軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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金属のこすれる音がした。

こめかみに痛みが走る。髪がこびりついているのが分かった。多分、血のせいだろう。

「――じゃあ、リリア。行こう。この塔は狭いし、あっちでゆっくりした方がいい」

「そう……ね。セドリック様……あの」

「リリア。分かってくれ。君を幸せにするためにも、僕は皇太子でなければならない。一度だけだ。正妃は、君だから」

「……あ……アイリーン様、目を覚ましたわ」

セドリックを見上げていた瞳からあっさり涙を引っ込めて、リリアが笑う。

一度深呼吸をして、アイリーンは尋ねた。

「……これは、何の真似かしら?」

手首には鉄の枷がはめられており、そこからのびた鎖は寝台の柱にぐるぐるに巻き付けられている。粗末だがしっかりと作られた寝台を引きずらないと身動きできない仕様だ。

――そう、アイリーンは寝台に横たえられていた。頭の上に両手首を縛られた格好で。

「……私、さっきのこと許します。きっとアイリーン様は混乱してたんだと思うから」

もう赤くない頬に手を当てて、リリアが儚げに微笑む。

「私、アイリーン様を尊敬してます。だから一緒に頑張りましょう」

「……第二妃とか一緒にとか、どういうことですの。わたくしとセドリック様との婚約は破棄されたはずでしょう。他ならぬあなたのおかげで」

「そうなんですけど、やっぱり私は嘘をつきあったり騙し合ったりする汚い貴族の方とお話しするの、苦手みたいで……でも、アイリーン様なら得意でしょう? 助けて欲しいの」

話が読めてきた。

あの夜会の軽率な振る舞いで、リリアの皇妃としての資質――ひいてはセドリックの皇太子としての資質が疑問視されたのだろう。男爵家ではあるが、リリアの実家は大きな力を持っていない。そのあたりから軽んじられるようになり、彼らは間抜けにもこう考えた。

皇妃の仕事や煩わしいことは全てアイリーンに押しつけ、自分達はそのまま安泰な地位を保持することを。

「助ける、ね。――リリア様、あなた、セドリック様のために努力する気もないのね」

「そんな。ただ、人は誰だって得意不得意があるから」

「いいんだ、リリア。俺はリリアを格式張った古い慣習に押し込める気は最初からない」

「そんな子供の反抗期みたいなことを言って、皇帝はなんて仰ったの?」

見事に詰まったセドリックとリリアの反応で分かった。皇帝は相手にしなかったのだ。

「――マークス。リリアを連れてここから出ろ」

マークスに肩を抱かれ、リリアが出て行く。重い鉄の扉が唯一の出入り口らしい。ご丁寧に施錠の音まで聞こえた。さらに内側からかんぬきをかけて、セドリックが寝台の脇に座る。

そして冷たい双眸で、アイリーンを見下ろした。

「ずっと考えていた。――いつからお前は兄上とできていた?」

「……何を、仰ってますの」

「父上もどうしてお前みたいな尻軽の方が皇妃にふさわしかった、などと言うんだろうな。挙げ句、どうしてもリリアがいいと言うなら、皇妃にふさわしい側室を他に作れ、などと……!」

「それでわたくしとよりを戻そうと? でもわたくしを監禁して、どう――」

途中で思い至って、口を噤んだ。

(今晩中に、わたくしを、第二妃にする方法)

あるじゃないか。そうされたら、アイリーンはもう、セドリックに嫁ぐしかない。

何故なら皇室の血を残すことは、この国の貴族の子女にとっては義務だ。

「む、ぐっ!」

「うるさくされると冷める。リリアに聞かせたくはないし、舌をかまれても困る」

ハンカチを取り出したセドリックが口に噛ませるようにして巻き付ける。そして小さなナイフで、アイリーンの胸元を縛る紐と一緒に生地を切っていった。まるで作業のように。

「んー! んー!」

「お前がこのまま僕に抱かれれば、第二妃。ドートリシュ公爵家の後ろ盾だって得られる。邪魔ができるとしたら兄上だろう。――でも、どんな顔をするだろうな?」

ばたつかせた足がのしかかってきたセドリックの鳩尾を蹴った。

怒りに目を燃やしたセドリックが、アイリーンに馬乗りになってその頬を殴る。続けて反対側を。さらにもう一度、殴る。

「俺だって! こんなことを! したくないんだ! どうして分からない!」

「……っ!」

「好きだった男の役に立てるんだ、有り難く思え……!」

力任せに首回りの服の生地が引き裂かれる。せめて時間稼ぎだけでもできないか。

それとも、この後どう立ち回るか冷静に考えた方が賢いのか。

(この後)

考えるより先に血の気が引いた。――クロードに、知られたら。

殴られた時に切れた口の中で、じんわり血の味が広がる。

クロードはきっと、それだけでアイリーンを拒むなんてことはしない。けれどあの美しい魔王の瞳に、自分は疵物として映ることはさけられないだろう。

耐えがたかった。それ以上に驚きだった。

このアイリーン・ローレン・ドートリシュが、たった一人の男の視線を気にするなんて。その人の中では、一番綺麗でいたいだなんて。

そんなの、まるで恋をしているみたいじゃないか。

(――だったら余計、この状況をなんとかすべきでしょう! しっかりしなさい……!)

動けなくなった自分を叱咤した。体の上を這いずるこれは芋虫みたいなものだ。人間が負けるわけがない。だから諦める必要なんて、泣く必要なんて、どこにもない。

「うぐっ!」

動きが止まったせいで、大人しくなったと勘違いしたセドリックにもう一発お見舞いしてやった。だがそれだけだ。

(足技で男を殺せる方法をお母様に教えてもらっておけばよかった!)

「い、いい加減、諦めて、大人しく――」

「イタ! 魔王様、アイリーン、見ツケタ!!」

くぐもった声の方向に目を向ける。鉄格子の窓にべったりはりついたカラスがいた。かろうじて首元に蝶ネクタイが見える。アーモンドだ。

目を見開くと同時に、天井が吹き飛んだ。一気に視界が広くなる。

(クロード様)

薄紫の夜空から降り立ったのは、人間でいる限りは何者にも負けない王。

胸一杯に広がったのは安堵だった。悔しさも意地もない。やっと震えがこみ上げて、横に倒した頬に、ぽろりと涙が零れる。しゃくり上げた。

(助けにきてくれた)

大丈夫だ。これで、何も怖くない。

だが、アイリーンは気づいていなかった。

クロードから、この状況がどう見えるかということに。