軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14

「紅茶に合う砂糖がわからなかったのでしょう。砂と間違えたのかもしれませんわ。飲めたものではありませんわね――レイチェル、さげてちょうだい」

かしこまりましたとレイチェルが紅茶をさげた。

サーラはぽかんとしていたが、下級妃は違う。真っ赤になって、怒り出した。

「せ、せっかく用意してあげたのに……!」

「そうよ、一体何様のつもりなの!」

「み、皆さん落ち着いて……え、ええと、アイリーンさん」

「――サーラ様、でしたわね」

はいと応じた少女に、アイリーンはにこりと笑いかけた。

「さがりなさい、無礼者」

「え?」

生まれて初めてその言葉を聞いたような顔をするサーラに、もう一度ゆっくりと告げる。

「さがりなさいと言ったのよ。ひょっとして頭だけではなく耳も悪いのかしら?」

激高したのは案の定、アレスだった。

「おっ――お前は! 神の娘であるサーラに何を……!」

「何を? 常識でしょう。それともこの国の上級妃は、聖王の従兄弟とはいえ、臣下の妻に『さん』付けされる程度の低い存在だとでも?」

上級妃のアイリーンと王族のアレスなら微妙なところだが、サーラ相手ならば確実にアイリーンの方が身分が上だ。

拳を震わせ怒りをあらわにしたアレスに、レイチェルだけではなくセレナまで前に出たのは意外だった。リリアは必死で吹き出すのをこらえているので、そこは無視したい。

一触即発の空気に、サーラが困った顔になる。

「あ、ええと、私……」

「――サーラはバアル様の大事な客人。そしてこの国の要人であるアレス様の細君で、何より神の娘というこの国にとってなくてはならぬ女性です」

静かにロクサネがアイリーンを見据えた。

「無礼はわたくしが許しませんよ」

「ですが正妃が主催するお茶会がこのような有様では、先が思いやられますわよ?」

ぴくりとロクサネが片眉だけを動かす。初めて見る人間らしい動作だった。

「忠告、心にとどめておきましょう。得体の知れぬ妃の戯れ言として」

薄く笑うロクサネにアイリーンも笑い返す。

「安心しましたわ。正妃様とはお話ができそうです」

「そうですか。わたくしと話があえばよろしいのですが」

「友好の証として紅茶を淹れ直しますわ。レイチェル、ロクサネ様に恥ずかしくないものを」

「ではわたくしの菓子もどうぞ。異国の方の口には合わないかもしれませんが」

笑顔を絶やさないアイリーンと淡々と応じるロクサネを、先ほどまで憤っていた面々が遠巻きに見守っている。バアルが肩をすくめた。

「これが女の争いというものか、恐ろしい。まあ、余を争ってのことだと思うと気分は悪くないが……おい、なぜ黙るんだ」

レイチェルが新しく紅茶を注ぎ終えても、沈黙は広がり続ける。バアルが沈黙するロクサネを見て、忌々しそうに舌打ちした。

アイリーンがバアルを相手にしないのは当然だが、ロクサネも同じ態度なのは意外だ。

(結局、玉の輿狙いということかしら? それともまだアレスに未練があるとか……)

バアルに邪険な扱いをされても動じないのはそのせいだろうか。

「サーラ。見ろ、余の妻達はこんなに冷たい。お前がなぐさめてくれないか」

「そ、それよりバアル様。皆さんの相談を聞いて下さい。今日はそのために集まってもらったんですから!」

なぜかサーラが仕切り出す。だがバアルが頷けば、誰も異を唱えない。

「いいだろう。聞いてやる」

「最近、後宮で幽霊が出るんだそうです。私が昔見たのと同じみたいで」

幽霊という単語に、アイリーンも、背後にいたリリアも振り向く。考えていることはおそらく同じだ。

(先代の『神の娘』と遭遇する幽霊イベント……よね。それが再発?)

神の娘として覚醒するための必須条件のイベントだ。そんな大事なイベントが、何度も出現するものだろうか。

「ああ、そういえば、幽霊を見たと以前騒いでいたな」

「今回はあの時と違って嫌な予感がするんです。だから確かめたいんですけど……」

「駄目だサーラ。夜は魔の力が強くなる。魔竜が真っ先に狙ってくるとしたらお前なんだぞ」

「ってアレスに止められてしまうんです。でも今、後宮にはアイリーンさんがいます。頼めませんか?」

調査はしたいが、心情的に素直に頷きたくない。

だが勝手に周囲が話を進め始めてしまう。

「いいですわね! アイリーン様が解決してくださるなら安心ですわ」

「サーラ様は魔竜だけでなく、魔王討伐も視野に入れた祈りでお忙しいですしね……」

「アイリーン妃。これは名誉なことだ。引き受けられるといい」

とどめのアレスの一言に紅茶でもぶっかけてやろうかと思った時、凜とした声が響いた。

「無理強いはおやめなさい。それはサーラ様が神の娘として行うべき仕事です」

口をはさんだロクサネにアレスが苦い顔をする。

「聞いていなかったのか。サーラに危険が及ぶ」

「ならば魔王討伐もおやめなさい。戦争となればサーラ様を優遇できません」

驚いてアイリーンはまばたいた。だがサーラは別のことに驚いたようだ。

「優遇?」

きょとんとしたサーラをかばうようにして、アレスが声を張り上げた。

「お前はただサーラを排除したいだけだろう!」

「わたくしは、神の娘であるというならそれだけの義務を負うという話をしているのです。魔竜討伐までならまだしも、魔王討伐はエルメイア皇国との開戦を意味します。人が殺し合うのです。その時、サーラ様はどう責任をとるおつもりですか」

「せ、責任って。そんな難しいこと言われても……」

「はっ勝てばいいだけの話だ。ロクサネ、お前はさぞ正論らしい屁理屈をつけて、サーラの活躍を邪魔したいだけだ。戦う力のないお前やフスカ家の権威が落ちることを恐れてな。お前達が頼りにならないからこそ、ハウゼル女王国に交渉をお願いしたのだ」

「本気で言っているのですか、アレス将軍。ハウゼル女王国は我が国のことなど」

「ロクサネ、黙れ」

最後に冷たくバアルに切り捨てられ、ロクサネが口をつぐむ。アレスが勝ち誇った顔をした。

そのままバアルはアイリーンに視線を移す。

「さて、アイリーン。そういうわけだ。やってくれるな」

ロクサネの話に耳を傾けていたアイリーンは、一矢報いてやることにする。

「よろしいですわよ。ロクサネ様の許可がいただけるなら」

バアル達が目を丸くした。アイリーンは笑顔で続ける。

「後宮は正妃であるロクサネ様の管轄下にある――とわたくしは勉強しましたけれど」

「……ええ。歴史的にはそうです。ずいぶん前から形骸化している慣習ではありますが」

「ならロクサネ様の代で復活させればよろしいでしょう。あいにくわたくし、サーラ様のために動く気はありませんの」

「……なのにわたくしの命令では動くと?」

「ええ。正妃に逆らえば降格されてしまうかもしれませんもの」

大げさに怖がって見せると、ロクサネが眉根をよせた。

神の娘のためになら喜んでやって当たり前、魔王討伐は正義である――そういう空気のなかで雰囲気にのまれず、ロクサネは確認する。

「よろしいのですか」

「しかたありませんわ。他にできる方がいないんですもの」

下級妃達が何か言いかけたが、否定すればサーラか自分達の出番になる。ロクサネがその様子を見て、まっすぐにこちらに向き直った。

「では、お願いしましょう。無理はしないように」

周囲が腑に落ちない顔をする中、アイリーンは笑顔で承諾した。