軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

今度こそ本当にさよなら

寝苦しくて目を開けると、目の前で逞しい腕が交差しているのが見えた。

後ろからルミナス様にがっちり捕えられていて、寝返りひとつ打てやしない。どうりで寝苦しいはずだ。

目の前の枕を引き寄せ、起こさないようにゆっくり時間をかけながら自分と枕を入れ替える。

初めて見る彼の美しい寝顔に少し見惚れ、ハッとしてベッドを抜け出した。すぐに湯浴みをし、昨夜の情事の痕跡をキレイにする。

それでも安心は出来ないため、簡単に身支度をして商会に出向いた。早朝だから社員はまだ出勤していないが、商会長の奥様が店内の掃除をしているはず。

「あら、リアさん。早いわね? どうしたの?」

「奥様……実は、その……避妊薬をいただきたくて……」

「あらあら、昨夜は準備もなしに盛り上がってしまったのかしら」

ニタリと笑う奥様の指摘に、顔が赤くなってしまう。

(ルミナス様を社員寮に入れたのは奥様だったのね)

「ふふっ、大丈夫よ。商売は信用第一ですからね。他言はしないわ。むしろ新たな販路が得られそうで貴女に感謝してるくらいよ」

「そ、そうですか……」

商会長と奥様は、ルミナス様が王族だと知っている。だから彼に恩を売るために私の部屋に通したんだわ。

余計なことを──と思わないでもないけど、雇い主夫婦に文句をつけるわけにもいかない。

「貴方は元から美人だけど、一晩でびっくりするくらい女っぷりが上がったわね。よほど可愛いがられたのかしら?うふふふふ~♡」

「お、奥様! 揶揄わないでください!」

完全に面白がられてる。

恥ずかしくて穴があったら入りたい。

「あらあら、ごめん遊ばせ♡ はい、お薬。時間制限があるから早めに飲みなさいね。社員割があるし、代金はお給料から天引きでいいかしら?」

「はい。それでお願いします。ではまた出直しますね」

「あとでね~」

これはしばらくこのネタでいじられそうだなと苦笑いしながら、社員寮の自室に戻る。扉を開ければルミナス様が必死の形相で抱きついてきた。

「オリヴィア!どこに行ってたんだ……っ」

「おはようございます、殿下。すみません、商会に薬を買いに行ってました。すぐ飲みたいので離していただけますか?」

「あ、わ、悪い……薬だなんて……どこか具合が悪いのか? 私が昨夜無理をさせたからか?」

「いいえ、これは避妊薬です」

私の言葉にルミナス様が硬直している。その隙に袋から小瓶を取り出して一気に飲み干した。

商会にある避妊薬は貴族向けの商品なので質が良く、副作用もほとんどない。性交渉から二十四時間以内に飲めば確実に妊娠を防ぐことができる。

「す、すまない……避妊せずにしたから……しかも何度も……」

「私も合意したことなので気にしないで下さい。これから仕事に行く準備をするので、申し訳ありませんがもうお帰りいただいていいですか?」

「え……?」

私の帰れ発言に、ルミナス様は傷ついたような顔をした。

「殿下はここにお一人でいらっしゃったんですよね?外に護衛も誰もいませんでした。きっと貴方を探していますよ。早く戻られた方がいいかと思います。臣下をあまり困らせないでくださいね」

「なぜだオリヴィア! 昨夜はあんなに愛し合って──」

「あれは一夜限りのこと。平民の私が殿下にお慈悲を頂いただけにすぎません。私はちゃんと弁えておりますので、こうして目の前で避妊薬を飲みました。ですから、今後殿下のお手を煩わせることもありませんのでご安心ください」

臣下の礼を取り、一線を引く。

ルミナス様も、わかっているはずよ。

私は貴方の元には戻らない。

たとえ私がまだ純潔だったとしても、復縁しようという申し出に簡単に頷けるほど、私が抱えていた貴方への愛は軽くなかった。

貴方の恋の邪魔をしたくなくて身を引いた。

貴方のために身分も家族も国も捨てた。

そこで私の初恋は終わったの。そして今はこの国で、リアとして居場所を得ている。

もうオリヴィアはどこにもいない。

二度目はないの。

リアとしての人生を、もう貴方のために捨てることはできない。ここは私自身の力で作り上げた場所だから。

「──面を上げよ」

許可を得てゆっくり顔を上げると、悲しげに金の瞳を揺らすルミナス様がいた。

「本当に……もう無理なのか?」

「その答えは殿下もわかっているはずです。私はオリヴィアではなく、リアです。この国の平民なんです。純潔でもありません。だから貴方も私を抱いたのでしょう?」

「…………」

「やっぱり身分の低い者と王子様の恋がうまくいくのは、物語の中だけなんですよ。それを身をもって知ったから、貴方もメアリー様と別れ、王太子を辞めたんですよね?」

「……オリヴィア」

「私はリアです。何度も言わせないで。オリヴィアはもう、どこにもいません。──今度こそ、本当にさよならですわ。王子様」

扉を開けて、退出を促す。

しばらく見つめ合っていると、ルミナス様は一筋の涙を流し──何も言わず、そのまま部屋を去っていった。

私は扉を閉めて、そのまま玄関に蹲り、膝を抱える。

「……っふ、うぅ……ルミナス、様……っ」

涙腺が決壊し、拭っても拭ってもどんどん涙が溢れてくる。

これは何の涙なんだろう。

彼に抱かれて、望み通り私という存在を彼に刻みつけることができた。

初めて抱いた女なのだ。

きっといつまでも彼の心に在り続ける。

そうしていつまでも、私を思い出せばいい。

それが本望だった。

念願叶った。

(なのに、どうして──)

解放されると思った心は、未だジクジクと痛み続け、不自由なままだ。

「ルミナス様……っ」

結局私は、今も彼に囚われている。

あれから四年も経っているのに、たった一度の逢瀬で傷口はあっという間に開いてしまった。

「ルミナス様……っ」

胸が苦しい。

彼を拒絶して追い出したのに、

もうこんなに彼が恋しい──