作品タイトル不明
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どこへ引きずり出されるかと思ったら、そこは舞踏会場だった。なるほど、ここが舞台ということはこの件はただの茶番では終わらない。
背中を突き飛ばされ、よろけそうになったが顔を上げた。
突然の物々しい騒ぎに会場は騒然としている。上座には皇帝を含めた皇族一家が並んで座っていた。皇帝は厳しい顔でこちらを見ていた。皇太后は扇で口元を隠しているが、目が笑っている。その顔は相変わらずしわ一つなく、少女のように美しい。
(化け物みたいに恐ろしい方……確かに実年齢を考えると化け物じみてるけど)
だが、エレファスがゲームに出てくるキャラである以上、疑うべきはこちらだ。
「なんの騒ぎですか? どうしてアイリーン様をつかまえてるの、レスター!」
お優しいと噂の第二皇子の婚約者がまなじりを上げ、舞台の始まりを告げる。
答えたのは彼女の駒だという自覚のない、憐れな道化だ。
「彼女が会場に魔香を控え室にまいていたからだ。だからつかまえた」
「魔香?」
周囲の疑問の声に、レスターが眼鏡を持ち上げ、もったいぶって告げる。
「詳細は教えられません。魔物を呼びよせる香だとだけ言っておきます。つまり彼女はこの会場に魔物達を攻め込ませる気だったんです。クロード様が魔物に誘拐された時のように」
ざわっと周囲に動揺が広がる。
名前を出されたクロードは冷静に周囲を見ていた。状況がわからないまま下手に発言したり動くのが愚策だとわかっているのだ。この人のこういう聡いところが好きだと思う。
「僕が言ったとおりだろう、リリア。この女があの誘拐を仕組んだんだ」
「そんな、アイリーン様は魔物から私を助けてくれたのよ! そう言ったじゃない!」
「……君が優しいのはわかっている。だが僕の目はごまかせない」
つらい真実を語る正義の味方のように、レスターは一息置いた。
「あの誘拐劇は自作自演だ。クロード様、あなたの信頼を得るためのね」
「……どういうことだ?」
「魔香で狂わせた魔物にあなたを誘拐させ、あなたを助ける。騎士見習いに紛れこみ命をかけたその行動に、あなたは心打たれたんでしょう。単純なことだ。それが罠だとも知らず」
眉をしかめたクロードは信じたのかどうかわからない。
くるりとレスターがアイリーンに向き直った。
「皇太子の救出劇にすることで、皇帝の勅命違反から逃れようとしたのだろうが、残念だったな。馬車に魔香がしかけられたのはすでに調べがついている」
「……初めて知ったわ。あなた、深読みしすぎではなくて?」
何も反論しないのもおかしいので、忠告もかねて事実を言ってみた。
だが、レスターは冷笑するのみだ。
「魔物達のあの統率のとれた動き。演技でもなければあんな作戦、できるわけがない。僕にだって不可能だろう」
「それはあなたが無能なだけでしょう。あなたと違って、わたくしの臣下は優秀なの」
アーモンド達を使う作戦を立案し指導したのはアイザック、訓練を手伝ったのは魔物と仲のいいドニやリュック、クォーツだ。魔王の命令に反しない限り、魔物達と信頼関係を築けばできることである。
挑発にレスターは唇をひくつかせたが、そのままのったりしなかった。
「……それは、魔物達に軍事訓練をさせていたと認める発言だ」
「……。確かに、訓練はさせましたわね」
「魔香もかき集めていた。闇オークションで取引していた姿も確認されている」
おそらく仮説をまず立てて、そこから証拠を集めていくタイプなのだろう。そして無意識に自分に都合のいい証拠ばかり集めてしまい、結論がかたよる。よくあることだ。
「つまりお前は皇太子殿下を魔王に戻し、魔物によってこの国を支配しようとしている!」
話が壮大になってきたが、大丈夫だろうか。設定は破綻しないだろうか。
勝手に心配していると、皇太后が口を出して軌道修正をはかった。
「つまり、この女は権力欲しさに妾の可愛い孫を助けるふりをして魔物をけしかけたということ? まあ、恐ろしい。即刻処刑しましょう、ピエール」
そこであどけなく微笑みながら処刑と軽々しく口にする方が恐ろしい。
だが、この国で一番重いのは皇帝の判断だ。いささか優しい――言い換えれば気弱な皇帝が下に控えている宰相、アイリーンの父親をうかがう。
「どうなのだ、ルドルフ。そちの娘であろう。この娘は余の息子を助けたのか、たぶらかしたのか。返答次第ではお前もただではすませられぬ」
「それはドートリシュ公爵家にも疑いを向けられるという意味ですかな? であれば、全力で娘の名誉を守らねば」
「あなたも娘の破天荒さには困っていると聞いたけれど、どうなのかしら」
娘を切れば家は見逃す。皇太后が暗に告げているのはそれだ。
そして娘を谷底に突き落とすのが大好きな父親は、うむと頷いた。
「実は困っておりましてね」
必ず兄たちと母親に言いつける、必ずだ。
「ですが、それでも我が娘です。きちんと意見を聞きたい」
しかも微妙に判断を回避して様子見するのが憎らしい。皇太后も同じことを思っただろうが、表情には出さず、瑞々しい唇を動かした。
「魔香をまいていた現行犯というだけでは不十分ということ?」
「それはそうでしょう。魔物が訓練されているなら、魔香なぞまかずともここを攻めることができるんですからな。話が矛盾します。こういう設定はちゃんとせねばいかんよ、若者」
とどめにレスターを煽っていった。もちろん、そのあおりをくらうのはアイリーンだ。
「問題はそれだけではありません。……皇太子殿下、あなたは再度彼女を婚約者に指名するおつもりでしょうが、それは間違いだという証拠をお見せしましょう」
「……何が言いたい?」
少し不愉快そうにクロードが答えた。レスターは唇だけで笑い、アイリーンを侮蔑する。
「彼女は皇太子の婚約者でありながら、複数の男性と関係をもった疑いがあります。彼女が大勢の男性に囲まれているのを、クロード様もご存知でしょう?」
そこでアイリーンは自分にふられた役割を悟った。ずっとうしろに控えているだけだったエレファスがそっと近づいてきたのがその証拠だ。
苛立ったようにクロードが言い返した。
「僕はただの臣下だと聞いている」
「そんなもの、常套句ではありませんか。まさかそのまま信じたのですか?」
「……クロード様。信じてください、わたくしが愛しているのはあなた一人です」
白々しく、ただの真実を口にした。エレファスがうしろでつぶやく。
「今のは許しましょう。いきなり認めるのはいかにもですからね」
クロードがアイリーンを見て、レスターを見る。記憶がないのだから、迷うのは当然だ。
「さあ、クロード様をだましてください。……あの魔物の命が惜しければ」
「とはいえ、信じたい気持ちもわかります。クロード様、この男はご存じでしょう? アイリーン様のそばにいたはずです」
アイリーンの横にエレファスが立って、クロードに一礼した。クロードが無言を返すことで、知っていることを肯定する。
レスターは歪んだ笑みを浮かべた。
「今回の告発はすべて彼からの情報です。――彼とアイリーン様は夜ごとむつみ合っているそうですよ」
「なっ……」
「クロード様、申し訳御座いません!」
膝から崩れ落ちるようにエレファスが床に伏した。クロードが瞠目してその姿を見ている。
「誘われたからなどと、言い訳は申しません。俺も男です。ですが、俺は――いえ、俺達はあなたを裏切ってしまった」
「……俺“達”、だと……?」
「ちょっと待て、お前、何を……!」
声を上げかけたゼームスをアイザックが制している。セドリックからの婚約破棄を傍観していた時と同じだ。ウォルトとカイルも踏み出そうとして、キースに止められている。
何かあると思っているのだ。優秀な臣下達で、本当に誇らしい。
「黙っていればいいと思いました。ですがもう限界です。魔王であった頃のあなたならまだしも、ただの人間であるあなたに申し訳なくて。いえ、でも一番許せないのは自分です。主君の婚約者に懸想し、あまつさえ関係を結ぶなど畜生のすることです」
突然の告白に、クロードが呆然としている。あの顔で意外にクロードは純情なのだ。それを今回の記憶喪失騒ぎで知った。きっと不貞など許さないだろう。
「ですが、どうかアイリーン様を処刑しないでください! 俺はどうなってもかまいません、アイリーン様はさみしかっただけ――っ!」
台詞の途中で申し訳ないが、本気で蹴飛ばしてやった。冷ややかに告げる。
「よくもそんな嘘を言えるわね。クロード様、信じないでくださいね?」
後半のわざとらしい笑顔の参考はリリアだ。うまくできただろうか。
アイリーンの暴力を目の当たりにしたクロードの瞳が迷い出す。それでいい。ふんと鼻を鳴らして侮蔑した。悪役令嬢らしく。
「わたくしが馬鹿でしたわ。レヴィ一族なんて卑しい人間に情けをかけたばっかりに」
「……彼は君を助けようとしているんだぞ。なんとも思わないのか?」
「わたくしは被害者ですのよ? そんなことをおっしゃるなんて」
クロードが幻滅するよう振る舞う。苦しくなどない。
アーモンドを失うことにくらべたら。
「とにかく、変な疑惑をかけるのはおやめください。わたくしは――」
「そんな、アイリーン様! さみしい、慰めて欲しいとおっしゃったのは――信頼できるのは俺だけだと言ったのは嘘だったんですか!」
「――もういい!」
クロードが大声でそう言って、立ち上がった。その黒い瞳には侮蔑が浮かんでいる。でも視線はまっすぐにアイリーンに投げられた。
「……僕を愛していると言ってくれ。そうしたら僕は君を信じる。他の誰が何を言おうとも」
演技ではなく、アイリーンは瞠目した。そして、珍しく後悔した。
(……わたくしも愛しているってさっき、言っておけばよかったわ)
今から真反対の言葉を言わなければならない。アイリーンの足下にすがりついたエレファスが三日月の目で訴えてくる。わかっているとアイリーンは薄く笑った。
「……馬鹿なひと」
「なに?」
「――だってそうでしょう? 普通、わかりません? どうして人間のわたくしが、魔王なんかを本当に愛すると思うのです!」
ああ、嫌だ。愛しているからぐっさりと傷つける言葉を選べる。的確に。
「今の今まで我慢して参りました。だって皇太子ですもの。魔物を使えるのだって便利でしたわ、でももう限界です! あなたに愛されるのだけは、気持ち悪い……!」
「……どういう、意味だ」
「ご自分の本当の姿を知らないんでしょう」
クロードの瞳が揺れている。それでもその刃を振るわなければならない。
(クロード様、クロード様)
魔物だと人間に疎まれてつけられた傷。同じことをアイリーンはする。きっと許されない。
クロードが許してくれても、自分が許せない。瞳に涙が浮かんだ。
「この、ばけも――」
「チガウ!」
硝子が割れるような音と一緒に、黒いものが飛び出した。アイリーンは目を見開く。
「チガウ、チガウ、魔王様! アイリーン、嘘ツキ――ッ!」
一瞬だった。
魔力の弾丸が、アーモンドの体を貫く。
ひらひらと黒い羽と、赤い飛沫が舞った。
「……余計なことを」
上半身を起こしたエレファスが指を弾いた体勢のまま舌打ちする。
動かなければ。そう思うのに一歩も動けず、大理石の床に落ちたその姿を見ていた。
(嘘)
一度だけ大きくけいれんして、そのかしましい魔物は動かなくなった。
ゆるゆる広がる赤い血だまりに、同じ赤の蝶ネクタイが呑み込まれていく。
(嘘)
魔物だ、誰かが叫ぶ。拳を握り、怒りをこめてアイリーンは名前を呼ぶ。
「エレファス――ッ!!」
右手に力をこらして聖剣を呼び出そうとした、その瞬間だった。