作品タイトル不明
昼下がり
――ある日の昼下がり。
俺は、レフィと、そしてサクヤと共に、旅館の方でゆっくりしていた。
眠っているサクヤを二人で見ながら、俺達もまたその隣で、横になる。
昼寝をする訳ではなく、畳の上で肘を付いて頭だけを起こし、我が子と、そして我が妻を眺める。
安心し切った様子で可愛らしく寝入っているサクヤと、眠るサクヤの頭を優しく撫でるレフィ
一気に大きくなったセツ程ではないが、サクヤもまたどんどん大きくなり、リウのようにハイハイ出来るようになる日も近いだろう。
嗅ぎ慣れた妻の香り。
華奢で、柔らかく、だが誰よりも強いその肉体。
レフィに触れ、密着しない程度に抱き締める。
「熱いぞ、ユキ」
「おう、離れるか?」
「……フン」
鼻を鳴らすレフィ。
こういう時、コイツは憎まれ口を叩くが、しかし決して離れろとは言わないのである。可愛いヤツめ。
「全く、甘えん坊の夫め。この子が大きくなった際、そんなでれでれした姿を見せておったら、げんなりされるぞ」
「おう、息子には、男は生物学的に女には勝てないし、妻には尻に敷かれるものだということを教えてやろうと思ってな」
男とは好きな女の前で見栄っ張りになるし、子供っぽくなるし、デレデレになる。そういう生き物だ。
「お主が教えずとも、我が家で暮らしておれば嫌と言う程そのことを知るじゃろうよ」
「はは、まあそうだな。なら気にせず俺はお前らに甘えて、存分にげんなりさせてやるとしよう!」
「おぉ、可哀想な我が息子じゃ。果たしてお主に心を休める地はあるのか」
「ペット達の方に逃げそうな気もするな。アイツら、サクヤになんかすごい懐いてるし」
ヤツら、リウとサクヤのどっちにも懐いてくれているのだが、とりわけサクヤに対しては、『魔物達の王』とかいう例の称号があるからか、仕える日を心待ちにしている節があるのだ。
リウが友達なら、サクヤは主といった感じだろうか。フラットな視線なのはセツくらいである。
お前ら俺のペットのはずなんだが……いや、ウチの息子が相手なら全然いいんだけどさ。
ちなみに、全然物怖じしないサクヤと違って、感覚が鋭いためちょっと怖がりなところのあるリウだが、割とおどろおどろしい姿をしているオロチとか見ても別に怖がらずに普通に喜ぶので、ヤツらがペットであることはすでに理解しているのだろう。
なお、リウとサクヤの二人ともが大好きで、現れると大喜びになるのは、セイミだ。あのふよんふよんとした水玉の動きが、赤子には大ウケするらしい。
「カカ、確かに。リルとか、儂らの息子を背中に乗せる日を楽しみにしておるようじゃからの。お主と同じくらい張り切っておるし、成長を楽しみにしておる感じではないか?」
「な。なんかすごい気合い入ってるよな。己の忠義の見せどころ、みたいな感じで」
「何をもってお主のような阿呆に忠義を捧げておるのか、儂はいつも疑問に思うがの」
「何を言う、俺程支え甲斐のある男もなかなかいないだろ?」
「そうじゃな、赤子並に目が離せぬものな」
「二十四時間目が離せないってそれはもはや恋では?」
「すでに結婚しておるから、のーかんじゃな」
「何がノーカンなのかわからんが、そうか。つまりレフィの俺への愛情は、カンストしている、と」
「戯け」
「否定はしないんだな?」
「……フンッ!」
「いてっ」
ぺしっと食らうデコピン。
だが俺は、笑っていた。
「お主への愛情など、リウとサクヤの二人に対するものと比べれば、十分の一程度の微々たるものじゃ。あまり調子に乗るでないの!」
「この子らに対する十分の一でもあるんなら、大満足だ。お前は誰よりも……魔境の森の、雲を突き抜けた山脈より愛情深いしな」
「……そうか?」
「そうさ。お前をずっと見てきた俺が言うんだ。間違いない」
「……全く、調子の良い男じゃ」
レフィは一度だけ俺を見て、それからこちらに背を向け、しかし俺の腕の中にすっぽりと納まるような位置に移動する。
「おう、サクヤにげんなりさせないんじゃなかったのか?」
「そうは言っておらん。儂はお主の妻じゃからな。ある程度までなら夫には付き合ってやろう」
「やったぜ。悪いな息子よ、レフィは俺のものだ!」
「阿呆、そんな訳あるか。儂はサクヤ達の母じゃ!」
「ダメダメ、認められんな」
「駄目って何じゃ、駄目って。それを決めるのは儂じゃろうが」
「母は子のものかもしれんが、妻は夫のものだ。つまりお前の半分は確実に俺のものってことだ! 子のものは俺のもの、俺のものは俺のもの、だな!」
「なんという夫、なんという父じゃ……だが安心せい、サクヤよ。お主のために、この最悪な男は儂が抑えてやるからの。此奴の横暴から、お主のことは必ず守ってやる!」
「フハハハ、魔王の息子として生まれたんだ。である以上、困難と理不尽に耐えて育ってもらわねばな! 魔王という存在の傍若無人さを、息子達にはその身をもって味わってもらうとしよう!」
「させぬぞ、我が夫よ。母たる儂が、全身全霊でお主の無茶を止めてやる」
「いいだろう、父と母との激突だな!」
打てば響くような、冗談の言い合い。
レフィとこれだけ共にいて、気まずい空気などを感じたことは一度も無く。
ただ、共にいるだけで楽しく、心地好い。
ギュッと抱き締めているだけで、これ以上無い安心感が溢れ、じんわりと胸が温かくなるのだ。
――多分、もう……物語の中心は、この子らに移ったのだろう。
父と母とは脇役に過ぎず、俺達の世界は、今その真ん中に、二人がいるのである。
だが、それで良いのだ。
別に、子供のために親として何でも諦める訳じゃないし、これからも俺は、俺達は好き勝手に生きるだけだが……子供を全力で愛すこと。
今の俺達は、それが、本望なのだ。
クサ過ぎて、人に言ったら笑われそうな思いに、我ながら少し笑みが零れる。
「? 何じゃ?」
「いや、ウチの子が可愛過ぎて天使だなと思って」
「それには心の底から同感じゃ。しかし、リウは良くとも、男の子じゃと天使はちと嫌がるかもの」
「じゃあ、悪魔」
「いやそれは何か、違くないか……?」
外から入り込む風。
縁側に陽射しが入り込み、穏やかな昼の風景が、覗いている。
心休まるひと時。
ふと、レフィは俺の手に自身の手を重ねる。
絡む指。
きゅっと握ってやると、彼女もまた、握り返してくる。
「…………」
「…………」
レフィは、こちらを見る。
俺は、彼女と顔を近付け――口付けを交わした。