軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

306.神の力

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漆黒に包まれた空間が赤く蠢く不気味な世界へと一変してから体がうまく動かない。まるで体中に重しをつけられたようだ。異界の神の僕である鼠たちを盾で弾き飛ばし、近寄らせまいと奮戦するが、徐々に対応できなくなりつつある。サリィの浄化も今やほとんど効果を発揮しない。トルトの仲間が強力な魔術で敵を吹き飛ばしているが、それを潜り抜ける個体が増えている。

「しまっ――」

「レイ!」

迂闊にも銀の鼠の接近を許してしまった。跳びかかられる寸前、ミルがフォローしてくれたので何事もなかったが、そうでなければ危うかった。ヤツらは人に寄生する。すでにハルファが取りつかれてしまった。トルトが対応しているので、何とかなるとは思うが……正直言って、絶望的な状況だ。

「助かった、ミル」

「いいよ。それよりまた来てる!」

「ああ」

異界の神は思った以上に強大だった。こちらにも神を名乗る少年と猫の助勢があったが、異界の神は彼らの力を軽く凌駕している。まともに対抗できるのは、トルトだけだ。だからこそ、アイツの助けになろうと、力を尽くしたが……すでに限界は近い。俺とミルはともかく、サリィは特にギリギリの状態だ。マナの枯渇が近いのだろう。荒い息で俯いている。

それに対して、シロルやトルトの仲間たちはまだ余力を感じた。だが、異界の神の攻勢に対抗し切れていない。徐々に押されている。原因はやはり、空間を一変させたあの力だ。神の少年は、理を歪めたと言っていたか。

尋常ならざる神の力。こちらの世界の神に抗しきれないならば、俺たちに何ができるというのか。このまま僕の鼠をいくら消滅させたとしても、いずれは対処しきれなくなる。ここで足掻いたところで何の意味があるのか。そんな弱気が顔を出す。

だが、それでも抗うことをやめることはできない。神の少年も言っていた。ここでの勝敗が世界の命運を分けるのだ。まさか冒険者を引退してから、これほどの大舞台に立つとは想像もしていなかったが……悪い気分ではない。ドラヴァン子爵家の次男として、キグニルの代官として、俺はこの地を守る義務がある。いや、そんなことよりも、 あの不思議な少年(トルト) の仲間として、ともに戦えることを誇りに思う。

そもそも、トルトがこのまま敗れ去るなんて想像もつかなかった。困難に直面しても少し困った顔をしたあと、あっさり解決する。俺たちとパーティを組んでいるときもとんでもないヤツだと思っていたが、あれからさらにパワーアップしたらしい。今や神の力も宿していると言う。きっと今回も予想もつかない方法でなんとかしてくれるに違いない。

ああ、そうか。だから、俺たちは戦えるのか。絶望的な状況だと感じつつも折れずに立ち向かっていられるのは、トルトが何とかしてくれると無意識に思っているのかもしれない。力になりたいと言いながら、最後はトルトを頼りにするなんて情けないな。

そのトルトだが、やはりやってくれた。あれほど苦しんでいたハルファが、安らかな表情を浮かべている。今は気を失ってしまったようだが、その前に二人で少し喋っているのが聞こえた。無事のようだ。

トルトがハルファを抱えたまま立ち上がった。その姿は威風に満ちている。

神気。神の力の発露。目には見えないが、はっきりと感じる超常の力。そんな神の気配をトルトは纏っている。はじめは微かな気配に過ぎなかった。だが、ここに至って、トルトの神気は確実に強くなっている。人の身で神を量るなど不敬も甚だしいが……トルトの力は今や神の少年を遙かに凌駕しているのではないだろうか。

「〈リビルド〉」

トルトの口か力ある言葉が発せられる。伸ばした手の先から神気が迸り、赤く蠢く床へと沈む。

「なっ、これは!?」

「キグニルの広場……?」

変化は突然だった。足元の不気味な床が滲むように消え失せ、代わりに現れたのは俺にとっては見覚えるある光景だった。人の姿はないが、ミルの言うとおり、キグニルの広場の風景そのものだ。

変わったのは景色だけじゃない。空間が変容して以降、全身に纏わり付くような不快感に蝕まれていた。それが少しだけマシになった気がする。

凡庸な身では推し量ることしかできないが、きっとトルトが何かしたのだろう。この世界の理を、異界の神から奪い返したのだ。

――馬鹿な、その力はなんだ!

――認めぬ……認めぬぞ!

異界の神の怒号。劈くような不快な声が、耳を抉るようだ。

支配権を奪い返そうというのか。周囲のまだ赤いままの床がじわりと広場に侵食してきた。

しかし、それも一瞬。トルトが手を振ると、さらに空間に変化が起きた。広場を囲むように、様々な景色が赤い床を塗り替えていく。クローバー畑にカジノらしき室内、何かの工房のような場所もある。混沌としているが、不思議と調和しているようにも思えた。空間が書き換わるたびに、不快さは消え、今や全身に力が満ちあふれているようにすら感じる。これならば、銀の僕に遅れを取ることはない。

周囲の空間はほとんどトルトが塗り替えた。俺たちは力に溢れ、逆に銀の僕たちの動きは明らかに鈍くなっている。今や、状況は逆転していた。

やはりトルトだ。異界の神の支配を強引にねじ伏せる力業。このまま押し切れれば勝てそうだな。

だが、しかし……

異界の神をも凌駕する力を持つ存在。それが神でなくして何なのか。トルトは人のままでいることが許されるのだろうか。

瑠兎が手を振るうたびに、赤一色だった空間が塗り替えられていく。不気味な、何かの体内を思わせる景色が、暖かい街の風景へと変化する。一時は完全に奪い取られた空間の支配権を瑠兎が奪い返していく。

『なんじゃ……どうなっておるのじゃ』

戸惑った様子でガルナラーヴァがぺたんと座り込む。すでに理への干渉を放棄しているようだ。それは僕も同じ。もう僕らが手を出すまでもない。支配権の奪い合いは瑠兎が圧倒的に優勢だった。

『あの力はなんなのじゃ。あれは……あれはまるで父様のようではないか』

ガルナラーヴァが縋るような目で僕を見る。答えを欲しているのかもしれないけれど、僕にだってそれはわからない。そもそも僕はガルナラーヴァが父様と呼ぶ存在に会ったことはないんだから。

創世神。僕と瑠兎を除く神々の父とされるはじまりの神だ。この世界そのものを生み出した至高の存在。当然だけど、その力はどの神よりも強大だ。

翻って瑠兎は神気を纏いはじめたばかりの、いわば新米の神。同じ創世の権能を持つとは言え、その力は比較にならないはず。にもかかわらず、瑠兎は異界の神と渡りあっている。それは、僕にもガルナラーヴァにもできなかったことだ。

「気づいているよね。瑠兎の力、だんだん強まってる」

『やはり、気のせいではないか。しかし、この短期間でここまでとは……これは異常なことじゃぞ』

「そうだね」

短い間で力を倍増させる。そんなことは神だって簡単じゃない。だけど、瑠兎の場合、短い間に倍ではきかないほど力をつけている。その絡繰りはきっと……

「ねぇ。これって、向こうの世界から力が流れ込んでいるんじゃない?」

『向こう……? 異界のことか?』

ガルナラーヴァが訝しげに僕を見上げる。猫の顔なのによく伝わるものだね。

『どうしてそうなる? 異界がどのような場所かは知らぬが、創世の力を強化するような何かがあるとは思えん。もともとこちらとは縁もゆかりもない世界じゃぞ』

ガルナラーヴァの指摘はもっともだ。普通に考えれば、あちらの世界に瑠兎を強化する何かがあるはずない。

だけど、タイミングを考えると、きっかけは世界を繋げたことなんだと思うんだ。僕らが駆けつけたときには瑠兎の力はまだそれほどでもなかった。だけど、そこから僅かな時間で今に至っている。たぶん、異界から流れてくる力を継承しているからじゃないのかな。

「全くゆかりがないわけじゃないよ。少なくとも、こちらの世界から異界に渡った存在はいるはずでしょ。ガルナラーヴァが教えてくれたんだよ」

『私が……? そうか父様か!』

そう。僕が神になるよりもさらに前。異界からの侵攻に気づいた創世神は、それを食い止めるために単身異界へと渡った。創世神の力でも異界の神には勝てず、滅ぼされたと聞いたけれど、果たしてそれは真実なのか。状況から考えて負けたのは事実だと思うけど、その力全てが失われたとは限らない。異界の神を滅しきれないと判断した創世神が、次代に繋ぐためにその力を残していたとしたら……引き継ぐのは同じ創世の力を持つ瑠兎に違いない。

『そうか。では、あれは正真正銘父様の力なのか』

ガルナラーヴァが切なげな視線を瑠兎に向けた。改めて、創世神の死を悼んでいるのかもしれない。

瑠兎と異界の神との戦いは、すでに大勢が決していた。この空間の支配権は完全に瑠兎が握っている。異界の神はなおも抗っているが、覆すことができるようには思えなかった。それほどまでに瑠兎の力は隔絶している。

この世界を守るという意味では望ましいことではあるけど……僕としては素直に喜べない。あれだけの神気だ。押さえつけておくことなどできるはずがない。それはつまり、瑠兎が人の世界で過ごすことができないことを意味している。普通の人間では思わず平伏してしまうほどの神々しさ。会う人全てが自分を崇める。そんな生活を瑠兎が望むわけもない。人の世界に暮らすにしても、人をさけて隠遁生活をすることになるだろう。

前世では病弱で、病院生活が長かった瑠兎。だからこそ、今世では自由に生きて欲しかったのに。僕の願いは……瑠兎の願いはきっと叶わない。

ああ。異界の神を降した後、瑠兎はどういった選択をするんだろう。

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