軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな白い花たちの冒険(3)

ぶはっと顔を砂から引っこ抜く。口の中に入っている砂を吐き出すと、同じように頭から砂まみれになったアリアが叫んだ。

「もお何やだここーー、砂漠!? まさかアシュメイルにきたの!?」

「アシュメイルではないと思いますが……どうぞ、クレア様。水です」

荷物を拾ってやってきたエステラに、水筒を差し出された。口の中をすすげということだろう。

一瞬だけ迷ったが、口の中に含んだ水はそのまま吐き出した。砂漠で遭難したなら水は貴重だ。だが、たぶんそういう話ではない。

「――ここ、魔界じゃないか?」

「わたくしもそう思います。この濃い魔の瘴気……」

「えーなんであの呪文で魔界にきちゃうの。アリアは魔界にきたかったんじゃなくて――あっあれ!」

突然アリアが立ち上がり、指をさす。顔を見合わせて、エステラと一緒にアリアが立っている小高い砂場までざくざく昇った。雲ひとつない夜空、地平線まで見渡せそうな砂の大地は壮大すぎて、寒気を感じる。

だがアリアがさした場所には、緑があった。

「……湖……あるな」

「オアシスでしょうか」

「さっすがアリア、ひょっとして白い花も咲いてるんじゃない!?」

はねたアリアが、器用に砂場を滑りおりて真っ先に駆け出す。これだけ見晴らしがよければ見失うことはないだろうと、クレアも落ちていた荷物を回収して歩き出した。戸惑いながらエステラもついてくる。

「ほ、本当にあるんでしょうか、白い花が……」

「あるかもなあ、アリアだから。これで運命の王子様もゲットだな!」

砂に呑みこまれたように、エステラの足が止まった。クレアは振り向く。

「どうしたんだ?」

「……い、いえ。……いるんでしょうか、運命の王子様なんて……」

「いないと困る。まあ、アリアはルクスだろうけど。……エステラ姉様はどうしてついてきたんだ? 今回」

「えっ」

「珍しいなって思ってたんだ。エステラ姉様はこういうの、いつも止めるほうだろう。何かあったのかなって。アリアもそう思ってるぞ。むきになって捜してるのは、半分はエステラ姉様のためだ」

ざくざく砂を踏んで、前を向いて歩く。エステラが静かについてきているのはわかっている。

「……クレア様は、わたくしの弟を、どう思いますか」

「エステラ姉様の弟? どう……と言われても」

まだ二歳か三歳くらいではなかったか。会ったのも数えられる程度、可愛いと思ったがまともに会話した覚えすらない。クレアの戸惑いを感じ取ったのだろう。エステラが唇を引き結び、追い抜いていった。

「いえ、なんでもありません。……わたくしもいずれ、結婚を考えねばなりません。だからその前に、こういうのも、たまにはいいかと思って……」

エステラは嘘が下手だ。本当は何かあったのだとわかる。だがあえて追及せず、クレアは笑った。

「心配しなくてもエステラ姉様だったら絶対、素敵なひとが見つかるよ。綺麗だし、おしとやかだし、頭もいいし、何より可愛い」

大股で追い抜き返して振り向くと、目を丸くしたエステラが、少しだけ口元をほころばせた。

「……アリア様が、ルクス様で満足しない気持ちがわかります。クレア様がきっと理想なんですよね」

「私はアリアの騎士だしな。それに、私もアリアかエステラ姉様みたいなのが理想だ。でも、イケメンっていうのも一回は見てみたい! 父上よりかっこいいやつだ」

「それはなかなか難しいのではないですか」

「そうなんだ、シャルルはいい線いってるんだが弟だし……エステラ姉様の弟、イケメンに育たないかな」

「年齢がだいぶ離れすぎではないですか? 十歳近く差がありますよ」

「クレアお姉様、エステラお姉様! あった! 白い花、あった!」

アリアの声に、ふたりして駆け出した。

空から星屑がこぼれたように、その花はあった。思ったより小さな花だ。百合に似た花弁も、間に見える葯も、満月を浴びてきらきら白く光っている。

しゃがんで、そうっと一本だけ手折った。魔力でも帯びているのか、きらきらした光は花びらからこぼれ落ち続けている。エステラが取ったものも同じだ。

「これを湖に浮かべてお祈りするんでしたか」

「満月の上に落とす……って話だったか」

湖面にはまるで鏡のように、満月がぽっかり浮かんでいる。問題はその満月が湖の中央に写っていることだ。

「じゃあここから投げるか」

「やだーーーロマンチックじゃなぁい!」

「でも入るわけにもいかないだろう、濡れるし。アリア、泳げるか?」

「そもそも波を立てたら満月じゃなくなっちゃわない?」

騒いでいると、黙ってエステラがそのまま湖面に足を踏み出した。そのつま先はほんの少し波紋を立てたが、靴裏は水の上に留まっている。

「これで歩いていけると思います」

「エステラお姉様、さすが! アリアできるかなぁ……」

「私はどうだろうな……あまり聖なる力は魔界では使わない方がいいと聞いてるしなあ」

「そうなのですか」

「魔界は魔物達の世界だ。だから聖なる力は敵視されると、シャルルが――」

エステラの背後、湖の中央からいきなり水柱が上がった。満月も多い隠すその巨躯に、三人して固まる。

「――ずいぶん深い湖だったんだな」

「そうじゃないでしょクレアお姉様!? あれっでもクレアお姉様は魔王のむす――」

め、という最後の単語を言う前に、空から咆哮と魔力の一撃が墜ちてきた。舌打ちしたクレアは、アリアと固まっているエステラを両脇に抱えて転がる。

「それが通じるのは地上だけだ。魔界はお祖父様が眠ってる間、意外と無法地帯だって――っと!」

今度は尻尾が飛んできたので、宙返りしてよける。

湖の中から飛び出し、夜空の下で両翼を広げたのは、竜だった。ここが縄張りだったのか、最初から目に敵意が宿っている。

「やだやだやだ、クレアお姉様どうするの!? 話、通じなさそう」

「しかたない、倒すしか……エステラ姉様、手伝ってくれるか」

「――は、はい。でもあの、国際問題になるのでは」

「なんで!?」

やっとこわばりがとけたエステラの意見に、クレアは目を剥く。エステラが生真面目に問題点を指折り数える。

「まず、わたくしが手伝うとアシュメイルがエルメイアの魔物に手を出したことになって……でも魔界はエルメイアの領土に含まれるのでしょうか……?」

「そうなのか、どうなんだ!?」

「今、どうでもよくない!? そんな状態じゃなくない!?」

「ですがこの騒ぎにアシュメイルが巻きこまれたとなると……どう報告すればよいか」

「黙ってればいいじゃない真面目すぎでしょ! もーどうでもいいから、早くなんとかしてえぇぇ」

「いや待て、なら私がひとりで倒せば――あ」

ちょこまか逃げ回る三人に焦れたのか、飛び上がった竜が地面目がけて巨大な魔力の光線を放った。あたり一面を輝かせたそれは、オアシスごとのみこみ、湖ごとオアシスを蒸発させる。

「……湖が」

「……」

「折角見つけたのにいぃぃぃ!」

「アリア!」

今度はこちら目がけて竜が光線を放ってきた。これはもうしかたない。エステラの結界が魔力を霧散させ防御を固める。クレアは拳をかまえ、光線の真横に飛び出した。

「はい、ストップ」

いきなりその場の何もかもが光の粒に変わって霧散した。魔力と聖なる力の攻防など最初からなかったような顔をして、竜とクレアたちのちょうど真ん中におりたったのは、弟だ。

げっとアリアが真っ先にあとずさり、クレアの背中に隠れる。

「ルクス……」

だがルクスはまず、空にいる魔物のほうに顔を向けた。

「悪かったな、縄張り荒らして。大丈夫だ、すぐ戻るから。ほら」

浮かび上がった光の粒が、先ほどまでオアシスがあった場所に集まる。と思ったらぱあっと広がって、時間を巻き戻したように湖もその周囲にある花も緑も、元に戻してしまった。

「これで少し見逃してやってくれって。すぐ帰るからさ」

目をぱちぱちさせていた魔物は少し考えこむようにしていたが、そのまま翼を広げて上空にあがる。そのまま、どこぞに飛んでいってしまった。

やっとルクスがこちらに振り向いた。

「少しの間ならいいって」

「……ルクス様は、魔物とお話ができるのですか。あんなすごい魔法も……」

「いや、なんとなくわかるかなーってくらいだよ。あと、魔法もおれじゃない。それにしても案外早く見つかって良かった。アリアが迷惑かけただろ」

「はあ!?」

クレアの背中に隠れていたくせに、アリアが前に出る。

「何その言い方!? 何様!?」

「いいから早く帰るぞ、魔物たちが迷惑してる。アリアなんて魔物にとって迷惑な化け物でしかないんだから」

「はああぁぁぁぁ!? 化け物って何、アリアは可愛いでしょ!?」

「何言ってるんだ、アリアは可愛くなんてない。性格悪いし、打算だらけだし、無責任で甘ったれだ。自分のことをまだ名前で呼んでるのも痛々しくておれはどうかと思ってる」

アリアを怒らせることに関して右に出る者がいない弟が真顔で言ったあと、思い出したようにまばたいた。

「そういえば、ここに何しにきたんだ?」

「――もういい! 私、帰る!」

アリアが癇癪を起こしたように言った。ここで理想の王子様などと言い出そうものなら、何を言われるかわかったものではないからだろう。乾いた笑いが浮かぶ。

「エステラ姉様はどうする? おまじない」

とりあえずエステラには確認しておくべきだろう。まだエステラの手には白い花がある。それをじっと見つめたあと、エステラは首を横に振った。

「……私も……いい、です。魔物さんに悪いことをしてしまいましたし……」

「真面目だなあ、エステラ姉様は。せっかくだし私はやっておこうかな」

少し待ってくれ、と言うと、ルクスはしかたないといった体で頷いた。ひとつ下の弟は、結構姉に対しても容赦がない。

「早くしてくださいよ、父上に見つかったら面倒です。すねるかもしれません」

「わかってる」

「しかし、おまじないって何なんですか、エステラ王女まで」

「いえ……あの……ご面倒をおかけしました……」

「女の子の秘密よ! ずけずけ無神経に聞かないでよこの馬鹿!」

「まさか恋のおまじないとか、そういうのか?」

「なっなんでわかるの!?」

「アリアはおれがいるのに相変わらず無駄なことするんだな。大丈夫か? ちゃんと現実が認識できてるか?」

アリアの奇声に似た怒鳴り声を背中で聞きながら、湖に近づく。

胸に隠しておいた白い花は、しおれるどころかまだ輝きを失っていなかった。不思議な花だ。湖のふもとを蹴って、湖の満月を見下ろす。

手のひらから、滴のように白い花を落とした。

「かっこいい王子様に出会えますように」

「それはこの父よりか?」

背後で聞こえた声に、ばっと振り向く。瞬間、力の調節を間違えて落ちかけた。その腕を難なくつかんで、抱き上げられる。

闇夜がこれ以上なく似合う、魔王だ。

どうしてここに――と聞くほうが野暮だろう。

「まったく、魔界に落ちるとは。お転婆にもほどがあるな、母上に似たのか」

「……ひょっとして全部ご存じなんですか。シュガーたちには口止めしたのに」

「魔界に落ちれば話は別だ。僕は僕の子どもたちの安全を優先するよう、魔物たちに命じてある。息子たちには出遅れてしまったようだが」

長い溜め息が出てしまった。父親が首をかしげる。

「なんだ、不満か? おまじないとやらはできたんだろう」

「そうですけど! 父上がきてどうするんですか」

絶対にこのおまじないは失敗だ。両肩を落とすクレアを抱いたまま、父親が湖のふもとにおりる。

「父が可愛い娘を迎えにくるのは当然だろう?」

「私はそろそろ別のひとにきてほしいんですよ」

ピンチに駆けつけたのは弟だし、迎えにきたのは父親。どう考えてもつまらない。

「悲しくなることを言わないでくれ。母上に言いつけてしまうぞ?」

うぐっとクレアは詰まる。なんだかんだ、父親は自分に甘い。だが母親は違う。

こんな時間に抜け出して、しかもエステラまで巻きこんで、それでも王女の自覚があるのか、淑女たるものうんぬんかんぬん、どうしても抜け出すならうまくやれ等々、一日中気の抜けない礼儀作法を監視したお茶会でお説教コースだ。

「ごめんなさい」

「いい子だ」

「クロード伯父様! ルクスがアリアのこといじめる!」

地面におろされたところで、父親に向かってアリアが泣きついてきた。父親が嘆息する。

「ルクス、アリアを泣かせるなと何度も言っているだろう」

「嘘泣きでそんなこと言われてもなぁ。いつか本気で泣かせられるよう頑張ってるんですよ、おれは」

「それでこそ僕の息子だ」

「はああああああふざけんなこのクソ魔王親子! 滅びろ! アリアの味方はやっぱりクレアお姉様しかいないぃぃ~~~クレアお姉様あぁぁぁ!」

「よしよし、父上たちの性格は諦めてくれ」

「シャルルはどうした? きてるんだろう」

ちらとルクスがエステラを見る。それで父親は納得したようだった。

「恥ずかしがり屋さんだな、僕に似て」

がっと夜空に突然雷が鳴ったのは、たぶん弟のせいだ。あの子が感情を制御できないなんて、珍しい。

原因はわかっているだろうに、涼しい顔でクロードがエステラに声をかける。

「エステラ王女、怪我などないか。君に何かあってはアシュメイルとの戦争を覚悟しなければならない」

「い、いえ。大丈夫です。何も……なかったです。あの、お父様には?」

「まだばれていない。今ならこっそり戻れる。僕も妻に黙って夜会から抜け出してしまったからな。子どもたちと遊んでいたとばれたら、怒られてしまう」

あ、とエステラが声をあげた。何かと見ていたら、しゃがみ込んで、指先で小さな穴を掘り、そこに花を植え直している。

「もう一度、生えるかわかりませんけれど……」

「大丈夫だ」

そう言って父親がエステラの手を取る。もう一度雷が鳴ったが、エステラの手についた砂は綺麗に取り払われていた。

「さあ、帰ろう」

ほら、と父親に誘われて、皆が回りに集まる。

それでやっと、帰り道のことを考えてなかったと思い至った。そういうことをまったく考えずひたすら湖をさがしたあたり、まだ自分には恋も運命の出会いも早いのかもしれない。

――そう。

「こんな時間に子どもたちをつれてどこにいってらっしゃったのかしら、あなた?」

戻ってきた部屋で、仁王立ちで待ち構えていた母親の姿に父親が固まっている。父親の驚きようからして転移先を変更されたのだろう。そんなことができるのはまったく姿を見せなかったもうひとりの弟しかいない。子どもっぽい嫌がらせだ。ちゃっかりルクスは逃げ出している。

これ幸いとばかりに、アリアもそうっとあとずさりした。クレアもエステラの手を取って撤退を始める。いいのか、という眼差しを向けられてがいいに決まっている。

魔王である父を倒せるのは、いつだって恋に落ちた母だけ。

それほど運命の相手というのは、強敵なのだ。

きっとラスボスにも負けない。