軽量なろうリーダー

子どもたちは音に踊る

作者: 伽藍

本文

「ナディーン・チップチェイス伯爵令嬢、お前との婚約を破棄する!」

王立学園の期末パーティー会場に朗々とした声が響いたとき、ナディーンは自分の名前が呼ばれたことに気づかなかった。

眼の前のご馳走に気を取られていたからである。長期休暇中に催される演奏会に向けて詰めていたので、まともな食事をするのは三日ぶりのことだった。いつもは八割がた音楽で埋め尽くされているナディーンの脳内が、音楽の代わりにそっくりそのまま食事のことで埋め尽くされていたのだ。

「ナディーン! 聞いているか、おい、ナディーン!」

居丈高に三度も呼ばれても、ナディーンは反応しなかった。鴨のローストとチキンステーキの間でうろうろと迷っていたナディーンを、横合いから控えめな声が呼び止めた。

「ナディーンさん、呼ばれてるわよ」

声をかけたのは、変わり者のナディーンを何かとフォローしてくれる気の良い子爵令嬢だった。ちょいちょい、と弱い力で袖を引かれて、ようやくナディーンは顔を上げた。

きょとんとして視線を向ければ、肩を怒らせた少年がこちらを睨みつけていた。周りには複数人の女子生徒が侍っている。

誰だっただろうか、としばらく考えてから、ようやくナディーンは思い出した。ナディーンと十年近い付き合いである婚約者の少年だった。

少年は音楽にのめり込んでいるナディーンを嫌い抜いていたので、婚約している年月だけは長くてもろくな交流のない相手だった。何の用だろうか、と首を傾げる。

ナディーンは音楽以外のあらゆる物事に興味のない変わり者ではあったけれど、伯爵令嬢としてそれなりの作法は叩き込まれている。だからナディーンは、食べたいもので山盛りになった皿をいったん隣の子爵令嬢に預けて、実にまっとうな令嬢らしくにこりと微笑んで一礼した。

「何のご用でしょうか、ウェズリー様」

反応が遅くなったのは事実だけれど、特段礼儀を失した行いをしたつもりはなかった。だというのにウェズリー・ゲートスケル侯爵令息は、どうしてだか顔を真っ赤にした。

「ば、馬鹿にしているのか、貴様……!」

他人の名前を大声で怒鳴りつけるよりも酷い無作法をしたつもりはないのだけれど、とナディーンは内心で首を傾げた。

ウェズリーはぎりぎりと歯ぎしりすると、不意に意地の悪い顔でナディーンをねめつけた。

「もっとも、お前との付き合いも今日で終わりだけどな! 婚約破棄だ、婚約破棄!」

「まぁ、左様ですか」

きょとん、と今度こそはっきりと首を傾げて、それからナディーンははっとした。

ナディーンを溺愛する両親が、ろくでもない男と婚約させてしまったとたびたび嘆いているのを思い出したのだ。

ナディーンは両親に随分と自由にさせて貰ったので、それなりに両親のことを慕っていた。ちらりと同じ会場にいる両親に視線を向ければ、両親は喜びを押し隠した様子で肯定の頷きを返した。

そしてナディーン個人にとっても、これは喜ばしい内容だった。だから内心で小躍りしていることに気づかれないように注意してから、ナディーンは微笑んで頷いたのである。

「承知しました。今までありがとうございました」

あっさりと返されて、どうしてだかウェズリーは愕然としたようだった。そのことにナディーンは気づいていたけれど、問いかけるのが面倒臭かったので話を切り上げにかかった。

ちらり、とナディーンは視線を流した。

会場にはナディーンの両親だけではなくて、どうしてだか怒りを露わにしているヴェズリーの両親もいたし、王立学園のパーティーなので国王夫妻も顔を見せていた。書類上の手続きが後回しになったとしても、国王の前での言動は覆せない。

「事務的なお話は後日でよろしいですよね? またわたくしの父からヴェズリー様のお父様に日程調整の連絡が行くかと思います」

「待て!」

さっさと話を終わらせようとしたナディーンに、なぜだかウェズリーから待ったがかかった。

ナディーンは苛立ちを表に出さないように苦労することになった。単純に、ナディーンはお腹がすいていたのである。

「理由を訊かなくても良いのか? お前の有責だぞ!」

「まぁ……」

心当たりはなかったけれど、お互いの没交渉が理由なのであればそれはお互い様だろう。むしろ、いまこの瞬間にも堂々と周りに女子生徒たちを侍らせているウェズリーのほうが有責なのではないだろうか。

――と、ナディーンは思ったけれど、口には出さなかった。面倒臭かったし、お腹が空いていたからである。

「その辺りのお話は、またお互いの両親も交えてお話しましょう」

「――お前が!」

耐えかねたように、ウェズリーは叫んだ。

「お前のスキャンダル記事を読んだぞ! 写真も載っていたな。二回りも年上の男と随分と仲良さげだったじゃないか。パトロンか? 稀代の天才ヴァイオリニストなどと呼ばれていても、結局は男に足を開いて手に入れた地位だったわけだ!」

わざとらしく周囲に聞かせるように、ウェズリーは朗々とそう言った。

はて、とナディーンは首を傾げた。このところ演奏会のことで頭がいっぱいになっていたので、それ以外のことは何もかも些事として思考の隅に追いやられていたのである。

思い当たらない様子のナディーンを見かねたのか、隣の子爵令嬢がこっそりと耳打ちしてきた。

「ほら、二週間くらい前にあったじゃない。――週刊誌の」

子爵令嬢が告げた名前は、著名人のスキャンダルばかりを面白おかしく取り上げることで有名な三文雑誌のことだった。名前を教えて貰ってようやく、ナディーンはポンと手を打った。

特に隠すことでもないので、ナディーンは告げた。

「伯父です」

「……は?」

あまりにあっさりと答えられたからか、ウェズリーは反応し損ねたようだった。理解できなかったのかと思って、ナディーンはもう一度繰り返した。

「ですから、母方の伯父です。伯父も音楽業界の仕事をしているので、いつも良くしてくれるのです。お屋敷にはわたくしが幼い頃に一緒に撮った写真もあると思いますので、お望みならお見せしますよ」

そう教えてやれば、ウェズリーは見る見る顔色を真っ赤に染めた。怒りによるものか屈辱によるものか、ナディーンには判りかねた。

「嘘を吐け! この令嬢たちが、お前が件の男とホテルに行くのを見たと教えてくれたぞ! 週刊誌にも書かれていたじゃないか!」

周囲に侍る令嬢たちを示して喚き散らすウェズリーに、ナディーンは頷いた。

「限定のパフェが食べたかったので」

「……は、パフェ?」

はい、とあっさりナディーンは言った。

「あのホテルの一階に、カフェが併設されているのはご存じですか? シーズンごとに変わる期間限定のパフェが好きなので、ちょこちょこ行っています。さすがにパフェの写真はありませんが、店員さんともすっかり顔なじみですから、店員さんに訊けば証言してくれると思いますよ」

うーん、とナディーンは唸った。そろそろ音が鳴りそうなお腹をすりすりと撫でる。

「ご納得頂けましたか? とはいえ婚約破棄は承知しましたから、あとは父たちにお任せしましょう」

「か、隠していたお前が悪い! 週刊誌に抗議すれば良かっただろう!」

えぇー、とナディーンは内心で呻いた。この無意味なやり取りがまだ続くのか、とうんざりしたのだ。

いずれにせよ、この婚約はもう終わりだ。仮にも婚約者であるナディーンの話を聞きもせずに周囲に侍る令嬢たちの言葉を信じ込んだのだから、今さら関係の再構築などお互いにできないだろう。

破棄になるにせよ解消になるにせよ、ナディーンに後ろ暗いところがない以上はもうナディーンには関係のない話である。

「わたくしに直接お訊き頂ければいつでもお答えしましたから、隠していたわけではありません。それに、人びとの娯楽である通俗雑誌に貴族が過剰に反応して抗議などすれば、たちまち権力の横暴だなんだと騒ぎ立てられますわよ。もちろん不必要に話が大きくなるようであれば、法的な対処を行う準備だけは進めておりましたが」

ナディーンは口を閉ざした。単純に、長々と喋っているのに疲れたのだ。

今度こそ終わりで良いだろうか、とナディーンが思ったところで、ウェズリーが呻いた。

「……い……」

「はい? 何と仰いましたか、ウェズリー様」

聞き直せば、ウェズリーが喚いた。

「その男を俺の前に連れてこい! この俺に迷惑をかけたんだぞ、謝るのが筋だろうが!」

えぇー、とナディーンは仰け反った。口を開こうとしたとき、割り込んでくる声があった。

「それは困るなぁ」

笑いを含んだ声だった。そりゃー、こんな見世物は他人事であれば面白いだろう、とナディーンは内心でふて腐れた。

第三者の声に、会場の視線が集中した。

たくさんの視線に刺されても、割り込んだ少年はゆるやかに微笑んで一礼した。隣の帝国の男爵令息だとかいう男子生徒だった。

「スキャンダル記事を書かれたというそちらのナディーン嬢の伯父は、我が国のとある侯爵の弟君であり、いまは分家を興した男爵であり、極めて高い技能を国に認められた【国宝】でもある。悪いことをしたわけでもないのに、謝れというのはあまりに横暴ではないかな」

「こう……」

ウェズリーが言葉を失った。男子生徒がウェズリーに近寄って、顔を覗き込む。

「つまりナディーン嬢自身が、我が帝国の侯爵の姪御殿だ。たかだか小さな王国の侯爵令息が向けるには、あなたのナディーン嬢に対する態度はあまりに身のほど知らずじゃないだろうか」

さぁ、と見るからにウィズリーの顔色が悪くなった。

同時に、ざわりと会場の一部が揺れた。明らかに顔色を悪くして顔を伏せた一部の生徒たちを、男子生徒が横目で見やったようだった。

ウィズリーがぎりぎりとナディーンを睨みつける。

「な、なぜ言わなかった!」

あら、とナディーンは首を傾げた。

言ったことがなかっただろうか、と疑問に思ったのである。そもそもナディーンとウィズリーの間にはほとんど交流がなかったので、お互いに知らないことが多いのは無理からぬことである。

当の帝国侯爵の妹であるナディーンの母も、他人に自分のことをひけらかす性格ではない。

そもそも母はたいがいのことには興味なく、父と子どもたちを一心に愛しているのである。自分の好きなものに一点集中の性格という点では、母とナディーンはよく似た母娘だった。

だから、そういえば知らないのかも知れないな、とナディーンは納得した。納得したところで、ナディーンに答えられるのはこれだけである。

「なぜと言われましても、訊かれませんでしたので……」

「は、……」

今度こそ、ウィズリーは絶句したようだった。

その間に、ナディーンは割り込んできた男子生徒を観察することにした。

帝国は大きな国なので、男爵令息であろうと王国の下手な高位貴族令息よりもよほど令嬢たちから人気である、らしい。隣にいる子爵令嬢からの情報である。

どこかで見たことがある、と考えていたところで、ナディーンは思い出した。ナディーンの演奏会に、たびたび熱心に通ってくれる少年だった。

途端にナディーンは男子生徒に興味が湧いた。すでに終わったことであるウィズリーよりも、自分の演奏に興味を持ってくれる相手のほうがナディーンにはよほど大きなことなのである。

ナディーンが口を開こうとしたところで、ウィズリーが声を上げた。

「……撤回だ! 喜べ、お前と婚約を続けてやる!」

水を差されて、ナディーンはしらっとした視線を向けた。言い返そうとしたところで、なぜだかナディーンの代わりのように男子生徒が言い返した。

「この国の貴族は、これほど大勢の前で、しかも国王陛下までいらっしゃる前で口にしたことをあっさりと翻すのか?」

事態を静観していた国王に、会場の視線が集中した。国王は頭痛を堪えるようにしばらく黙り込んでから、ようやく口を開いた。

「ウェズリー・ゲートスケル侯爵令息と、ナディーン・チップチェイス伯爵令嬢の婚約は破談とする。両家の話し合いについて、必要であれば王家から書記官を遣わせよう」

「ありがたきお気遣いでございます」

ナディーンの父である伯爵が頭を下げた。ウェズリーの父であるゲートスケル侯爵も、苦い顔で頭を下げている。

真っ青になっているウェズリーは置いておいて、これで一段落かと思われたところで、男子生徒が口を開いた。

「じゃあこれで、わたしにもナディーン嬢に求婚する権利が回ってきたわけだね」

男子生徒の声は軽やかで、むしろ浮かれたようなものだった。何を言い出すのか、と怪訝な表情をするナディーンに、男子生徒は微笑みかけた。

「わたしはトレイシーという。三男だから家を継ぐわけじゃないけれど、苦労はさせないと誓うよ。わたしと婚約してくれないだろうか」

ナディーンは首を傾げた。面倒臭いことになったな、と危うく表情に出るところだった。

ナディーンはもともと結婚に興味がなかったし、めでたく婚約がなくなったので、もう音楽一本で食べていこうと考え始めていたところなのである。幸いにも、ナディーンに勧誘をかける楽団は山ほどあるのだった。

断られそうな気配を察したのか、トレイシーが畳みかけるように口を開いた。

「あなたの奏でる音楽が好きなんだ。結婚してからも、あなたの音楽活動は決して妨げないと誓おう。不安であれば婚約契約書に盛り込んでも良い。帝国では結婚してから働いている女性も、未婚のまま働いている女性も多いから、きっと王国よりもずっと自由に活動できるはずだよ。あなたに不自由はさせない」

何より、とトレイシーは言った。

次にトレイシーが言った言葉は、ナディーンにとっては悪魔の誘惑のようなものだった。

「ちょっとした伝手があってね。帝国一の楽団にあなたを推薦することもできるよ。もちろん、推薦したあとはあなたの実力勝負になるけれど」

「します、婚約」

あ、と思った。ナディーンが我に返ったのは、婚約を承諾してしまった後だった。

だって、とナディーンは内心で言い訳した。帝国一の楽団は大陸中の音楽家たちの憧れであって、推薦を貰うことすら非常に難しい狭い門なのだ。

ちらりとナディーンが両親を見やれば、二人とも頭を抱えているのが見えた。仕方ない、国王の前で宣言したことが覆せないのはナディーンも同じである。

果たして婚約が破談になってから五分で次の婚約が決まってしまったナディーンに、トレイシーが微笑みかけた。ナディーンにはそれが、悪魔の微笑みに見えた。

「じゃあこれからよろしくね、ナディーン」

***

「……ご協力ありがとうございました、ウェインライト男爵」

そう声をかけたトレイシーに、ナディーンの伯父であるところのウェインライト男爵は顔を上げなかった。ただ手元に集中して、何ごとかを作業している。

ウェインライト男爵がこういう男であるということを知っているので、トレイシーは気にしなかった。

ウェインライト男爵は帝国の侯爵家の次男でありながら、楽器作りにのめり込んだあげくに成人して早々に貴族籍から離れて市井にくだるという変わった経歴を持つ男だった。そのうえ十年も経たずに功績を認められて新たな爵位を与えられたうえに【国宝】の称号まで賜ったという、皇帝の覚えもめでたい男でもある。

十年先まで予約が埋まっているという噂まであるウェインライト男爵の作業を、トレイシーは静かに見守った。ややあって、沈黙に飽きたようにウェインライト男爵が口を開く。

「悪党だな」

それは一介の男爵がトレイシーに向けるにはとんでもなく不敬な言葉であったが、トレイシーはやはり気にしなかった。口先ばかりの貴族よりも実力のあるものを好むのは、トレイシーだけではなくて家族に共通する性格でもあった。

「それは、わたしがあなたとナディーンの写真を嘘八百の証言つきで匿名で週刊誌に送りつけたことを仰ってます?」

「……」

作業の手を止めて、ウェインライト男爵は顔を上げた。呆れたような表情は肯定を示していたが、トレイシーは気にしなかった。

そもそも、トレイシーに協力したのはウェインライト男爵である。ウェインライト男爵が、自分が納得しないのであれば権力に屈する性格ではないことをトレイシーは知っていた。

再びウェインライト男爵が視線を下げて、作業に戻った。

「姪を泣かせたら、殴る」

「肝に命じておきます」

そこらの貴族男性よりよほど無骨な手を見て、トレイシーは肩を竦めた。殴られたら痛そうだ。

それと同時に、トレイシーは少しばかり感動する思いもあった。

ウェインライト男爵は俗世に対してほんのひと欠片も興味がないような、たしかに人間ではあるけれど妖精を通り越して精霊のような男だった。霞を食って生きていると言われても驚かないような男が、肉親に対してはそれなりの情を持つという人並みの一面も持っているのだということに感動したのである。

「……陛下が」

ぽつり、とウェインライト男爵が口を開いた。

「陛下がお喜びだったぞ。ナディーンの演奏は各国の貴族たちにも人気で、ろくでもない男に嫁いで才能が潰される未来を惜しむものは多かったからな。ウェズリー・ゲートスケルはナディーンの音楽活動を随分と嫌っていたから、あの男と結婚してしまえばナディーンが嫁いだあともヴァイオリンを続けることはきっと難しかった」

それこそ本当にウェインライト男爵らしくないことを言い出したので、トレイシーはちょっと仰け反った。

「珍しいことを仰いますね」

言いながらも、トレイシーはウェインライト男爵の意図を正確に理解していた。

トレイシーがナディーンを見初めたのに政略は関係なく、今回の婚約は皇帝を説得したうえでの、いわばワガママのようなものだった。

けれどウェインライト男爵は、ナディーンの政治的な価値を示した。詰まり、一時的な情熱が落ち着いたからといって、無責任に放り出すような真似はするなよという牽制である。

すでに十年近くナディーンに片想いをしているトレイシーにそんな心配はなかったのだけれど、トレイシーはウェインライト男爵の意図を尊重して頷いた。

「もちろん、ずっと大切にしますとも」

なぜならトレイシーの記憶には、もう随分と昔から、ほんの幼いナディーンが弾いたヴァイオリンの最初の一音が焼きついている。

あの音色を生み出すナディーンと、ナディーンが音楽を続けられる平和な世界を守り抜くことがトレイシーの生まれた意味であると、トレイシーは頑なに信じ込んでいた。

「知っているか、第三皇子よ」

再び顔を上げて、思いついたようにウェインライト男爵は言った。

「お前のようなものを、外つ国の言葉でストーカーと呼ぶらしいぞ」

トレイシーはそれなりに外つ国の言葉に詳しかったので、当たり前だけれどストーカーという言葉の意味も知っていた。トレイシーは唇の端を引きつらせて、それでも微笑んだ。

「問題ありません、ちゃんとナディーンを幸せにしますので」

ウェインライト男爵の呆れたような視線を背中に受けながら、トレイシーは男爵家の小さな屋敷を辞したのだった。

ウェインライト男爵に呼ばれたことを思い返して、トレイシーはふと瞬いた。そういえば自分は、ナディーンに帝国の男爵令息だと思われたままであることに気づいたのだ。

トレイシーが帝国の第三皇子であると知れたら、ナディーンはそれはもう面倒くさがって嫌そうな顔をするだろう。どうにか説得する材料を揃えなくては、とトレイシーは考え始めたのだった。