軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17

小さくくしゃみをすると、たき火をいじっていたオーギュストが顔を上げた。

「魔王様、寒いですか?」

「いや、なんだか噂をされているような……きっとアイリーンが僕を想っているに違いない」

「砂漠のど真ん中でまで色ぼけてんじゃねーよ……」

呆れた顔をしながらも、アイザックが温めた薬湯を渡してくれる。なんだかんだ面倒見がいいのだ。

「ありがとう。だが飲みたくない」

「いや飲めよ。あんたの魔力不調をどうにかするために、リュックとクォーツが俺らに持たせた薬なんだから」

「それならここにきてから止まった。問題ない」

すでにここは聖王の結界内だ。不調になる魔力がないため、クロードの体調は万全である。

「それに昨日飲んだらとてもまずかった……」

「あ、魔王様。だったら蜂蜜を入れてみたらどうかな、微妙かな……」

「どうだろうか……」

真剣にオーギュストと悩んでいると、洞窟の入り口から月明かりで伸びた影が入り込んでくる。一瞬で警戒態勢に入るオーギュストはいい護衛だ。そう考えながら今ひとつ警戒心の足りない自分に反省した。

やってきたのがセドリック達だからいいものの、賊ならば自分も高見の見物とはいかないのだ。

魔力の使えないこの国では、自分もただの人間と変わらない。

「ただいま戻りました、兄上。うまくいきましたよ。明日には目通りがかないます」

「そうか。ご苦労だった、セドリック。それと――」

誰だっただろうか。考えようとしたのに、相手が先に怒り出した。

「マークス・カウエルですクロード皇太子殿下! いい加減、覚えていただきたい……!」

「ああ、そうだった。すまない。どうしてだか君の存在を記憶できなくてな」

「次期皇帝に覚えてもらえないんじゃ、完全に出世の道は絶たれたな。カウエル家の長男が一生、下級の騎士か」

小さくアイザックが嘲笑すると、マークスが冷ややかにそれを見返した。

「ふらふらと遊んでばかりの成り上がり貴族は、アイリーンにひっついてここまで運良くのしあがってきた自分を恥じる気持ちもないらしい」

「へー、それ負け惜しみか? あんたらがとち狂った女は今となっては犯罪者、片や引きずり下ろそうとした幼なじみは今や皇太子妃。見る目ないにもほどがあるだろ」

「お前にリリアの何が――俺達の何がわかる!」

「わっかんねーな。みじめだってことくらいしか」

「やめないか」

ぎすぎすしたやり取りに、クロードは顔をしかめる。

「アイザック。気持ちはわかるが、明日にはアシュメイルの王都だ。今まで以上に僕らは協力し合わなければならない。セドリック」

促すと、異母弟は拳を震わせる旧友の肩に手を置いた。

「マークス。兄上の言うとおりだ」

友であり主君でもあるセドリックに諭されたマークスは、悔しそうな顔はしたが最後に頷いた。

結局薬湯に蜂蜜を入れてかき混ぜることを選んだオーギュストが、それをマークスに渡す。

「ほら、これ飲んで落ち着けって。……えーと……」

「だからマークス・カウエルだ! 自分が聖騎士団だからだと見下しているのか……!?」

「えっ聖騎士団ってそんなにえらいのか!?」

驚いたオーギュストにマークスが唇を震わせる。

アイザックは毒気が削がれたのか呆れ顔になり、セドリックはため息交じりに答えた。

「皇帝直轄の騎士である自覚がないのか、お前には。給与だって高官より高いだろう。爵位ももらえるはずだ」

「あーそんな話、聞いたような聞いてないような……えっ、じゃあひょっとしてセレナに狙われてるってみんなに言われる理由はそれ!? 財産と地位目当て!?」

愕然としたオーギュストに、張り詰めていた空気が微妙に抜けた。

アイザックが洞窟の壁に背を傾けて、足を伸ばす。

「ぐだぐだすぎる。何でアシュメイル王国潜入をこの面子にしたんだよ、マジで……」

「明確な目的が各自にあった方が、協力しやすいじゃないか」

アイザックはレイチェルを、オーギュストはセレナを、セドリック達はリリアを、それぞれ案じている。

助けたいものがあればある程度の理不尽を人は呑みこむものだ。

「それに、僕の不在を誤魔化すためにエレファスには僕の身代わりをさせている。エレファスが化けている僕にキースとウォルトとカイルがついていなければ不自然だ。魔物達をまかせられるゼームスも連れていけない。加えてオベロン商会の面々は荒事には向かないだろう」

そうすると消去法でこの面々になる。アイザックが鼻を鳴らし、薬湯に手を伸ばした。

リュックとクォーツが、ウォルトとカイルとエレファスを実験台に作ったもの。元は魔香に侵された人間の症状を改善するための――つまり魔力に侵されることを予防する薬湯だ。

本当に魔竜が復活しているなら、その瘴気の予防にきくかもしれない。

「だからってその二人はいらねーだろ。いつ裏切るかわかったもんじゃない」

「だがセドリック以上の適任はいない。それにセドリックは兄の僕に刃向かわない」

「信じられるか」

「事実だ。執事に怒られるのが嫌で魔法でおねしょをなんとかしてくれと泣いて頼みにきた可愛いセドリックなんだぞ」

「昔の話はいいでしょう、兄上!」

「兄に向かって魔王ごときがなどと反抗期にさしかかったことは確かにある。だがその時だって剣の稽古を少しつけてやったら泣いて謝った素直ないい子だ」

「兄上……!」

「……おめーら兄弟の力関係はよくわかったよ……」

セドリックにやや同情的な目を向けつつ、アイザックは薬湯に息を吹きかけてぼやく。

「でもいっそ俺と魔王様だけの方が動きやすかったっつーのに」

「まさか、君は僕とふたりきりになりたかったとでも……!?」

アイザックが思い切り薬湯を吹き出した。

そのままげふげふ言っているアイザックに、すまなく思ってクロードは長い睫を落とす。

「申し訳ないが僕は既に妻帯している身だ。君の気持ちにこたえることはできない」

「えっ……え、アイザックってそうなのか!? そ、そりゃ魔王様って綺麗だけど……」

「んなわけがあるか信じるなオーギュスト! わざとやってんだろ魔王様……!?」

「だが、らしくなく反発するのは僕とふたりきりになるのを狙ってなのでは……」

困惑した目を向けると、アイザックが叫んだ。

「あーあーあーあーわかったよ! 協力する、すればいいんだろ! とりあえず明日からアシュメイル王国の王都にだ、つまり本番は明日からだ! 俺は寝る!」

「そ、それがいいよな、うん! お互い頑張ろうな! えーっと……」

「マークス・カウエルだ! お前、やっぱり俺を馬鹿にしているだろう!?」

「オーギュストはそんな性格ではない。――」

誤解を解こうとして口ごもってしまった。相手は耐えかねたように膝を突く。

「だからマークス・カウエルだと、何度言えば……!」

「あっ俺は覚えたから、マーカス!」

「……」

「頑張れよ、マラカス」

最後のアイザックの煽りにももはや立ち上がる姿はない。

無言で友人に薬湯を差し出し気遣う異母弟は、やはりとてもいい子だと思った。