作品タイトル不明
護衛達の婚約(15)
ウォルトが帰ってこない。
「遅刻の常習犯ですし、いつものことと言えばそうな気もしますが」
「キース様が指揮をとってるこんなときに、冗談じゃない」
カイルは古城にあるウォルトの自室を見渡した。カイルに叩き起こされ、確認についてきてくれたエレファスも肩をすくめた。
「それは同感です。……ひょっとして昨夜から帰ってきてないんですかね? カイルさんが見たのは?」
「昨日の夕方、ルヴァンシュ伯爵邸に向かう前だ」
「そのあとは朝、シュガーと交替するまで、ルヴァンシュ伯爵の見張りをする予定でしたよね。で、仮眠を昼までとって、オペラ」
「だが、シュガーが交替場所にいつまでたってもこないと俺に知らせにきた」
ふうっとエレファスが溜め息をついて、主のいない部屋の扉を閉める。
「ということは、昨日の夕方から行方不明ですか? 誰か他に、魔物も見てない?」
「昨日の見張り自体はウォルトがやりたいと言い出したことだ。それに、基本的に屋敷周辺からは離れるよう言われてるはずだ」
ただでさえ魔香が関わっている以上、あまり魔物を近づけさせることはできない。ウォルトが名誉挽回の機会をほしがって自ら挙手したので、クロードが許可したのだ。
「ひとまずクロード様……いえ、キース様に報告しましょう。クロード様は起きてらっしゃるかどうか。先にクロード様の執務室も確認しましょう。何かメモとか残っているかもしれません」
もしカイルやエレファスの知らないところで、クロードやキースと打ち合わせているのなら、伝言くらい残っているはずだ。
エレファスの提案に頷いて、執務室に向かう。
(あいつめ、ミスをしたばかりで何をしている)
腹立たしいが、用意された朝食を後回しにする程度には嫌な予感はしている。エレファスも同じだろう。
その嫌な予感を決定づけるように、執務室には既に起きて身支度をととのえたクロードがいた。キースが珈琲を用意しており、執務机の前には珍しくリュックとクォーツがいる。
何かあった。
それを裏付けるように、キースがカイルとエレファスに目配せする。あとにしろ、という意味を察して、カイルはエレファスと同じように壁際で直立した。
クロードがやや胡乱げに執務椅子に腰かける。
「中断させてすまない、続きを。――例の妖精とやらから預かった魔香が、今までの魔香と違う、という話だが」
妖精、という言葉にカイルはまばたく。リュックがクロードに向き直った。
「そうです。解析の結果、今まで教会から回収してきた魔香の原液よりもはるかに濃度が高いことがわかりました。即効性も効能も倍以上あがっているのではないかと」
「……もう少し分析しないと、詳細はわからないが」
ぱらりと書類をまくって、クォーツがつけたす。リュックが頷いた。
「少なくとも今まで扱ってきた魔香とは違うことだけは確かです。捕り物の際は取り扱いに注意を、と思い、嫌がらせまがいに早朝からやってきたわけです」
クロードが朝弱いことを知っているリュックが、堂々と言ってのける。クロードが深く嘆息した。さっきから動作が物憂げなのは、眠いからだろう。少し申し訳なさそうに、クォーツが小さな袋を取り出して執務机に置いた。
「……眠気覚ましのハーブだ」
「……気遣いに感謝する……で、そっちはどうした……?」
「ウォルトが帰ってきておりません」
端的にカイルが告げると、クロードがキースの淹れた珈琲を飲んでつぶやく。
「ああ。それでシュガーが朝から僕を呼び出して……なんだったか……」
「ぼんやり起きたところにリュックさんから『アイリーン様に知らせる前に』と謁見申込みがきて、私めが叩き起こし、身支度をととのえて座らせました」
「……そうだ、アイリーンは?」
「我が主に緊急の用件がありとお伝えしてあります。仕事になるのかと心配してらっしゃいましたよ。仕事が終わり次第、朝食を一緒にとられるそうです。ということでまずは仕事ですよ」
綺麗にキースが状況をまとめて教えてくれる。
「魔物も、ウォルトの姿は見ていないようだな……まったく……」
「クロード様はウォルトの気配は追えないんですか?」
「無理だな……」
カイルの質問に、クロードがぼんやりまばたきながら答える。眠気と戦っているらしい。
「それもこれも、お前達の気配を追ったりいつでも連絡をとれる魔法をかけておかなかったから……」
「すみませんやめてください。となると……」
「……少なくとも死んではいない。僕の加護として魔力を与えているから、その魔力が切れれば、さすがにわかる……」
眉間のしわをもんで目をさまそうとしているクロードの横から、キースが珈琲を注ぎ足した。あの、とエレファスが声をあげる。
「俺は貧乏くじを引く役だと思ってますので、あえて聞きますが。ウォルトさんがルヴァンシュ伯爵令嬢と駆け落ちした可能性とか、ありません?」
「そん――」
「それはない」
カイルが反論する前に、クロードがきっぱりと言った。
「ウォルトが僕を裏切るわけがない。駆け落ちするなら僕としてくれるはず……」
だがまだ寝ぼけ気味のようだ。いまいちしまらない空気に、リュックが呆れたようにつぶやく。
「こんな魔王と駆け落ちするより、可愛いご令嬢と駆け落ちしたほうが幸せになれるでしょうに」
「そんなことをされたら僕は地の果てまでウォルトを追いかける……絶対だ……」
「あー聞いた俺が悪かったです。怖いこと言わないでください、クロード様。まあ、普通に帰れない状況にあるんでしょう。ルヴァンシュ伯爵の屋敷に向かって以後、ウォルトさんを見た人間も魔物もいない、ということで間違いはないみたいですね」
カイルが頷く。この場の誰もが辿り着いた答えを、クォーツがぽつりとつぶやいた。
「……なら、あやしいのはルヴァンシュ伯爵の屋敷だろう」
「新しい魔香にやられちゃいましたかね」
「名もなき司祭でもか?」
名もなき司祭は魔香を馴染ませることによって超人的な力を使えるようにしている。故に魔香に対する耐性が高い。そうでなければ人間兵器になる前に脱落してしまう。
カイルの確認に、リュックは真面目な顔で答えた。
「カイルさんもウォルトさんも常人よりはるかに耐性があるのはわかってますよ。でも、さすがにこれを使われたら動けなくなると思います。持続性がわからないので、どの程度の時間はわかりませんが」
「……助けにいったほうがいい事態なのかもですね、これ」
少し真面目に進言したエレファスに、カイルは前に進み出た。
「俺がルヴァンシュ伯爵のところへ行きます。魔香売買の件でリラ嬢を引っ張ってしまえばいい」
「駄目です。何か対策を講じないと、カイルさんもウォルトさんと同じことになりかねません」
即答したキースに、エレファスも同意する。
「ですね。大体、それじゃあウォルトさんの策が台無しでしょう。蜥蜴の尻尾切りで終わらせないっていう。それに妖精さんだってどうなるか」
「こんなことになったら話は別だ」
「少し落ち着いてください。ウォルトさんはあなたの妖精だって悪い結果にしたくないと思ってクロード様を説得したんですよ。焦ってその気持ちを無駄にする気ですか」
思いも寄らなかったことに、カイルはまばたいた。リュックが肩をすくめる。
「あのひと、見かけによらず情に厚いですよね」
「エレファスさんに何か策はありますか?」
キースに尋ねられて、エレファスが両腕を組んだ。
「そうですね……クロード様曰く、ウォルトさんはまだ死んでない。ということは捕らえられてるんでしょう。でもまだこっちに要求がきてない。ひょっとして敵はウォルトさんが何者かまだわかってないんじゃないですか? アイザック・ロンバールだと思い込んだままでいる可能性もあると思います」
「でしょうね」
「つまりアイザックさんが巻き込めます。そしたらなんとかしてくれるでしょう。そもそもこっちに投げっぱなしってどうかと思うんですよ、俺」
さわやかに宣言したエレファスに、クォーツが溜め息をつき、リュックが笑う。
「いいですね。連絡してこちらにくるように言っておきます」
「ああ、もし抵抗した場合は『クロード様はあなたよりウォルトさんのほうが大事だと思いますよ』って伝えておいてください」
あからさまな脅迫である。カイルが是非を問う前に、キースが軽く拍手した。
「さすがエレファスさんですね。それでいいと私めも思いますよ。ルヴァンシュ伯爵邸の中に魔物は入れられませんが、遠くから見張ることはできます。ひとまずオペラまで待ちましょう。ウォルトさんがルヴァンシュ伯爵邸に向かったのは間違いないんです。何かしら動く可能性は高い」
「ですが、ウォルトがもし……」
今、まさに瀕死の状態にでもあったとしたら。心配するカイルに、ふっとクロードが目をあけた。
「ウォルトの命を他の女性になど渡さない」
まだ寝ぼけているのかと思ったが、クロードの目は本気だった。