軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

乙女ゲームの世界なので、バレンタインがあります【2箱目】

ここになら誰かいるだろうと当たりをつけて覗いた会議室には、珍しい二人組がいた。

「ドニにアイザック? 二人きりで珍しいわね。何をしてるの」

「アイリーン様! えっとですね、魔王様のお城の増改築についてアイザックさんに説明してるんですよ」

「そう。ちょっとお邪魔してもいいかしら」

「ドーゾ」

投げやりなアイザックの返答をもらってから部屋に入る。大きな机に広げていた図面をドニが素早く丸めて片づけた。

「ちょうどお茶があるので、アイリーン様もどうですか?」

「いいわよ、気を遣わなくて」

「ついでだから大丈夫です! アイザックさんがさっきから使い物にならなくて休憩しようかって思ってたところなんですよ」

「あら、どうかしたのアイザック?」

「別に」

言葉とは裏腹に、机に頬杖をついたアイザックはとても機嫌が悪そうだ。

机の隅にすでに用意されていたお茶をぱぱっと用意し、ドニに手渡される。冷めかかっているが、ふわりとハーブのいい香りがした。椅子に腰かけたアイリーンは一口飲んで、目をまたたく。

「とてもおいしい。ドニ、あなた本当に器用なのね」

「あ、そのお茶、僕じゃないですよ。さっききたレイチェルさんが用意していってくれたんです! チョコレートももらったんですよ、バレンタインだって」

ドニが机の真ん中に、さきほど厨房で見たそっくり同じチョコレートを二つ並べる。

そしてそっとアイリーンの耳元に唇をよせた。

「僕と同じチョコだってわかって、アイザックさんすねちゃったんです」

「まあ」

口元に手を当てたアイリーンはアイザックを見る。アイザックは眉をひそめた。

「……お前なんか余計なことアイリーンに言っただろ、ドニ」

「レイチェルさんがいる間はまだふつうだったんですけど、出て行ってからずっとなんか考え込んでて、仕事にならなくって」

「ドニ! そのひそひそ話やめろ、ぜってー間違ってるからそれ!」

小柄だが度胸のあるドニは、アイザックがにらんでもにこにこ受け流していた。一方、アイリーンは隠れて笑いをかみ殺すのに必死になってしまう。

(レイチェル……作戦通りだわ、あの子怖い)

肩を震わせているアイリーンに、アイザックが眉をつり上げる。

「なんだよその笑いは! 用事はなんだよ、そもそも」

「バレンタインのチョコをわたしにきたの。ドニ、あなたとの付き合いは五年目だから、はい五個」

「えっいいんですか!? 有難うございます」

「アイザックは三年目だから三個ね」

「……お前それ、魔王様怒んねーの?」

目の前に置かれた二つのチョコを見つめながらアイザックが複雑そうに言う。早速アイリーンのチョコを一個食べたドニが力説した。

「魔王様には本命チョコだから数じゃないんですよ!」

「そりゃそうだけどさ」

「だから女の子の気持ちはチョコの数じゃないんです! アイザックさん気にしなくていいと思うな僕」

「ドニ、お前なんか勘違いしてるだろ! 俺は別に気にしてねーから!」

「確かに僕、アイリーン様と付き合い長いんで五個ですけど、アイザック様は三個でもアイリーン様の片腕って皆思ってますよ! ね」

「……」

どこまでわかってやってるのかわからないドニは大物だ。

おかげで完全にアイザックがふてくされてしまった。

仕方がない部下だ。笑いをかみ殺しながら、アイリーンは情けをかけてやることにする。

「これがレイチェルが用意したチョコね。こっちがドニで、こっちがアイザック? リボンの色が違うけれど」

「はい、僕がピンクでアイザックさんがオレンジだって」

同じラッピング、同じ大きさのチョコだが、袋をしばっているリボンの色が違う。真ん中に置きっぱなしのレイチェルのチョコレートを、ちゃんとわけておく。これで間違いは起きない。

「女の子に贈られたものは、危険物でない限りきちんと食べなさいね」

「はーい」

「それとホワイトデーにお礼はちゃんとするのよ」

「あ、そっか! 何につくろっかなー」

「めんどくさ……」

すでに楽しそうなドニと心底嫌がっているアイザックが対照的だ。おかげで笑いが止まらない。

そんなアイリーンのチョコを一つつまんで食べたアイザックが、やっとこっちに視線を向けた。

「楽しいかよ、今年のバレンタインは」

「ええ、去年はクロード様を口説くのでいっぱいいっぱいでそれどころではなかったし、おととしは……」

セドリックに、手作りのチョコレートケーキをわたそうとした。お菓子作りや料理が得意なリリアに負けないよう、ドートリシュ公爵家の料理人に指導してもらってアイザック達を実験台に腕をあげて、そして。

「大丈夫だろ、今年は」

「魔王様、待ってると思いますよ」

その結末を見ていた二人が、そう言ってくれる。アイリーンは胸をはった。

「当然でしょう? とっておきのエッセンスをしこんだもの」

「うわー愛ってやつですか!?」

「そんなものしこめるわけがないじゃない。もっと確実なものよ」

「え」

「ちょっと待て、お前何しこんだ! 発案者は誰だ! リュックか!? 協力者はクォーツか!?」

「ああそうだわ、リュックとクォーツにも渡しに行かなくちゃ。まだまだ回らないといけないから」

そう言ってアイリーンは立ち上がる。すっかり調子を取り戻したアイザックが嘆息した。

「知らねーぞ、俺は」

「そうはいかないわ、何かおこったらなんとかしてもらうから」

「僕はいいですよ、氷の屋敷とか作りたいです!」

目をきらきらさせたドニの言うことは聞こえなかったふりをしてアイリーンが出ていく。

それを胡乱げに見送ったアイザックは、今度はレイチェルが用意したチョコを指でつまんだ。ドニはもうここで全部食べてしまう気なのか、チョコを次々に放り込んでいる。

(……意識してたわけじゃねーし、期待とも違うし)

ちょっと、それっぽいものが贈られてきたらどう流そうか、なんて考えていた。恋愛沙汰はできる限り仕事に持ち込みたくない主義なのである。だからこの結果は大歓迎だ。仕事と私情を切り離す立派な侍女がアイリーンのそばにいるのも好ましい。

ただ、警戒していたから肩透かしをくらった気分になっただけ。

そちらに気を取られてアイリーンが今年のバレンタインを無事にすごせるか、あまり気をもまずにすんだことを思えば、まあよかったのだろう。

なんでもない仕事仲間からのチョコレート。言い聞かせてから、ぽいと口に放り込む。奥歯で噛み砕いた瞬間に、オレンジピールのいい香りがした。ただのトリュフかと思ったがそれなりに工夫されている。

これで危惧したことはすべて終わりだと肩を下ろす。アイリーンがおととしのような目に遭うことも、まずないだろう。冷めたハーブティーを飲む気になって、カップに口をつけた。

「あ、レイチェルさんの作ったチョコ、ナッツ入ってる。僕この組み合わせ好きなんですよね」

「……オレンジピールだろ?」

「え? これナッツですよ。アイザックさんはオレンジだったんですか?」

「……」

答えず、そっとカップをソーサーに置き直す。

そっくり同じなのに、リボンで目印をつけられたトリュフ。「お世話になってる皆さんに」かけられた言葉はそれだけ。幸か不幸か、回転の速い頭はほぼ答えをはじき出していた。

(あの女ッ……いや待て。もし全員中身が違うとかだったら、そういうんじゃねーだろ)

オレンジはアイザックが好きなもの。だがナッツだってドニが好きだとさっき言った。

全部同じだと見せかけて、中は渡す相手の好みに合わせる。そういう風に気を回すのはおかしくない。自分だけに違うものを用意したなんて結論を出すのはまだ早い。

だからここはへーそうなんだくらいの態度が適切。と一瞬で判断したのだが、ドニにそんな繊細な男心は通じなかった。

「よかったですねアイザックさん! ちゃんと特別じゃないですか!」

「……ちげーだろ、全員にやってるかもだろ」

「えっじゃあ皆に聞いて回りましょうよ! そしたらはっきりしますよ!」

「待て待て待て! いいから、そういうことしなくていいから……!」

「えーでも気にならないんですか?」

ぐっとアイザックは詰まり、置き直したソーサーを再度持ち上げてハーブティーを飲み干す。

全員中身が違うのか、アイザックだけ特別だったのか、気にならないといえば嘘だ。だがそれを調べるにはドニの言うとおり、聞いて回るしかない。聞いて回れば間違いなくレイチェルに伝わる。

(くっそあの女、余計なことしやがって……!)

どうやってあの女を出し抜いて真実にたどり着くか。動くのは、ありとあらゆる方法を検討してからでいい。

ドニがそっと遠くでつぶやいた。

「……またアイザックさん、色々考えすぎて、横からさらわれちゃいそう……」

アイリーンの時もそうだったが、頭のいいアイザックは考えすぎてドツボにはまる傾向がある。

いつか自分が気になる女の子からのチョコをもらえた日は、素直に喜ぼう。

出来のいい頭を無駄に回転させて考え込むアイザックを反面教師にしながら、ドニは最後のチョコレートをぱくりと食べた。