作品タイトル不明
レイラの一日
朝。
「レイラ、朝っすよー」
陽が昇ってすぐ、というような時間帯に、レイラは同僚――いや、家族の声で、夢現の意識が急速に浮上する。
「ん……おあよう……おはようございますー」
「あはは、レイラは朝、本当に可愛いっすねぇ」
「……うるさいですよー」
朝が早く、寝覚めが非常に良いリューに笑われ、だんだんと明瞭になっていく意識。
レイラは、意外と朝が弱い。
ユキ達には「唯一の弱点」と冗談交じりに言われることもあり、実際自分でも朝が弱いことは自覚している。
単純に夜遅くまで起きているから、ということもあるが、早くに眠った日でも皆より遅くまで眠ってしまうことがあるので、多分もう個人差なのだろう。
「リウとサクヤはー……」
「大丈夫っすよ。さっきお乳も与えて、また眠ったところっす」
「そうですかー。……リュー、何だか本当にしっかりして来ましたねー」
「ウチも子供の親になったんすからね。レイラ達に甘えてばかりもいられないっす!」
大事な友人であり、妹のようでもあり、そして今では家族であるリュー。
妊娠してから、彼女の内面が劇的に変わったことを、レイラはよく知っている。
初めてこのダンジョンにやって来た時から、ずっと一緒に――それこそ、朝昼晩とずっと一緒にいる間柄である。
あまり喧嘩という喧嘩もしたことなく、一定の距離感で、だが確かに互いを尊重して過ごしてきた日々。
だから、レイラのことをよくわかっているのはリューであるし、逆にリューのことをよくわかっているのも、やはりレイラなのだ。
その点では、二人はユキよりも互いのことを理解していると言えるだろう。
レイラは、友人の変化が我がことのように嬉しく、何だか感慨深いものがあり、ダンジョンに来てから書き続けている住人の観察日誌には、最近はリューのことが多く書かれていた。
母親になることによる、心理的な変化。
自分自身も、ここに来て相当性格が変わったのではないかと思っているのだが……彼女と同じように母親となったら。
いったい、どれだけの変化が現れるのか。是非とも記録を取らなければならない。
――子供。
以前の自分ならば、子供を持って子育てをするなど、考えられなかっただろう。
だが、今の自分は、我が子を産んで育てる、という未来が想像出来るようになっている。
その未来を、自ら求めるようになっている。
この変化は、ユキを愛しているから、ということもあるだろうが……リューが産んだ子であるリウと、レフィが産んだ子であるサクヤの世話をするのが、本当に心に充実感を与えてくれているのを、実感していることが大きいだろう。
厳密には我が子ではないのにもかかわらず、もはや自分の子供そのもののように感じており、驚くべきことに、この身を動かし続けてきた知識欲すら、後回しに出来るようになっているのだ。
師匠である、エルドガリアも……自身や妹分のエミューを育てる際に、このように感じていたのだろうか。
「……フフ」
「? どうしたっすか? 何だかご機嫌っすね」
「いえ、今私は……今日一日が、楽しみだと思いましてー」
「ほほう、それは良いことっすね! ウチも、レイラやみんなと過ごす一日が、楽しみっす!」
レイラはニコリと笑い、ベッドから出る。
「さ、身支度して、朝食の準備をしましょうかー。リュー、手伝ってくれますかー?」
「勿論っす!」
レイラは手早く身支度を整えると、リューと協力して朝食の準備を始める。
◇ ◇ ◇
ダンジョンの住人達の、最近の生活は、リウとサクヤの世話が中心にある。
二十四時間付きっ切りという訳ではないが、目が離せない以上当然のことで、というか皆が二人を構いたがるので、自然と誰かがほぼ常に見ている、という状況なのだ。
レイラも、その一人である。
「いないいない~……ばあ!」
「だぁ! あぁ」
「いないいない~……ばあ!」
「あぅ、あぁ」
大喜びのリウと、リウ程ではないものの楽しそうに手足を動かすサクヤ。
「フフ、幼児の段階で個性が現れるのは、面白いですねー」
同じように家族から愛情を注がれ、同じように育てられている二人。
いったいどの段階から、二人には性格に差が生まれたのか。リウの方が先に生まれたことによる、月日の差か。
……いや、生まれた時から二人には、多少だが差があったように思う。
ということは、母が違うからか。それとも、個々が生まれた時点で個性というものが生み出されるのか。
興味深い。ヒトの神秘というものが、この赤子達には詰まっている。
なんて、二人をあやしていると、その様子を自身の旦那様――ユキが見ていることに気が付く。
「? どうしましたかー?」
「いや、レイラがやるいないいないばあ、バチクソに可愛いなと思って」
「……もう、からかわないでくださいー」
「ははは、すまん」
ユキは笑い、レイラの横に並ぶ。
「我が子達よ、レイラママの貴重ないないいないばあだぞー。いっぱい楽しめー」
レイラママ、という言葉の響きが、何だか無性に嬉しく感じながら、彼女は言葉を返す。
「この子達も、大変ですねー。覚える家族がいっぱいでー」
「そうだなぁ、その点はこの子ら、家族が多いからちょっと大変かもな。最初に誰の名前を呼ぶか、今から楽しみだわ。よし、リウ、サクヤ、パパのユキだぞー!」
「あう、あぁ!」
「あぁ、うぃ」
「フフ、パパのことは、もうわかってるみたいですねー。じゃあ、ママのレイラですよー」
「だう、うぅ!」
「うあ、あぅ」
「お、ママのこともわかってるみたいだな。まあ、いっぱい世話してくれる人だもんな! 案外、最初に呼ぶ名前もレイラな気がするぜ」
「そうだったら……嬉しいですが、レフィとリューにちょっと悪い気もしますねー」
「はは、確かに。けど、そうなってもしょうがねぇさ。こればっかりはな」
そうして、ユキと共に二人の世話をし、昼を過ごしていく。
◇ ◇ ◇
夜。
一日が過ぎ、皆が寝静まったくらいの時間帯。
最近、リウは成長によるものか、だんだんと昼夜の別が付くようになり、夜中に起きる回数が少なくなっているのだが、サクヤの方はまだ夜に起きて泣くことも多い。
ただ、そういう時は、ダンジョンにいる限りあまり睡眠を取らずとも良いユキと、覇龍であるが故に肉体が誰よりも強いレフィが面倒を見てくれることが多く、おかげで夜が辛いということは、ほとんどない。
二人が夜中に世話をしたらしく、そのまま赤子達の横でお互いに連なるようにして眠っている、なんて様子も朝見かけるようになり、その姿を見ると微笑ましい気持ちになる。
あの二人は、本当に、変わらない。
出会った頃からの仲の良さのままで、仲良く喧嘩をしているところなどを見ると、少し羨ましくもなってくる。
自分では、あそこまで対等に付き合えないからだ。
あれだけお似合いの夫婦というのも、なかなかいないだろう。
「……ふぅ」
今日一日の日記と記録を書き込んだノートをパタンと閉じ、小さく伸びをする。
まだ考察等を纏めたい気分であるが、これくらいにしておかないと、明日に響く。
朝が強い方ではないのだ。あまり遅くまでやっていると、またリューに起こしてもらった時、からかわれてしまうだろう。
見ると、彼女はすでに寝息を立てており、気持ち良さそうに寝入っている。
可愛らしい姿にクスリと笑みを溢した後、少し喉が渇いたので、リューを起こさないよう気を付けながらリビングの方に出る。
すでに夜遅いため、寝入っている家族達。
暗くてほぼ何も見えないが、慣れた足取りでキッチンに向かい、お茶を汲んで喉を潤す。
飲み終わった後、コップを軽くゆすいで食器の水切りかごに置き、リビングに戻り――と、暗闇に目が慣れてきたことで、レフィの布団が大きくめくれ上がっていることに気が付く。
大分豪快な寝姿だが、間違いなく身体が冷えるので、レイラは微笑ましい思いで彼女の布団を掛け直す。
「ん……レイラか」
「あ、すみません、起こしてしまいましたねー」
どうやら、人の気配で目が覚めてしまったらしい。
レフィではなく、その隣の布団で眠っていたユキが、そう声を掛けてくる。
「今から寝るところか?」
「はい、先程日課の記録等を書き終わりましてー」
「そっか。それじゃあ……一緒に寝るか?」
笑って、こちらが入りやすいように一つ位置を横にずれ、布団をめくるユキ。
「……はい」
レイラは、少し気恥ずかしい思いを感じながら、だがユキの誘いを断らず、その場に両膝を突く。
そして、彼の布団の中に入り、その腕の中に包まれる。
温もり。
彼の体臭。
甘える、という行為。
自分には似合わないと感じていながらも、それをしたくなるのは……彼の妻であるということが、すでに自分の中心に位置しているからだろうか。
もう、自分は徹底的に変質してしまったのだ。もはや戻ることはない。
「……ユキさん」
「ん?」
「……いえ。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ、レイラ」
ユキに軽く抱き留められている内に、自分でも驚くくらい、あっという間に目蓋が重くなっていき――。