作品タイトル不明
調整
――魔境の森。
俺にとってこの場所は、以前はただただ恐ろしい場所であったが、今はもうこの森に愛着すら湧いている。
人が住むには全く適さないここが、今はもう俺の唯一の故郷なのだ。
仮に、他の場所にダンジョンを移動することが出来る、なんて言われても……多分、移動しないだろう。
住めば都とは、よく言ったものである。
つっても、まだまだこの森の脅威は健在だ。特に西エリアに関して言えば、俺達よりも強い魔物もまだまだいるため、勝手知ったるとはいえ油断は出来ない。
まあ、今日ここにやって来たのは探索ではなく、エンの調整のためなので、西エリアの浅層より奥に行くつもりはないんだがな。
そんな、比較的余裕のある状況であるため、現在俺とエンと、リルを含めたペット軍団と共に、セツも付いて来ていた。
「怖かったら無理しなくていいんだぞ、セツ? 流石にこの辺りの魔物は、セツじゃあ手も足も出ないしな」
「く、くぅ!」
もうすでに大型犬のサイズがあるセツは、ちょっと怖がりながらも「だ、大丈夫! お父さん達がいるから!」と健気に鳴いてみせる。
成長著しい彼女は、すでに狩りも数回経験しているそうで、流石フェンリルの血筋と言うべきか、ヒト種の一般的な冒険者が苦戦する程度の魔物ならば一匹で狩れるようになっているようなのだ。
己で狩ったらしい魔物を口で掴みながらダンジョンまでやって来て、「くぅ!」と誇らしげに鳴いていたのを、みんなで褒めちぎったものである。
が、その時は、急に現れた魔物の死骸にビックリしたのか、リウとサクヤはギャン泣きになり、それに慌てたセツは血まみれのまま二人をあやそうと舐めたりして、二人も血まみれになって酷いことになり、なかなかカオスな場になった。
事態の収拾を図ろうとする妻軍団の横で大笑いしていたら、怒られたものである。
狩りが行えるようになったためセツのレベルも上がり、現在『25』。順調な成長だ。
リルとリル奥さんの英才教育もあるのだろうが、いやはや大したものだ。というか、フェンリルという種の凄まじさを垣間見た気分である。これでまだ、一歳にもなってない訳だからな、セツは。
龍種程ではないとはいえ、やはり彼らもまた、この世界においてヒエラルキーの頂点に近い位置に君臨する生物なのだ。
おっちょこちょいなところさえ治れば、その内リルくらいまで強くなるだろうか。いや、むしろおっちょこちょいなところが最高に可愛いのだが。
『……ん、セツ、偉い。セツは必ず、強くなる』
「くぅ!」
「はは、良かったな、セツ。エンのお墨付きだぜ? 将来が楽しみだ。――リル、今日はお前、前に出るなよ。索敵はオロチ達に任せるから、お前はセツを守ることだけに集中するんだな」
「クゥ」
頭を下げるリルをわしゃわしゃと撫で、それから俺は、我がペット軍団へと指示を出す。
「よし、お前ら、ちょうど良さそうな魔物の気配を感じたら教えてくれ! 頼んだぜ!」
我がペット達は、各々返事をし、付近に散って行った。
俺も野生の感覚は鋭くなってきたと自負しているが、それでも実際に日々森で生きているコイツらの方が、それらは圧倒的に優れているからな。
特に魔境の森は、生物が多過ぎて気配ばっかでよくわからなくなるのだ。とりわけ強いヤツじゃなければ、俺では区別が付かない。
それにしても、浅層とはいえ、西エリアに一匹で放つことが出来るようになった辺り、我がペット達も頼もしくなったものである。今ではもう、そこらの国軍程度なら一匹で返り討ちに出来る強さはあることだろう。
軍事に関しては、我が家で最も詳しいネルの言葉なので、間違いない。
――そうして、西エリアに入って十分もしない内に、ダンジョンの『遠話』機能を使って、空から広い範囲を見渡していたヤタが俺に連絡を入れる。
やはりこの森は魔物が多いため、もうちょうど良い敵を見つけたらしい。
「お、ヤタが見つけたみたいだ。そっち移動するか」
「クゥ」
「く、くぅ!」
「セツ、リルから離れるんじゃないぞ。大丈夫だ、お前の父ちゃんは、必ずお前を守ってくれるからな」
「……くぅ!」
俺達は、ヤタが示す方向に向かい――そこにいたのは、スピノサウルスみたいな恐竜。
『ヴォロロロロッ!!』
俺達を見ても逃げず、ここは己の縄張りだと、威嚇するように背中の帆を震わし、鳴く。
牙を剥き出しにした、野性味を感じるフォルムであることだ。
その鳴き声に、セツが「きゃう……」とビックリしたように声を漏らし、リルの股下に隠れる。尻尾が足の間に隠れてしまっている。
はは、身体は大きくなったが、やっぱりまだまだ子供だな。
……いや、このサイズの魔物は、普通は怖いか。考えたら、昔の俺だったら泣いて逃げるレベルだわ。
オホン、とにかく、確かにちょうど良さそうな魔物だ。
決して弱くは無いし、というかむしろ強い方だろうが、今の俺とエンならば問題無く倒せる相手である。
「うし、俺も本格的な戦闘は久しぶりだし……肩慣らしと行くか!」
『……エンも、刃の錆を落とす。血で』
やる気満々な様子で、なかなか怖いことをおっしゃるエンさんである。
「お、おう、やる気満々だな、エン。……実は今日、楽しみにしてた?」
『……当たり前。主と、久しぶりのしっかりとした狩り。これがエンの本懐で、エンの生きる意味』
「……そうか。よし、そんじゃあ今日は、めいっぱい斬りまくろうか!」
『……ん!』
そして、魔物の辻斬りが発生する。
◇ ◇ ◇
――多分、三時間は狩りを続けていただろうか。
森の中を駆け回り、良さげな奴を片っ端から斬り捨てていく。
死骸をDPに変換したり、食肉として残したりする作業は、今回は全てリルに任せてしまい、俺達はただひたすらに戦い続ける。
こういう時に、リルに権限を持たせておいて良かったと思うものだ。
日々、実際に縄張りを歩いて俺のダンジョンを熟知しているリルは、ダンジョン管理人として最高のペットだと言えるだろう。最近もう、俺よりラスボスっぽいし、リル。
ただ、それだけリルが頼れるせいなのか……他のペット四匹、オロチ、ヤタ、ビャク、セイミがこう、なんか、かなり適当なんだよな。
勿論、いざという時はしっかり頼れるし、強さに関して言えば何にも文句は無い。今日でわかるように、随分強くなった。
が、日常の時だと、何かあっても「まあリルが解決してくれるでしょ」といった意識が垣間見え、実際リルが何とかしてしまえるので、「自分達は下っ端でいいや」なんて考えているのが透けて見えるのだ。
俺としては、コイツらにももっと中ボスとしての意識を持ってほしいのだが……俺自身、色んな面でリルに頼りっ放しなので、あんまり強く言えないのである。
で、普段がそんな適当なせいで、苦労するのがリルと、俺のペットではない、個人的にリル達が配下にしている魔物軍団である。
あと、以前ローガルド帝国から俺が連れ帰った狼君。
彼が、ウチのペット軍団とその下との連絡役というか、調整役をやってくれているようで、日々こき使われて苦労しているらしい。
二代目苦労狼だ。なお、一代目苦労狼も現役である。
そんな感じで、久しぶりにがっつりと魔物を狩り続け、ペット達との時間を過ごしていると、気付けばすでに日は傾き始めており。
ただ、こんなに動き続けても、俺の肉体はまだまだ元気そのもので、疲労もほとんどない。ここからさらに同じ時間を戦い続けても、多少疲れを覚えるくらいかもしれない。
「よし……試し斬りはこんなもんで十分か?」
『……ん。とても……とても、楽しかった』
「はは、そうか。なら良かった」
非常に満足そうな様子のエン。
生き物を斬って満足と言うと、大分アレな感じもするが、実際エンは刀なのでそれもしょうがないだろう。
エンの言う『刀の錆』も取れたのか、確かに最後の方は最初よりも斬りやすくなり、硬い敵を一刀で斬り捨てることが出来ていた。
斬り口も見事なもので、エンの戦闘における微調整は上手くいったのだろう。
「セツも、お疲れ様。よく最後まで付いて来たな」
「くぅ……」
一日俺達に付いて森を回り、くたくたな様子のセツ。
だが、それでもしっかり一緒に最後まで森を回ったので、大したものだろう。
「今日はウチに来て、良い肉いっぱい食おうか。幸い、美味そうな肉はリルが確保してくれたからな」
「! くぅ!」
労うように撫でながらそう言うと、途端にセツは目を輝かせ、ブンブンと尻尾を振り始める。
「クゥ」
「はは、気にするな、リル。セツは今日頑張ったからな」
『……ん。実際セツは頑張った。ご褒美あげないと』
「くぅ、くぅくぅ!」
「勿論いいぞ。だそうだ、リル。今日は奥さんも連れてウチに来な。一緒に晩飯食おうぜ。――オロチ、ヤタ、ビャク、セイミ、お前らもありがとな!」
そうして俺達は、満足して家に帰った。
久しぶりのがっつりとした狩りは、正直俺も楽しかったのだが、そう思ってしまった辺りすっかり俺も、この世界に染まっているのだろう。