背を向け階段を下りて行った。