軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27

「まずは落ち着かれてはどうだろうか?」

バアルの目が眇められた。ロクサネから視線がそれる。

「王に意見するか、護衛ごときが。密通の罪でロクサネと一緒に首をはねてやろうか」

「それは困る。僕にはとても可愛い妻がいるので」

はらはら見守っていたアイリーンの眉がぴくりと動いた。

バアルが完全に馬鹿にした顔で笑う。

「妻? お前に妻などいない。幻だろう」

「いや、いる。とても可愛くて可愛くて可愛い僕だけの妻が」

いつもなら恥ずかしくなって身悶える台詞だ。

だが今は、とても癇に障る。

「もちろん、夫の言うことを無視したりしない。他の男の妃になったりもしない。ましてこんな夜更けに男性とふたりでいたりしない。おとなしく僕の帰りを待つ貞淑な妻だ」

平然と言い放たれた言葉に、拳を握った。

(ご自分だってこんな夜更けに女性と部屋でふたりきりになっておいて……!)

顔をしかめたバアルが、アイリーンを一瞥してつぶやいた。

「……いや、そんな妻は本当にいないのでは?」

「いいや、突然求婚してきた癖に僕を愛していないなどと自分勝手なこともほざかない。仕事だと称して男をはべらせたり、男装して下僕を増やしたりしない。初夜で爆睡もしない。僕を一番に優先して大事にしてくれる、そんな妻がいる」

「……。それは……その……大変だな」

同情的なバアルの声に、ぶちっとアイリーンの中で何かが切れた。

「まあ、素敵な奥様ですわね! ところでその奥様はどこにおられるのかしら」

「さあ、どこだろうか」

目の前にいるのに空とぼける夫に、アイリーンはわざとらしく嘆息した。

「わたくしにもおりますの。顔だけは完璧な旦那様が」

「――……。顔、だけ?」

「困った夫ですのよ。ちょっと何か言ったらざあざあ雨を降らすわ、周囲も甘やかしてばかりで、わたくしが厳しくしないと駄目になるばかりだと思ってますの」

「……」

「この間なんて勝手に記憶喪失になって婚約破棄だのなんだのふざけたことをほざいて、それはもうわたくし苦労致しました」

「――記憶喪失は不可抗力だ」

「でしたらわたくしも不可抗力ですわね」

静かに火花を散らすと、バアルが思わずといったようにその場から一歩引いた。

ロクサネも困惑しているように見えたので、アイリーンはにこりと微笑んだ。

「ねえ、ロクサネ様。夫婦だからこそ、言いたいことは言わないといけないと思いません?」

「……」

「ああ、聞く耳を持つことは必要だな」

「まだ何か言い足りませんの」

とりあえず近くにあった椅子を持つ。すると妙に焦った顔でバアルが言った。

「お、おいアイリーン。椅子をおろせ。何をするつもりだ」

「お、お二人とも落ち着いて」

ロクサネまで中腰になっておろおろしている。

それに対してクロードは優しく答えた。

「気になさらなくていい。可愛いものだ」

「まあ優しい。うふふ、余裕のある男性って素敵ですわね。あなたの奥様が羨ましいですわ」

「僕もそこまで君に悪態をつかれる夫が羨ましい。愛されている証拠だ」

「うふふふふふ、よくもまあヌケヌケと――!」

振り上げた椅子を容赦なく振り下ろす。だがそれは目にもとまらぬ速さで切り捨てられた。

舌打ちしたアイリーンは次にテーブルを持ち上げて力一杯ぶん投げる。それを軽々とクロードはよけた。ものすごい音を立ててテーブルは壁にぶつかり、ひしゃげる。

「まあまあ、お強いのですね。なんて頼もしい旦那様かしら、奥様はさぞ安心でしょう!」

「ちょっおいこら待てアイリーン!」

隣のバアルの腰から剣を奪い、クロードに斬りかかる。クロードは眉ひとつ動かさず、軽々とそれを受け止めた。

「そうでもない。妻は意地っ張りなので僕を頼ってくれないんだ」

「それはあなたにも問題があるからではなくて!?」

「違うな。君に問題があるからだ」

ぶちっと本格的に血管が切れた。

棚を蹴飛ばしてクロードの体勢を崩し、今度は横から打ち込む。

「わたくしは謝りませんわよ!!」

「当然だ。少しくらい他の女に優しくした程度で音をあげるくらいなら、最初からおとなしくしていてもらいたい」

剣を撃ち合うたびに銀の食器が転げ、鏡が床に落ちて割れる。

巻き込まれないよう部屋の隅に逃げたバアルは、頭を抱えた。

「こ、こんな場所で夫婦喧嘩を始めるか……!?」

「バ、バアル様。止めなければ。あそこに国宝が」

ロクサネが指さした香炉は、正妃に贈られる一品だ。神剣と同じ素材でできているという、魔を鎮める香を焚くための国宝。

神剣と違いただの香炉なのだが、それでもこの国の建国から存在する国宝だ。それが剣戟の振動と風圧の余波をあびて、祭壇の上でぐらぐら揺れている。

「なんですのちょっと他の男の妃になったくらいで! クロード様なんか絶対隠し子がいる顔をしているくせに!」

「どうして君はそうひねくれたやきもちしかできないんだ」

「かわいくなくて悪かったですわね!」

「そうは言ってな――」

「待てそこの二人、止まれ!」

香炉がぐらりと祭壇から傾き、落ちる。

焦って聖力を使うことも忘れたバアルの指先を弾き、床に身を投げて受け止めようとしたロクサネの爪先をかすり――アシュメイル王国の国宝は、国王夫妻の前で音を立てて砕け散った。