軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シィの冒険《4》

「これは……確かに何かあるの。結界……いや、ユキの言う通り空間魔法か。レイラ、どう思う?」

「……二つ、空間軸が重なっているように感じられますー。表と裏の二つがありますが、特定の入り方をしなければ、弾かれて表に出されるという感じかとー」

「やっぱりそう思うか」

一度皆のところへ戻った後、俺はレフィとレイラを連れ、『マップ』を取得出来ない区域へと歩いて向かった。

今いるのは、その境目だと思われる地点。

レフィとレイラは、二人とも難しい顔をしながら辺りを見渡し、空間の差異の調査を行っている。

「この中に、二人がおると?」

「あぁ。この区域だけ『マップ』が取得できないんだが、近辺にお前ら以外の味方を示す表示が存在しなかった。そう遠くまで行ったとは考えられないから、となるとシィとサクヤはこの中にいるんだろう」

ウチの家族はともかく、護衛の人らも見失ったというのは、これが原因だったのかもしれない。

神隠し。

……少し、焦りを覚える。

「――シィ、聞こえるか?」

『あるじ! どしたの~?』

変わらず、元気な声。

彼女らの方に、問題はないようだ。

「俺達、多分近くまで来てるんだが、二人が見つからなくてな。今、どこにいるんだ?」

『ええっとねぇ、おにわ!』

庭……?

この中に、そんなものがあるのか?

『いまね、おにわのおさんぽしてるの! だから、ゆっくりきてくれていいよ!』

「……わかった。とりあえず、無事なんだな?」

『ぜんぜん、だいじょーぶ!』

その会話を最後に、俺はシィとの『遠話』を終える。

「シィは何じゃと?」

「庭で散歩してるって。どうやらこの空間の裏には、庭があるらしい」

「ふむ……? まあ無事なら良いが、しかし何故こんなものがこんな首都のど真ん中にあるんじゃ。これ、恐ろしく精緻な魔法じゃぞ? 儂も、ここまで近付かんかったら感じ取ることが出来んかった」

「さあな……お前ですら気付けないとなると、多分船長らもここにこんなものがあるなんて、知らないだろうよ」

たまたま、位置が重なったのか。

それとも、 ここに(・・・) それがあるから(・・・・・・・) 、ここに都市が出来上がったのか。

「――よし、大体わかりましたー。こうですねー」

そう言って、レイラが何か魔法を発動したかと思いきや、次の瞬間辺りの空気が一変する。

喧騒が遠のく。

静謐。

時が止まったかのような感覚。

景色は変わらないのに、まるで全く別の場所へとやって来たかのような。

「うおっ……何したんだ、レイラ」

「ここに『裏』があることはわかりましたからー。『表』の座標から解析を行って、接続しましたー」

何を言っているかわからないが、とりあえずレイラがすごいことだけはわかった。

「……すげぇな、レイラ。レフィ、お前出来るか?」

「いや、無理じゃ。こんな細かな魔法の使い方は、儂が最も不得意とするところ。無理に手を出そうとして、魔力が暴発して周囲を更地にしかねん。すごいの、レイラ」

「フフ、この手の解析は私のお師匠様が得意でして、しっかり教えてもらいましたからー。ただ……これだけでは、二人のところへは辿り着けないようですねー」

そう、空気は変わったが、辺りの風景は変わっていない。

ここが『裏』なのは間違いないが、建物が軒を連ねている様子は変わらず、シィの言っていた庭らしきものも見当たらない。

何より、俺は未だこの空間の『マップ』を取得出来ていないのだ。だから、二人の位置がわからない。

「これだけ手が込んでるんじゃ、そう簡単に見つかるもんでもないじゃろう。恐らくはここに入る手段と同じように、迷路を辿らんとならんのではないか?」

「……いったいどうやって、二人はそんなとこまで入ったんだろうな」

「シィは無理じゃな。しかし、サクヤがおる」

「……ありそうだな」

レフィの言葉に、納得する。

サクヤには、俺達でもわからない力がある。それが作用して、謎の空間に引き寄せられる、なんてこともあるのかもしれない。

精霊王に、波乱万丈に生きるだろうと言われているのだ。これくらいのことはすると、俺達親は思っておかないといけないのかもしれない。

「何にせよ、私はまず、『裏』の情報収集を行いたいですー。闇雲に動いても見つからないでしょうからー」

「わかった、そうしよう。レフィはどうだ?」

「異論はない。今しがた言うたが、まだ二人の気配を感じられない以上、この『裏』からさらにもう一つ別の領域に入る必要があるのじゃろう。シィが言っていた庭とは、そういうことじゃと思う」

全く、俺達は不思議探検じゃなくて、観光に来たはずだったんだがな……。

◇ ◇ ◇

『今ノハ、オ前ノ主カ?』

「うん! で、サクヤのパパ! シィたちをさがしてくれてるの」

『ソチラト合流センデ良イノカ?』

「うん! いまは、ムクロのおじちゃんとのおはなしのほうが、だいじだよ!」

『……ソウカ』

のっしのっしと歩く獣の骸骨の隣を、シィはベビーカーを押して歩く。

川のせせらぎ。

木漏れ日がシィ達の進む先を照らし、花の香りが漂っている。

庭園は、シィが思っていた以上に広く造られていた。

四方は建物の壁のようなもので囲まれているが、空間が変質しているためあの壁を超えることは不可能であるらしく、特定の手順を踏まないとこの庭園に入り込むことは不可能であるらしい。

だから、入り方の知らない者が偶然ここまでやって来る可能性は、ほぼ皆無なのだ。

シィは、ここがダンジョンではないと思っていたが、家の草原エリアと似たような特徴があったため、問い掛ける。

「ここって、もしかしてダンジョンなの?」

『イヤ、迷宮トハ違ウ。ダガ、近シイモノデハアル。空間ヲ形成スル魔力的要素ヲ、コチラハ魔法デ維持シナケレバナラナイガ、迷宮ハ何モセズトモ――アー……ツマリ、親戚クライニハ近シイモノダ』

「なるほど! しんせきさんだね!」

親戚の部分だけ理解したシィである。

獣の骸骨は、一瞬苦笑するような素振りを見せるも、再び楽しそうに庭園の説明へと戻る、

自らの宝物を、自慢するかように。

あくまで厳かな口調ではあるが、彼のフリフリと揺れている骨の尻尾が、感情の全てであった。

シィも、自分の宝物を誰かに話す時は自然と嬉しくなってしまうので、何となく微笑ましく思いながら、ニコニコと彼の説明を聞く。

『――ト、スマンナ。自慢ノヨウナ話バカリデ。アマリ面白クモナカロウ』

「ううん! ムクロのおじちゃんの、あいがつたわってきて、いいかんじ!」

『ソ、ソウカ……ソンナニ、声ガ弾ンデイタカ?』

「みんなそうだよ! じぶんのすきなことにたいしては!」

無邪気な、心からそう言っているのだろうということがわかるシィの様子に、獣の骸骨は少々気恥ずかしさを覚え、誤魔化すようにオホンと一つ咳払いする。

『最後ニ、見セタイモノガアル』

そうして、彼に連れて行かれ――そこにあったのは、祠だった。

石造りの、庭園と一体化しているような祠で、しかしこれだけは何故か庭園の他のものとは違い、段違いに古くなっているのがわかる。

だが、シィの視界に、祠は映らない。

その時、彼女が目を奪われていたのは、祠の中心にある――白い、 骨のような(・・・・・) 材質の何か。

ご神体とでも言うように、祠の中心にプカプカと独りでに浮かんでいるそれは、あまりにもボロボロで、一見すると何だかわからないが……柄と鍔らしき形状からして、恐らくは剣だろう。

しかし、刀身は存在しない。根本から完全に折れており、ナイフ代わりにすらならないような有り様である。

わずかにだけ残った刀身に素手で触れても、恐らく全く怪我しないであろうというボロボロさである。

そんな、明らかに攻撃力皆無な剣だが……そこから放たれる圧力は、それがただの壊れた剣ではないことを示していた。

物理的にぺしゃんこにされてしまいそうな。

それは、レフィが敵対者に見せる時の敵意よりも、なお強い圧力。

ここまで恐れを一度も見せなかったシィが、初めて怖気付く。

思わず後退りしそうになり、だがそんな彼女を勇気付けたのは、サクヤだった。

「あぅ、うぅ」

大丈夫だよ、と言うように、サクヤが短い手を伸ばし、ベビーカーの横に立っていたシィの手を掴んでいた。

その手に勇気付けられ、シィは獣の骸骨へと問い掛ける。

「おじちゃん……あれは?」

『コノ庭園ノ、核ダ。コレガアルカラ、ココハ存続スルコトガ出来テイルシ、俺モマダ意識ヲ保ツコトガ出来テイルノダ』

そう言って、獣の骸骨は祠へと近付くと、朽ちた剣を慎重に口に咥える。

そしてそのまま二人の下へと戻ると、どういうつもりか、そっとベビーカーに引っ掛けた。

サクヤが怪我しないよう、十分に気を付けながら。

『シィ、サクヤガ大キクナッタラ、コノ剣ヲ渡シテクレ』

「……いいの? だいじなものなんでしょ?」

『アァ。ダガ、モウ良イノダ。我ガ身ガ朽チ果テル寸前ニ、 神代ノ香リ(・・・・・) ヲ持ツ者(・・・・) ガ現レタ。コレガ、俺ノ役目ダッタノダロウ』

「しんだい……?」

『遥カ遠イ、過去サ。過去ノ遺物ノ役目ハ、現代ヲ生キル者ノ手助ケヲシ、命ヲ紡グコト。……クカカ、 命ヲ謳エ(・・・・) 、カ。懐カシイ』

その言葉の意味を、シィは知らない。

ただ、何となく、良い言葉だと思った。

胸にスッと入ってくる、活力に溢れる言葉だと思った。

「いのちをうたえ……なんだか、いいことばだね!」

『ソウサ。我ガ主ノ、ゴ友人ノ言葉デナ。酒ニ酔ウト、口癖ノヨウニ言ッテイタ。我ガ主ハ、辟易シタヨウナ顔ヲシテイタガ、内心デハ、ソノ言葉ヲ気ニ入ッテイタ。トテモナ』

「なかがよかったんだね!」

『アァ。オ前達ノ家族ノヨウニナ』

獣の骸骨は、機嫌の良さそうな声音のまま、言葉を続ける。

『ソノ剣ハ、絶大ナ能力ガアル。ダガ、今ハ眠ッテイル状態ダ。無暗ニ使ッテハナラナイ。大イナルモノハ、時ニ災イヲ招クコトニナル』

「うん……それは、わかるよ。ちゃんと、あるじと……サクヤのパパとママと、そうだんするよ」

獣の骸骨は、満足そうに頷く。

『剣ノ銘ハ、ハルデイース。聖句ハ――勇ヲ示セ、我ガ剣ヨ』

「ゆうを、しめせ……」

『ソノ剣ハ、重ク、耐エラレヌ時ニコソ抜ク剣。ソノコトヲ、サクヤニ教エテアゲテクレ』

「うん……わかった」

慈愛の籠った眼差しを二人に向ける獣の骸骨は、真面目な口調を変化させ、少しおどけたように言葉を続ける。

『ソウソウ、シィヨ。実ハ俺ニ肉ガアル時ハ、ムクロ、デハナク、別ノ名ガアッタ。聞イテクレルカ』

「ムクロのおじちゃんの、べつのなまえ? ……きかせて」

『ウム――俺ハ原初ノ魔族ガ配下、番犬サーベラス。ダガ、今ハ、タダノムクロ。シィト、サクヤノ友人ノ、ムクロダ』

彼が名乗る、その意味を。

シィは、朧げながらに理解していた。

「……うん。ぜったいぜったい、ずっとおぼえとく」

獣の骸骨は――サーベラスは、笑った。

次の瞬間、突如としてシィの視界が揺らぐ。

まるで、目覚めの前の、夢現の時のように。

庭園の風景が呆けていき、静謐と、木々の香りが急速に遠のいて行く。

最後に、二人の耳に言葉だけが残り――。

『シィ、サクヤ。オ前達ト会エテ、良カッタ。アリガトウ』