軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第52話 喧嘩をちゃんと買おう

グランナリーは王都を経由して行くよりは早い、とはいっても普通に歩くとなると一週間はかかる道のりだ。集団での行軍となると、より遅くなる。

そんなにかけていたら、人喰い樹の被害は更に悪化するだろう。

だから、ディルクさんは全員で騎馬で走ることにしたのだ。

ロストーク内では各地の代官に立ち寄り、それ以降の場ではしっかり伝令を行き届けさせ、補給が即座に用意されるようにしていて、途切れることなく走った。

馬が潰れない速度だったとはいえ、普通は乗っている人間はへろへろになる。

なのに付いてきた部隊員は誰一人として脱落するどころか元気なまま、おかげで三日後にはグランナリーにたどり着いていた。

改めてロストークの兵士達の鍛え方の違いを感じたものだ。

「これはすさまじいですね……。肉体を鍛えるだけで、強化魔法に匹敵するとは」

そう感嘆するエルヴァも、私の討伐に付き合っていただけあってけろっとしている。

異変に気づいたのは、森林地帯に近づいたときだった。

「森が静かっすね」

同行していた部隊員の一人、リッダーがいぶかしそうにつぶやいた。

たしかに、普通なら動物や鳥の鳴き声がきこえるはずなのに、梢が擦れる音しか響かない。普段から森に入り慣れているリッダー達にとっては、異様に感じているのだろう。

私は別の異様さを目の当たりにしていた。

と、いうか、杖に乗って飛んでいた私は、唐突に落ちかけた。

「わぶっ!?」

「ルベル殿っ!」

あまりに唐突で、受け身もとれなかったんだけど、隣にいたディルクさんに馬上から抱えられて地面に叩きつけられることだけは免れた。

ディルクさんの乗る馬に引き上げられたおかげで一息ついたけれど、体の自由が全然利かない。

なぜなら大量の精霊達にしがみつかれたからだ。

精霊に質量も重量もないけれど、全員必死な気配でひしっと抱きついて来るから身動きがとれない。

「う、ううう……精霊、動けない……どいて……!」

「もしや、精霊殿らにしがみつかれているのか?」

すぐに気づいてくれたディルクさんがそう聞いたとたん、精霊達が実体を持ったようで周囲の部隊員達の視線が集まった。

精霊達は口々にしゃべりだす。

『タスケテ』

『イッパイ キ』

『ビッタン ビッタン』

『イイコ タイヘン』

『タスケテ』

みんな必死だ。

「いっぱい木」という単語には心当たりがありすぎる。

私は首元に絡みついた精霊の一体をひっぺがして問いかけた。

「いっぱい木が暴れてるんだね!? 私達その木を退治しにきたの!」

『『『『!!!』』』』

精霊達の反応は劇的だった。

言ったとたん、精霊達はびゅっと私から離れる。

ディルクさんがさすがの反射で全員に号令をかける。

「総員馬にしがみつけ!」

私はディルクさんに片腕で抱え込まれる。そして隊員達が早業でしがみついたとたん、精霊達に惹かれた馬が勝手に森の中へ突っ込んでいく。

「っ……!!」

幸いにも、振り落とされる人間はいなかった。精霊によって木々が左右に分かたれてできた道を馬が駆け抜ける。

うわあ、カルブンクスで遭遇した精霊よりもずっと強引だ。おそらくかなり切羽詰まっているのだろう。

精霊達は好き勝手に様々な生き物に手を貸すけれど、ときどき意見が割れるときがある。

今回は人食い樹と遊びたい精霊達と、今私達を導いている精霊達はしたいことが違ったのだろう。

この子達の望みはたぶん、森を守りたい、とかかな。そういえば誰かを助けたいとか言っていた気がする。

それもすぐわかるはずだ。

精霊はいっそ理不尽なほど、最短で問題にも幸運にも案内してくれるのだから。

揺れる馬上でもディルクさんの腕は強固で、安心感がある。私は邪魔にならないように自分の杖を抱えた。

ここはロストークの外側だ。精霊達はいつも通り応じてくれる。

感覚を研ぎ澄ませて、魔法を展開した私はそれを感知する。

「前方十時の方向、きます!」

「っ!」

ディルクさんが身構えるのを感じながら、私は魔法を練り上げる。

指先をそちらに向ければ、圧縮された風の弾が鋭く飛んでいき、たった今現れたそいつを吹き飛ばした。

木くずをまき散らしたそれは、見た目は人の形に似ていた。

けれど決定的に異なるのは、それがすべて木で構成されていることだ。

手足のように生えた根と枝、頭部には木の葉がこんもりと茂っている。

普通、樹木が、根を枝を生き物のようにうごめかせることなどありえない。

だが、その木は手足となる根に鹿を捕まえていたのだ。

ちょうど私の攻撃で根が緩んだらしく、鹿はなんとか逃げていくけれど、よたよたと足がおぼつかない。

明らかに魔力が奪われているのが原因なのはすぐにわかった。

その一体を皮切りに、似たような木の人形が何体もこちらに気づいて現れた。

馬の早さには追いつけていないけれど、普通の人間だったら逃げ切れないだろう。

誰に言われるまでもなく全員が抜剣する中、私は進路を阻む子樹を風の弾でぶん殴っていく。

「援護します!」

意図を理解したエルヴァも、片手で精密に射撃をして退け出した。元が木だからか、ただ打ち抜いただけでは止まらない。しかも地味に再生し始めている!?

でもそこは私達だ、足回りを中心に潰すことで無力化していった。

頭の上からディルクさんの険しい声が振ってくる。

「子樹の敏捷性が上がっているな、やはり大型獣まで食えるようになっているようだ」

「しかも人に近い形です。すでに人間を取り込んでいる可能性がありますね」

これが、人食い樹の嫌らしいところだ。

普通は成長が遅く、甘い香りに惹かれてやってきた生物を根や蔓で絡め取って養分とするだけだ。だから生えているのを見つけたら、焼却駆除をするだけで良い。

ただ、魔力をたっぷり兼ね備えた獲物を捕食し続けて成長し、精霊が気まぐれに手を貸してしまった場合、最悪の事態になる。

新たな獲物を求めて、自ら株分けした個体……「子樹」を生み出して出歩かせて、養分となる生物の狩りをさせるのだ。

そして、取り込んだ魔力を通して、餌にした存在の運動能力や特異能力をコピーして使う。

つまり、人型をしている時点で、この人食い樹は人間を取り込んでいるとわかるのだ。

あーもー嫌な討伐! せめて骨くらいは残っているといいんだけどな!

「ともかく、先行している討伐部隊を見つけられるといいんですけど……とお!?」

「前方十一時の方向、交戦の気配あり! 急行するぞ!」

ディルクさんが叫んだと同時に、手綱を引いて方向を修正する。

意外にも精霊達はディルクさんの意に従って、そちらへの道を変えてくれる。

私には全然聞こえなかったんだけど、まもなく私達と異なる交戦の音が聞こえた。悲鳴も混ざっている。

ディルクさん耳いいなあ!?

と驚いたけれど、見えた光景に真顔になった。

彼らは、複数体の子樹に群がられていた。剣で切り飛ばし、魔法で応戦している。

けれど再生能力に追いついていないようで苦戦していた。

その中心で守られている人物を、私は大いに知っていた。

「どうしてこんなことになってんだ! くそっくそくそっ!」

かろうじて剣を構えているけれど、そのへっぴり腰では振るえないだろう。

優越感と意地悪さだけが出ていた顔は、ただ焦りと恐怖に塗れている。

私へ婚約破棄をつきつけて、ロストークへ飛ばした張本人、第二王子、エミリアンだ。

「ルベル殿、このまま突っ込む、防御を!」

「はい!」

ディルクさんがしたいことを察した私は、進行方向に風の壁を作る。出力調整は適当でいい!

ディルクさんは馬ごと子樹の群れの中に飛び込んだ。

ロストークで育てられた馬は、とても勇敢だ。ちょっとやそっとのことでは動じない。

風のヴェールで子樹が吹っ飛んでいく。

残った子樹は、ディルクさんと私で残りを蹴散らした。

そこで精霊達の高速移動も解除されたらしく、手綱を引くとちょうどエミリアンの前で止まる。

私はその場にへたり込んでいるエミリアンを馬上から見下ろした。

「ル、ベル……?」

「こんにちは、エミリアン。増援にきたよ」

そういえば、祝勝会でぶん殴ってからまともに顔を合わせるのは今日がはじめてだ。うーん前線から引いているはずなのになんでここにいるんだ?

疑問に思いつつも、なんて言おうかと思いながら、私が馬から降りると、詰め寄ってきたエミリアンが掴みかかってきた。

「お前、お前も私を馬鹿にしてあざ笑っているのだろう!? 私一人ではなにもできないと! 認められる特別な能力を持った聖女たるお前らに、凡人など理解できる訳がない! ただあざ笑って踏み潰していくだけなのだろう、化け物め!」

いきなりまくし立てられて、私は面食らう。

あれえ? 怪我してるって聞いていたけど、すごく活きがいいな。

ん? でも脇を庇っているな、怪我は間違いじゃなさそうだ。

ということは、一応怪我を押して、討伐しようとして撤退、ってところだろうか。

にしても、なんかはじめてエミリアンの感情を聞いた気がする。

いつも嫌みばかり言われていたから、強い力が怖くて、平民の私が気に食わないのだとばかり思っていたけれど。どうやら違うらしい。

「もしかして、私のことうらやましかったの?」

つい状況も忘れて、ぽろりと素直にこぼすと、エミリアンの顔が真っ赤になる。

それはよく見慣れた怒りの反応に思えたけれど、今は恥ずかしさと屈辱がまじっているのがわかった。

私が反射的に拳を握ると、敏感に察したエミリアンは引きつった笑みになる。

「はっまた私を殴るか! どうせ暴れることしかできない獣だと証明するだけだぞ! 鮮血聖女にふさわしいなぁ!」

怒りやいらだちを向けられるだけじゃない、私は鮮血聖女で、ほかとは異なる人間だと何度も何度も言われ続けてきた。

前はまた始まったと、かんしゃくを聞き流すだけだったけど、今は違う。

私は確かに怒りを覚えていた。

だからその胸ぐらを掴むと、笑い声よりもずっと大きな声で怒鳴った。

「それはこっちの台詞だよ、この馬鹿王子! 化け物って言われないだけずっとましじゃない! 私のほしいもの全部持ってるくせにいつもいつもひねくれやがって!」

「は……」

いつも心の中で愚痴を吐いていたけれど、怒鳴り返したことなんてなかった。

そのせいかエミリアンは驚いたみたいだ。

だって意味がないと思っていたんだ。どうせ聞かないとわかっていたから、話すだけ無駄だと諦めていた。

だから私達はまともに会話したことがなかったのだ。

でも、それでも言わなきゃ伝わらないのだ。

たとえ伝わらなくても、言葉を惜しんじゃいけなかった。

「いっつもいっつもムカついてたんだ! 気にかけてくれるお兄ちゃんがいて、悪いことは叱ってくれる大人がいて! 自分だってたくさん学ぶ機会があってたくさん学だってある! 私には全部なかったものだ! ずるい!!!」

心の底から叫ぶと、エミリアンはぽかんと私を見つめる。

ずるい、うらやましい。

でもうらやましいと思っても、私には手に入らないことはわかりきってたから言わなかったし、嫌がらせもしなかった。それだけだ。

「な、な……」

私は乱暴に握っていた胸ぐらを離すと、エミリアンはへたり込む。

なんにも言い返さないのは今までにない反応だ、でもこれ以上は無理だった。

だから心を落ち着けて今必要なことを聞く。

「それで、癒水の聖女はどうしたの?」

エミリアンは、癒水の聖女ラフィネと共に討伐に出た。

一緒に居ないということはなにかしらの、トラブルがあったということで間違いない。

つい、ムカついて怒鳴っちゃったけど、まずは状況を把握しなきゃ。

すると彼は、ぶるぶると震えだした。

「ら、ラフィネは母樹を、退治するために、主力討伐部隊と一緒に出て行って、戻って来ないと思ったら、待機していた私達の前に大量の子樹が現れて……。再生能力なんて前はなかったのに……! わ、私はなにもしていないんだ!」

なんだ、一緒に討伐に出たわけじゃなかったんだ。

その答えで私はなにが起きたのか九割くらい察して、あまりのやばさに顔をしかめた。

ここまで事態を見守っていたディルクさんが声に出す。

「癒水の聖女を取り込んで能力を複写したか」

「聖女を取り込んだにしては再生力が甘いから、まだ死んではいないとは思うけど……」

聖女の魔力なんて垂涎の食料だ。ラフィネは確か治癒と浄化のほかに防御にも特化していた。私とは真逆の性質をしているのだ。

なのに子樹が持っているのは再生……つまり治癒能力だけ。

ロストーク兵でもばさばさ無力化できる点ではまだ完全体じゃなく、ラフィネはまだ無事なことがわかる。

おそらくなんらかの方法で、もちこたえているんだろうけど、早く助けるに越したことはない。

そのとき、周囲に散っていたロストークの兵士達がバラバラ戻ってくる。

「報告します、周囲の掃討あらかた終わりました!」

「先行隊が母樹がいる方向を割り出しました、いけます!」

リッダーの報告に、第二王子の護衛役達は驚きにざわめいた。

ようやく、自分たちが立ち尽くしていても襲われないことに思い至ったんだろう。

つまり、自分達がかなり手こずっていた子樹を、リッダー達は全部倒して戻ってきたってことだもんね。

そうなんだよ、ロストークの兵士はめちゃつよなんだ。

私がちょっとどや顔していると、報告にうなずいたディルクさんが声を張り上げる。

「ではこれより母樹の討伐に向かう! 移動は徒歩だ! 既存部隊は第二王子を護衛し森の外へ後退せよ! 俺達の馬を使え!」

その覇気のある一声に、エミリアンの周囲にいた兵士達は反射的に背筋を伸ばし指示に従おうとする。

だがそこに割って入ったのはエミリアンだった。

「な、何だ貴様は! 第二王子たる私の私兵になんの権利があって命令をして……ひっ!」

言い終える前に、エミリアンの目の前に突き刺されたのは長剣だ。

一筋だけ、髪が切れたエミリアンを、ディルクさんは冷然と見下ろした。

「ロストーク辺境伯、テオドリック・ド・ロストークでございます。我が妻であるルベル・セイント・カルブンクスの討伐護衛にはせ参じました。俺の役目は彼女の討伐を滞りなく遂行させることです。そのためにはいかなる障害も取り除きます。殿下におかれましては速やかに退去をお願い申し上げます」

慇懃無礼の塊のような物言いだった。

私でもわかるぞ、要約すると邪魔するなすっこんでろってことでしょ。

「ひ、な……」

普段のエミリアンならすぐに言い返すはずだが、ディルクさんのあまりの強面ぶりに完全におびえきっている。

一応丁寧だけど、そんな風に言って大丈夫なのかな、って一瞬思ったけど私は勉強していた。貴族としての階級は侯爵とほぼ同等だ。

しかも、辺境……つまり国境などの国にとっての要所の守りを担っている。

だからこそ国王の信頼の厚い家が任じられ、けして裏切らない。

でもそれは、国王に対してのみの忠誠で、その息子である王子達には当てはまらないのだ。

辺境伯の忠誠を得られなければ、即位もままならないらしい。

だからディルクさんは堂々としているんだ。

というか、ディルクさんどう見ても私が見てきた中で一番怒ってるもん。エミリアンになにか恨みがあったのかな?って思うくらい。

「まだ間に合うはずだ、行こう」

ディルクさんは一瞥だけすると、私を促す。

だがエミリアンが引きつった声で叫んだ。

「鮮血聖女など一人で行けば勝手に帰ってくる! 戦場でしか利用価値がない、馬鹿みたいに頑丈な、女ともいえない女だぞ! 放っておけば良いではないか!」

ディルクさんの全身から、さらに怒りが発散される。私でも圧を感じるほどの怒りだ。

けれど、なぜかディルクさんは私を片手で引き寄せた。

「ロストークの妻たり得る、最高の女じゃないか。お前にはもったいない」

口角をにい、と上げる。その笑みは凄絶なほど恐ろしく美しかった。

場を支配するのはディルクさんだ。

そして、がっとエミリアンの頭を片手で鷲掴む。

「貴殿には、自分の引き起こした分の賠償をしていただく。妻を招聘した報償に加え、今回かかった俺達の遠征費と討伐費諸々は支払い方を考えておけ」

「こ、この……貴様、金の亡者め!」

エミリアンに罵られても私はもう知っていた。ディルクさん……ロストークにとってはその力も商品だ。だから働いた分だけ、相応の対価を要求する。だって私達は自分たちの腕に、積み上げてきたものに誇りを持っているんだから。

私もディルクさんと同じようににんまりと笑ってやった。

「そうだよ、聖女もロストークも高いんだから」

ディルクさんはエミリアンから手を離す。

そして今度こそ、私達は森の奥、自分たちの戦場へと飛び込んだのだ。