軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第57話 失敗作

ディアンナは夜の帳が降りた街中を不貞腐れながら歩いていた。

今日も今日とて、『金色の鷹』でひたすら雑用をこなし窓際の虚しさをたっぷり感じた上で、帰宅しているところだ。

「全く。ロランったらあからさまに冷遇してくれちゃって。私が何をしたっていうのよ」

ディアンナはそうひとりごちた。

(毎日毎日、雑用の嵐。こんなことばかり続くようなら、いっそのことやめちゃおうかしら)

しかしここよりも給与のいい場所なんてそうない。

今のリッチな生活を続けていくためには、、『金色の鷹』で窓際社員の侘しさに耐え続けるしかなかった。

ディアンナがそうしてやり切れない思いをしながら歩いていると、突然目の前に浮浪者然とした男がヌッと現れる。

ボサボサの髪、ボロボロに朽ち果てた服装、頬は痩せこけて、目は落ち窪んでいる。

それなりにがっしりとした体格なのでまだ若いようにも見えたが、上記の特徴のせいで老いさらばえているようにも見える。

落ちぶれた冒険者だろうか。

ディアンナは男を無視して通り過ぎた。

いくらなんでも自分はこのような浮浪者が気安く話しかけていい人間ではない。

しかし、男はディアンナを追い越して、また前に立ち塞がる。

ディアンナはイライラしてくる。

(全く。この紋章が見えないの? 私は『金色の鷹』の人間なのよ。あんたごときが話しかけられる存在じゃないのよ)

「さっきから何? 邪魔なんだけれど!」

ディアンナはキツイ調子で言った。

「あいにくこっちは余裕がないのよ。物乞いなら他を当たって!」

権高で冷然とした言い様だった。

彼女にこのように言われて、身が竦まない男はそうそう居ない。

しかし、目の前の男は全く動揺せず微動だにしない。

ディアンナは不気味になってくる。

(なんなのこいつ?)

「俺のことを忘れたのか?」

おもむろに男が喋り始めた。

ディアンナはその声を聞いてハッとする。

「その声……。あなた、まさか……」

「そうか、やはりお前はロランに……」

男はそう言って肩をワナワナと震わせたかと思いきや、ディアンナにつかみかかって、口を塞ぎ、物陰に引っ張り込んだ。

夜がとっぷりと更け、闇が街を覆い、賑々しかった酒場も灯りを落としてひっそりと静まった頃、ロランは自宅に辿り着いていた。

(ふー。結局、見つからなかったな。チアル)

事の発端は些細な言い争いだった。

『精霊の工廠』で銀細工品評会の打ち合わせをしていたところ、品質とコストに関してランジュとチアルの間に意見の相違が見られた。

ロランはランジュの意見をとったが、へそを曲げたチアルが 工房(アトリエ) を抜け出してしまったのだ。

そのままチアルは行方をくらましてしまう。

その後、ロランは取れる限りの手段を尽くしてチアルのことを捜索して回った。

チアルの自宅を訪れてご両親にも捜索を手伝ってもらったし、警察にも捜索願を出したた。

『金色の鷹』と『魔法樹の守人』の動かせるだけの人間を使って、エルフの少女を捜しまわらせた。

しかし、結局、彼女の行方を知ることはできなかった。

(まったく。チアルの奴、どこ行ったんだよ)

ロランがそんなことを考えながら自室の部屋に辿り着くと、郵便受けに封筒が入っているのが見えた。

(なんだろう?)

ロランが包みを剥がすと、中から出て来たのは、ひと束の銀髪と、血に 塗(まみ) れた手紙。

胸騒ぎを感じたロランは、急いで手紙の文面に目を通す。

「エルフの娘は預かった。

返して欲しくば一人で『森のダンジョン』7階層の洞窟まで来い。

ルキウス」

(ルキウス!? まさかこの血はチアルの……)

「チアルが危ない!」

ロランは部屋にあった剣だけ身に付けると部屋を飛び出してダンジョンへと急行した。

(くそっ。よりによってルキウスに捕まるなんて)

ロランは闇に沈んだ街を駆けていく。

そうしてロランが部屋を飛び出し通りの向こうに姿を消した後、物陰から一つの影がモゾモゾと動き始めた。

その人物はロランの部屋の前まで行くと、ロランが落として行ったルキウスからの手紙を拾いあげて胸元にしまい、ロランの後を追跡した。

ロランは『森のダンジョン』7階層の洞窟前の入り口に辿り着くと、木陰に身を隠して周囲の様子を伺った。

(7階層で洞窟というと、ここだけだったはず……)

地面から隆起した岩山にポッカリと空いた穴。

ロランは目を凝らして洞窟の内部を見ようとする。

しかし、夜の帳がおりたダンジョン内において、真っ暗な洞窟の内部まで見通すことはできなかった。

(ルキウスの奴、なかなか捕まらないと思いきや、ダンジョンのこんな場所に潜んでいたとは。どうする? 乗り込むか?)

ロランは剣の柄をぎゅっと握りしめた。

失敗は許されない。

もし、失敗すればチアルの命が……。

(必ず助け出す。チアルは僕のために祈りを捧げて、泣いてくれたんだ。彼女を死なせはしない!)

ロランの脳裏で彼女の泣き顔と弾けるような笑顔が交錯した。

ロランは再び洞窟を睨む。

(洞窟内には何か罠があるかも。ただでさえルキウスは元Aクラス冒険者。正面から行っては不利か?)

ロランは逡巡したが、それでも洞窟に入ることにした。

(迷っている暇なんてない。こうしている間にもチアルの身に危険が迫っている)

ロランは例の血塗れの手紙を思い出した。

今のルキウスは放っておいたら、何をしでかすか分からなかった。

ロランは洞窟に突入する。

ロランは洞窟に入ってすぐのところで、何かにつまずいた。

「っ、うわっ」

倒れそうになるところをとっさにバランスをとって踏みとどまる。

(なんだ? 罠か?)

急いで自分の足元に灯りを当てると、そこには血塗れになったディアンナが横たわっていた。

ロランは息を呑む。

(ディアンナ! まさか、ルキウスにやられて……)

彼女の状態は酷いものだった。

顔はかろうじて無傷のままでいるものの、体の至る場所から血が出ていた。

何箇所も刺されたことがうかがえた。

ロランはゾッとした。

やはり今のルキウスは普通ではない。

このままではチアルに対しても何をしでかすか分かったものではなかった。

ロランは洞窟の奥に向かって急いだ。

ロランはしばらく一本道を下っていたが、そのうち洞窟内の広い空間につながる出口へと辿り着いた。

そこからは明かりが漏れていて、人の気配がする。

ロランは壁に背中をつけながら出口の方を伺った。

すると、微かにうめき声が聞こえてきた。

少女のか弱い声だった。

「チアル! いるのか?」

ロランが開けた部屋に駆け込むと、足元に 短剣(ダガー) が飛んで来た。

「そこで止まれ!」

ロランは金縛りにあったように、走り込んだポーズのまま立ち止まった。

そのまま、首と目だけを動かして声が飛んで来た方向を見る。

そこにはチアルを抱きかかえたルキウスがいた。

「ルキウス……」

「よく来たなロラン」

「んんー。うーん」

猿轡を噛まされたチアルは、ロランに向かって必死に声を上げようとする。

ルキウスの腕を振り解こうと必死にその小さな体をよじって、抵抗している。

「チアル!」

「んー」

「動くな! 動けばその細い喉をこの剣で搔き切るぞ!」

ルキウスが持っている剣をチアルの喉に当てる。

チアルは首元に刃のヒヤリとした冷たさを感じて、ピタリと動きを止める。

ロランは素早くチアルの身体に目を走らせた。

彼女は猿轡を噛まされ、腕を後ろ手に縛られているものの、身体に外傷は無いようだった。

目もまだその輝きを失っていない。

ルキウスはまだ彼女に危害を加えてはいないようだ。

しかし、まだ安心はできない。

この後の展開次第では、チアルの身に危険が及びかねない。

「ルキウス。君の狙いは僕のはずだろ! チアルを、その 娘(こ) を解放しろ!」

「ククク。まだこいつを解放するわけにはいかんな」

ルキウスはげっそりと痩せこけた頰を歪めて笑いながら言った。

「ロラン、お前にはやってもらうことがある」

「何?」

「俺はお前のせいで、ここ数週間、まともな食い物にもありつけず、昼は暗い洞窟の中を彷徨い、夜は硬い地面に身を横たえ、常に警吏の目に怯えながら過ごしていたんだぞ。お前が『金色の鷹』のギルド長になっていい思いをしている間、ずっとだ!」

「……」

「それを今更、たかがお前の命を奪ったところで、そんなことで気が済むと思っているのか?」

「なら何が望みだ。街からの退避か? それとも金か? なら……」

「今更、そんな小金になど興味はない。俺が望むもの。それは『金色の鷹』ギルド長の席だ」

ロランはポカンとした。

(ギルド長の席だって? そんなバカな。警察に追われている身で、ギルド長になりたいなんて、何を言っているんだこいつは?)

何よりも彼は一線を超えてしまった。

ディアンナを殺害したのだ。

もう、後戻りはできない。

ロランはそう思いつつも、口に出すのは躊躇われた。

今のルキウスを下手に刺激するのは危険だった。

「ルキウス。ちょっと冷静になってくれ。君は今、警察に追われている身で……」

「黙れ! 俺はお前に全てを奪われたんだ。今度は俺がお前から全てを奪い返す番だ!」

「そんなこと言ったって……」

ロランは絶望的な気分になった。

ルキウスの要求は現実離れしたものだ。

彼はもう既に狂っているのかもしれない。

「しのごの言わず、さっさと準備をしろ。今すぐ『金色の鷹』のギルド長の椅子を俺に譲るのだ。さぁ早く! さもなければ、このエルフの長い耳をそぎ落としてくれるぞ!」

ルキウスはチアルの耳に刃を当てる。

刃がチアルの耳に薄い切り傷を付ける。

その痛みがチアルを過敏に刺激したようだ。

チアルが暴れ始める。

「んー! んー!」

「チッ、このっ、大人しくしろ!」

ルキウスがチアルを地面に組み伏せて頭を抑える。

剣を彼女の顔の近くに突き立てた。

「やめろ。その子に、その子にだけは乱暴をするな!」

「ロラン、あくまで地位を譲るつもりはないというわけか。ならいいだろう。こちらが本気だということを見せてやろう」

ルキウスはチアルの頭を踏みつけ、剣を振りかぶる。

「よせ! 何をする気だ!?」

「人質が必ずしも五体満足でいる必要はない」

「やめろぉ!」

ルキウスの剣がチアルの細い腕に向かって振り下ろされる。

ロランは急いで彼女の下に駆けつけようと、手を伸ばすが、この距離ではとても間に合わない。

その時、一本の矢がルキウスの腕に突き刺さった。

「ぐあっ」

ルキウスは矢の勢いそのままに体を後ろによろめかせ、倒れ込んでしまう。

チアルはその隙に立ち上がって、ロランの元に駆け寄った。

「んー、んー」

「チアル!」

ロランは走り込んできたチアルを受け止めて、猿轡と後ろ手に縛っている縄を解いた。

チアルはロランの足に抱きつく。

「わーん。ロランさぁん」

「チアル、大丈夫かい?」

「ううっ、ぐすぐす。ごめんなさい。勝手に抜け出したりして」

「いいんだ。よかった。君が無事で」

そう言いながらロランは周囲を見回した。

先ほど矢を飛ばした主を探すために。

「ぐ、うあああ。誰だ。よくも。俺の腕を」

ルキウスは腕を押さえながらうめき声をあげる。

まともに起き上がれないようだった。

与えられたダメージは相当なもののようだ。

射手の放った矢は、命中精度といい、威力といい尋常ではなかった。

達人の域と言っても過言では無い。

この街でこのような弓射撃ができるものと言えば……。

「大丈夫ですか。ロランさん?」

モニカが岩陰から現れる。

「モニカ!? どうして君がここに……」

「それは……」

「私が彼女に依頼しました。ロランさんの周囲を警備するように、と」

上空の岩の隙間から、スイッと杖に跨った魔女が現れる。

「リリィ!?」

「ルキウスが捕まらないこと。ずっと気にかけていました。そこでモニカの『ホークアイ』であなたの周囲を警備するよう、数日前から命じていたのです」

(そうだったのか)

ロランはようやくどうしてモニカが自分の動向を監視していたのか理解できた。

そこにさらに鎧を着た女騎士が走り込んで来る。

「ロランさん、大丈夫ですか?」

「ジル、君まで……」

「いざという時、彼女にもすぐ連絡が行くよう、モニカに指示を出しておきました。彼女はこの街でも指折りの 俊敏(アジリティ) の持ち主なので。さて……」

リリアンヌは補足するように言った後、ルキウスの方に向き直る。

「ルキウス。あなたの命運もここまでです。おとなしく警察に出頭しなさい。さもなくば……」

「う、ぐっ」

ルキウスはどうにか矢のダメージから立ち直って起き上がってはいるものの、今や彼は街でも名うての冒険者3人によって完全に包囲されていた。

モニカは遠目から矢を構えて狙っているし、リリアンヌは上空から杖をかざしている。

ジルはロランとルキウスの間に立ちはだかってその鉄壁の防御でもって、ロランとチアルを守っていた。

ジルはジロリとルキウスをにらんだ。

かつてはギルド長として尊敬の眼差しを向けていたその瞳には、今や軽蔑の感情以外の何物も宿っていなかった。

彼女は並ぶ者のいない美貌の持ち主だが、それゆえにその眼差しはどこまでも残酷だった。

逃亡生活に身をやつし、消耗したルキウスに耐えられるものではなかった。

「ひっ……」

「ルキウス。貴様、数々の不正と背任を冒しただけでは飽き足らず、このような年端もいかない少女を誘拐した上、ロランさんの命まで狙おうとするとは。外道が! そこになおれ。貴様如き司法の手に委ねるまでもない。今、この場で私が叩き斬ってくれる!」

ジルは剣を抜いてルキウスに詰め寄る。

「う、あ、あ」

彼の青白い顔はさらに青ざめ、痩せこけた顔はさらに痩せ細り、その顔を醜く歪めた。

ジルは冷笑を浮かべた。

「哀れだな。今の醜い化け物のような姿、それが貴様の真の姿というわけだ。化けの皮は剥がれた。ロランさんの評価と功績を盗み、偽りの王冠と玉座で身を固めたその報いだ」

ジルは剣を振りかぶる。

ルキウスは必死に後ずさりした。

「や、やめろ。俺は悪くない」

「何?」

「悪いのはソイツだ。ロランなんだ」

「貴様、此の期に及んで、まだわけのわからない言い訳を……」

「俺は悪くない。俺はソイツが、ロランがギルド長になれと言ったから……」

「そう。確かに僕は君がギルド長になれるよう様々な支援をした。君が栄光に浴するよう、自分はサポートに徹し、君に華を持たせ、自分の出世を後回しにしてまで」

「ロランさん?」

「僕は君がギルド長になるよう後押しした。君にはギルド長の資質があると思ったから。なのにっ……」

ロランはルキウスを鑑定した。

今、ロランの目にはルキウスのスキルとステータスがあるがままに映っていた。

それはロランの思い描いていたものには程遠かった。

「どうやら……、君は失敗作だったようだ」

ロランはその口調に強い失望をにじませながらそう言った。

「ロラン、貴様ァ!」

ルキウスは弾かれたように立ち上がり、ロランに襲いかかろうとする。

ジルは剣を構えるが、ロランは彼女の肩を掴んで制する。

「ロランさん?」

「半分は僕の罪だ。だから、僕の手で……」

ロランは持参した剣で、一刀の下、ルキウスを切り伏せた。