軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 用済み聖女になりました

「エミリアン殿下、 癒水(ゆすい) の聖女ラフィネ様、ご婚約おめでとうございます!」

その王子、私と婚約してたはずなんだけどな。

戦の戦勝記念式典の場に出席する私、ルベル・セイントは、愛用の杖を抱えながらその茶番を眺めていた。

万雷の拍手に包まれて得意げにしているのは、このリュミエストの第二王子であり、今回の戦で総司令官を務めたエミリアンだ。自慢しいで目立ちたがりだったから、この勝利はご満悦だったはずだ。

隣の淡い金髪に水色の目をしたはかなげな女性、ラフィネも、戦の後方でどんな凄惨な傷を負った兵士でも手ずから治して励ましていたらしい。

その女神のような慈悲深さに、一部の兵士達が崇拝しているらしく「慈悲の聖女」とも言われているらしい。

しかもラフィネは名門侯爵家出身の正当なる貴族の血を持った女性である。

聖女とはいえ平民出身の私を反故にするのもよくわかる超優良物件だよな。

そう、式典の褒賞授与の場面で、エミリアンが突然ラフィネとの婚約を発表したにもかかわらず、出席者はお祝いムード一色になったくらいだ。

私の時は「なんて身分不相応なんだ」とか「上手く立ち回りおって」とかもの非難してきたくせにね。

ふとエミリアンが私を見た。優越感と意地の悪さがこれでもかと乗ったにんまり顔だ。

おーおー私を最前線に送り込んだ時と同じ顔じゃないか。

婚約祝福ムードが覚めやらない中、褒賞授与式が再開された。

「聖女ルベル前へ!」

名を呼ばれた私が立ち上がると、波紋のように静寂が広がる。

ようやく私の存在を思いだしたようで、ある種の緊張感が漂い出す。

列席していた華々しいドレスを着たご婦人や、華麗な宮廷服を身につけた貴族の男性の方々が私に注目する。

特に女性は私の聖女の正装であるローブだと気づくと眉を顰めた。

まあ、このリュミエスト国は、芸術と享楽を是とする国だ。華やかな場にわざわざ堅苦しい衣装で来たことがご不満なのかもしれない。

聖女として来ているんだから聖女の正装でくるのは間違いないはずなんだけど。

王宮の侍女が私の燃えるような赤毛をローサイドで纏めてくれて、薄化粧をしてくれたから見栄えもそう悪くない。

……とはいえ、確かに私は同じ十八歳くらいのご令嬢と比べると、かなり貧相なのも事実だ。小さいし、体は薄いし。肌は日焼けしてるし。

ともあれ今回の目的はご令嬢と張り合うことじゃない。

私は大きな 精晶石(せいしょうせき) の填まった杖を携えたまま、せいぜい静々と会場の中央まで進んでいった。

エミリアン王子とラフィネ嬢が一段高いところにいるのには目もくれず、私は真っ直ぐ国王陛下を見た後杖を支えに膝をつき、深々と頭を下げた。

「 陽輪(ようりん) の聖女ルベルよ」

国王陛下に呼びかけられて、私は一瞬誰かわからなかった。

あ、そっかそんな称号だった。普段は別の通称のほうがよく呼ばれるものだから。

名前の由来はたしか杖の精晶石の橙色と、周囲を囲む円環が日輪みたいだから、だっけな。

「こたびは隣国ハジュールを討ち果たし、我が国に勝利をもたらした活躍は見事であった。よって汝に子爵位を与え、カルブンクス領を任せる! 本日より、ルベル・セイント改め、ルベル・セイント・カルブンクスと名乗るが良い」

周囲からどよめきが広がった。

好意的な響きではない、哀れみと安堵ばかりだ。

戦の貢献によって、爵位が与えられるのは珍しくない。過去にも様々な聖人聖女が爵位を与えられてきた。

領地付きで子爵位というのは、一足飛びの大出世なのだが。

にんまりとしたエミリアンが聞こえよがしに教えてくれた。

「カルブンクスにある死魔の森は、強力な魔獣が常に跋扈していて、只人では立ち入りすら不可能だ。だが精霊に愛され歴代有数の魔力を持つ優れた聖女であるお前ならば、カルブンクスを御せるだろう?」

意訳すると、危険な魔獣が跳梁跋扈して領地の税収なんて見込めない無価値な土地をおしつけるってことか。

でもエミリアンの勝ち誇り方はこれだけじゃないな。

と、思っていると、当の本人が芝居がかった仕草で恩着せがましく続けた。

「とはいえ、聖女ルベルは軍人としての手腕はともかく、領地経営は不慣れな点も多いだろう。ゆえにそなたへロストーク辺境伯、テオドリック・ド・ロストークとの婚姻を用意した!」

こういうときばかり聖女って呼ぶんだなこの王子。

と私がしょっぱい気分になる中、列席者達がどよめいた。

私をいたぶることに夢中のエミリアンは、彼らのどよめきの理由をご丁寧に説明してくれた。

「ロストーク辺境伯は、隣のカルブンクスから降りてくる魔獣を討伐する土地柄だ。しかし王都から遠く離れているせいか、独自の文化を維持していてな。いやしくも金儲けに目がない上に、彼自身も見ただけで気絶するようなむさ苦しい男らしい。何人もの婚約相手から逃げられていて、麗しき夫人達からはそう……蛮族伯と呼ばれていたか。だが、ちょうど良いだろう? 鮮血聖女と蛮族伯、お似合いではないか」

おいおい、仮にも臣下を公式の場で明らかに蔑称で呼ぶのはどうなんだ。

けれど、国王陛下をはじめとした周囲を固める重鎮達の淡々とした表情を見て悟る。

はなから抗議されるとは思っていない顔だ。

なるほど、エミリアン王子がこうするのも織り込み済みだったのね。

「そなたの上官だった私からの褒美代わりの最後の辞令だ。そなたにふさわしい結婚相手でもある。これを逃せばお前のような女、嫁に行けないだろうなぁ」

なにかに付けて絡まれるとは思っていたけれど、ここまで底意地の悪い子供みたいなことをされるとは思わなかった。

婚約をさせられて、戦時中エミリアンには延々と無茶な命令を受けた。

そのくせ全ての功績はエミリアンのものになった。

功績自体に興味はない。私にとってはただの仕事だ。

……でも、最後くらい良いよね?

私はエミリアンの勝ち誇った顔を見上げて言った。

「かしこまりました」

「私のために働いた褒美だ。せいぜい魔獣と仲良く暮らすが良い!!!」

エミリアンの笑顔は、けれどすっくと立ち上がった私に、一瞬で距離を詰められたことで硬直する。

私はその半笑いの顔に、握った拳をめり込ませた。

綺麗に決まった右ストレートは、エミリアンを綺麗に吹っ飛ばして昏倒させた。

側で見ていた重臣や列席者が軒並み目を剥いて硬直する中、私は倒れ込んだエミリアンに向けて吐き捨てた。

「この××もねえド畜生の馬鹿王子が。てめえの腐った尻拭うのもこりごりだったんだよ」

私の軍仕込みの悪態を聞いたラフィネも卒倒する。

これでも足りないくらいだったけれど、まあいいだろう。

だって隣国のハジュールとは長年争っていたけど、今回戦争をふっかけたのはリュミエスト。その原因はエミリアンが王子としての箔を求めたからだ。

こんないらん戦争を起こした男を殴ってやるって、部下のみんなには約束したんだ。

「はースッキリした」

ようやく動き出した兵士達に拘束されるまでのあいだ、私は清々しい気持ちで額の汗を拭ったのだった。