軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第48話 事前の了解は重要です

エルヴァと仲直りした私は、夜会の当日を迎えていた。

聖女の正装でいいと思っていたけれど、ディルクさんはきちんとドレスを用意してくれていた。

赤でも黒でもない。鮮やかな青のドレスだ。あまり自分じゃ選ばない色だったからちょっと驚いた。

けど、動きやすいのが良いって言った通り、ウエストも締め付けすぎない、良い感じのデザインだった。

ドレスの着付けを手伝ってくれたエルヴァが興味深げに眺める。

「あまり見ない形のドレスですね」

「こちらは、ロストークの伝統衣装をベースにデザインされております。本来なら下履きを合わせますが、今回は都の作法にならった仕立てにいたしました」

サリアの説明にあっと思い出した私は、エルヴァにスカートをぴらっと持ち上げて見せた。

「ねえエルヴァ、いつも履いているズボンを聖女の正装の下に履くように作れないかな? スカート翻っても大丈夫でしょ!」

「ルベル様、諦めていらっしゃらなかったのですね……」

呆れた顔をするサリアをよそに、エルヴァは理解の色を浮かべつつ苦笑になるという器用なことをする。

「聖女の衣の主な役割は格式を保つことですからね。正式な場以外でしたら検討しましょうか」

「メナール卿、検討しちゃうんですか!?」

「私も、あの衣はルベル様の戦闘スタイルには合わないと常々思っておりましたから。婚家の伝統で押し通せますし」

ぎょっとするサリアさんに、私はにまにまする。

そう、エルヴァは結構柔軟なんだよ。

肌触りも良いし、ふわっと広がるスカートも重くないしかさばらない。

今回のドレスも、胸から腰にかけて、キラキラとした粒が縫い付けられているのも、目に楽しくて気に入った。

私がにんまりしていると、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。

入室を許可すると、入ってきたのはディルクさんだ。

ディルクさんもすでに正装に身を包んでいて、黒を基調とした丈長のジャケットにキラキラしたベストにズボン、そして襟元には赤のタイを結んでいる。その上に黒のサーコートをなびかせる姿は、どこからどう見てもおとぎ話の魔王様だ。

比較的見慣れていたつもりなのだけど、ディルクさんの正装は輝いて見えてびっくりした。

なんか妙に落ち着かなくなって、目を合わせられないけど、どうしちゃったんだろう?

だけどディルクさんのほうも、私を見るなり立ち尽くした。

紫の瞳をまん丸にして見つめられるのは、さすがに居心地が悪い。

「ディルクさん、どうしたんです?」

私が聞くと、はっと我に返ったようだ。

「いや、そのメナール卿が、君の身支度を手伝っていると聞いて、驚いて」

「? はい、化粧までしてもらいましたけど」

「!?」

ずいぶん慌てているけどどうしたんだろう?

自分の動揺が落ち着いてきて、改めて首をかしげていると、ディルクさんは顔を険しくして言った。

「いくら君の配下だとしても、女性である君が異性に身支度まで任せるのは、良くないだろう」

真剣に言われて、私はますます首をかしげた。

「エルヴァは女性ですよ?」

「……は?」

ディルクさんと、ディルクさんに付いてきていた従者のマルクまで、ぽかんとした顔をする。

エルヴァは心得たようにすっと背筋を伸ばして優雅なカーテシーをして見せた。

「本名をエルヴァリータと申します。申し送りには性別が書かれていなかったかもしれませんね」

「エルヴァが私につけられたのって、戦場で、私の身の回りの世話もできるからなんですよね」

女騎士は本当に希少だ。実力のある女騎士は平民上がりで聖女にはつけられず、貴族出身の女騎士は、女性王族の行幸の付き添いくらいで、前線に出ることはめったにない。

魔獣討伐までできる実力で、なおかつ貴族出身のエルヴァは貴重な人材だったのだ。

ただエルヴァは女性だと舐められるからと、普段は男性として振る舞っている。

本当は髪も短く切りたいけれど、それをすると女性でないと入れないところに入りづらくなるから伸ばしているのだって。

サリアはエルヴァが女だと早い段階で気づいて、王都の流行について積極的に意見交換をしていた。

「そ、う、だったのか……」

ディルクさんは衝撃からすぐには立ち直れないようで、動揺していた。

言動からちょっと妙だとは思っていたけれど、やっぱり勘違いしていたんだなあ。

んん? エルヴァが心なしか悪い顔をしている?

「ルベル様が男性と親しくしているのが気になって、慌ててこられたのですね?」

「い、や……」

言葉を濁すディルクさんは、とても決まりが悪そうだ。

あと所在なげに私を窺っている、気が、する?

「君達の仲に口を挟む気はなかったのだが、かなり驚いたのは、本当だ」

素直に口にするディルクさんに、エルヴァの指摘が間違っていないのだと知った。

私はちょっと申し訳ない気分になる。

「そっか、こういうところも気をつけなきゃいけないんですね。妻ってけっこう難しいな……」

「いや、君に強いるつもりはなくてだな!」

「はいそうですよ」

ディルクさんが慌てて否定するのを遮ったのはエルヴァだ。

「貴族の妻というのは、みだりに男性と二人きりにならないものです。私は女性だったから良かったですが、ルベル様も結婚生活を続けて行かれるおつもりでしたら、気をつけてくださいね。密室で男性と二人きりになるのは、相手方の男性と親密な間柄であると公言するものですから」

「ん、わかった気をつける」

「そこまで気負わずとも……」

ディルクさんが少し戸惑いがちに言うのに、私は胸を張って見せた。

「貴族の習慣とか常識とかありますよね。ちゃんと教えてもらってディルクさんの迷惑にならないようにします!」

特に貴族の夫婦関係は知らないも同然だからね、気をつけるよ。

ほんとにそのあたりに詳しいエルヴァが居てくれてよかった、と思いつつもディルクさんを改めて見上げる。

彼は紫の瞳でもの言いたげに私を見ていた。

そういえば、エルヴァを受け入れてもらってから夜会の準備やらなんらで忙しかったから、まともに顔を合わせて話せるのは久々かもしれない。

と、思ったらなぜか視線がそれる。んんん?

「その、支度が終わったのなら、少し話す時間をくれないか」

「? 良いですけど」

なんだろう、と思ったらディルクさんは周りのみんなを見る。

私もつられて周囲を見ると、サリアは心得たように会釈すると、マルクをつれて退出する。 あ、なるほど、二人きりで話したいってことだったのか。

じゃあ、と私はエルヴァを見る。

「外で待ってて」

「承知しましたお時間になりましたらお声がけします」

優美に頭を下げて、エルヴァも下がると、部屋にはディルクさんと二人きりになった。

美しい金の髪を見送ったディルクさんが、少し苦笑する。

「彼……いや、彼女はさすが君に忠実だな」

「エルヴァは普段は警戒していると悟られないように振る舞うので、ディルクさんのことは認めているんだと思いますよ」

初っぱなに喧嘩を売るようだったのは、たぶんそうでもしないとディルクさんに対抗できないと思ったんだろうし。

くふくふと笑っていると、ディルクさんと目が合ったと思ったらまだ逸らされる。

さっきからずっと目は合わない。けど、なんか妙に視線を感じるんだけど……。

「ディルクさん、もしかしてドレスに変なところありました? サリアとエルヴァに着付けてもらったんですけど……」

そうだったら大変だと若干心配になっていると、ディルクさんは慌てた。

「いやむしろ見違えるように、その、きれい……だと」

その顔が悪魔みたいにこわばっていたけれど、真っ赤にもなっていて。あっと思った。

目が合わせられないって、そういう、こと?

と悟ったら、私の顔まで熱くなった。

とっさに顔を押さえかけたけど、化粧をしているのを寸前で思い出して、両手を握り合わせるので我慢した。

えっどうして私まで!? 褒められたんだから、ありがとうって言えば良いのに、その一言が出てこない。

ディルクさんの姿がかっこよく思えて、胸がふわわってなって、落ち着かない気持ちでうつむいた。

「その……なら、よかった、です」

ドレスを贈ってくれたのはディルクさんなんだから、この言葉で良いだろうと絞り出すと、ふっと視界に影がかかる。

いつの間にか、ディルクさんが近くに居た。

どきん、胸が跳ねる。

見上げた顔の赤みは少し引いていて、またあの物憂げな表情に戻っていた。

「君は、メナール卿の言葉が気にならないのか」

それが、先日のエルヴァの告白のことだとすぐにわかった。

『――ロストーク伯が、領地に精霊を定着させる研究のためにあなたを欲したとしてもですか』

あの日、エルヴァが言ったあと、私は「そっか」で流したのだ。

ディルクさんは案の定重要な会議を抜け出して私を出迎えに来ていたらしく、すぐに執事のセリューさんに連行されていったし。

だからディルクさんにも真意を話す間もなかった。

「俺がカーティス殿下と密約をして、君を迎え入れたと聞いても――」

「察してました」

私がいうと、ディルクさんは言葉を止める。

どういうことだ、と紫の瞳が雄弁に訴えてくるので、私はどう答えたものかと考えを巡らせた。

「この土地に精霊を招きたいって聞いたときから、きっと偶然じゃないんだろうなあとは思ってました」

カーティス殿下と密約があったって聞いても納得感が増すだけだ。

ちゃんと質問に答えたのに、ディルクさんの表情は晴れない。

「君は売られたと言っても良いんだ。そこまで物わかり良くせずとも……」

まるで、責めてくれって言わんばかりだ。どうしてだろ、別にディルクさんが悪いことをしたわけじゃないのに。

「そりゃ、むかつかないわけじゃないですよ。犬猫みたいに貸し借りされるのか、ってちぇって思いますし。でも私、これが王家に報いる最後の仕事のつもりできましたし」

たくさん国にも、王家にも貢献してきたつもりだ。

馬鹿王子のおもりをしたし、言われたらちゃんと討伐に行って、敵を倒してきた。だから嫁ぐのが最後の仕事のつもりだったのだ。その結婚にさらに他人の思惑が絡んでいたとしても小さなことである。

「それにちょっとほっとしてたんです」

「?」

「ディルクさん、お手紙くれたときに『ロストークの地は、あなたを歓迎する』って書いてくれたでしょう? 言葉だけじゃなくて本当に歓迎してくれたのが嬉しくて。私ここに来て、良いことばかりなんです。だから、ディルクさん損していないかなあと心配でした。でも元々がディルクさんに利益がある結婚なんですよね。なら私がもらうばかりじゃなかったって」

今も、ずっと居ても良いよって言われ続けている気がする。

「だから、良いんですよ、お!?」

私がはにかみながら言ったら、視界が黒い布でいっぱいになった。

ぎゅうっと、全身を暖かな感触と森の中みたいな、ディルクさんの香りに包まれる。

抱きしめられたんだ、って気づいたのはその後だった。

腰に回った片腕が、お腹にまで届いている。

肩もすっぽりと覆われて、包み込まれているみたいだ。

ディルクさん、こんなに体が大きかったんだ。

妙に冷静に考えたあと、一拍して、動揺に襲われた。

「え、あっあの?」

「君のおかげで、ロストークは変わろうとしている。君はもうこの地になくてはならない存在なんだ。――俺にとっても」

低い声が今までになく近くに聞こえて、私は体が震えた。

なんでだろ、寒いわけじゃないのに。見上げたディルクさんから目を離せない。

「はじまりはどうであれ、きっと君を大切にする。どうか共に生きてほしい」

紫の瞳は美しくて、なんだか自分が映りこんでいるのが不思議な気分だった。

胸がドキドキして、ふわふわして、落ち着かなくなる。

この人は丁寧にお願いしてくれるんだと嬉しくなった。

私は、ちゃんとわかっているとうなずいた。

「はい! 任せてください。愛人が必要でしたらお気になさらず迎えてくださいね!」

胸を張って笑顔でこの喜びのまま応えたつもりだった。

なのに、かがみ込もうとしていたディルクさんはなぜか凍り付いたように固まったのだ。