軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 改善は前向きに!

私がディルクさんと一緒に部屋に戻ると、エルヴァに正直に話して謝った。

「逃げちゃって、ごめんなさい」

「いえ、私こそ、全く気づかず申し訳ありませんでした! ルベル様が書類がお嫌いなのは感じておりましたが、そのような理由があったとは……!」

エルヴァの固い顔がどんどん青ざめていく。いっそ私よりも申し訳なさそうだった。

「なら、ご無理をなさらずとも」

「ううん、がんばるよ。ディルクさんが私でもできる勉強の方法を考えてくれるって言ったし。ロストークの人達みたいに、カルブンクスもみんなが笑って帰ってこられる場所にしたいんだ」

カルブンクスの死魔の森は、魔導施設が解体できるなら遠くない未来きっと人が増えるだろう。守るものがいずれ増えていくなら、私も力をつけなきゃいけない。

勉強ができるようになったら、王宮へ古代遺物についての資料を探しに行きたい。

そしたらきっと、ディルクさんの役に立つ。

(……そしたらきっと、ここにいて良いはずだから)

「全部魔法でぶん殴って解決、ってわけにはいかないからね。言葉と書類で戦う方法も覚えなきゃ」

「っそれなら私がっ……!」

なにかを言いかけたエルヴァが、ぐっと口をつぐむ。

「エルヴァ?」

「なんでも、ありません。ではどのような状態でしたら大丈夫でしょうか」

ぎこちないながらも、そう問いかけてくれたエルヴァに、心の底からほっとする。

そっか、はじめから言えば良かったんだ。

心がほかほかと温かくなった私は、まだテーブルにそびえる本の塔に対峙した。

「でもこれ、全部必要なんでしょ。しんどいけど、読むだけならご飯食べて寝て良いんなら頑張れば三日くらいでなんとか……」

「三日で読まれるんですか!?」

悲鳴のような声を出すエルヴァに、私はびっくりして言葉を止めた。

ディルクさんも眉を寄せて聞いてきた。

「もしかして、ここにある資料を短期間ですべて読むつもりだったのか?」

「魔法の勉強って、そんなかんじだったんですけど」

「とんでもない!」

エルヴァは急いで資料の山からいくつか紙束を取り出すと、ぱぱぱっと私の前に並べてくれる。

「申し訳ありません。必要な資料や参考文献をすべて運びこんだだけで、領主教育も淑女教育は十年単位で施されるものです。だから今すべて読む必要はございません」

全部、読まなくて良いって、こと!?

私は目を丸くしてまじまじと新しい束を見つめた。

だいたい人差し指くらいの厚みだ。ひるむ厚みではあるけれど、さっきよりも断然マシだった。

ディルクさんは手に持って、隣で抜粋された資料を確認している。

「中身はロストーク内の貴族一覧と、領地の特徴か。確かに夜会で役に立つとはいえ、暗記するしかないが、大丈夫か」

「だ、だいじょ……ぶ」

覚えなきゃいけないと考えると、頭の芯が重く締め付けられるみたいな忌避感を覚える。

でも、これくらいだし、いやでも……。

私がひるんでいると、ぺらりと紙をめくったディルクさんが言う。

「この中には、君が訪問した領地もあるな」

「えっ」

「君も気になっていなかったか。どうしてこの土地にこんな名物ができたのか。とか」

むくむくと興味が湧いてくる。ロストーク、すごくおいしいものがたくさんあったんだけど、各地でおいしいものが全然違うんだ。

一つ一つの成り立ちを調べてみたいなって思ってたんだ。しかもだよ?

「そ、それが、その紙束の中身にあるんですか教えてくれるんですか!」

「ああ、入り口としては十分だ。……これならできそうか?」

「はいっ」

私が元気よく返事をすると、ディルクはかすかに口角を上げる。

嬉しくて、私はぱっとエルヴァを振り返った。

「エルヴァ、ありがとう! 私頑張るよ! またお願いね!」

「は、い……」

これで勉強もできそうで、エルヴァの期待にも応えられる! と嬉しかったんだけども。

ただ、うなずいてくれたエルヴァがぎこちない気がして、首をかしげる。

「エルヴァ?」

「いえ、なんでも。では今日はここまでといたしますか」

「ううん、今からでもいいよ。なんかできる気がするっ」

「わかりました、では一つずつ見ていきましょうか」

すぐに微笑みに変わったエルヴァに私は、気のせいかと思って意気揚々とテーブルについたのだった。

それから私は勉強がそこそこ苦じゃなくなった。

いや、楽しいってほどにはやっぱりならないのだけれども、まあなんとかやるかーと頑張れるくらいにはなったのだ。私にしてはすっごい進歩である。

あの後からエルヴァも私がうっとなる分量というのをすぐ見極めてくれて、今日する分だけを出してくれるようになった。

もっとできるぞって時には、さらに課題を出してもらえるようになったのだ。

「なるほど。あそこのリンゴ畑の村の領主さんは、寒冷地でも育ちやすい作物としてリンゴを推奨していたんだ。へええそっか。その土地の人が自分で始めるんじゃないんだな」

リンゴの領地のピノヴァ子爵。よし、覚えたぞ。

この覚え方も、ディルクさんに教えてもらったことのひとつだ。

自分が興味の持てる事柄に結びつけると記憶に残りやすいって。

ちなみにこのピノヴァ子爵は、比較的ロストーク外との交流を持っていて、ディルクさんを支持してくれてる人らしい。

一度結びつくと、エルヴァが整えてくれた資料が意味がわかってすごく面白い。

「勉強って、けっこう面白かったんだね。またロストークのことを知れた」

「どうして……」

その声に振り向くと、エルヴァがもの言いたげな顔で立ち尽くしていた。

「エルヴァ?」

「どうして、あなた様は押しつけられた結婚に、そこまで前向きでいられるのですか。こんな……文化も価値観も異なる理不尽な境遇に置かれていらっしゃるのに。ましてや弱冠二十四歳で領地を掌握した冷酷なロストーク伯です。今はおとなしいようですが、いつ本性を表しあなたを」

「えっ今までで一番めちゃくちゃ居心地がいいんだけど!? むしろここにこられて良かったなって思っているよ!?」

「!?」

思ってもみない言葉に私は驚いたけど、でもそうだ、あの馬鹿王子の嫌がらせの結婚だったんだよね。

確かに次会ったらもう一発くらい殴るくらいしとくべきかなとは思っているけど。

でもエルヴァはすごく不満というか、腑に落ちていないって顔をしている。

どうしてだろう……と考えを巡らせて、ふと気づいた。

「そういえばエルヴァ、ここに来て一週間くらいだけどロストーク、案内してもらった?」

「使用頻度の高い施設については使用人の方に教えていただきました。文化や習俗について調べはしましたので、十分かと」

「えっ、じゃあ、話したりは……」

「世話をしてくださるメイドとは挨拶はしておりますよ」

なんてことない風に言う、エルヴァに私は愕然とした。

エルヴァは自分のことをそっちのけで私の教育に入ってくれたってこと!?

いやよくよく考えたらエルヴァほぼずっと私と一緒にいるじゃない! 余裕があるわけなかった!

これは……私がすごく悪い……でも、とても……ほうっておいてはだめだ……!

私が好きになった場所を、エルヴァにも知ってもらいたい!

私は勢いよく椅子を蹴立てて立ち上がると、宣言した。

「エルヴァ、今からネージュ城とロストークツアーをします!」

「は? 授業が……」

「実地授業で!」

こうして面食らうエルヴァの腕を掴んで連れ出したのだ。