軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話 モニカの休日

ダンジョンから帰還したモニカは、24時間の睡眠を取った後で、クエスト受付所を訪れた。

モニカが受付で来訪を告げると、担当受付嬢のアーミラが現れる。

彼女はクラリアの代わりの担当者で、モニカだけでなくロランの部隊全員を担当している受付嬢だった。

「ようこそいらっしゃいましたモニカ様。こちらへどうぞ」

そう言ってアーミラはモニカを個室に通す。

個室に入るや否や、すぐにアーミラは頭を下げて来た。

「クラリアの件では、大変ご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした。今後はあのようなことがないよう努めていきますので、今後ともともよろしくお願いいたします」

「いえ、そんな。もう終わったことですし」

モニカは少しドキドキしながら言った。

というのもアーミラは迫力のある美人だった。

前髪のほとんどをアップにして一房だけ垂らしている髪型は受付嬢にふさわしい清潔感を感じさせた。

彫りの深い鼻梁、そしてこちらを射るような力強い瞳。

彼女の美しさからは一種の威厳すら感じさせられた。

彼女を前にしては謝られたモニカの方がかしこまってしまうほどであった。

しかし、彼女であればきっちり業務をこなしてくれるだろうという安心感はあった。

その自信のある態度と物腰、テキパキとした事務処理能力、話し方など、あらゆる観点から見て彼女は一流の人間であるように思えた。

事実、彼女はこのクエスト受付所の中でもエース格の存在だった。

「して、この度はどのようなご用件でしょうか?」

「はい。クエスト攻略の報告と冒険者クラスの認定で……」

「かしこまりました。ではクエストの内容を」

「はい。ストームバードの討伐です」

モニカは手元の鞄から『ストームバードの羽束』を取り出す。

「ほう。ストームバードを。これは凄い。『ストームバードの羽束』を見るのは私も初めてですね」

アーミラは羽束を受け取って感嘆したように言った。

「では真贋を確認させていただきますので、少々お待ちください」

彼女は『ストームバードの羽束』を受け取ると、スキル『アイテム鑑定』を発動させる。

『アイテム鑑定』はそのアイテムの真贋、質や性能、そして入手した経緯までをも鑑定することができた。

アーミラは『ストームバードの羽束』に込められた記憶を読み取った。

『ストームバードの羽束』は自らがどのように討伐されたかを伝えてきた。

アーミラの脳裏には、モニカがストームバードを討伐するその勇姿がありありと浮かんできた。

アーミラは『ストームバードの羽束』を様々な角度からじっくり見た後、納得したように目を閉じて『アイテム鑑定』を解除させる。

「ふむ。確かにこの羽束は、モニカ様が手に入れたもので間違いないようですね」

「はい」

アーミラは鑑定を終えると、モニカの方に向き直った。

「かしこまりました。ではこの羽束をクエスト受付所にクエスト攻略の証として納品する、ということでよろしいですね?」

「はい」

「かしこまりました。ではクエスト成功報酬と、Aクラス冒険者の認定を付与させていただきます。来週までには認定手続き及び登録手続きが完了するでしょう」

彼女はその場で書状を取り出して、自分の名前とモニカの名前を書き加える。

「こちらがAクラス冒険者の仮証明書となります。本証明書の方は発行され次第、日を追って送付させていただきます。クエスト報酬の振込先はギルド『魔法樹の守人』でよろしかったですか?」

「はい。よろしくお願いします」

「かしこまりました。ではこの後、Aクラス冒険者向けの講習を受けていただきます。お手数ですが、もう少々お付き合いくださいませ」

モニカは別室に移ってAクラス冒険者用の講習を受けた。

そこではAクラス冒険者としての職業倫理やメリット、クラスを維持するための月々のノルマなどを教えられた。

Aクラス冒険者には他の冒険者には公表されない特殊クエストを見ることができること。

またクラス維持のノルマとして、毎月ダンジョンの10階層に到達したことを証明しなければならないこと、Bクラスのクエストに成功しなければならないこと、などが説明された。

モニカがAクラス認定を受けるのと時を同じくして、『魔法樹の守人』本部では、ウィリクがロランから提出された報告書をせっせとチェックして、スパイ活動に励んでいた。

ウィリクはロランからの報告書を見て首を傾げていた。

そこにはモニカがストームバードを討伐して、Aクラスのアーチャーになったこと、シャクマとユフィネのスキルも順調に成長していて、今月中に少なくともBクラス冒険者になるであろうこと、ガーディアンを倒したため、今後は10階層よりも奥を探索すること、といった事柄が報告されていた。

(モニカがAクラスに? 何言ってるんだこいつは? そんなことありえないに決まってるじゃないか)

ウィリクはロランを哀れむかのように溜め息をついた。

(ロランさんも大変ですね。こんな虚偽報告書で成果をごまかそうとするなんて。まあ、これであの人にも現実が見えたことでしょう。来月からは私の下で現実に沿った指導をしてもらいますよ)

ウィリクはロランからの報告書を握り潰してゴミ箱に捨てた。

無論、この情報がルキウスに伝えられることはなかった。

モニカはクエスト受付所を訪れた後、『精霊の工廠』の工房を訪れていた。

ダンジョンから帰還して二日間は、休みをもらっていたため、『銀製鉄破弓』のメンテナンスをチアルにしてもらおうと思ったのだ。

モニカから『銀製鉄破弓』を受け取ったチアルは、台座に乗せてその消耗具合をチェックしていた。

「どうかな? チアルちゃん。私の『銀製鉄破弓』、問題ない?」

「ふーむ。少し弦が弱くなってますね。もしかしてモニカさん、弦を引く強さ手加減していませんか?」

「ええ、そうなのよ。もっと引きしぼりたいんだけど、あんまり強く引くと壊れちゃうかなって思って手加減しちゃって」

「やはりそうでしたか。ではモニカさんが使いやすいように弦の張力をもっと強くしておきますね」

「うん。お願い」

(モニカさんの弦を引く力、予想以上に強いな。これは思い切って強化しておいたほうがいいかも)

「モニカさん、他に何か不便なところなどはありませんか?」

「他には……特にないかな。チアルちゃんの『銀製鉄破弓』とっても使いやすいよ」

「むむ。そんなにですか」

チアルは自分の作った武器が褒められて誇らしいようなこそばゆいようなそんな気持ちになってくる。

「うん。だからしっかり整備してあげてね」

「任せて下さい。きっと以前よりも完璧に仕上げてみせますよ」

チアルはモニカに一人前扱いされて嬉しかったのか、有頂天になり、細い腕をまくって力こぶを作って見せる。

モニカはそんなチアルの様子を微笑ましく見守った。

チアルがハンマーや金具で弓のメンテナンスを行っている間、モニカは部屋の隅の椅子に座って彼女の作業を見守っていた。

(凄いなぁ。チアルちゃん。こんなに小さいのに錬金術ギルドのエースだなんて。私がこのくらいの歳の頃はまだ何にもできなかったな)

「それはそうとロランさんは、今日ここには来ないのかな?」

モニカが少し声を潜めて聞いた。

「ロランさんはまだ来ていないですね。ただでさえ経営者で忙しいのに、一人暮らしなんで色々と所用がかさばるみたいなんですよ。ここに来るのはいつもお昼前ですね」

「そうなんだ。それは大変だね」

「そうなんですよ。ロランさん独り身ですから。私が世話をしてあげてもいいんですが、なぜか私を家に入れてくれなくて」

チアルは腕を組んで難しそうな顔をする。

「あはは。そうなんだ」

モニカはチアルの無邪気さに笑ってしまった。

銀細工師と言ってもまだまだ子供。

大人の事情など知らず、自分はなんでもできると考えている、そんな年頃なのだろう。

(でもそっか。ロランさん、一人暮らしなんだ)

なんとなくロランのことを既婚者だと思っていたモニカは、独り身だと聞いて、ロランへの思いが微妙に変化するのを感じた。

それは心の奥底で密かに期待していたことが、現実となって、にわかに動き出した、そんな気持ちだった。

(今度、何か差し入れでも持って行こうかな)

ロランはモニカと行き違うようにして工房に顔を出すと、いつも通りランジュから報告を聞いた。

ランジュはいつも通り工房をきっちりと管理していて、滞りがなかった。

「とりあえず問題はなさそうだね」

「ええ、ただちょっと経営上のことで相談があって」

ランジュは少し声を潜めながら言った。

ロランはランジュのその様子からタダならぬ事情を感じた。

「分かった。打ち合わせしよう」

ロランとランジュは工員達に話を聞かれない、作業場からは隔絶された会議室に入り込んだ。

「銀が足りない?」

「ええ。以前から厳しかったですが、いよいよ厳しくなって来ました。このままだと今月どころか、今週も持たないかもしれません」

「今週も? そんなに足りないのか?」

「三つほど原因がありまして」

「順を追って説明してくれ」

「まず、『銀製鉄破弓』を始めとする特注武器に予想以上に銀を使ってしまいました」

「う、やっぱりそうか」

ロランは苦々しい顔をした。

当初の予定になかった急な用件であった上に全てのパーツを銀製にするというのは無茶な要求であることは分かっていた。

「メンテナンスにも『銀A』を使わなければならないだろうね」

「そうですね。このまま武器のクオリティを維持するなら」

「分かった。他の原因は?」

「二つ目の原因はチアルさんです」

「チアルが原因? 一体なんで?」

「前述の通り、銀Aが足りなくなりそうだったので、銀Bや銀Cで銀器を作ってもらおうと思ったのですが、いざ彼女の所に銀を持って行くと『こんな劣悪な銀使いたくない』と言い始めて。アーリエさんの所に苦情を言いに行ってしまって」

「……そうか。そんなことが」

「その時は間に入って事なきを得たんですが……、こう言ってはなんですが、さすがに今度ばかりはチアルさんの言う事はあんまりですよ。アーリエさんは別に悪くありませんし。いくら何でも銀Aばかり使っていては工房の経営は成り立ちませんよ」

ランジュは憤懣やる方ないといった感じで言った。

実際、ここ最近チアルは増長気味で、そのワガママは目に余る物があった。

「確かに。チアルのことはちょっと甘やかしすぎたかもな」

「そういうわけで銀A以外で製品を作ってくれない状態は相変わらずです。なので今、工房では銀Aにならない銀鉱石は精錬していない状態です。銀Bや銀Cを作っても在庫が増えるだけなので」

「そうか……分かった。チアルについては僕の方でなんとかしておく。最後の問題は?」

「これです」

ランジュは手紙を差し出した。

エルセン伯からの手紙だった。

「これは?」

「知り合いの貴族が大量の銀器を必要としているから作ってあげて欲しいとのことです」

「このタイミングでか」

ロランは悩ましげに額を手で押さえた。

「ええ。ただでさえ現在、受注してる分の銀が足りないのに、こうしてまた大量の銀器が発注されたとあっては、対応し切れません。というわけで、銀鉱石のストックは足りませんし、職人は銀A以外で銀器を作ってくれませんし、追加の発注はかかるわでどうしようもなく銀が足りない状態です。早ければ今週中に銀が足りなくなってしまいます。何か対策を考えないと」

「そうか」

ロランはしばらく腕を組んで考えてみた。

「分かった。一つ考えがある」

「というと?」

「エルセン伯に相談してみる。銀鉱石を供給してくれる業者にアテが無いかどうか」

ランジュは苦々しい顔をした。

「ロランさん。経営の難しいことは分かりませんが、客にこっちの仕事を手伝ってもらうっていうのは、それは店としてどうなんですか?」

「道理にそぐわないことをしているのは分かっているよ。けれどもエルセン伯だって銀器は欲しいわけだし、『精霊の工廠』を支援して育てたいと思っているはずだ」

そう言ってもランジュは納得いかなそうに不満気な顔をしていた。

ロランは苦笑した。

彼の真面目さと、一徹さと、そして若さに。

「そんな顔するなよ。『捨てる神あれば拾う神あり』って言うだろ? 昔は僕も全部自分の力でどうにかしないといけないと思って、自分で自分を追い詰めていた。けれども案外、困っていることを打ち明ければ助けてくれる人もいるもんだよ」

(僕が困窮していた時、リリアンヌさんが助けてくれたみたいにね)

ロランはエルセン伯への手紙に返事を書いた。

新しい銀器の発注についてですが、今、少し難しい状況なので、直ちに返事することはできない。相談に乗っていただきたいことがあるので、よければお会いできませんか、と。

それが終わるとロランはすぐにチアルを説得すべく『森の工房』へと赴く。

チアルはロランの姿を見ると無邪気にはしゃいで、再会の喜びも露わに、満面の笑みを浮かべ抱きついてくる。

「チアル。銀Bや銀Cで銀器を作るのを拒んでいるそうだね」

そう言うとチアルはさっと笑みを潜めて、距離を取り、警戒態勢に入る。

いくらロランとはいえそのことに関しては譲るつもりはない、とでも言いたげな態度が言外に現れていた。

「そう。警戒しないでくれ。銀Bや銀Cが役立たずだと考えるのはこの銀器を見てからにしてくれないか?」

ロランはカバンから一つの銀器を取り出してみせる。

それは銀Cと鉄、ルビーなどの宝石が組み合わされた一品だった。

(これは……)

チアルはその銀器を見るや否や先ほどまでの警戒体制などすっかり忘れて一心に見入った。

それは見るものが見れば粗悪な銀が使われていると一目で分かるものだった。

しかし、その粗悪な銀のくすんだ色が、むしろ宝石の美しさを引き立てていた。

(私は今まで最高の銀を最高の形にすることしか考えてこなかった。でもこれはあえて粗悪な銀を使うことで最高級の銀ではできないことをしている)

そうと分かるとチアルは先ほどまでのこだわりなどすっかり忘れて、机に向かい合い、設計図を書き始めた。

そこにあるのは、子供っぽく駄々をこねていた少女ではなく、一人の職人の姿だった。

ロランはそれを見て満足する。

(やっぱり職人には現物を見せるのが一番だな。とりあえずこれでチアルの問題は解決か)

ロランはチアルの問題を解決すると、精錬工房の方にランジュ宛に手紙を書いて、チアルが粗悪な銀器を使った設計図を書いているから、銀Bと銀Cの生産を再開させること、彼女の設計図を受け取り次第、他に必要な金属を揃えることなどを指示した。

銀以外の金属については特に締め上げもないため、造作も無く手に入るだろう。

これらの仕事を終えるとロランはまたクエスト受付所の方に出向いた。

工房の問題を一段落させたロランだが、今度は特別顧問としての仕事が待ち受けていた。

10階層を探索するための部隊を早急に編成しなければならない。

(これ以上部隊の育成を邪魔させやしない。敵の体制が整う前に、速さで圧倒して振り切る!)