軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エルメイア皇国・皇都アルカート。その豊かさの象徴である皇城は、民の誇りだ。白亜の階段、玻璃でできた日光が差しこむ通路。皇都のどこからでも見られる青い尖塔と、時間を知らせる銀の鐘。その皇城の一画――ではなくその皇城の背後、うっそうとした不気味な森の奥にたたずむ古城で、その会議は開かれた。

「君たちに集まってもらったのは、他でもない。協力して欲しいことがあるからだ」

皇城の実質的な主となったが、古城の魔王でもあるクロードは、円卓の会議室に集まった面々を見回してそう告げた。

右から成金伯爵家の三男、中級階層の新聞社の社長、下級階層の薬師、植物学者、建築兼美術家――と、それぞれ肩書きも身分も職業すらばらばらだ。だが彼らは等しく、オベロン商会という妻が作った組織の幹部についている。

代表者は妻なので、夫であるとはいえ、クロードは彼らを使える立場にはない。そういう線引きはきちんとするべきだとも思っている。

それを向かい合う相手もわかっているのだろう。怪訝そうな顔をしている。

「協力って、俺らが、魔王様に?」

嫌な予感しかしない、と付け加えた彼はロンバール伯爵家の三男アイザック。妻の片腕でとても頭が回る参謀役である。クロードは頷いた。

「そうだ。アイリーンに内密で頼みたい」

「あ、わかった。お嬢様が出かけてる今のうちに、何かサプライズするとか?」

微妙な空気を払拭しようと明るい声をあげるのは、バリエ新聞社の社長でもあるジャスパーという男だ。情報収集に長けた年長者である。一応敬意をはらって訂正した。

「もうアイリーンはお嬢様じゃない。僕の妻だ」

「妻、ねえ。ええ、形式上はそうですよね」

聞こえるように薄く笑って呟いたのは、リュック。皇都の貧困街・第五層の出身でありながら大学まで卒業した優秀な薬師だ。初夜にいらぬ薬を差し入れた主犯は彼に違いない。

「……アイリーンに、害をなすことでないなら聞こう」

小さく付け加えたのは、リュックと幼なじみで、彼と同じく第五層の出身で大学を卒業した植物学者の青年クォーツだ。黒の眼帯が意味深だが、クロードの興味はそこにはない。

「僕は楽しいならなんでも! 今度は氷の城ですか?」

にこにこ応じてくれたのはドニ。この中では一番の年下だが、物作りならなんでもこいの天才肌の少年だ。彼が味方についてくれると心強い。その顔を見て首を横に振る。

「いや、氷の城よりも緊急の案件だ。先ほど形式上の夫婦と言ったな? その件について」

「あ、俺パス。聞きたくな」

「僕とアイリーンの真なる初夜に向けての対策を頼みたい」

「真なる初夜ってなんだよ! ああぁつっこまねぇって決めてたのに……」

真っ先に逃げだそうとしたアイザックが頭を抱えた。穏やかにクロードは頷く。

「そうか、快く引き受けてくれるか。助かる」

「今の会話のどこでそうなったんだよ!?」

「意外だな。君が時間の無駄遣いをしたがるとは。付き合わないこともないが」

「……アイザック坊ちゃん、もう魔王様を手伝うって結論決まってるやつだよこれ」

「だからって易々と引き受けるかっつーの。ぜってー面倒だろ」

嘆息まじりのジャスパーの言葉に、アイザックが両腕を組んで徹底抗戦の構えを見せる。その横でリュックが穏やかに微笑んだ。

「魔王ともあろう者が、僕らに助けを求めるなんて。ずいぶん情けない話ですね」

「そう、僕は魔王だ。つまり理由などなく人間の腕や足の一本や二本もぎ取ったところで、生かしてやるだけ十分慈悲深いと思わないか?」

返事はなかった。

心地のいい静寂に満足して、クロードは深く椅子に座り直し、足を組み直す。

「さあ本題だ。実は最近、調子がよくない」

「頭の調子がですよね、わかります」

リュックがそう言った瞬間、円卓の花瓶がぼんと音を立てて内側から爆発した。

破片がリュックの頬をかすめていくのを見届けてから、ため息を吐く。

「魔力が不安定なんだ。少し気を抜くとこうなる」

「今のは絶対わざとだろ……?」

「まさか。ちなみに部屋の空気がなくなることもあるので、発言には十分気をつけて欲しい」

「いやだからそれ、わざとだよな!?」

「この調子でアイリーンに触れようものなら、どきどきして大地震を起こすだろう。それで悩んでいる」

全員がこちらを一斉に見た。やや不審そうな顔でアイザックが尋ねる。

「……え、それマジな悩みなのか? 魔力が不安定って」

「そう言ってるじゃないか」

「だから魔王様、アイリーン様を避けてたんだ」

ドニが得心がいった顔になる。それでやっとアイザック達が真顔になった。

万年筆を持ちながらジャスパーが言う。

「あー……つまりマジで魔王様は調子が悪い、と。魔力的なやつで?」

「そうだ。その原因追及と僕の不調をおさめる手立てを考えて欲しい」

「まさか、魔力の不調を戻す薬を俺達に作れとでも?」

目を丸くしたリュックに頷き返す。するとクォーツが難しい顔でつぶやいた。

「……魔力的なものは専門外だ。魔道士に頼んだ方がいい」

「もちろん、エレファスを含めたレヴィ一族も協力させる。ウォルトとカイルも被験体に使っていい」

「部下を売るなよ……エレファスとレヴィ一族も、前より扱い悪くなってねーかそれ。また変な術かけられて記憶喪失になっても知らねーからな」

「僕が困っているのだからしかたない」

「魔力の不調の原因について心当たりや、何かわかっていることはないんですか?」

リュックの質問に、クロードは首を振った。

「何も。記憶喪失で魔力を失った時の影響じゃないか、くらいしか」

アイザックが長いため息の後に天井を仰いだ。

「記憶喪失で魔力がなくなった次は、魔力の不調かよ……」

「すまない、迷惑をかける。だが君たちが協力してくれればすぐ解決するに違いない」

「いやだからまだ協力するって言ってねーだろ、こっちは。勝手に話を――」

「魔力が暴走でもすれば、体が魔物になってしまうかもしれない。僕がもし人間でなくなったら、アイリーンをどれだけ悲しませてしまうか」

ぴくりとそれぞれ反応するのが面白いようで、面白くない。クロードは淡々と要求した。

「アイリーンが帰ってくるまでに解決していることが望ましい。彼女にこのことが知れたら何をしでかすかわからない」

「――そこは全力で同意するけどな」

「だったら僕に協力してくれるな」

返ってきたのは沈黙だ。強制してもいいが、それではどこで裏切られるかわからない。

大切なのは誠意だ。テーブルに両肘をつき、正直な心情を吐露することにした。

「アイリーンに手が出せないこの状況は、僕にとっても生殺し以外のなにものでもない」

「俺達はざまあみろとしか思いませんけど?」

「リュック……体調不良なんだ、もう少し気遣いを……」

「アイリーンは、毎晩遅くまで僕の仕事が終わるのを待っているんだ。自分から言い出そうともじもじしていたこともあった。僕が眠ることを選ぶたび、しょんぼりした顔をして」

「お、おいおい、オジサンに若者ののろけはキツ――」

ジャスパーのたしなめは、小刻みな揺れに呑みこまれた。ドニがきょろりと周囲を見回す。

「……今、揺れました?」

「君たちにもわかって欲しい。今の僕がどれだけ努力して理性を保っているか」

目を閉じてクロードは愛する新妻を思う。初夜で爆睡された時は悲しみが突き抜けてこの先どういじめてやろうと思ったが、そんな思いも吹き飛ぶくらいアイリーンはいじらしかった。

苦手だろうに夫を寝室に誘おうと頑張り、どうしたらクロードは許してくれるのか自分に触れてくれるのかと悩むその姿。だが今、彼女と結ばれるのは危険だ。わかってはいる。だが感情はそれについていかない。

がたがたと世界が揺れ出す。吐き出さずにいられない。

「夫が妻に一切手を出せないとは、どういうことなんだ……!?」

「わ、わ、わ、地震だ! 地震だ!」

「ま、魔王様の仕業かよこれ!?」

「納得できない。口づけ一つでときめきそうな僕が悪いのか? 妻を愛しているだけだ。どこも悪くない。それとも誘惑してくるアイリーンが悪いとでも? 可愛いだけだろう……!」

「落ち着いてくださいよ、なんてはた迷惑な……!」

「……従者を呼んだ方がいいのでは?」

「もう僕はだめだ、耐えられない……毎晩が地獄だ……こんな世界ならいっそ……」

「わかった! わかった、協力する手伝う! だから世界を滅ぼすな!!」

アイザックの叫びに、ガタガタ揺れていた椅子やテーブルが動きを止めた。シャンデリアだけが名残惜しく揺れる会議室で、クロードは優雅に足を組み直し、頬杖を突く。

「そうか、これで安心した。君たちの働きに世界の存亡がかかっている。頑張ってくれ」