軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話 私の理想の帰る場所

ロストークの冬はほんとに大変だった。

今までで一番忙しかったかもしれない。

まず、毎日のように雪が降って一面真っ白になるのだ。そして雪が溶ける前に降り積もって壁になるのにはびっくりした。

炎で溶かそうとしたら大洪水になったし、溶かしたあとがもう一度凍ってつるっつるの危険地帯になって大変申し訳なかった。

そのつるつる地獄に魔獣がひっかかってくれて討伐が結果的に楽になったけど、言われない限りもうしないと誓ったものだ。

あっあと、冬は物理的に寒くて空を飛べない! 風を避けても指がかじかんでカルブンクスに遊びに行けないと泣きそうになった。

けどディルクさんが、保温の魔法を組み上げてくれたことで、楽に移動できるようになった。

それだけじゃなく、おかげでいくつも雪害や魔獣被害の現場に急行できた。

そう、ディルクさんは魔法の研究をしていることを隠さなくなった。

薄々感じていた通り、昔はカルブンクスのお屋敷を魔法の研究室にしていたらしい。

そして密かに死魔の森の研究を進めていたのだ。

既存の魔法の効率化が主な研究分野で、それは、魔法の使えないロストークでどうにかして使える魔法を生み出すためだった、と話してくれた。

栗を上手に焼く魔法を見せてもらったときは、あまりの便利さと器用さに興奮しまくって褒め称えたら、ディルクさんは照れていた。

今度は焼き芋を上手に焼く魔法を作ってくれるらしい。すんごく楽しみだ。

それに理論上はできるけど、ディルクさんだけだと使えない魔法も、私だったら試せることも多くて、研究も順調だ。

まあでもそんなにゆったりしている暇はない。結婚式の準備って女のほうが大変ってのを身をもって知った。

招待客の選定はディルクさんに任せたけれど、引き出物や飾り付け、料理の準備などパーティの段取りは私の仕事だったからだ。

招待客のプロフィールを覚えて、儀式の手順も何度もリハーサルして、体に叩き込んだけど、ドレスの採寸にアクセサリーの準備、お化粧や肌や髪のお手入れ、と自分のこともしなきゃいけない。

死ぬかと思った。人生で二番目くらいに頭を使った。一番はもちろん研究所で魔法を覚えさせられたとき。

エルヴァとサリアがいなかったら、無理だって投げ出してたかもしれない。

でも、ディルクさんも各所との折衝で忙しかったし、ネージュ城から魔法を浸透させるために様々な根回しをした上で、研究に討伐にと飛び回っていた。

ディルクさんがこんなにがんばってるのに、私がいじけてるわけにはいかない。

私だってこの土地のためにがんばりたいんだ。

そして、春。

私達は、結婚式当日を迎えたのだ。

婚礼衣装を着せてもらった私は、鏡の前でくるりと回った。

散々話し合った末に選んだのは、やっぱりロストークの伝統的な婚礼衣装だった。

赤地をベースに、極彩色の緻密な刺繍が全面に入っている。スカートを膨らませないけれど、わりにたっぷりと布地が使われていて、動くたびに広がって刺繍がキラキラした。

その赤の上に着込んだ黒いジャケットにも刺繍と縫い込まれたビーズがキラキラと光っていた。

打って変わって白いヴェールにも、花嫁の幸福を祈るための花々が宝石と一緒に散っていた。

一冬でこの一式を作るためにネージュ城だけでなく、リヴィエ中のお針子が関わってくれたという。

足下まであるスカートはいつもの服装よりずっと重いけど、鏡に映った自分はにやけていた。

「こういう華やかなドレスって、壊しそうだと思ってたんだけど、たまには良いね。気分が上がる」

私の癖っぽい髪も今日は複雑に綺麗に結い上げられている。夜明け前からみんなががんばってくれた成果だ。

「ぜひ、ぜひ……壊さないでいただけましたら……うう、ビーズが外れたり、布地が破けませんように……!」

ゾンビのようなサリアが、うつろな顔でブツブツつぶやくのは不気味だ。徹夜で仕上げたって言ってたし、相当大変だったことはわかった。

うん、なるべく大事にそおっと歩くようにしよう。

エルヴァも私の後ろで感慨深げに、寂しげに、でもやっぱり嬉しそうにした。

「ルベル様は、今間違いなくこのロストークでもっとも美しい女性ですよ」

美しい、か。そんな風に言ってもらうことがないから大分くすぐったい。

と、思っていると、部屋の扉が叩かれる。

誰だろうと思えば、入室してきた人に、私は目が釘付けになった。

それがロストークの軍服だと知っていた。

黒いかっちりとしたジャケットにズボンがベースだ。

でも装飾ボタンや刺繍が普段のものよりもずっと緻密に華やかに施されている。

腰に下げられている長剣の鞘も柄も、華やかに装飾されていてとっても綺麗だ。

そこに赤い裏打ちをされた重厚なマントを羽織っているのがとても威厳があってかっこよかった。

髪型も普段の無造作なものではなく後ろになでつけられていて、迫力が五割増しくらいあったけど、見開かれた紫のおかげで全然怖くない。

「かっっっこいい……」

私が思わず力を込めてこぼすと、ディルクさんははっとしたらしい。

そしてふいっと目を逸らす。でも私は知っている。それがディルクさんの照れた反応だって。

「ありがとう。そ、の……とても、綺麗だ。見惚れた」

絞りだしたみたいな言葉の一音一音に重みがあって、私は勝手に顔が熱くなった。

もうとてもじゃないけれどなにも話せなくて、自分でももじもじとしてしまう。

ディルクさんを見たいけど、見たらまぶしくてすぐ逸らす。でもディルクさんの耳が赤いのが嬉しくて胸の奥がきゅってなる。

落ち着かないけどドレス握っちゃったらしわになるからだめだ。

どうしよう、ちゃんと話せていることが話せない。

すると、エルヴァがごほん、と咳払いをした。

「領主様、ルベル様、そろそろお時間です。迎えに来られたのではありませんか?」

えっもうそんな時間!? とうろたえるとディルクさんも同じだったみたいだ。

「そう、だな」

「今から結婚式なのに、そのようなうぶな反応をされてどうするつもりですか。ルベル様をお願いするのです。腑抜けておられては困ります」

エルヴァはネージュ城の人々の中でも数少なくディルクさんに面と向かって意見ができる人になっていた。

おかげでディルクさんに気圧される人達の間で絶大に頼りにされている。

相変わらず私に関することだとちょっと辛辣だ。

でもディルクさんは怒ることなく顔を引き締めると、私に向き直る。

「手を取ってくれるか」

差し出された手に、私は胸がドキリと跳ねるのを感じながら、吸い寄せられるように自分の手を乗せた。

結婚式は大まかに分けて三部に分かれている。

まずはネージュ城内の神殿で婚姻の儀式。そして馬車で移動しながらリヴィエの民達に顔見せ。その後ネージュ城で宴だ。結婚式の後も、式に間に合わなかった客達をもてなすらしい。

それ聞いたとき、普通のお嬢さん達にそのスケジュールきつくない? 目ん玉丸くしたものだ。

あと結婚の風習も結構違っていた。

普通なら神殿で、精霊達に人生を共にすることを誓い、誓いの証として指輪を交換する。

もちろんロストークでも指輪の交換をするけれど……。

精霊を祭る神殿の中で、真ん中のカーペットを私はゆっくり歩いて行く。

両脇の長椅子に座る大勢の列席者は、私が持つものを見てざわめいていた。

なぜなら自分の杖を携えていたからだ。

神殿の祭壇の前でディルクさんも、装飾された剣を持っている。

ロストークで夫婦とは、この厳しい大地で共に肩を並べて戦っていく同志だ。

だから婚姻のときに、お互いの剣を交換して打ち合わせるんだって。

お互いの武器ということなら、私にとっての剣はこの杖だ。

そして、私はロストークに精霊と魔法をもたらすためにきた。だから打ち合わせるなら、杖が良い。

本当はディルクさんも杖だったら良かったんだけど、間に合わなかったからしょうがない。

なじんだ杖のはずなのに、手のひらに汗がにじむのはすごく緊張しているせいだ。

いつからだろう。ディルクさんを前にすると、優しく見つめられると、笑顔を見ると、ドキドキするようになったのは。

この人が幸せならいいなあと心から思った。自分の力が役に立つならなんでもしようと本気で考えた。

でも、これから私は、ディルクさんの長い時間を拘束することになる。

ほんとに良いのかな、という不安がむくむくと湧き上がって来たとき、ディルクさんのもとにたどり着いた。

かかとの高い靴を履いていても、ディルクさんは見上げるほど背が高い。

緋色の裏打ちをされたマントを着た彼が見下ろして来る紫の目を見たら、私の肩からふっと力が抜けた。

だって、とっても嬉しそうで。感慨深げで。

ふっと、この人とはじめて会った日のことを思い出した。

通用門の前で、マッドベアを背負っていたディルクさんに遭遇した日だ。

あのとき私は、別に誰でも良かった。

自分が帰る場所が欲しかっただけで、結婚なんてどうでも良くて、さっさと宣誓だけしてしまえば良いよね、とそこら辺にあったレースのテーブルクロスで代用した。

今思えば、結構失礼だったよなあと笑ってしまう。

ディルクさんが不思議そうにするのに、私は教えてあげようとしたけれど、神官長から指示をされて、私は慌てて姿勢を正す。

自分の杖をディルクさんに差し出し、ディルクさんに差し出された剣の柄を握る。

ディルクさんの剣は私には少し重い。でも彼が背負うロストークという領地よりはきっと軽い。

ディルクさんもまた、魔法杖をなじんだ仕草で両手で持つ。

これから私は、彼に新たに「魔法」という力を背負わせる。

でも大丈夫。

だって私は、最強の聖女で――……

この人がいれば、無敵になれるんだから。

打ち合わせるタイミングは、同時だった。

キィン――……

剣の峰と、杖の柄が重なり、澄んだ音が響く。

周囲に浮かんでいた精霊達が心地よさそうに体を震わせていた。

精霊達の揺らぎは見えない人々にも伝わったらしく、参列者は陶酔の表情に変わる。

その荘厳な静寂を破ったのは、無遠慮に開かれた扉だった。

正体は若い伝令で、埃まみれの上に所々服にできたかぎ裂きからは、血がにじんでいる。

酷く申し訳なさそうにしながらも、彼は必死に声を張り上げた。

「き、緊急連絡、です! 現在、ベアグ地方に、アースドラゴンが出現! 村落に向けて歩を進めています!」

急報を聞いた私は、即座にヴェールを頭からむしり取った。

ディルクさんもマントを肩から落としている。

ばさっと、赤と白が翻った。

「エルヴァ、靴!」

「こちらです!」

心得たエルヴァが、さっと実用的な靴を並べてくれた。

床に落ちかけたヴェールはサリアが回収してくれている。ありがとう!

かかとの高い靴を脱ぎ落として、さっと足を入れる。

これで大丈夫だ。走れる。戦える。

私がディルクさんを振り仰ぐと、ディルクさんから杖が差し出される。

彼もまた、いつもの実用的な鞘を従者の人から受け取っていた。

言葉を交わさずとも、素早く交換する。

「お待ちください! まだ結婚式は終わっておりませんぞ!」

神官長が泡を食って止めに来る。

でもディルクさんは朗々と言った。

「我らは北の黒竜ロストークだ。たかがドラゴンに我が土地を荒らされるわけにはいかん!」

「ですです、それにアースドラゴンなら、みんなをもてなすのに最高な獲物です!」

私も援護射撃すると、ディルクさんがにっと笑った。

凍り付いていた会場の人々が驚きと動揺にそまる。

「ああ、そうだな。一ヶ月後に来るカーティスに存分に味わわせてやろう」

あ、カーティス殿下が前に魔物食……と若干引いたのを根に持ってるな。

確かに食わず嫌いは良くないよね。いっぱい食べさせてやろう!

俄然やる気になった私は、ディルクさんと肩を並べて走る。

「すまないな、こんな結婚式になって」

「え、これも私達らしいじゃないですか!」

ディルクさんに小さく謝られるのに、あっけらかんと笑ってみせると、ディルクさんの目が和らぐ。

式場の外に駆けだしたとたん、神殿前に集まっていた人々から爆発のような歓声が上がって面食らった。

耳を澄ませてみると、全部お祝いの言葉だった。

みんな心の底から喜んで讃えてくれている。

私とディルクさんを、祝ってくれているんだ。

お腹の底から熱いものがこみ上げてきて、目頭が熱くなる。

思わず、よろめくと、ディルクさんが片手で支えてくれた。

どうしたと言われる前に、私はディルクさんに抱きついた。

わあ!と後ろで歓声がいっそう高くなる。

「私、あなたと結婚できて良かった!」

ディルクさんを見上げて、いっぱいの気持ちを込めて言った。でもそれだけじゃ、この喜びを、感動を全部伝えられる気がしなくて、その分だけぎゅうううっと力を込める。

すると、ディルクさんは抱きしめ返してくれただけでなく、紫の瞳を柔らかく笑ませた彼が身をかがめてきた。

唇に柔らかくて温かいものが重なった。

なにが、と理解する前に、私はかあっと頬が熱くなる。

少し離れたディルクさんは、とろけるように笑みをしていた。

「ああ、俺も良かった。あなたが俺の最高の妻だ」

万感の思いがこもった声に、私は全身がじん、としびれるような心地になった。

なんて嬉しいのだろう。なんて素敵なことなのだろう。

笑みが抑えられない。もうきっと顔はゆるっゆるだろう。

「はい! じゃあ理想の旦那様、行きましょう!」

私が杖を突くと、心得たディルクさんは私を抱え込む。

出番が来たと精霊達が楽しげにどっと集まってきた。

「さあ、私達を連れて行って!」

「そして、無事に帰ろうか。ネージュ城へ」

体が空中を舞う。ふふ、いつもの下履きを履いているから全然平気!

ディルクさんの体温を感じながら、私はこみ上げる幸せのまま、大声で笑った。

私は聖女。陽輪の聖女、ルベル・セイント・カルブンクス。

最後の仕事を終えた私は、大好きなディルクさんと一緒に、帰る場所がある。

終わり