軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11

アイリーンは先を進む案内役のアレスについて歩いていた。レイチェルだけではなくセレナとリリアも女官として一緒についてきている。

慎重に足を運びながら、建物の位置や経路を確認していく。ゲームで見た背景を確認するたび、ため息が出そうになった。

アイリーンの内心とは裏腹に、女官の格好をしたリリアはご機嫌だ。うしろから早速声をかけてくる。

「お茶会イベントだったらどうするの?」

お茶会イベントというのは、ゲーム序盤で発生するもので、後宮に下女として入ったヒロインが給仕を命じられ、お茶をひっくり返してしまうというものだ。

お茶をひっかけられた攻略キャラと交流を持つことになるので、攻略キャラ選択のような意味合いを持つ。

「ヒロインがもう神の娘と呼ばれているのよ。そんな初期イベントは終わってるでしょう」

「でもサーラがアレスルートにのってるとは限らないじゃない? アレスを攻略するのも面白そうだと思うんだけど」

「――サーラ、と仰られたか、今?」

アレスが突然足を止めて、少し振り向いた。

リリアが何か言い出す前に、先に答える。

「ええ。神の娘だとお聞きしました。どんな方なんでしょう?」

さぐりを入れるとアレスがぎろりとこちらをにらんできた。

アレスはこの国の将軍で、前聖王弟の息子、バアルの従兄弟だ。聖なる力こそ発現しなかったが、王位継承権も人望もある。バアルの許可を得て普段から後宮にも出入りしている。ゲームでは後宮に女を誘拐したり、傍若無人な振る舞いをするバアルに反発心を抱いていくメインヒーローだ。

そしてアレスルートでは最終的に革命を起こし、魔竜に意識を乗っ取られたバアルを神の娘であるヒロインと共に倒して、新たに神剣を授かった聖王となる。

3は悪逆非道の王をたおす革命の物語でもある。

アレスがサーラを、あるいはバアルをどう思っているかは、ゲームの進行を把握するにあたって重要な点だ。

「聖なる癒やしの力を持つ、神に選ばれた女性だ。君たちとは違う」

「まあ……ずいぶんお詳しいのですね」

「当然だ。自分の妻なのだから」

ぴたりと足を止めてしまった。

「妻?」

「そうだ。アイリーン妃。お茶会の場所はあちらの東屋だ」

考えがまとまらない内に、目の前に異国の光景が飛び込んできた。

整備された水路を小川に見立てた、せせらぎの中の庭園。石造りの橋や道の周囲には、緑に萌える芝生や大きな樹木がある。水が豊富だからこそできる、砂漠の国の贅沢だ。

中央に鎮座しているのは、大理石でできた東屋だ。水路に囲まれており、橋が東西南北に伸びている。後宮、宮殿といった区画からそれぞれ足を運ぶためのものだ。

そうわかるのは、この光景をスチルで見たことがあるからである。

(いえそんなことどうでもいいわ。今、妻って言わなかった?)

思わずリリアを見ると、リリアも目をぱちくりさせていた。

ということはアイリーンの聞き違いではない。

「あの、アレス様。先ほどの話ですが」

「ロクサネ、どうして君だけなんだ」

先に東屋に向かって歩いて行ったアレスの言葉に、再度思考が途切れた。

小さな橋を渡った先の東屋にある、ぽつんとした人影が見える。

――ロクサネ・フスカ。『聖と魔と乙女のレガリア3』の悪役令嬢だ。抜けるような白い肌と白銀の髪を持つ、冷たい双眸の美しい少女。アシュメイル王国の名門であるフスカ家のご令嬢だ。そしてメインヒーローのアレスの生まれながらの婚約者でもある。

生粋の貴族である彼女は、庶民であるヒロインへの当たりが強い。ゲームが進むと、サーラを毒で殺そうとしたり、アレスとの仲をバアルに密告し処刑に持ちこもうとしたり、後宮ものならではの嫌がらせを繰り返し、魔竜とまで通じて暗躍する。

だが最後はアレスに様々なたくらみを弾劾され、婚約破棄を突きつけられるという、お約束の末路をたどる。

「バアル様はどこへ? まさか……」

焦ったようなアレスとは対照的に、ロクサネはその人形じみた顔を少しも動かさず、静かに答えた。

「サーラが後宮の厨房におられると聞いて、迎えに行かれました」

「あの方は……!」

アレスが呆れと苛立たしさを混ぜたように舌打ちし、アイリーンに向き直る。

「ここで待っていてくれ。すぐ戻る」

「……そう言われても、この御方はどなたですか?」

一応、確認しておく必要がある。それだけの軽い質問だったのだが、アレスはああと頷いたあと、とんでもないことを言った。

「ロクサネ妃。バアル様の第一王妃だ」

「!?」

驚愕したアイリーンをどう思ったのか、アレスは続けてロクサネに早口で告げる。

「ロクサネ。彼女は新しく上級妃になったアイリーンという女性で」

「存じております。本当にあなた方は珍しいものがお好きですね」

揶揄するようなロクサネに、アレスが苦い顔になる。

「なんとでも言えばいい。しばらく二人で歓談していてくれ。――アイリーン妃、ロクサネは聖王の正妃。上級妃のあなたより位が上だ。無礼のないように」

一方的に言い捨てて、アレスが足早に元来た道を戻っていく。

(……え? 今、なんて? 聖王の正妃? ――アレスの婚約者じゃなくて!?)

再度リリアの顔を確認すると、リリアは今度は口をあけて呆けていた。

ということは、やはりアイリーンの記憶違いではない。

現実が、ゲームの設定と、すでに変わっているのだ。