軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

護衛達の婚約(11)

きっと見間違いだ。見違う瞬間なんて、見間違いだ。

(そう、妖精と見間違うくらいの目の節穴っぷりとか、俺に限ってないない。ちゃんと冷静に見極めましょう、はいお仕事お仕事!)

頬をばんばんと叩いて、ルヴァンシュ伯爵邸を遠目に見上げる。

約束もなく訪問するのは、不意打ちでの反応から何か情報を引き出したいからで、決して驚いた顔が見たいとか会いたいとかではない。ぐるりと屋敷の周囲を見て回ったのも、リラ嬢につきまとっているという男達が見つかれば魔香売買の情報を得られるかもしれないと思っただけで、断じて身に降りかかる危険を案じているわけではない――いや、今ここでリラに何かあったら困るのも本当だけれど、それは魔香売買疑惑の調査中だからで、

「オイ、人間」

「あーうるさい、そういうんじゃないから!」

ウォルトの叫びにびくっと白いカラスが宙に浮いたまま止まった。しまったとウォルトは慌てて取り繕う。

「ごめん、シュガー。ちょっと考え事してて」

「……」

「君に怒ったんじゃないから。ああ、ええとほら、飴」

昔人間に囚われて飛べなくなったことがあるという白いカラスの魔物は、普段の不遜な態度とは真反対に中身が繊細だ。ぶるぶる震えてしまっている。

と思ったら、立派な脚で蹴り飛ばされた。

「ウルサイトハ何ダ、コノ下僕!」

「あ、ごめ、すみません、あの飴、ほら苺味もあるし」

そのままウォルトをげしげし足蹴にしていたシュガーは、かっと目を見開いた。

「ソノヨウナ物デハ、足リヌ!」

「シュ、シュガークッキーを買って帰るから!」

ふんと鼻を鳴らして、ウォルトの肩にシュガーが翼をたたんでおりた。

「許ス」

「有り難うございます……」

「ダガ、マズ飴ダ」

「はい」

言われるがままに差し出すと、白いカラスは飴をくちばしでとった。機嫌を直してくれたことにほっとする。何せ魔王空軍の副隊長様だ。機嫌を損ねたままにしたらどれだけ面倒なことになるかわからない。

魔王側の人間であるウォルトは、魔物より基本、立場が弱いのである。多分、自分の方が強いのだが、そういうことになっている。ちなみにウォルトと同じ立場である魔王の魔道士は「え? 俺達ってただのクズですよね?」とさわやかに言ってのけてくださった。

(ぶっちゃけ魔王側で強い人間ってなあ。ゼームスは半魔だし……あ、キース様か)

純粋な人間で、おそらく魔王側の人間の中で誰よりも弱いだろうに、魔物より、いや魔王より強い。

「オイ、苺味」

「あ、はいはい。……いや、待って、その前に報告。どうだった? 怪しい奴とかいた?」

ついそのまま与えそうになった苺味の飴を遠ざけ、ウォルトが問いただすと、シュガーが答えた。

「オ前ダ」

「うっわあ心にくるご指摘をどうも……」

落ち込むウォルトの手から器用に苺味の飴を取りあげ、ばりばり音を立てて食べてから、シュガーが付け加える。

「伯爵、出カケタ。使用人、庭ノ掃除シタ。娘、発見ナラズ」

「ルヴァンシュ伯爵は外出中、あとは使用人が庭の掃除をしたりしてるだけ。姿の見えないリラ嬢は屋敷にいるだろうってことね。そうだ、出入りの業者とかは?」

ぐるっと丸い目を動かして、シュガーが考えた。

「大キナ鞄ノ、黒服ノ男。二人、一緒ニ訪問」

「それってルヴァンシュ伯爵が外出したあと?」

こくり、と頷いてシュガーが付け足す。

「スグ、帰ッタ」

「出迎えと見送りは誰だったかわかる?」

「使用人」

なら屋敷に出入りしているただの業者だろうか。

シュガーがウォルトの懐をまさぐろうとしながら続ける。

「アレハ、悪ノ手先ダ。部下、追跡中」

「えっマジで優秀すぎる」

「我ヲナント心得ル!」

「魔王空軍副隊長青いリボンのシュガー様です!」

「ワカッテイルナラ、ヨイ」

大仰に頷いたシュガーに、お礼をかねて懐からまた飴を出して渡す。その場で食べる気はないのか、脚でそれをつかんだシュガーが翼を広げて、羽ばたいた。

「励ムガヨイ」

「どーも、頑張ります」

「何カアレバ、我ヲ呼ベ」

頼もしいひとことだ。

飛び去るシュガーを見送り、襟を正して、ウォルトは屋敷の正面玄関へと向かい、呼び鈴を鳴らした。

(悩んでないで、早く片づけちまおう)

リラ嬢との見合いからまだ十日程度しかたっていないが、ウォルト・リザニスとして接触しているならまだしもアイザックの名前を使っている。長引けば長引くほどこちらの危険も増す。

とりあえず『リラに一目惚れして多少強引にでも口説こうとする求婚者』という像は、見合いと強引なデートの二回で相手の中にできあがったはずだ。約束もなく会いに来たと言っても決して不自然には見えない。

だから大丈夫――落ち着け、心臓。むしろ鳴る方が不自然、いや自然、どっちだ。

心拍数と混乱が上昇しかけたそのとき、扉が開いた。思わず姿勢を正す。出てきたのは使用人だった。見合いのときも見たな、と心の片隅で確認しつつ、リラに会いたい旨を告げる。大丈夫、ちょっと舌を噛みそうになったが、これも自然な緊張だ。自然な緊張ってなんだ。

「リラお嬢様は、体調を崩されておりまして」

「へっ……」

思わぬ回答に、内心の動揺が全部飛んで、間抜けな声をあげてしまった。

「水をかぶられたとか」

「あ……あー……」

納得してから、我に返る。

「わ、悪いんですか、具合」

「大したことはございません。軽い風邪です。念のため、大事をとってお休みになられているだけですので……少々お待ち頂ければ、お嬢様に聞いてまいりますが」

「い、いえ。押しかけたのはこちらですので、無理にとは」

当然の展開だとわかりつつ、どこか意気消沈して視線が落ちる。

「何か言づてなどあれば、お伝えしますが」

「ああ、なら……」

落ちた視線の先にある、オペラの観劇チケットを持ちあげようとして、首を横に振った。

察して受け取る体制になっていた使用人が怪訝な顔をする。

「いえ、リラ嬢本人にわたしたいので」

オペラの観劇は明日だ。軽い風邪だとしても、ルヴァンシュ伯爵が知るところとなれば無理矢理連れてこられるかもしれない。それはよくないだろう。

仕事としても、私情としても。

「ですが」

「また来ます」

頭をさげ、きびすを返すと、困った顔をしたまま使用人は扉を閉めた。

(あー……こうなるとシュガーの追跡してるほうに期待、かあ)

なんだろうと仕事はこなす。もうここは、逃げ出したい居場所ではないのだから。

それを証明せんと気合いを入れ直してきたのに、肩透かしだ。自然と歩調に力がなくなり、のろのろした足取りになったそのときだった。

「待って!」

か細い声にまばたいてから、振り返ると、玄関から薄着の女性が飛び出してきた。

リラだ。予感だけで簡単に跳ねあがった心臓で、振り返る。

ふわふわした淡い金の髪、日の当たり具合で色味が変わる不思議な翡翠の瞳。寝間着にショールを羽織っただけの格好で駆けてくる少女の姿に表面を取り繕わねばと考える前に、不意に鼓動が鎮まった。

(……あれ? なんか……普通だな? いや、それでいいんだけど)

嬉しそうな微笑みを向けられている。その造形はあの水滴の中で見たものとそっくり同じなのに、きらきらしていないというか――見違えるほどの何かは、ない。

それだけでどっと疲れた。

(やっぱり見間違いだったってオチかよ! なんだよ悩んで損した!)

思わず額に手を当ててしゃがみ込みそうになるのを、どうにかこらえた。

今は仕事中、ターゲットの前だ。リラだって怪訝な顔をしている。

「ど、どうしたの」

「いや、ちょっと……会えるとは思えなかったから、夢かと……」

実際、夢見るような気分でいた。だが今は冷静になれる。改めて正面から見た彼女はもう輝いていない。

目の錯覚か、あのとき飛び散った水の魔法か。そう思えばもう、いくらでも言葉は出てくる。

「君の笑顔が最近、まぶしくて」

赤くなって怒り出すかと思ったリラは、頬をふくらませて唇を尖らせた。その仕草のせいで、柔らそうな唇に目がいく。

急いで支度したのだろう。彼女は口紅だけをつけていた。

可愛らしい、妖精のようだと彼女が評した、似合わないはずのピンクの口紅を。

(なんだよ、似合って――)

「調子のいいことばっかり言うのね」

「――誰だ」

反射で尋ねていた。言ってから、自分で自分の口をふさいだくらいだ。

リラも驚いた顔で自分を見返しているではないか。

「あ、いや……ごめん、つい。そんな顔を君がするとは思わなくて、可愛くて、見違え、て……」

言い訳するウォルトをじっと見ていた少女が、唇の両端を持ちあげて、笑った。

「あなたこそだぁれ?」

息を呑んだウォルトにだけ聞こえる小さな声で、少女がささやく。

「アイザック・ロンバール様が、こんな色男だとは思いませんでした」

「……き、み」

唇の前に人差し指を立てられた。儚くて柔らかい笑みが、ウォルトの喉元まであがった言葉を洗い流してしまう。

「有り難うございます。渡しておきますわ」

声色は同じなのに、口調が変わった。

ウォルトが上着のポケットに突っこんだままだった観劇チケットを、リラそっくりの顔をした少女が取りあげる。ウォルトはなすがままになっていた。刃向かおうと思わなかった。

「あの子を助けてくださる?」

まるで魔法にかかったように、ぎこちなく、ウォルトは頷き返した。

本当に嬉しそうに少女が微笑む。

妖精のようにはかなく。

「よかった。お願いね」

「――ひとつだけ!」

踵を返してかけ出そうとした少女が、振り向いた。喉の奥に唾を押しこんで、ウォルトは質問を続ける。

「月夜の庭で、お菓子の妖精になったことは?」

少女が瞠目したのを、ウォルトは見逃さなかった。

だがまばたきより早く、その動揺も、瞳の中の光も、彼女の中から消えてしまう。

「忘れました」

歌うように微笑んで告げた彼女は、軽やかな足取りで、ウォルトとの間を隔てる屋敷の扉の向こうへと消えた。

(……どういう……どういう、ことだ。これ)

やっと息を吐き出したウォルトはよろめきかけて、ふと上着のポケットに重みが増していることに気づく。

チケットが入っていた場所だ。おそるおそる手を突っこんだ先に、小瓶が当たった。息を呑んだウォルトは、急いで足を動かしてできるだけ屋敷から離れる。

どくどくと心臓が脈打つのは、ときめきなどではない。ただただ、嫌な予感がした。

適当な路地裏に入り、深呼吸してからポケットの中身を引っ張り出す。

思わず顔がゆがんだ。ひとめでわかった。

決して気化しないよう、厳重に蓋をされた特別な小瓶。

その中で揺れている見覚えのある液体は。

「魔香……」

それは、決定的な証拠でもあった。