作品タイトル不明
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「なんだとお前!」
「すみませんその人ちょっと人の名前を覚えられない病気なんです!」
大声で急いで間に入り、複数の目からクロードを背に隠す。
そんなオーギュストの苦労も知らず、クロードは端正な眉をよせた。
「僕はちゃんと覚えるべき人間の名前は覚え」
「あ、あそこに珍しい鳥が飛んでる!」
「? どこだ」
余計なことを言わないよう魔王様の意識を空にそらし、急いで相手に向き直った。
もう数度目なので、オーギュストの方も慣れてきている。
「すみません。俺達、ほんとつい最近こっちにきたばっかりで。サーラ様の顔を知らなかったんっすよ。知らずにあんないい申し出蹴ってしまって、後悔してるところなんです」
「……そうなのか……?」
「ほら、今だってぼーっと空を見てるでしょ。ショック受けてるんです、あれでも」
空を見上げるクロードの美麗な横顔は、それだけで憂いを帯びているように見える。美形は便利だ。
「――そうか……まあ、知らなかったのならなんというか、運がなかったな」
「ほんとに。あーもうあんなチャンス二度とないって」
大げさに嘆いてみせると、相手が苦笑いを浮かべた。どうやら同情を引けたらしい。
「まあ、サーラ様はお優しい人だ。許してくださる」
「今度は失礼のないようにするんだぞ」
「わかってます。頑張って働きます、サーラ様のために!」
そう言えば大概の人間から共感を得られることを、ここ数日で学んだ。
最後は笑って離れていってくれたので、ほっと息を吐き出す。
唐突に先輩達の姿が思い出された。あの二人なら護衛の仕事なんて楽勝だろうと思っていたことを謝りたい。
「オーギュスト。鳥が見当たらないのだが」
「ああ、じゃあどっかいっちゃったのかも」
「そうか。残念だ」
「また見れますよ」
このやりとり、養護院で子どもの面倒をみていた時と既視感がある。
「じゃあもうそろそろ、後宮の案内が始まるので行きましょう。クロー……クロさ……クロ」
ものすごく呼び名に苦労したが、その甲斐あってクロードは先ほどのことを綺麗さっぱり忘れてくれる。
「そうだな。僕は途中で適当に抜け出すから、君は案内を受けてくれ」
だがついでにとんでもないことを言い出した。
「でも抜け出したのがバレて目をつけられたら、今後動きにくくなりますよ」
「もう目ならつけられている。選抜試合の結果は僕が一位だ。最後の試合相手は負けたとはいえ将軍だったらしいし、神の娘とかいうのにも顔を覚えられてしまった」
そして、大事なことはちゃんと把握している。「まさか将軍があんなに弱いとは……」とかなんとか余計なこともまた言っているが。
(左手だったもんな、クロード様)
自分は真面目にやったが負けた。一目は置かれたかもしれないが、目立ってはいない。
「それにアイリーンが後宮にいるなら、逆に目立った方がいい」
「それは……そうですけど、いなかったら目立ち損になりません?」
「いなければここに用はないんだ。問題ない」
そして状況判断は的確なのだ。次期皇帝という立場への慎重さはかけらもないが。
(まあ、おとなしくここで後宮を護衛するのが目的じゃないしなー)
そして自分も大雑把な性格だ。つまり止める人間がいないのが悪い。
「わかりました。じゃあ俺は俺で案内を受けて、適宜動きます」
「ああ。頼りにしている」
「でも後宮ってすごく広いみたいだし、無理しないでくださいね」
「大丈夫だ。僕とアイリーンは運命で結ばれている。必ず再会できる」
その自信はどこからくるのかさっぱりわからないが、魔王様が言うならそうなのだろう。
むしろそう思うことが大事なのか。
(……セレナ、なんかやってないといいけど……)
おしゃべりをやめて指示通り整列し、後宮に入る。
開いた門の先は王の寵愛を受けた者が勝者となる、女の園だ。セレナがいると思うと嫌な予感しかしない。
(誰かたぶらかそうとしてそう。ぱっと見、綺麗だもんなあ……いやアイリが止めてくれてるかな。それに基本、王様以外男はいないんだっけ。だったら安心だよな)
何が安心なのか謎だが、一人で納得して列に続く。いつの間にか魔王様は消えていた。早い。
そこかしこに整備された小川が流れ、緑が萌える後宮は、ここが砂漠の真ん中だと考えると楽園のようだった。遠くで水浴びをしてはしゃぐ女性の声が聞こえる。萌葱色の長衣を着た下女が楚々と道をあけながらも、好奇心を隠さずに新たに護衛につく男達を眺めていた。
どの子も綺麗な顔立ちをしていて、なんだかいたたまれない。浮ついて視線を泳がせる護衛達に、先頭から声がかかった。将軍のアレスで、後宮に護衛を配置することを決めた本人だ。
「いいか、君たちの仕事は魔竜から皆を守ることだ。それと、ここにいる女性はすべて王の妻だ。ゆめゆめ、手を出そうなどと思うなよ」
はい、とそろえて返事をする。
(でもこの人、後宮の女の子を奥さんにしたんじゃなかったっけ?)
それを誰も非難しないのが不思議だ。そのかわり自分の婚約者を差し出したとも聞いたが、その婚約者が可哀想だという声も聞かない。正妃になったとは聞いたが、だからといって幸せなわけでもないだろうに。
そう――だからオーギュストはセレナを止めるのだ。愛されずに地位だけもらったって、きっとさみしいと思うから。
そう思った一瞬、灰銀の長い髪が視界をかすめていった。
「アレス様! 新しく後宮を護衛してくれる方達ですか?」
「ああ、セレナか」
「私、よかったら案内を変わります。サーラ様がさみしそうにしてらっしゃるので、いってあげてください」
すらりとした肢体を異国の衣装に包んだセレナが振り向く。羽織っている長衣は群青だ。先ほどからすれ違っている大勢の下女達と色も形も違う。
後宮のしきたりは知らずとも、セレナが特別な地位にいるということを察して、まず衝撃を受けた。
「そうか、サーラが……君にならまかせてもいいが、怖くはないか」
「大丈夫です。私の腕前をアレス様だって認めてくださってるでしょ」
しかも妙にアレスと親しげだ。すねて唇をとがらせている顔も可愛い。
完全にミーシャ学園の頃に戻っている。周囲にどう振る舞っているか見比べて冷静に考えないと、勘違いするあれだ。外から見るとあんなに可愛いのか。いやそうじゃない。
「わかった。じゃあ頼もう。だが無理はしないように」
「はい」
あんなに素直に頷けるのか。いつもオーギュストのことを毛虫を見るような冷たいまなざしで見るくせに。
(いやいやあれ猫かぶりだから、ショック受けてどーすんだよ俺!)
そう思って顔をあげると、アレスを見送って振り向いたセレナとばっちり目があった。
セレナは瞠目し、何故か視線を下に落とし、またオーギュストの顔に戻した。哀れむようなちょっと引いたような表情になる。
声ではない、唇の動きだけで向けられた言葉は――「あんた、まさか切ったの?」
そのままオーギュストは轟沈する。あんまりな第一声だ。
魔王様によれば運命で結ばれていれば再会できるらしいが、だとしたら自分達の運命はろくでもないに違いない。