軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

――以上、回想終了。

「……でもやっぱりわからないわ、どうしてこうなったの……!?」

改めてアイリーンは、目を覚ました場所を見回す。

砂だけの地面を円形に囲む、高く長い壁。壁には無造作に武器が立てかけられており、正面と背後に鉄製の両開きの扉がある。それ以外は砂場が広がるだけの殺風景な場所だ。闘技場のようでもあった。

だが、砂埃の舞う広場に押しこめられているのは、全員女性だ。

浅黒い肌にあまりお目にかからない薄着の衣装を着ている者や、アイリーンと似たようなドレスを着ている者もいたり、統一感がない。ただアイリーンと同じ船の乗客なのだろうとだけ予想がつく。

「船ごと誘拐されたんじゃないの? それにしてもあっついわね。どこなの、ここ」

一番最初に目を覚ましたセレナがぱたぱたと手で顔をあおいでいる。さきほど目覚めたばかりのリリアも口を開いた。

「ねえアイリーン様、ここって」

「あなたは黙って! 口に砂を詰めこむわよ!」

「アイリーン様!」

アイリーンとほとんど同時に目覚めて、周囲の女性に話を聞きに行っていたレイチェルが息を切らして戻ってきた。

「た、大変です。周囲の皆さんに話を聞いたら、ここはアシュメイル王国で、ここにいる女性は全員、アシュメイル王国の後宮に入る予定だと――アイリーン様ッ!?」

がくりと地面に膝をついたアイリーンにリリアがぱっと顔を輝かせる。

「やっぱり、ここアシュメイル王国なのね! つまり3の」

「だからあなたは黙りなさ――」

空気をびりびり震わせて銅鑼の音が鳴り響く。同時に壁の向こうから歓声が聞こえた。

広場を見下ろすようにして、壁の向こうに扇形に広がった段に観客が座っているのだ。頭にターバンを巻き付けた長衣の男性達が石でできた長椅子に腰を下ろしている。宝石を身につけていたり、身なりのいい者達ばかりだった。

「……なんなの。誘拐した女のオークションでもやる気?」

不愉快そうにセレナがつぶやく。レイチェルが焦ったように声を上げた。

「アイリーン様。名乗り出ましょう。こんな真似、許されません」

「それより魔物呼べば? それでさっさとこんなとこ、おさらばすればいいじゃない」

「……できないのよ。ここが本当にアシュメイル王国なら、魔物は呼べないわ」

レイチェルとセレナが目をまたたいた。苦々しくアイリーンは続ける。

「アシュメイル王国は聖王の結界――聖なる力で守られた国よ。魔力や魔法といった類いはすべて無効になる。魔物なんて入れない」

「……だ、だとしてもアイリーン様は……」

「レイチェル、思い出して。わたくし達はどうしてハウゼル女王国に呼び出されたのか」

エルメイア皇国が魔竜をけしかけてきたと、アシュメイル王国が侵略を疑ったからだ。

レイチェルがはっと口を押さえ、セレナが声を潜める。

「つまりここって、敵国のど真ん中……ってこと?」

「もしアイリーン様が皇太子妃だと知られたら……!」

侵略を疑われている国の皇太子妃と第二皇子の婚約者。よくて人質、最悪は首だけになって宣戦布告の材料だ。護衛や侍女など真っ先に殺されるだろう。

口にしなくてもわかったのか、レイチェルが顔を青ざめさせ、セレナが口をつぐむ。笑顔なのはリリアだけだ。

銅鑼が再度鳴る。拍手と歓声を浴びながら、一人の男が、一番高い座に腰かけた。先ほど船で、結婚指輪を取り上げた男だ。

「静かに。これきりになる者達もいるかもしれぬな、名乗ってやろう」

宝石で彩られた長衣を羽織る男の顔を、アイリーンは知っていた。

兵士に守られ、石柱に囲まれた最奥の席に座ることを許された、たった一人の人物。

「余の名はバアル・シャー・アシュメイル。アシュメイルの聖王とは余のことだ」

アシュメイル王国。

聖なる力を得た王が君臨する、魔力が及ばぬ絶対防御を誇る国。そこの頂点に立つその王の名前は、バアル・シャー・アシュメイル。

後宮の主であり、聖王であり――いずれ魔竜にその身を乗っ取られアシュメイル王国を滅ぼす『聖と魔と乙女のレガリア3』のラスボス、その人である。

(どうしてこう……よりにもよって……!)

もし前世の記憶があります、という人間がいたらアイリーンはまず正気を疑う。だが、自分にも覚えがある以上、完全に否定もできない難しい立場だ。

かといって、この世界はアイリーンが前世でプレイした『聖と魔と乙女のレガリア』という乙女ゲームの世界だ――そう説明したところで、理解してもらえる可能性は低い。現在、理解者は皆無、同じ記憶の共有者はプレイヤーと自称し完全にゲームとしてこの世界を満喫している危険人物リリア・レインワーズが一人いるのみである。

しかしゲームとはいえ、セーブできるわけでもなければ周回できるわけでもない。時計の針の進みはいつだって残酷で、やり直しはできない。何より、ゲームでは既に死んでいるはずのアイリーンだからこそ、言い切れることはある。

ここはゲームではなく現実で、人生なのだと。

「余の後宮に入る機会を得られたことを、光栄に思うがいい」

だから今の展開が気に入らないと、ゲームを壁にぶん投げることもできないのだ。

は、と小さく嘲笑したセレナの目は完全に据わっていた。

「誘拐犯のくせにあいつ、何言ってんの?」

「全力で同意したいけれど、今は目立たずおとなしくして、セレナ。みんなもよ」

「だがさすがに全員平等というわけにはいかぬ。余の寵愛を受ければ国母にもなれるのだ、それなりの者を選別しておきたい。よって、まずお前達の素質をはからせてもらう」

壇上で頬杖をついてこちらを見下ろしているバアルが、軽く片手を振る。するとそれを合図に、もう一度銅鑼が三回、鳴った。

身構えたアイリーン達の真正面の扉――バアルが座る席の真下にある鉄製の扉が、嫌な音を立てて開いていく。真っ暗なその扉の向こうからぬるりと出てきたのは、緑とも赤とも青とも言えぬ色を内包した、透明で巨大な――触手、だろうか。

先端からしたたり落ちた粘液に、ひっと喉を鳴らして何人かの女性があとずさった。

「化け物のような形をしているが、聖具だ。魔力を溶かし、その者のあるがままの姿を暴く」

女達の怯えが面白いのか、笑みを含んだ口調でバアルが説明する。

「聖なる力は人間を傷つけぬ。お前達が真に聖に属する者ならば、逃げる必要もない」

そうは言われても、鉄製の扉の隙間を抜け出てうごめくその塊は化け物にしか見えない。手も足も胴もないのに、目だけが中でぎょろぎょろと動いて、女達を品定めするように見下ろしていた。動くたびに落ちてくる粘液が、舌なめずりのように見える。

「あ、アイリーン様。どうしましょう」

「どうもこうも、目立つのはなし、逃げるしかないわ。あの扉が閉まる前に滑りこむわよ」

一つ目の塊が這い出てくる扉を顎でしゃくる。レイチェルとセレナは頷き返したが、リリアだけが不満そうに唇を尖らせる。

「これって後宮の選抜イベントでしょ? せっかくだしクリアしましょうよアイリーン様。私達なら余裕よ、絶対」

「クリアしてどうするの! いい加減あなたは現実を見なさい!」

「なに、ただの検査と変わらぬ。なに、粘液で服がとけてしまうが、ただの余興だ」

つまり――つかまえれば、これだけの衆目の中で全裸だ。

(まさか、そのための観客なの!?)

深窓の令嬢が聞けばそのまま気絶しそうなことを、こともなげにバアルは言い放った。

「後宮に入る以上、お前達は余の所有物だ。余がいいと言っているものを拒む道理はない」

その指が、ぱちんと音を鳴らした。

がっと網のように塊が横に広がり、頭上から襲いかかってきた。女達の悲鳴と観客の歓声が上がる。セレナが叫んだ。

「害がありまくりでしょ、どうするの!?」

「……ッとにかく逃げるわよ! 今なら正面の扉があいてる――」

「いやぁ!!」

さっそく捕まった一人が、高く吊りあげられる。聖具が出てきた扉に向けて走ろうとしていたアイリーンは振り返ってしまう。

アイリーンとそう年の変わらないご令嬢だ。必死でめくれるスカートを押さえているが、聖具がからまった場所から服がとけていく。誰か、という涙混じりの懇願が聞こえた。

「誰か、誰か助けて! 誰かっ――!」

観客席からあがるのは下卑た野次、口笛に笑い声。

ぶつん、とアイリーンの中で何かがはじけ飛んだ。

「アイリーン様っ……!」

聖剣を見せれば正体がわれてしまう。かろうじてその考えは残っていたので、無造作に放置された剣を取った。高いヒールの踵で地面を蹴る。

聖なる力でできた聖具を壊せるとしたら、同じ聖なる力だけ。

一閃と一緒に、令嬢が地面に落ちた。本体から切り離された塊は砂にとけて消える。

「あ、あ、あ……」

「全員、壁際に集まりなさい!」

野次も悲鳴も切り裂くアイリーンの声に、一部を切り落とされた聖具がひるんだように動きを止める。涙目で頭を抱えていた者、すでに捕まって泣きわめいた者、見世物に選ばれた女性が全員、アイリーンを見ていた。

「わたくしが守るわ」

剣を握り直したアイリーンは、次のもう一人を助けるために飛ぶ。

「セレナ、レイチェル、みんなを避難させて!」

「は、はい――皆さん、こちらに早く!」

「逃げるって言ったり戦うって言ったり、どっちなのよ……」

いきなりの方針転換にもかかわらず、レイチェルとセレナが動き出す。

聖具を見据えるアイリーンのうしろで、リリアが薄く笑った。

「そうでなくちゃ。あなたは主人公なんだもの」