軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王様と新しい護衛たち 其の六

咳き込んで、呼吸できていることに気付いた。

燃え盛る炎と黒い煙が目前で上がっている。焼けて崩れ落ちる屋敷の音が、ばらばらと耳に届く。芝生に膝をついたまま、カイルは胸に手を置き、もう一度息を吸ってみた。生きている。

「……ックロード様!? ウォルト、どこだ!」

「生きてるよ、死ぬかと思ったけど」

斜め後ろで手をあげて答えたウォルトは立てないのか地面に尻餅をついたままだ。カイルも全身の虚脱感がひどい。

「どうして生きてるんだ……俺達は処分されたのではないのか」

口にしてから重みが増した。自分達は魔王に対する人間兵器として切り捨てられたのだ。

使い捨てられるとも知らず、魔王をおびき出すために使われ、挙句の処分だ。

(こんなことになるはずでは、なかったのに)

考えて、ふと自嘲した。自分は道具であることも忘れて、いつの間にか魔王側と教会側が手を取り合う未来や、魔王を殺さずにすむ希望を持っていたのだ。

その結果が、この惨状だった。

「魔王様が助けてくれたんでしょ」

ウォルトの気楽な言葉にずっしりと胸が重くなった。

「それにしたってやられたね。あの自決用の魔法、強制的に発動できるなんて聞いてないよもー」

「……ウォルト。お前は、平気そうだな」

「いや全身だるいけど。正直よく生きてるなって感想」

「そうではなく! 俺達は処分されたんだぞ! これからどうすれば――」

「やっと自由だ」

じゆう、とただ口の中で繰り返してしまった。そんなカイルに、ウォルトがせいせいとした顔で笑う。

「お前もだろ、カイル。ざまあみろ」

「ど、どういう意味だ」

「これでもう、教会のためになんておべんちゃらは使えなくなる。俺はお前のそういうところがむかついてしょーがなかったんだよね。ま、ぐずぐずしてたのは俺も一緒だけど」

ごうごうと派手に燃える屋敷の方を見ながら、ウォルトが言う。

「もうこれで教会に縛られなくていい。なら、俺は魔王様に仕えるよ」

「……」

「お前はどうする」

「……俺は、教会の人間だ。それ以外、生き方を知らない」

「魔王様に逃げろって叫んだのに?」

そう、あの一瞬。

本当に教会のことだけを考えるなら、そんなことを願ってはいけなかった。縋り付いてでも、自分の暴発に魔王を巻き込んで、殺そうとするのが正解だった。

でも、正解をつかめなかった。

「……アイリが……泣くだろうか、と思って」

「どっちかって言うと怒り狂って俺達が殺されそうじゃない?」

「あとは、最後の最後くらい……」

本当の護衛になれたなら。

この日々が全部全部、本物なら。

そういつだって願っていた。自覚もしないまま。

ぼたぼたと涙が溢れ出た。ぎょっとウォルトが引く。

「え、嘘ここで泣くかフツー!? やめろよーヤローに泣かれたって嬉しくないっての」

「クロード、様は」

もう記憶もないほど久しぶりに泣いたせいか、うまく息継ぎができない。

「俺を、許してくださるだろうか。今更だと、思われないだろうか」

「……さあ?」

「そこは大丈夫だと言え!」

「お前ほんと意外とめんどくさいな!? っていうかその前にクロード様どこいったんだよ、まさか爆発に巻き込まれたとかないと思うけど――」

「呼んだか?」

ぽっと突然目の前に出てこられて絶叫しそうになった。一気に涙が引いたカイルの横で、ウォルトが目を細める。

「……何持ってるんですか、それ。まさか」

「クッキーのお土産だ。お前達を助けて外に出たのはいいが忘れてしまってな。屋敷に取りに戻っていた。見ろ、ちょっと燃えたが無事だ」

「燃えてる屋敷に戻るとかアホですか! 何かあったらどうするんです!」

「僕に何か起こるとでも?」

ああもう、と顔を覆うウォルトの横で、カイルは静かに答える。

「クロード様がご無事であれば御身に何が起こってもいいという話ではありません。危険な真似はお控えください」

クロードは黙っている。余計な意見かと懸念したその時、そのクロードの足元で小さな花がいくつも咲くのが見えた。不思議に思って顔をあげると、クロードが穏やかに口元をほころばせる。

「護衛というのは心配性だな」

「それが仕事ですので」

答えるウォルトはもうクロードに忠誠を誓うと決めている。この男はいつだってカイルの先を行くのだ。

(俺もいい加減、認めねば)

ぐっと拳を握り、疲弊した体で跪く。頭を下げ、地面に落ちた濃い影を見つめながら。口を開いた。

「クロード様、お話があります」

「聞こう」

「俺はあなたの暗殺を教会より命じられていました。今回の密談を提案したのも、俺です。……まさか俺達自身があなたへの武器に使われるとは思いませんでしたが」

喉を指先でかすめて、自嘲気味に笑ってしまう。

「ですが、今回あなたを危険な目に遭わせたことに違いはない。すべて俺だけの責任です。ウォルトは関係ない」

ウォルトがとがめるように名前を呼んだが、かまわずに続けた。

「ですのでどうか、処罰は俺だけに」

「今回の教会の狙いは僕ではない。お前達二人だ」

断言され、下げていた頭をあげた。

「教会はお前達の持っている情報や知識を僕に知られたくなかったんだろう。それにお前達が優秀な護衛だと、教会自身が知っている。むざむざ僕の元に置いておくはずがない」

「……たとえ、そうでも。俺が裏切っていたという事実は――」

「だがお前は、教会に和解をすすめて、僕を助けようとしてくれた」

ぐっと唇を噛む。どう答えたらいいのか迷っている間に、穏やかな声音が自分を許してしまう。

「それがうまくいかなかっただけだ。そう気に病まなくていい。元々、お前達を無理に教会から引き抜いたのはアイリーンだ。行き違いは多少ある」

「暗殺命令に爆破って多少の行き違いですむんですかねー……いいけど」

「それに、僕を暗殺するよう教会に命令されていたのはウォルトから聞いている。内緒で」

は、と空気の抜けた声を出した瞬間に、ウォルトがクロードの胸ぐらをつかんだ。

「内緒だってふつーにばらしちゃってどうするんです……!?」

「カイルを教会から守ってくれるなら僕に忠誠を誓うと、洗いざらい喋ってくれた」

「だからべらべらと喋るのやめません!? 内密にって言いましたよね俺!?」

「ウォルト、お前……」

ふらつきながらも、なんとか立ち上がる。するとウォルトがふいと横を向いた。

「俺はお前を出し抜いてやりたかっただけだから」

「僕はその話を聞いてとても悲しかった」

「!?」

いきなり話が急展開して、ウォルトと一緒にぐるんとクロードの方に向き直ってしまう。

クロードは、まったくそうは見えないが――多分、しょんぼりと肩を落としていた。

「僕に忠誠を誓いたくて誓ってくれないのかと」

「さらっとものすごい重たいこと要求してきましたね!? いやクロード様、何かしてくれたらお仕えしますって普通ですよ?」

「僕は何かしないと仕えてもらえない、そんなに魅力のない主君だろうか……」

無償の忠誠なんてあり得ないものを要求されているのだが、端整な眉がハの字によるとすさまじい罪悪感と焦りがこみ上げる。魔王の美貌は罪作りだ。

「ウォルト! お前、クロード様に謝れ……!」

「いやお前も謝れよ! っつーか魔王様、たまにほんと子どもっぽいな……! アイリちゃんの前だとかっこいいくせに」

「それは当然じゃないか?」

涼しい顔で言われて、ウォルトと二人うなってしまった。

(というか完全に遊ばれているな、これは……)

そう気づくと、なぜだかすべてが馬鹿馬鹿しくなってきた。

この人はきっと、自分たちの抱えた罪悪も苦悩も、全部まるごと受け止めるのだろう。そういう主君だ。

「さて、二人とも。僕に聞いて欲しい話はそれだけか? 僕は話を聞く王でありたい」

最初に護衛の話を持ち出された時も、同じことを言われた。ウォルトと顔を見合わせ、並んでその御前に跪く。

まだ燃え続ける炎は、まるで地獄の業火のように美しい。

「ウォルト・リザニス。お約束通り、御身に忠誠を誓います。この命、長く大切に使ってくださいよ」

「――カイル・エルフォード。同じく忠誠を誓います。今度こそ、俺自身の意思で」

「いいだろう」

ぱちんと指を鳴らす音が聞こえたと思ったら、炎が燃え上がる屋敷が消えた。

いや、消えたのではない。移動したのだ、自分達が。

ほうほうと聞こえるフクロウの声。石畳に舗装された道。見上げるほど高い、けれど見慣れた鐘楼。

教会の大聖堂だ。

聖剣の乙女の像が、魔王を見下ろしている。

「教会からの招待状にはこう書いてあった。『ウォルトとカイルの処遇について話がある』と」

初耳の情報に目を丸くするウォルトとカイルに、焦げた土産を片手に持った魔王が背を向ける。

「きちんとご挨拶せねば。礼を失してはならない」

赤い瞳がきらめく。瞬間、鐘楼のてっぺんめがけて稲妻が落ちた。