軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

護衛達の婚約(2)

見合い相手になって相手の情報をさぐる。そういう潜入任務が得意なのは、ウォルトのほうだという自覚は、カイルにもある。だからクロードもウォルトを選んだのだろう。そこに今更焦りを覚えたりだとか、子どもっぽい感情はない。

「……お前、本当に大丈夫なのか」

だが、なんとなくこうして口を挟んでしまう。癖になってるのかもしれない。

「何、お前、見合いやりたいのー?」

「そういうわけではない。……どんな相手なんだ。お前がおくれをとるとは思わないが」

「守秘義務がありまーす。クロード様に必要以上に口外するなって言われてるの、お前だって聞いてただろ」

「必要以上に、だろう」

そのあたり、クロードは柔軟だ。だがウォルトは鼻で笑っただけだった。

「いいからちゃんと護衛してろって。俺が抜ける分、お前が頑張るんだぞ、クロード様のお守り」

そう言われると、目を護衛対象に移すしかない。

きらびやかなシャンデリアの下、皇帝夫妻が中央で夜会最初のダンスを踊っている。豪奢なドレスを身にまとっているとはいえ、まだまだ花盛りの皇后が皇帝を見あげて頬を染めている姿は可憐だ。男装したあげく、アヒルの着ぐるみを着て警備隊だと学園を走り回っていた人物と同じだとはいつも思えない。

(……結婚、か)

自分には縁のない話だ。名もなき司祭の寿命はせいぜい二十五歳前後、二十歳になる前に死ぬのも珍しくないのだから――そう思っていた。

だが、魔王に何やらされて二十歳になり、想像とはまったく違う人生を手に入れて、それが当たり前になってくると意識が変わる。最近、エレファスが結婚したことも大きい。結婚や家族というのが他人事ではないのだと、ぼんやり思うようになった。

少なくとも、自分にも政略結婚はあり得るのだ、くらいには。

(……俺もいずれ、皇帝の近衛の配偶者にふさわしい、クロード様が許す相手を見つけねば、見合いだろうな……)

そう考えると、また隣のウォルトが気になってしまう。

「……クロード様も、お前にこんなことをやらせるなんて何を考えているのだか」

「お前、さっきからやたらからむねー。俺が得意だからでしょ、何が不満なんだよ」

「お前が得意だからだ。以前とは違うということを自覚しないと、いずれ境界線がわからなくなるぞ」

ウォルトがほんの一瞬、無表情になる。だがすぐにいつものいやらしい笑みで隠してしまった。

「初恋がアイリちゃんのお前に言われたくないね」

「なっ……」

「俺の心配する前に、自分の情緒を心配しろよな。クロード様はなんだかんだ俺達に甘いってわかってるだろ。皇帝の近衛にふさわしい相手を見つけないとなんて考えてるだけじゃ、一生独身のままだぞ」

考えていたことをそのまま言い当てられてしまった。舌打ちしたい気分をこらえて、横目でにらむ。

「それはお前だって同じだろうが」

「俺は自分で見つける自信あるもーん。できれば年上がいいなー。ぶっちゃけエレファスが本気で羨ましい」

「……もういい。こんな場所でする議論じゃない」

「それは同感」

今の自分達は皇帝陛下の護衛。どんなご令嬢が声をかけてきても「護衛中ですので」と断る、見目麗しい護衛の鑑である。言い争っている姿を見られるなどもってのほかだ。

「外の見回りをしてくる」

気分を切り替えるためにそう告げると、ウォルトはひらりと手を振った。了解の合図だ。

勇み足にならないよう気をつけながら、皇帝夫妻のダンスに拍手を送る会場に背を向けてテラスへと足を運ぶ。

本日の夜会の主催はドートリシュ公爵家だ。皇城ほどではないが、ドートリシュ公爵邸についてはある程度情報を持っているし、警備配置も事前に知らされている。何より皇后の実父であるドートリシュ公爵ならば、皇帝に仇なす可能性はほぼない。外の見回りといってもほとんど散歩のようなものになる。

(あまり宜しくない場面にもよく出くわすから、好きではないんだが)

いつもならサボり目的でウォルトが外回りに出て自分は会場に残るのだが――やはり、何かしら苛立っているのかもしれない。そしてウォルトも与えられた任務に緊張しているのだろう。魔香というものは、どうにも自分達の「実家」を思い出させるからだ。

とはいえ、教会がクロードに与し、魔香については昔のような組織犯罪より素人めいた売買のほうが多くなってきた。危険はそう大きくない。

過去に引きずられずに、気を引き締め直そう。

だが、背筋を伸ばそうとしたとたん、早速何やらあやしげな音が耳に入った。

横目で見た先には、カイルの背をゆうにこえる高さの分厚いしげみがある。その向こうから、人の声がする。

この先は確か古びた東屋があるだけの場所だ。つまり格好の密会場所である。

果たして男女の密会か、それともあやしげな悪巧みの密談か。経験則上多いのは前者である。それを思うとげんなりするが、警備をしている以上、耳をすまさねばならない。

か細い声だった。言葉は聞き取れない――いや、これは女性の泣き声だ。

(何かトラブルか?)

放っておくわけにはいかないと、カイルは周囲を見る。しげみの向こうに行くにはぐるりと回って庭園の出入り口に向かわねばならない。しかたなく少し後ずさり、石畳の通路を蹴った。

軽々としげみをこえると、思いがけずすぐ近くに芝生の上でうなだれているドレスの女性の姿があった。しかもしげみを跳び越えているところから視線がかち合ってしまう。

綺麗な深緑の目だった。しゃがみこんでいるせいでドレスが花のように広がっている。きらきら瞳が輝いて見えるのは、目元で散る涙のせいか。丸い月の明かりの中にひっそり現れた妖精のようだった。

まばたきもできずに見つめ合ってしまったカイルは、着地してからはっと我に返る。

ふわふわした金髪の頭にはなぜかカップケーキとクリームが、生成り色のドレスには染み――おそらくにおいと色から察するに葡萄酒だ――が広がっていた。芝生にはひっくり返った盆とわれたグラスの破片、菓子スタンド。本来なら綺麗に盛りつけられていたのだろう菓子の数々が転がっている。

場所は違えど似たような光景を見たことがある。料理や菓子を運んでいる最中に、メイドが足をすべらせて転がったときだ。

だが古びているとはいえドレスを着ている彼女が、メイドとは考えにくい。

「……」

どういう状況なのか考えこんでいる間に、女性のほうが我に返った。

「……も、申し訳ございません! 見なかったことにしてくださいませ……!」

突然女性が立ちあがり、踵を返そうとして、転がった盆の上でヒールを滑らせた。

「あ」

「危ない!」

つるんとすべった背中を慌てて受け止め、そのままクッション代わりに芝生の上に尻餅をつく。ついた手の平に、少し痛みが走った。グラスの破片で切ったらしい。

「も、申し訳ありません、私のせいで……! ど、どこかお怪我は……!?」

「ああ、いや」

つい手のひらを見てしまったら、女性に気づかれてしまった。ざあっと女性の顔が青ざめるのを見て、カイルは慌てる。

「いえ、擦り傷ですので……お気になさらず」

それに、おそらく数十秒とせずに治ってしまう。そんな人外じみたところを見せたら怖がらせてしまうだろう。隠そうとすると意外と強引に手を取られた。

「お、お待ちください。私、よく転ぶので持っております」

がさごそとカップケーキを頭にのせたまま、女性が懐をまさぐり、ほっとした顔でハンカチを差し出した。だがすぐに、はっと焦ったように付け足す。

「あ、洗ってありますので……!」

「は、はあ」

よくわからない言い訳につい相づちを返してしまったせいで、忘れてしまった。気づいたときには、目を丸くした彼女の前で手のひらの切り傷が消えていく。

思わずカイルは顔をそむけて、手をうしろに隠そうとした。だがその前に、柔らかい声が届く。

「まあ……私、初めて見ました、魔法」

「は?」

「あなたはひょっとして魔法使いですか? そういえば空も飛んでらっしゃいましたものね」

気味悪がるでもなくころころ笑った彼女は、でもせっかくですからと取り出したハンカチで手のひらの、もうない傷を覆ってくれる。まるで普通に怪我をしている人間にするように。

「助けてくださってありがとうございます、魔法使いさん」

「あ……いえ」

柔らかいハンカチに包まれた手のひらをついつい凝視していたカイルは、立ちあがった女性への反応が遅れてしまう。

「その、後片づけは誰にお願いすればよろしいでしょう……?」

「あ、ああ。屋敷の者に俺が知らせておきます」

「まあ、有り難うございます。……あの……恥ずかしいので、今宵のことは忘れてくださいな」

頬を染めて小さな声で頼む女性に、カイルはただ頷いた。

「では、失礼致しますわね」

「あ」

あなたはと尋ねる前にカップケーキを頭にのせたまま、女性は軽やかに駆け出してしまう。それこそ妖精のように。

本当に全速力で追いかければ追いつけるのだが、追いかけることができなかった。

「お前、何やってんだよ?」

「え?」

言ってしまえば、いつどうやって、お菓子と葡萄酒がひっくり返ったそこから会場に戻ったのかも、ウォルトから声をかけるまでわかっていなかった。

「服の裾、なんだこれ。ワインの染みか? どこで汚したんだ、着替えてこい。予備が控え室にあるだろ。見目が悪いってアイリちゃんの雷が落ちるぞ」

「……ああ、そうだな」

「っつーか何そのハンカチ」

ああ、と我ながら曖昧な相づちを打って、手のひらのハンカチをほどく。

レースもない絹でもない、木綿のハンカチだ。だが清潔だった。何度も洗って使っているのだろうとわかった。ほつれた糸で刺繍がある。名前だ。

同じものを覗きこんだウォルトが、小さくつぶやく。

「……リラ・ルヴァンシュ? これって……」

「妖精だ」

「は?」

怪訝な顔でウォルトがハンカチと、それを見つめている自分を見比べている。うまく言葉にできないまま、カイルはもう一度つぶやいた。

「妖精に会った……」