軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30

魔王がアシュメイル王国で捕まったという密使の報告に、エルメイア皇国を追及すべく滞在しているハウゼル女王国の使者は慌てた。

「そんな馬鹿な。間違いなく魔王はここにいる」

「ではアシュメイル王国の方が偽物だと?」

「そうだ。アシュメイル王国では魔力を使えなくなる。そんな場所へ魔王が向かうはずが――」

「おや、使者殿。ハウゼル女王国から何か新しい報告でもきたのか?」

廊下の奥から現れた魔王の姿に、密使が唖然とした。ほら見ろ、と思いながら使者は苦々しい思いを押し殺して前に出る。

黒のマントをなびかせ、優雅な足取りで魔王が歩いてくる。黒い絹糸のような髪に、宝石のような赤い瞳。差し込む窓の日差しすらかすませる、美しい顔。

「いえ。こちらでの交渉の進捗を報告していた次第です。皇太子妃は逃げてなどいないというあなた方の言い分をね」

「そうか。使者殿も大変だ。ここに居座るだけでは暇だろう」

あからさまな当てこすりに、魔王ごときがと歯噛みする。だがそのわずかな不快感を感じ取ったように、うしろの護衛二人が視線で牽制を返してきた。

教会の兵器、魔物を屠るために存在する“名もなき司祭”。その中でも最高傑作と呼ばれた二人は、ハウゼル女王国も喉から手が出るほど欲しい人材だった。なのにいったいどうやって魔王は教会からこの二人を取り上げ、手懐けたのか。

「こちらも皇太子妃についての誤解が解けるよう手はずを整えている。待っているといい」

「――はっ……」

通り過ぎ間際に投げられた赤い視線に、慌てて頭を下げる。

どんなに反発を覚えても、魔王には人間を跪かせる迫力があった。

通り過ぎていった三人を見送り、使者は肩から息を吐き出す。――魔王はここにいる。アシュメイル王国になどいるはずがないのだ。

部屋に入ったところで、ぼんっと音を立てて魔法が解けた。

慌ててウォルトが扉を閉め、懐中時計を持って中に待機していたキースが顔をしかめる。

「やっぱり五分もちませんねえ」

「すみ、ません……でもこれが限界です……!」

青い顔でエレファスはそのままうしろにたおれた。だがカイルがそれを受け止めて、倒れることを許さない。リュックがすかさずやってきて脈をはかり、頷く。

「生きてますね。大丈夫、まだいけます」

「いや……もう無理です……魔力だけじゃなく生命力を削ってる気が……」

「……飲め。改良をくわえた。魔王に化けていられる時間が増えるかもしれない」

「完全に人体実験まざってますよね……!?」

「はい口をあけて、薬をつっこんでください。次は会議です」

「いやもうほんとに無っ」

鼻をつままれリュックとクォーツの二人がかりで薬を口の中に流し込まれた。慣れたくもない強烈に苦い薬湯に意識が遠くなる。

「おい、エレファース? いきてるー?」

生きているが死にそうだ。返事ができない。

「しょうがないですねえ。そのソファに寝転がしといてください。少し時間があるので」

「クロード様の魔力借りてるのに、なんでこんなに消耗しちゃってんのかねー」

このまま死のうかなと思ったが、呆れたウォルトの声に頭にきて力を振り絞った。

「何度も、言いますが……っ髪と目の色を変えることは、この世界の法則に触れる禁忌なんです! 本来ならできないことをやってるんですよ、不可能を可能にしてるんですよ、クロード様の無茶な魔力と俺の技術で! っていうか魔王様の魔力を借りるっていうのも相当な無茶なんですよ、わかってます!?」

必死で自分の優秀さと努力を訴えたが、魔王に仕える面々は容赦がない。

「でもクロード様はお前ならできるって思ったからやらせてるわけだしねえ」

「だからやってますよ! ぶっちゃけ寿命削ってますからね!?」

「大丈夫だ、クロード様は寿命もなんとかしてくださる」

カイルがいささか同情を含んだ目で慰めにならないことを言った。ばたりとエレファスは横に倒れこむ。

故郷に帰りたい。もう働きたくない。

「しかし、会議ってあれですか。アシュメイル王国で魔王がつかまったっていう件?」

「魔王じゃなく魔王のそっくりさんが、ですよ、ウォルトさん」

「助けに行った方がいいのではないですか」

カイルの心配そうな声にエレファスもうっすら目をあけた。それは自分も考えたことだ。

だが、この中で一番の上司であるキースは、眼鏡を持ち上げながらきっぱりと言った。

「駄目です。喜んで味をしめます」

「そ、それはどういう意味」

「助けにきてくれるのが嬉しくてわざとつかまるようになりますよ。そういう方です」

想像できてしまい、誰も反論しなかった。

「少しは痛い目をみさせないと。そもそも我々が止めるのを振り切って出て行ったんですからね。ええ、無様に負けて帰ってきたら城にいれません、私めは」

穏やかな従者が実は一番怒っていることを悟って、エレファスはそっと目をそらす。

「アシュメイル王国からの問い合わせには『そんなもん知らん』で返します。ルドルフ宰相ともそちらの方向で調整しています」

「あの、それだとクロード様どうなるんです……?」

「処刑でもされるんじゃないですか? まあ放っておけばいいんですよ」

「いいんですか!?」

「いいんですよ。どうせつかまった理由なんて、アイリーン様にかっこいいところを見せようとしたとか面白そうだからとか、そんなところです。そんなわけでアシュメイル王国にいるのは偽物です。うちにそんな間抜けな魔王はいません。わかりましたね?」

そう言われても、エレファスもウォルトもカイルも顔を見合わせてしまう。

それを見て、キースが嘆息した。

「――こうなったときの指示は既に受けています。想定内ですよ」

そうなのか。幾分かほっとして、肩の力を抜いた。そんな自分が不思議になる。

今までどんな主人に仕えても、心配だとか不安だとか、感じたことはなかったのに。

――頼んだぞ、エレファス。僕が帰るまで。

多分あんな言葉をもらったせいだ。ああいうところが夫婦そっくりである。

「はい、では休憩は終わりです。エレファスさん、起きてください」

「ま、まだ無理です」

「あなたはクロード様の魔道士です、不可能くらい可能にしなさい」

でもやっぱり故郷に帰りたい。

そう思ってしまうのは、許して欲しかった。