軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12

クロードが振り向いた瞬間にテラスの扉が開き、蝶ネクタイをつけたカラスが飛びこんできた。

が、アイリーンの姿を見た途端に脅える。

「ゲ! オ前、マダイル……!」

「あら。ずいぶんな仰りようですわね、アーモンド」

「何ダソレ! 俺様、アーモンド、違ウ!」

「あなたの名前です。正確にはアーモンドクッキーを食べてしびれたカラスさん」

カラスなので表情はないが、怒りに似た眼差しを向けられた。

だがアイリーンの横をすり抜けて、クロードが手を伸ばす。

「かまうな、何があった」

「帰ッテコナイ! 森ノ外、出タ! フェンリル、子供!」

「結界の外に出たのか」

クロードのつぶやきを聞いたアイリーンは、キースに尋ねた。

「森というのは、この城を囲んでいる森のことですか?」

「そうです。ほら、森に入る前に柵があるでしょう。それにそって、クロード様が結界を張って人間の出入りを監視してるんですよ。魔物達を人間の手から守るためにね」

「不戦条約を徹底して守るため……ですか」

「さすがドートリシュ宰相の娘さん。ご存知でしたか」

クロードが廃城に押し込められる際、皇帝と交わした公約だ。

魔物達を攻めさせない。その代わり、人間達も魔物達を攻めない。その条約を交わし、皇位継承権を差し出してクロードは廃城とその周囲を囲む森という、安寧の地を手に入れた。

わずか十歳の子供が皇帝と交渉し、くだした決断だ。元々聡明な人なのだろう。

(……でも、可哀想な人)

犠牲がなければ得られないものを、素晴らしいとアイリーンは思えない。

何もかも手に入れてこそ、人生は素晴らしいのだ。

「フェンリルの子供は……出て行った方向は東の二層か」

「東の二層というと――聖騎士団の訓練場か、学園があるのではなくて?」

皇都アルカートは、王城を中心に扇形に広がる形で一層、二層、三層、四層、五層と分類されている。一層は主に貴族達が住む居住区で、二層は役所や銀行といった公共施設が並ぶ。三層はいわゆる商業区で、四層は一般市民達が暮らす居住区だ。五層はそれ以外で、いわゆる貧困街。歓楽街などもあり治安の悪い場所――という分類がされている。

そしてこの廃城と森は王城の背後、扇を円に補う形で存在している。

層を分ける壁や門に遮られていないため、層の一番端からであればどこからでも出入りできる。場所によっては柵や塀があるし、森に入るなという注意書きの看板もあるが、小川があったり地形的な問題で出入り口が完全に封鎖されているわけではないのだ。

アイリーンも、屋敷のある一層の東端から回り込む形でここに来ている。

「あーよりにもよってですね……五層の方々なら、魔物の子供くらい害がないならまあいいかで見逃してくれるんですが、いっちばんうるさい場所で迷子……」

「こう、クロード様の魔法でぱっと戻したりできませんの?」

「強制転移は、僕の視界に入っている対象でないと発動させられない」

納得するアイリーンの横で、ベルゼビュートが翼を出した。布を貼り付けたような黒の翼だ。

「俺がさがす」

「ちょっと待ってください、ベルゼビュートさんを他の人間に見られたらますます騒ぎになりますって。私が行きますよ。クロード様も駄目ですからね! 黒髪赤目、何より無駄に美形な顔がめっちゃ目立ちますから! 意外と有名ですから、魔王!」

「だが手が足りないだろう。どこへ行ったか分からないんだぞ」

会話を横で聞きながら、アイリーンはふと思い出す。

(……そういえば、学園に魔物が現れるイベントがなかったかしら……そうよ、マークスのルートであったわ! 確かリリアが庇って、聖剣の乙女の力を発揮させて、マークスと力を合わせて魔物を倒す――ということは急がないと!)

魔物の『子供』ではなかった気がするのでイベントではないかもしれないが、倒されるというのは殺されるということだ。迷子になっただけでそれはあんまりだろう。

じっと目を閉じていたクロードが、ふと瞼を持ち上げる。魔力を使っていたらしい。

「――学園も、騎士団の方も、まだなんの騒ぎも起こってないようだが……」

「でしたら今の内に見つけて差し上げないと。わたくし、学園をさがすのをお手伝いします」

挙手したアイリーンに全員の目が向けられた。

「わたくしでしたら学園内をうろうろしても、そう不自然ではありません。学園の地理も把握しておりますわ。キースさんは騎士団の方をお願いしますね」

「え? はあ、まあ……そうしていただければ助かりますが」

「馬鹿か、娘。お前など噛み殺される。子供とはいえ、フェンリルだぞ」

嘲笑したベルゼビュートに、ことんと首を傾げた。

「それはキースさんも同じでしょう?」

「キースは顔なじみだ。信頼がある」

「なら、クロード様の身につけているものを貸してくださいませ。魔獣なら、匂いでわたくしがクロード様に頼まれてさがしにきたのだと説得できるのでは?」

反論がないあたり、いい案なのだろう。にこりと笑ったアイリーンは、クロードの襟元を結んでいるタイに指を伸ばす。絹がしゅるりと音を立ててほどけた。

「お借りしますわね」

そう言って自分の手首にリボンを巻き付けて結ぶ。

「クロード様は、わたくしの動向を追えますか? 見つけたら人目のないところへ連れて行きますので、そうしたらすぐ迎えにきて頂けると有り難いのですけれど」

「できるが……いや、待て。そもそも君の助けは必要ない」

「安心してくださいませ。見つけたら夜会に出席しろと脅したりはしませんわよ」

「――なら、どうしてだ。君が手伝う理由がないだろう」

馬鹿馬鹿しい質問に、アイリーンは呆れた。

「何を仰ってますの。可哀想でしょう、迷子だなんて」

「……」

「もちろん、クロード様に恩を売って夜会に出席させることは狙ってはいますが」

「狙ってるんだな」

「狙ってますわよ? でもわたくしは当然の責務をまず果たしたいだけです」

「当然の責務?」

アイリーンはクロードをまっすぐ見上げた。

「魔王の妻が、魔物を助けにいくのは当然ではなくて?」

「――。いやちょっと待て、さらっと今『妻』とか言わなかったか」

「さあ、細かいことは気にせずにクロード様。わたくしを学園まで転送してくださいませ」

「まったく細かくないんだが」

「人間は難癖をつける生き物です。見つかったら殺されるかもしれませんわよ。早く」

薄く脅しかけるとベルゼビュートが顔色を変え、クロードも真顔になった。

アイリーンの差し出した手を、クロードは一度目を閉じて、意を決したように取る。

「……頼んだ」

その掠れた願いに、あらと目を上げた時、そこはもう見慣れた学園の裏庭だった。

緑が萌える人気のない風景をぐるりと見回して、アイリーンは笑う。

(頼んだ、ですって)

やはり頼られるのは悪くない。それで失敗してしまったからもう何も期待はしないけれど、迷子の子供は助けてやりたかった。

ただ道を少し間違えただけで人間に囲まれ罵倒を浴びて殺される、その光景が、自分と重なりそうだから。