作品タイトル不明
護衛達の婚約(6)
ルヴァンシュ伯爵とリラ嬢、両方に返事を出した。前者にはもちろんこのまま婚約に向けて見合いを続行したい旨、後者には諦めたくない想いを熱烈に綴り、両方にデートの日時を一方的に指定しておいた。「くるまで待っています」というやつである。
かつて十時間待ったという誰かさんの作戦――本人は本当にただ待っていただけだろうが――は大変有効なのだ。相手の罪悪感や優越感につけこむ、という意味で。
(まずは絆されてもらわないとなー)
だがデートの待ち合わせ時刻に、待ち合わせ場所の公園に現れたのは、ハンカチで汗をふいているルヴァンシュ伯爵だった。
「申し訳ない、今、屋敷で支度をさせていますので……! どうかお怒りを鎮めていただきたく!」
「ああ、いえ。元々私が勝手に待っているだけですので」
叔父のほうにもデートの日時を書いておいたのは、リラ嬢を引っ張ってきてくれるかもしれないという期待があったが、まさか叔父自身がすっ飛んでくるとは思わなかった。
なだめるウォルトに、ルヴァンシュ伯爵がさげていた頭をあげる。
「甘やかしすぎたせいか物の道理のわかっておらん子で……こんなありがたい縁談はないと、何度も言い聞かせたのですが。まさか当日になって部屋にたてこもるとは」
「皇帝陛下にくらべたら私が見劣りしてしまうのは、しかたありませんよ」
「お恥ずかしい限りです。あれには本当に、まいりました。顔合わせだけでもとお願いしても、片っ端からお断りされる有様で……私も肩身が狭いです」
皇帝夫妻に非礼を働けば当然の展開だ。
「心労、お察しします。ですが、私にとっては有り難い話ですよ。焦らず口説く時間がある、ということですから」
「そう言って頂けて助かります」
大袈裟なまでにルヴァンシュ伯爵は胸をなで下ろしてみせてから、にこにことウォルトを見た。
「家の者が連れて参りますので、もう少しだけお待ちください」
「……。そんなに嫌がっておられるならば、また日を改めてもかまいませんよ。元々こちらが一方的に持ちかけた話ですし」
確かにきてもらったほうが仕事は進むのだが、引きずってこられたら余計に心象が悪くなるかもしれない。
だがルヴァンシュ伯爵は大きく目を見開いて、首を横に振った。
「いえいえ、そこで甘やかしてはなりませんよ! 姪が悪いのです。それに、あなたのような色男に見初められたのです。喜ばない娘などおりません」
「それは……光栄ですね」
「きつくお説教をしましたから、姪も反省しております。おとなしくやってくるはずですよ。それで今晩、姪が戻ってこずとも私は怒りませんよ」
ルヴァンシュ伯爵が笑う。ウォルトも追従しようとして、頬が引きつった。
冗談だろう、わかっている。だが、舌打ちしたくなった。
(ミスったかもしれないな。ルヴァンシュ伯爵は少し口出ししてくれる程度でよかったんだが……まさかここまで熱心だとは)
リラ嬢から何も聞き出せないうちに、叔父のほうが暴走されても厄介だ。
「送り狼にはなりませんよ。リラ嬢とはゆっくりおつきあいをしたいので」
牽制は伝わったのだろう。ルヴァンシュ伯爵が慌てた顔になった。
「せかすつもりはないのです。が、またあの姪がやらかしたらと思うと、ついつい気がせいてしまい……」
「ご心配なのですね」
「ええ。お恥ずかしながら、この年ですが私にも結婚の予定がありまして」
初耳の情報だ。
「それは……おめでとうございます。ですがその場合、爵位は……?」
「ああ、ご心配なさらず。もちろん、リラを嫁に出してからの話。しばらくは私が補佐をすることになるでしょうが、あくまで爵位はリラの花婿にありますので」
「あ、いえ。そういうことを気にしたわけでは」
立て直した家の爵位は自分をものにしようと思ったりしないのだろうか。つい不審な目を向けるウォルトに、ルヴァンシュ伯爵は鷹揚に頷く。
「いえ、こういうことはきっちりさせておかねばなりません。あとでもめるもとです。どうか私を信用していただけませんか」
「それは、もちろん。頼りにしております。ルヴァンシュ伯爵は公明正大な方だと有名ですし」
事実、魔香売買の疑惑が持ちあがってもルヴァンシュ伯爵は「ないだろう」というのが周囲の評価だ。
「はは、光栄です。ですが私もあなたを頼りたいのですよ、ロンバールさん。実は姪には最近、妙な男がつきまとっているようでそれをどうしたものかと思っておりまして……」
教会の人間だろうか。いずれにしても魔香の関係者の可能性が高い。
「どういった連中ですか」
食いついたウォルトに、はっとルヴァンシュ伯爵が手を横に振った。
「いえいえ、はっきりした確証はありません。年頃の娘です。普段は屋敷から一歩も出しておりません。が、屋敷をうろつく輩がいると使用人から報告があがっていまして……それがどうも……」
「リラ嬢と関わりがありそうだと?」
「ええ。……ですがもし、姪が何かおかしなことを言ったり妙な動きをしたら、まず私にご相談いただけませんか。家の存続に関わることです」
声をひそめてルヴァンシュ伯爵が言う。姪を案じている表情に、ウォルトは頷き返した。
「わかりました。リラ嬢は無邪気なお嬢さんです。皇帝夫妻の不興を買ったことで、妙な連中に目をつけられたのかもしれませんね」
「ええ、ええ、そうです。人目に出さなかったせいか、本当に世間知らずで夢見がちなものですから――ああ、きたようだ」
広めの通路に、ルヴァンシュ伯爵家の紋章が入った馬車が停まった。ルヴァンシュ伯爵はにっこりと笑う。
「私がいると機嫌を損ねるでしょうから、こっそり退散しておきます」
「……年頃の姪御さんをもつと大変ですね」
「いやいや。では宜しくお願いしますね」
馬車とは別方向にそそくさと去っていくルヴァンシュ伯爵は、いい叔父なのだろう。そうとしか見えない。
(どうしても姪は邪魔だろうになんでそんな親切にできるんだって思っちゃうからなー。ひねくれすぎだな、俺)
頬をかいてその場で待っていると、リラ嬢がやっと馬車から出てくるのが見えた。そういえば彼女の格好は、と注意を向けて気づく。
一週間ぶりに会った彼女は、膨らんだ袖口が可愛らしい半袖のワンピースドレスを身にまとっていた。