軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14

(……やっぱりイベントだったのね)

迷い込んだ子供を痛めつけられ怒った親が人間を襲ってしまい、倒される。そういう理不尽きわまりないイベントだったのなら、たとえ自分の進退に関係なくても回避できて万々歳だ。

いい気分で、アイリーンは優雅に微笑む。

「忘れ物を取りにきましたのよ」

「忘れ物、か。……魔物が出たと聞いたのだが」

「ええ、いましたわね。そちらの獣用の罠にはまっていたので、逃がしてやりました」

「逃しただと? こんな獣用の罠を、君が解除できるわけないだろう」

そう信じて疑わないという声色に反論し損ねてしまった。

(……まあ確かに、普通、できませんわね)

その沈黙をどう勘違いしたのか、マークスが率直に尋ねる。

「君が罠にかかった魔物を傷つけ、リリアを襲わせようとしたという報告を受けたのだが」

「――は?」

「ここはリリアの部屋の、真下だろう」

指摘され、アイリーンは横にある寄宿舎を見上げる。

そうなのかという妙な納得と共に、笑いがこみ上げてきた。

「馬鹿馬鹿しい計画ですこと。穴がありすぎますし、真っ先に自分が死にますわ」

「それでも君ならやりかねない。現に、返り討ちで襲われていたとも聞いている」

ちらとマークスの後ろを見ると、先程逃げ出した男子生徒がいた。

自分達のやったことを先回りしてアイリーンにかぶせたのだろう。そう言えばマークスはそれを信じるから。

(あらどうしましょう、マークスが没落する未来しか見えませんわ)

冷たく笑うアイリーンに、マークスが厳しく告げる。

「魔物とは不戦条約があるとも知らないのか、ドートリシュ宰相のご令嬢が」

「待って、マークス。私はアイリーン様がそんなことをたくらんだとは思えないの。何かの誤解だわ。そうでしょう、アイリーン様。私は信じます」

さすがヒロインだ。正解にたどり着いている。だがアイリーンはあえて黙ったまま、何も言い訳しなかった。それをどう思ったのか、マークスが舌打ちする。

「……何もなかったわけだし、リリアの優しさに免じて許してやるが。さっさと学園から出て行くことだ。失礼する。行こう、リリア」

「マークス。アイリーン様、怪我をなさってるんじゃ」

「自業自得だ。這って帰ればいいんだ」

ちらとアイリーンの足下を見たマークスは、アイリーンの負傷に気づいているのだろう。さすが未来の騎士団長候補だ。

(でもこれで騒ぎにならずにすんだわ。何もかも私が悪いのは癪だけれど、特にこれで落ちる評判でもないし――)

胸は痛みはしなかった。とっくに諦めているからだろう。立ち去るマークス達の背中を、ぼんやり見送る。その時だった。

夕闇に染まりかけた空が、ねじ曲がった。

「な、ん――っ」

マークスがリリアを背に庇い、剣に手をかけたところで、固まってしまう。

夕暮れの空に宵闇の髪と漆黒のマントがなびく。赤い目が、ゆっくりと開かれた。

空に浮かぶその姿は、人間ではあり得ない。

「魔王……?」

「まさか、森から出てこないって」

誰かが呟いた。

アイリーンも瞳をいっぱいに見開く。

(……どうして、クロード様が?)

今、彼が出てくる理由はどこにもないはずだ。

つま先から地面に足をつけた魔王の姿に、人間達が魅入られたように凍り付いている。

その呪縛から真っ先に解かれたのは、マークスだった。

「――貴様、何者だ! 魔王か!?」

「……」

「答えろ。……でなければ、不審者とみなして捕縛する!」

夕日に剣先がきらめく。だがアイリーンが制止するより先に、クロードの剣がそれを受け止めていた。マークスが両目を見開く。だがすぐさま次の剣戟を繰り出した。

アイリーンの目には見えないマークスの剣さばきを、クロードは目線も投げずにその場に留まったまま受け止め続ける。圧倒的技量の差が、素人目にも分かった。

「――くそっリリア、後ろに下がっていろ」

「は、はい」

「おおおおおおおぉ!!」

雄叫びと一緒に、剣を握り直したマークスが突撃する。だが、クロードが溜め息と一緒に、呟きを落とした。

「うるさい人間だ」

何が起こったのかは見えなかった。

マークスが目を丸くして尻餅をつき、剣を首元に突き付けられた格好で呆然としている。

クロードは最後までマークスに目を向けず、剣を鞘におさめた。その音を聞いて、マークスが叫ぶ。

「――待て、どうしてとどめをささない!」

「アイリーン・ローレン・ドートリシュ」

「は、はいっ?」

「あなたに感謝を」

完全にマークスを無視したクロードは、胸に手を当てて、アイリーンに頭を下げた。

ざわっと周囲に動揺が走る。同じようにアイリーンも動揺した。何が起こっているのかさすがに理解が追いつかない。その間に、クロードの口上は続く。

「同胞を助けてもらった。罠にかかり脅えたフェンリルの子供がかみついても、怯まず助けの手を差し伸べたあなたの高潔な魂に、魔王である私が直接礼を言うのが筋だ」

クロードの口調がいつもと違う。よそ行きのしゃべり方なのだと察したが、どうしてクロードがそんな風に自分に語りかけるのか分からず、アイリーンは困惑したまま口を動かした。

「……礼だなんて、わたくしは何も……」

「魔物との争いを起こさぬよう、あなたは魔物を傷つけたのが自分であるという濡れ衣までかぶろうとした。自分が傷つけられたならば誰も庇わないからと、そんな悲しい理由で」

クロードの言葉に周囲が目配せし合う。

マークスが眉をひそめ、アイリーンと先程魔物の子供を傷つけようとした男子生徒達を見比べていた。

「助けられた魔物が、恩人であるあなたを侮辱する人間に怒っている」

そこでちらとクロードは背後の人間達に目を向けた。震え上がったのはもちろん、魔物の子供に暴力を振るった男子生徒だ。

「――だが、あなたが許せと言うなら、今回は飲みこもう」

呆然とクロードの話を聞いていたアイリーンは、やっと気づく。

(……助けにきて、くださったんだわ)

アイリーンの濡れ衣をはらしに姿を現してくれたのだ。

そんなことをしても、クロードになんにもいいことなんてないのに。

「……いえ。その言葉だけで、十分です」

胸に手を置いて、アイリーンはやっと、それだけ答える。クロードは頷いた。

「そうか。では不問にしよう――あなたに免じて」

最後まで念を押すことを忘れず、クロードはぱちんと指を鳴らした。途端、アイリーンの周囲を光の粒が舞う。

魔法だ。引き裂かれた服が元に戻り、ついた泥も汚れもほどけて消える。滲んだ腕の血も足の痛みもなくなった。一瞬で起こった光景に、マークスもリリアも目を丸くしている。

「どこか痛みは?」

「だ、大丈夫ですわ」

「なら、私が屋敷までお送りしよう」

もう一度ぱちんとクロードが指を鳴らした瞬間、今度は真横に銀色に輝く馬車が現れた。

立派なたてがみを持つ黒馬による二頭引きの、豪華な馬車だ。

「ど、どこから出したんですか!?」

さすがに驚いたアイリーンに、クロードが目を丸くしたあと、かすかに笑う。

(あ)

冬なのに、花の香りがする。今、どこかで花が咲いた。どうしてだか、そう確信する。

「驚くのはまだ早い。――手を」

言われるがままに、アイリーンは手を差し出す。その手を引いて、クロードが馬車の扉を開けた。

「この馬車は、空を飛ぶ」

「えっ」

馬がいななき、その背から翼を出す。ペガサスだ。

驚いて思わずクロードの腰に抱き付いたアイリーンの体が、馬車ごとふわりと浮く。

ぽかんと口を開け惚けるマークス達を地上に置いて、馬車が宵闇の空へ向けて駆け出した。