軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15

ワードローブの中はクロードの上着やらローブがかかっていて邪魔だし狭いが、動けないほどではない。

アイリーンは膝を立てて、そっと部屋をのぞいてみた。硝子窓には薄いレースのカーテンがかかっているが、扉からセドリックとリリアが入ってきたのが見える。

「クロード様、調子はどうですか?」

「ああ、リリア。もうずいぶんいい。セドリックもきてくれたのか」

「ええ、視察の行程に変更があってそのご報告に」

「まずはお茶にしましょう、私、クッキー作ったんですよ! ――あら? この籠」

アイリーンが持ってきたアップルパイの籠だ。クロードがものすごい勢いでそれを取り上げて背中に隠した。

「こ、これは、使用人に頼んで僕が用意してもらったんだ」

「なら私に言ってくれてもよかったのに……どうしよう、このクッキー。いりませんか?」

「い、いや、せっかくだ。いただこう。お茶を頼んでもかまわないか?」

「もちろん!」

笑顔で答えたリリアが、さっそくお茶の準備を始める。クロードが肩から息を吐き出して、アップルパイの入った籠を部屋の隅に追いやっていた。

(わたくしのアップルパイはいらないっておっしゃったくせに)

色々仕込んだので当然の警戒だが、面白くない。

(扉、蹴ってやろうかしら。どうせセドリック様にはバレてるんだし、リリア様は舞踏会までわたくしをゲームオーバーにはしないはず――でもわざわざいるって教えるのも癪よね)

「ところでクロード様、アイリーン様に会ってらっしゃったりしませんよね?」

いやもうばれている気がする。もちろん呼ばれて出て行ったりしないが。

「もちろんだ、リリア。君やセドリックを悲しませるようなまねはしない」

「よかった。でも気をつけてくださいね。昔からそうなんですけど、アイリーン様って、手段を選ばないところがあるから……」

「ああ……そうだな……」

心底クロードが同意して見えるのは、きっと演技だと信じることにした。

「そうだなって、何か思い出したんですか兄上」

「い――いや? 君たちの話を聞くに、そうなんだろうなと」

記憶のないクロードは嘘が下手だ。可愛いので許すが、それにしても気になるのはセドリックだった。あの様子だと手引きしたことをクロード本人にも明かしていないのだろう。

それに、なんだかこっちを見ている気がする。まさかここにいると勘付かれているのか。この間から幼なじみ補正がひどい。ちっとも嬉しくない。

「あ、やだ。これじゃ私、クロード様にアイリーン様の悪口を吹き込んでいるみたい……そんなつもりないんです。あの、アイリーン様ってすごいご令嬢なんですよ」

「わかっている、リリア。君は記憶のない僕の味方をしてくれているだけだ」

「でも私……私、またクロード様が魔王になってしまったらって、怖いんです。やっと仲よくなれたのに、もしまた魔王に戻っちゃったらって……」

さすが乙女ゲームのヒロイン、台詞も顔の角度もこぼれない涙の浮かべ方まで完璧だ。見習いたい。クロードが困ったように眉をよせている。セドリックがその肩をたたいた。

「リリア、大丈夫だ。ほら、せっかく淹れたお茶が冷めてしまうぞ」

「あっ……そうですね。やだ私ったら、すぐ不安がっちゃって。もっと強くならないとだめですよね」

不安を押し殺したとわかる笑顔で、リリアが言う。

(……これがまさかアイザックの言う引くという技術かしら……? でもわたくしがこういう態度をとっても、うさんくさい目で見られるだけなのだけど……この違いは何かしら)

解せない。ワードローブの中で首をひねっている間にお茶が始まった。

「あら? この書類……ひょっとしてクロード様が作ったんですか!?」

「あ、ああ。今、皇太子の仕事はセドリックに代行してもらっているだろう。だから、せめて何か提案ができればと思って……まだ粗いんだが」

「そんなことないですよ、すごい! きっと、皇太后様も皇帝もお喜びになりますね」

「だといいんだが……」

「あとで俺にも見せてください、兄上。ところで視察なんですが、魔物が出るという話が最近多くて、警備を強化する関係上、経路が変わったんです」

「魔物が……」

クロードのつぶやきに、アイリーンは目をこらした。クロードは少し気鬱そうな面持ちで視線を落としている。

「聖騎士団を出す話もあったんですが、団長が今遠征で不在です。いたとしてもドートリシュ公爵家の次男ですし、アイリーンの息がかかったやつも入団しています。情報が漏れる可能性が高い。ですので視察の警備は騎士団入団の庶民枠となる一般募集で集めました」

「まだ訓練されていない見習い騎士ということか? 危険だろう」

「大丈夫ですよ。騎士団志望ですから剣の心得はありますし、指揮は騎士団がとります。それに皇都で魔物が出たとしても小物ですから」

そこでリリアの口端がほんのわずかに上がったのを、アイリーンは見た。

(やっぱり視察で魔物が出るんだわ……! しかも大物)

経路が欲しい。だがその答えをセドリックは先に教えてくれた。

「念のため聖騎士団を出す許可も皇帝から得ていますし、心配なさらなくて大丈夫ですよ。マークス達正規の騎士ももちろん要所要所に配置しておりますので」

「マークスってとっても強いのよ、クロード様! 安心して」

「そうか……ならまかせよう」

いつぞやそのマークスを視線一つ向けず叩きのめした人が何か言っている。知らないとは残酷だ。まあ、記憶を取り戻したとしてもクロードはそれを覚えていないのだが。

(大丈夫よ、マークス。わたくしはあなたの惨めさを忘れていないわ……!)

ぐっと涙をこらえながら、会話に耳を傾ける。

どうやら経路は視察当日に決定となるらしい。ただ主要な視察場所は決まっているらしく、それを聞き出すことができた。特に注目すべきは第三層の中心にある大きな公園だ。大きな噴水が流れる公園は子どもの遊び場でもあり、紙芝居屋やパイ売りなど人が多く集まる。特に周囲を囲む森林が人気で、貴族達がこっそりお忍びで通うデートスポットで有名だ。そこにリリアが絶対行きたいとはしゃいだのを、アイリーンは見逃さなかった。

(人が多い場所だわ。アイザック達と対策を立てないと……)

今、魔物からの被害を人間側に出すわけにはいかない。

クロードが不在の間、魔物達を守り通すのは自分の役目だ。それはアイリーンにとって自分がクロードの婚約者であるという矜持にひとしい。